猫箱ただひとつ

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過剰なものが加えられた批判

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*1960文字

海燕さんの記事読みました。

何が批判を狂わせるのか? 「正しさの毒」に注意しよう。:海燕の『ゆるオタ流☆成熟社会の遊び方』

私は会員ではないので序盤の無料で読めるところまでしか読めていませんがなるほどなと。

 昔からよく思うのだけれど、ひとはなぜ何かを批判する時、そこに「過剰なもの」を付け足さずにはいられないのだろう。この場合の「過剰なもの」とは、皮肉や、厭味や、揶揄や、罵倒や、そういうもののことである。

閲覧可能な記事の内容では、このあと「過剰なもの」である嘲りや皮肉が付与される理由は権力ゲームが行われる為、相手と同じ土俵に立とうとしない為と書かれています。

で、これは自分も経験があってふつうに批判すればいいことに「過剰なもの」が付与してしまうことが結構ある。いっぱいある。ふつうに言えば、ふつうに受け取ってもらえるかもしれなかったのに余計なものが滲んでしまう。

批判に皮肉や嘲りが追加されることで、その批判は相手にとってとても受け取りにくいものとなってしまっている。

なぜ「過剰なもの」が加えられてしまうのか? なぜふつうに言えないのか?と考えると、

その批判は相手に納得してもらったり、理解してもらったりする為に行われるのではなく、自分の【正しさ】をぶつけたいだけなんでしょう。

黒猫(普遍的正しさを拠り所にするわけでもなく、倫理観を盾にするわけでもない……。「正しさ」を根拠にしないってことは、もうそれだけで他者からの共感を蹴飛ばしてるってことだ)

黒猫(逆に言えば誰もが「正しさ」を根拠に主張するのは大勢に共感して欲しいからだ。自己を正当化する奴がごまんといるのも、自分は誰かに認めて欲しいという気持ちの裏返しにすぎない)

――【議題】物語を殺し、食い散らかしている奴らは金輪際あらゆる作品に関わるべきではない - 猫箱ただひとつ

以前に書いた記事ですが、おそらくこれです。

自分の正しさを根拠に主張するのは、多くに認められたいから。逆にいえば間違いを根拠に主張することがないのは誰にも認められないからでしょう。

「約束は破るものだぜ。もちろんお前と交わした昨日の約束は破る。悪いな、あははは。でも俺との約束はちゃんと守れよ」みたいな誰にも共感できない主張はおそらくしない。例えそう思っていたとしても表には出さないんじゃないでしょうか。

ここを踏まえて、ネット上に散見する過剰なものが加えられた批判を眺めると「権力ゲーム」「相手と同じ土俵に立ちたくない」「でも自分の正しさをぶつけたい」の3つでだいたい説明できちゃうのかな?、と思いました。

この3つを目的として「過剰なものが付加される批判」が行われているとすれば、まあそれはそれで仕方ないのかもとも。

やらないにこしたことはないけれど、改められるのならばそれにこしたことはないけれど、そう言わずにはいられないそう思わずにはいられないそうせざるしかないのならば―――そうも行かない動機を持っているのならばそういった批判が存在するのは仕方ないと諦めるしかないのかなと思いました。それはそれで不毛ですが。(私自身そのきらいが山ほどある)

 

ここから少し考えたことがあって、

相手と話し合いをする、相手に自分の意見を納得してもらう、理解してもらうという動機があって相手と会話しているのに(ブログといった不特定多数に表明するものではなく、リアルの会話や、SNSだったらリプライなど)

その会話内容に過剰なものが加えられても、"相手は素直に受け入れてくれ"るわけがない。でもやってしまったらそれはもう「会話」としては既に崩壊しているんだろうなということです。

皮肉、嘲り、揶揄、喧嘩腰、負の感情で喚き散らされたものを直接口で言ってきてもそれは「権力ゲーム」「同じ土俵に立つつもりはない」「でも自分の正しさをぶつけたい」だけですから。

もし相手に自分の意見を納得してもらいたいなら、その批判に「過剰なもの」を取り除くという視点が必要不可欠なんだろうなと思います。自分が正しいから、正しさを押し付けても相手には何にも届かないのが常でしょうから。


この「過剰なものが付加された批判」はその実態は上述した3つの動機で成り立っている、という考え方を持っていることで

・「自分の批判は相手にとって受け取りにくいものになっているかも?」
・「相手に自身の意見を理解してもらいたいのに、実際は正しさをぶつけたいだけになっていたな…」


といったセルフチェックにも使えるし

・「この人は自分の正しさを私に押し付けたいだけなんだな」とか
・「権力ゲームをしたいだけなんだな」

という自分に向けられた批判の動機を知る手がかりにもなりそうだなと思いました。結構いい視点だなーと。(とはいっても私の解釈が加えられた視点ですが…)

おわりです。