猫箱ただひとつ

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「それは善でも悪でもない」っていうのは実質何も言っていないんだよね

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記事のあらすじ

・「善でも悪でもない」という意見は反論には使えない。
・ただ自分の判断基準として使うのはあり、処理を放棄しましょう。
・1500文字。

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 「それは善でも悪でもない」と発言することってよくあると思うんですけど、これって何も言ってないんですよね。

ちきりんが「Aだ!」といったときに、「いや違う、Bだ!」と言える人は、自分のアタマで考えてます。単に結論が違うだけ。

でも、たいていの人は、そこまで言えません。自分は何も考えていないので、あたしが「Aだ!」と言った時、「いや、Aではない!」としか言えないんです。

いわゆる「批判と否定しかできない人」ですね。自分の意見が無いから、他者の意見を否定するしかない。これもかなり恥ずかしいよねと思うけど、それでも下記に比べたらまだマシです。

一番つまらないのは、

「Aともいえるが、Bともいえる」

みたいな意見です。

「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ - Chikirinの日記

ちきりんさんの記事を持ち出すまでもなく(持ちだしましたが!)「善でも悪でもない」っていう意見は実質何も言ってないに関わらずこれでもって反論したと勘違いして使うケースが多いからです。

そもそも「善でも悪でもない」っていう意見はおかしいんだよね。なぜなら現実に存在するすべては本質的に善でも悪でもないから。殺人だって強姦って窃盗だって善でも悪でも無い。害虫だって呼ばれる昆虫だって本質的には"害"でも"益"でもない。

では何故この世の中に善悪の価値観が存在するか? それは人間が善か悪で物事を選り分けるから、善悪は発生するんだよ

人殺しは"悪だとしたい"から悪なの。ゴキブリは"害虫としたい"から害虫なの。

人によって「害か益か」で害虫か益虫かが決まるように、犯罪も(基本的には)人によって害か益かで善悪が決定する。つまり善悪なんてのは人間が勝手に作り出した価値観ということ。

だからこそ「☓☓は悪だ*1」という意見(=哲学的議論ではなく社会的な話題での話し合いや生活に密着した議題)に対して、「それは悪でも善でもない」と反論でもない反論を返すのはナンセンスだというお話です。 

どうして人を殺すのがいけないのか? 


ただ自分の判断基準として「善でもなければ悪でもない」を持ち出すのはありだというのが私の意見。ある対象物が善か悪か分からない時、あるいは善か悪かで判断したくない時はそんな微温的な判断をしてしまってもいいんじゃないかと思います。

これは「決断処理の放棄」と言われるもの。

思考停止してほったからしにしていいことはいっぱいありますから。無理に決断をしなくてもいいんですよ。

「コーティングでも人生でも……迷ったり悩んだりして行き詰まったら、無理に解決しようとせず、思い切って『寝かせて』しまう。それもひとつの立派な『処理』なんですよ、と」

「それってつまり、ほったらかして、そのままにする、ってことだよね……?」

「はい」

――木洩れ陽のノスタルジーカ

寝かせていることで、いつの日か、きっと、自分にとって決断できる日がきますから。今はそれが何なのか分からなくても、未来の自分は絶対に理解にまで到達してますから。

処理を寝かせるっていうことは、未来の自分を信じているから出来るんですよきっと。 

 

<参考>

 

*1:☓☓のところには好きな言葉を入れてください