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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

ギャングスタ・アルカディア感想。ソファの上の理想郷を求めて(40275文字)

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「いいな、おまえは。シャールカ自身が信じてないシャールカを信じることができて」

 

  プレイ時間   13時間
  面白くなってくる時間  1時間
  退屈しましたか?   していない
  おかずにどうか?   使えない
  お気に入りキャラ   ギャング部のみんな

 公式HP→ギャングスタ・アルカディア

 

「ギャングスタアルカディア」のポイント

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・ 前作ギャングスタ・リパブリカの続編、とはいってもファンディスクみたいな感じ。今度はシャールカと天使が加わった話し合いが始まるよ。

・『リパブリカ』と同じくヒロインの思想のぶつかり合いがメイン。あの雰囲気が好きな人は購入を躊躇う必要なんてないのです。

・ 考えることが好きな人もおすすめ(読解で2週間は潰せるよん)

 

 

そしてなんといってもOPムービーがめちゃ私好み。これいいですね。 


ギャングスタ・アルカディアOP - YouTube

 

アルカディアの感想は「考えるのって楽しいなー!」ってことですね。

本作品をプレイ終了してから一ヶ月黙々と読解を続けてきたわけなんですが、前作のリパブリカよりも時間掛かりました。これはリパブリカより考えること、考えたいことがアルカディアには多かったからかなと思ってます。

―――ソファの上の理想郷って?
―――猫と人間の関係って上から目線だよね?
―――どこらへんが?

などなど。

そんな細かい1つ1つを追っていくとキリがないんですけど、でもやっぱり些細なことを考えて書いてのエンドレスループはとても楽しい。シャールカたちの論戦内容を追いかけていくと「実はこういうことだったんだ」と納得の連続でドーパミンバンバン出ましたね。

考察の恍惚の感覚に浸れる時、ちゃんと考え続けてよかったーと思う瞬間でもあります。無味乾燥だった情報が価値あるものに切り替わるあのひとときはほんとに至福。

とはいってもこの「楽しさ」はプレイ終了後の楽しさであってプレイ中のものではないんですよね。

プレイ中の楽しさなら『リパブリカ』のほうが圧倒的。ですがアルカディアはそもそもFDなのでFDだと思って接すればいいと思います。FD目線で捉えるとなかなか良いですよん。

『リパブリカ』で思想をぶつけあったヒロインが、今度は違う誰かの思想借りながら1つの目的の為に議論するっていうのが痺れます。

例えば凜堂禊が「私はこの奥遷宮で統治者として育ってきた。環境によって今の私が形作られてきた。だから統治者ではない私を想定することは出来ない」という趣旨の発言をします。

このあとぼそっと「―――これはこおりが言いそうなこと。とても不本意」って言うところがぴゃー!って感じですw 『リパブリカ』で火花を散らす勢いでこおりの思想を薙ぎ払った禊が、目的のためとは言えこおりの思想を語るとか胸熱すぎます!

参考→ギャングスタ・リパブリカ 感想。悪は世界を変えていく(13975文字)

あと彼女たちがくりひろげる論戦を通して「自分だったらどう考える?」「どう切り返す?」って考えていけるのも楽しかった。アルカディアの魅力はだいたいこんな感じですかね。リパブリカ好きな人なら楽しめると思います。

 

―――愚痴モード

世間ではアルカディアのCGがどうのと騒がれていることに気づいたのはプレイ終了してからなんだけど、ぶっちゃけどうでもよくない? 

プレイしてみるとそこまで酷いCGってわけではないし、公言している枚数が違ったくらいでそんなことで作品の面白さが変動するわけじゃない。いちいち気にしすぎなんだよ。ほんとにさ。アルカディアを実際にプレイした人でそんなこと気にするいるのかな? 私がざっと見た感じだとプレイすらもしていない。興味もない人が誰かと「会話」するネタとして騒いでいるようにしか見え無さ過ぎる。

私は作品至上主義なのでそれ以外の視点からは語ってないよ。つまり面白ければそれでいい。それだけでいいんだよ。

マーケティングとか業界論とか、そういうのは頭の螺子が飛んだ人が延々と語り続けていればいいし、どうでもいいことをおちゃげ面して喋り続けていればいい。無駄に時間かけて一般人の癖に何も分かってない癖に分かった風な顔をして語り続けていればいい。

【議題】物語を殺し、食い散らかしている奴らは金輪際あらゆる作品に関わるべきではない

プレイヤーがそういうことを語ること自体ちゃんちゃらおかしいってことに早く気がつくといいね。っていうそんな愚痴。 

はじめに

 

この感想記事は『アルカディア』の後半部分のところだけです。序盤部分や論戦は別記事にて書いていますので、別途参照してください。


■序盤

序盤部分ギャングスタ・アルカディアによせて(36504文字)

 


■論戦

論戦は楽しくも痛快である。(25175文字)

白兵討論までの論戦をまとめる(24391文字)


(……この3つの記事、ほんとはこの本記事と一気に出すはずだったんですけど文字制限で入りきらなくてなくなく分割したんですよねorz泣きたい)

 

――――――ここから後半――――――

 

 

 

 

痺れる

「私は、何があっても、大人なんかにならないって決めてたから」

「私は、いい加減なまま生きていくって決めてたから」  

―――ゆとり

 ゆとりちゃん痺れるっすなー……。

 

  

アマネは人類から手を引きました

「今後、人間たちの世界は人間たちのものです」

「人間は災厄への道を歩むことになりますが、私が手を出すことはありません」

「人類の未来を懸念することも、ディスサイクリアを流行させることもやめました」

私はただ、アマネとして生きています

――アマネ

この一文がどうしても気になる。アマネはアマネとして生きることを選んだらしい。それは言うなればアマネは「天使としての視点」を捨てたんじゃないか? 天使としてのアイデンティティを尊重するんじゃなくて、自分・アマネとしてのアイデンティティを尊重した結果なんじゃないかこれ。

アマネはアマネとして生きる。だからこそ人類の運命に手を出すことをやめた。だってそれは"アマネ"の役割じゃないもん。天使の役割だもん。そんな感じに見える。

 ◇

それと思ったんだが、アマネが手を引いたとしても第二第三の天使が現れて「わたし人類救済します!」って言っても全然おかしくない状況なんだよなーって思う。

天使っていうのは気まぐれで組織化されてないのだから。

 

 

人格損失は気づけない

 

「シャールカの人格って、もうないんじゃないかなって」

「いや、まだあるんじゃないですか?よく知らないけど」

――叶、シャールカ

 そもそも「人格」なんて概念、曖昧すぎてどういうものかよくわからないんだよなあ……。だからそれが無いって言われても「そうかもしれない」ってなっちゃうし、仮に人格がどういうもの分かってもそれが「無い」ことに気づけないんだとしたら、人格なんてあってもなくてもどっちでもいいのかもしれない。

 

 

マクロでは見えないものもあるよ

 

「政府みたいなおっきなシステムには認識できないことがあるんだ」

「そういうシステムには、マクロな統計しか見えないから」

「もちろん、それが悪いってわけじゃない」

「マクロで見てもらわないと困るんだけど、マクロからはこぼれ落ちるものもあるって話だ」

――シャールカ

 マクロから見えなくて、個人からしか見えないものもあるよねっていうこと。当たり前だけど、ここちゃんと踏まえておくといろいろな思考ははかどりそうな気がする。

大きなシステムでは見落としてしまうことがある。認識できないことがある。単純に見えていないだけのことが往々にして存在する。見えているのに見えていないフリしてるんじゃないんだ。見えてないんだ。

そして逆に個人ではその「なにか」は見える。観ることができる。かわりにマクロ的な視点からは観ることができないので視野狭窄に陥りやすい。井戸のカエルは外の世界を知らないのだ。

 

 

怠けられる社会

 

「言ったことあるだろ?怠けられる社会ってすばらしいって」

「こんな田舎を維持できる社会は豊かでいいよなってことさ」

「ま、たしかにそうですねぇ」

「昨日とおんなじ今日……、今日とおんなじ明日……」

「時間がゆっくり流れてるっていうか……、時間なんかないみたいな感じがしてさ」

「シャールカは、そーいうのがいいな」

――シャールカ、叶

 わかるよー超わかる!

このゆったりとした時間が嫌いな人もいると思うけど私は大好きだよ。田舎に帰るとそういう感覚が満たされていく。都会はどこかせわしなくて皆何かに急き立てられるように動いているけれど、田舎はそういうのってあんまりない。あるいは私が知っている田舎はそうではない。

ゆったりとした時間がながれ昨日とおんなじ今日、今日とおんなじ明日がゆるゆる続いていくのって素敵。

年収100万円の豊かな節約生活

年収100万円の豊かな節約生活

 

 

 

 

叶には戦う能力がない

 

 

……俺は。
俺は、どうすべきなんだろう。
もう俺には、どっちつかずってことは許されない。
誰も傷つけないことなんかできない。
いろんなものを選ばないといけない。
みんながそれぞれ想いをいだいているのはあたりまえなんだ。
だからといって、立ち止まってるわけにはいかないんだ。
――そういうことなんだろうか?

「叶、何とかしたいと思ってる?」

「そ、それは―――」

なんかしたいじゃない、
何とかしなきゃいけないんだ。

でも、叶には無理。だって、叶には戦う能力がないから

――こおり、叶

 こおりはどういう意味でこの言葉を言ったんだろうか。

叶には戦う能力がない、それは2つほど意味のある言葉だと思う。

1つは、叶には「絶対に守るべき理念」があるわけじゃないっていうこと。叶には確かに「悪」という思想を持っているけれど、これを持ちだして誰かと戦ったことなんて叶にはない。

けれど禊やこおり、希やゆとりやシャールカはそういうもの持っている。シャールカもまた「絶対に守るべき理念なんてない」って言ったけれど、でもスミチュカのことや、当事者意識がない上から目線の立場にたいして一家言言っているのはそういうことなんじゃない? 主張するほどにはシャールカにだって言いたいことこれだけは!っていう考え方ってあるんじゃないか。他の4人の女の子はもちろんそう。禊や救世主、こおりは生まれ育った環境、希は個人の自由、ゆとりは仲間、みんなそれぞれ「立場」が確立されて、それに沿って―――まるでそれが自分の核とでもあるかのように―――言葉を発し行動し主張している。

そういう視点で見たとき叶はどうだろう? 叶にとって「悪」とはそれを根拠にして「立場」を叫ぶものなんだろうか。たぶん違うと思う。叶は自分の思想をそういう風に使うことができないか、使えないか、なんじゃないか。

だとするならこおりの「戦う能力がない」っていうのは、「叶は思想を立場にして主張することができない」という意味になりそうだ。

 

で、もう一つの考え方は、叶はそもそも「誰かと争えない性格」をしているってこおりは言いたいのかも? こっちのほうがまあしっくりくる考え方な気はする。

叶は選択できない、決断できない、流れのまにまに運命に流されて生きている人間と言ってもいい。(もちろん趣味的な選択や判断はあるよ)そんな叶が、何かを選んで、どっちかの立場について、誰かを傷つけるっていう「戦う」ってこと自体を叶は選ぶことができない。

だからそれは「戦う能力がない」という意見に繋がるのかも。

 

 

 

 

 

 

納得は暴力

「納得ってのは、ほんとに心を縛るもんなんだな」

――シャールカ

 そうなんだよね……こおりが言ったように「言葉で誰かのセカイは傷つく」っていうこと。相手の言葉に納得してしまうってことは、相手の言葉によって自分の世界ががんじがらめになってしまったっていうことになる。

それは良いことももちろんあるよ? でも本質的な意味で考えるなら「納得」というのは暴力に近いものなんだと思う。そこに良いか悪いかは、自分の為になったら良いことになり、為にならなかったら悪になる。そんな価値付け。

 

天使との対話は、納得を賭けた戦いだ。
それは、覚悟が決まっている方が強い。
人類を災厄から救う―――そんな絶対的な目標があって、ぶれない方が強い。

俺たちにも思いはある。

天使の介入を許さない―――だけど、それは否定形の想いだ。

みずから何かをするって想いじゃない。

どうしても、肯定形の想いの方が強い

――叶

 納得を賭けた戦いは「覚悟」を持っている方が強いと言う叶。覚悟……それを私は「リスクを腹の底から判っている」と言い換えるんだけれど、アマネの覚悟もそういうものなんだろうか。

アマネの人類を救済するという覚悟は、何かしらのリスクを背負っていると?……この目的が失敗したらアマネに何かしらの損失があるって?いやまさかそんなもの天使にはないでしょ。

もし仮にあるんだとすれば、アマネにとって大切なもの(=人類)が失われるってことだろうか。……それがアマネを突き動かしている動機なんだとすれば……確かにその動機は強いな。

ただ実際そうなのか?と言われると、うーん……五分五分ってところか。アマネは善意で動いているだけのようにしか見えないからな。そういう「今の私が好きな人類を失いたくない」っていう動機で行動しているようにはどうしても見えにくい。

 

 

 

アマネAとBを、禊とこおりの娘として見ると……

 

アマネは―――アマネBは強かった。

優しいアマネAと違って、アマネBは情に流されない合理主義者だから。だから、なすべきことを粛々と推敲する。

 ふと思ったんだ。

アマネAは『リパブリカ』で見た将来のこおりの娘「天音」で、アマネBは禊の娘である「周」なんじゃないかなって。

アマネAは人と仲良くしたいって思っている。それはこおりの性質ととても良く似ている。こおりは人との繋がりや育った環境を重んじる奴だからだ。

逆にアマネBはそういう情念を排除して合理的に全てを進める。それは凜堂禊のように救世主然として絶対の意志を感じる強さを持っている。

「人間と友情を深めたいアマネAと、人類を救済したいアマネBに」

「AとかBでは散文的でわかりにくいですね。違う字をあてて、天音と周とでも名づけましょうか」

――アマネ

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そもそもの問題として、何故アマネは叶と禊、叶とこおりの娘の名前の文字を"あてた"んだ? それは「未来を当てた」という意味ではなく、なぜこの状況で、AとBという散文的な文章に「天音」と「周」という感じを"あてた"んだ?

アマネは何を知っていて、何を示唆している?

それもこの後すぐアマネは、「天音」と「周」のあてじを取り下げて、AとBという散文的な表現に戻した。

なぜ戻した? 戻す理由を「これもまたわかりにくいですね」と言っていたけれど本当にそれだけなのか?

アマネについて分からないことがいっぱいある。いや、アマネに限らず全然わからないことだらけだ。

―――叶が幼少期にあった"あの人"の娘の名前が「アマネ」

―――リパブリカのこおりと禊の娘の名前が「アマネ」

―――そしてアルカディアで叶と出会ったときに、叶の記憶を探り天使である自分に「アマネ」という固有名詞を与えたその動機は?

アマネはもっともらしくて、でもよくわからない理由をあげていたけれど正直納得なんて出来ない。

アマネはもっといろいろな、叶達が予想もしていないことを知っている可能性がある。すべては「アマネ」というキーワードで繋がっている気がする。

  

 

1人1人1人1人1人

「ここには、この街の人がいっぱいいるの。アマネ、今、どんな場所で戦ってるかわかってる?」

「べつに、会話を交わしているだけです。周囲の人々に迷惑はかけません」

「そんなこと言ってるんじゃないの」

アマネが戦ってるのは、ここにいる1人1人だってこと

「アマネが変えようとしてるのは、ここにいる人たちだってこと」

「あのお店でコロッケ売ってる人だったり、あそこでたこ焼きほおばってる小学生だったり、ね」

『人類』なんかじゃないの。そのこと、わかってる?」

――アマネ、こおり

 なんか勘違いしてた。そうかこおりこそが「仲間の延長線である人々」を尊重しているのか。これってゆとりの方だってずっと思ってきたけどそうじゃない。ゆとりは「人類よりも『仲間』という単位」を尊重していて、こおりの場合は「周囲にいる接してきた人々」ってことになる。

今のアマネは(アマネB)禊と一緒だ。人類を救い、衆生を助ける。その変わり「1人1人」という概念がなく「衆生」という大枠で人を把握しているそれと全く一緒だ。


―――そして凜堂禊は、アマネとの論戦に、参加していないのである

禊は商店街の中でおきた論戦に対し、主張を一度もしていない。なぜか? アマネと禊は立場が同じだから。同じ立場で同じ主張をする人に対し、禊はいったいぜんたい何て応戦すればいいんだ? 出来ないんじゃないかもしかして?

だからこおり、ゆとり、希、春日がアタックしている中で、叶と同じように外から眺めている事実はそんな可能性を浮かび上がらせる。

 

 

相手を納得させるために、アマネを納得させるために

 

アマネの行動を決断させるのはアマネだ。

アマネを納得させるのは、アマネ自身だ。

俺たちのことじゃなく、アマネのことを話さないといけない。

それが、想いを伝えるということ。

そうじゃないと、納得なんかしない。

 叶はほんとに……頭いいなあ……って思う。

頭がいいとか悪いとかそういう問題じゃないのは判っているんだけど、ここをそれ以外の表現で言えばいいのか分からない。叶は人間の本質を分かっている? 直感は鋭い? そんな感じの言葉しか浮かんでこない。

叶が言うとおり、みんな今まで「議題」についてだけ話してきた。アマネというよりは天使として彼女を扱ったし、それが当然のことのようにも思ってきた。アマネが何が好きで何が嫌いでどういう生活をしててどんな価値観を持っているのかなんて知ろうともしなかった。そんなことどうでもいいと言わんばかりの態度だったんだ。

でも―――違う。そうじゃない。

相手を「納得」させるには、相手のことを「知らなくちゃ」いけない。そんな当たり前のことを失念していたんだ。

それもそのはず、ディベートとか論戦っていうのは「人と意見」を切り分けるものだからだ。相手の意見=その人っていう切り口の意見を封殺するためにそれが常識になっている。

でも違うんだ。

相手のことをよく知らないと、相手のなかに深い同意(=納得)なんて生まれない。一定の信頼関係がなければ自分の言葉なんて相手には届かない。そういうものだ。そういうものだって、叶はこの時に気付いた。すごい。

「あのさ―――アマネって、今やりたいことやってるか?」

ほんと叶は素敵。

 

 

 

アマネと叶の対話

 

「天使って、昔から親切で人間の世界に介入してくるだろ?」

「言葉とか火とかを教えてくれたりさ」

「そんな伝説がどこまでほんとかはわからないけど、とにかく昔からそんなことやってきたわけだろ」

「そういうのと、今アマネがやろうとしてることって、ちょっと違うんじゃないかって気がするんだ」

「そうでしょうか?」

「人間のことを考えずに、よかれと思ったことを気まぐれでやる―――」

「まさに、天使の行動原理そのものではないでしょうか」

「そうかなぁ……」

「今みたいに、超然として人類を救済しようとするのって、天使っぽくないんじゃないかと思ってさ」

「それって、天使のアイデンティティに反するんじゃないか?」

「『悪』っていう、天使のアイデンティティに」

「…………興味深い話です。続きを聞かせてください」

――アマネ、叶

 ふむふむなるほどね。この後の叶の言葉も加味してここを考えると叶はこう言いたいわけだ。

俺達が知っている天使っていうのは、自分が良いと思ったことをやっているだけなんだ。言葉を教えてくれたり火を教えてくれたりするのってそれが人間にとって間違いだろうと正しかろうと、「天使が自分で良い」と思ったことをやっているだけなんだ。

でもアマネがやっているのは、違うんじゃないか。アマネは人類救済を「いい」と断言できていない―――つまり自分の中で納得できていないんじゃないか? ってことだと思う。

 

「悪は善じゃない。まあ、あたりまえだけど」

「悪っていうのは、おせっかいじゃない。照れ隠しの善とは、ほんとは違う」

「『人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、人がそうなりたいと思うことを実現すること』」

「たしかにそうなんだけど、ここには省略された言葉があるんだ」

「この後には、こう続くんだ―――」

『たとえ、間違っていても』

「……これが、悪なんだ」

「正しかろうが間違ってようが、関係ない」

「悪は、上から目線で、他人の意思を無視して、他人のために好き放題する」

「それが正しいか間違ってるかは、知ったことじゃない」

「それが悪なんだ」

「だから、悪は分裂したりしない」

――叶

 悪は他人の意向を無視し他人のために好き放題する。上から目線であるいは下から目線で好き勝手に行動し、人がそうなりたいと思うことを実現させる。

それに則るのならば、アマネAとBに分裂したアマネは『悪』じゃないってことだ。天使としてのアイデンティティとして行動しているわけじゃないってことだ。

自分のせいで誰かが苦しんだり悲しんだりしたところで、悪はそれを意に介さない

「アマネも悪なら、苦しむ必要はないんだ。分裂する必要ないんだ」

「アマネAとアマネBなんか必要ないんだ」

「天使って、もっとあくどいもんだろ」

――叶

 私ふうに叶の「悪」を定義するとこうなる。

相手の共感を無視する思想」って。

自分のせいで、自分の行動で、自分という存在で誰かが苦しもうが悲しもうがそれを意に介さない。自分が相手にする共感を切断することで、相手の価値観・思惑・意向に縛られないまま生きることが出来る。そういう考え方―――ううんガラクタだ。

だから禊は、叶の悪に惚れ込んだんだ。

禊はだれの共感も求めてはいないからだ。救世主として生きるということは、衆生からの共感なんていらないただ彼らを自分の意向で幸福にするだけだ。そして自分の立ち位置をよく思わないものにたいし、相手に分かってもらおうとか、理解してもらおうとかそういう考えも禊にはあんまり無い。

聞かれれば答えるけど、それは共感して欲しいわけじゃない。『リパブリカ』ではその傾向すごく顕著だった。だからこそ、悪と救世主は似ているんだ。

 

 

アマネに納得してもらうために

そして、俺は深呼吸をした。

言うべき言葉を探す。

いや、言うべき言葉はわかってる。

探しているのは、言い方。

どういう言い方をしたら、アマネに伝わるか

俺は少しのあいだ考え、そして言った。

――叶

 言うべき内容と、その内容の伝え方。相手を納得させたいのなら、この2つはとても重要な意味を持っている。だから気をつけなくちゃいけない。慎重に、慎重に言葉を選んで話す。

伝えるべき内容と

内容の伝え方。

相手の心を動かせる内容と、それを適切に届かせるために伝え方を考えろ。ってことなんだ。

 

 

 

相手を人種や種族ではなく「固有」の者として見ること

 

「天使を思いやった人はいても、天使のアイデンティティを思いやった人はいません」

――アマネ 

 アマネが言うには世界には60ほどの天使がいて、人間界で活動しているのも少なくはない。でも人間にとって天使は崇める存在でしかなく、思いやるなんてことはないのだと言う。

天使の存在を心配することはあっても、天使の「アイデンティティ」を思いやる人はいない。

 

「叶は、とても奇妙です」

「べつに、叶の言葉自体に説得されたり心を動かされたりしたわけではありません」

「ただ、天使のそんな部分に関心を向けて思いやる人間がいたことに、私は驚いています」

「そしてそのことにこそ、私は心を動かされています」

「どのような論理よりも、どのような覚悟よりも、それは私の精神の奥へど到達しました」

――アマネ 

 アマネの言葉はちょっとこんがらがるけれど、「叶の言葉の内容」によって心を動かされたわけではなく「叶が天使のアイデンティティに思いを馳せたこと」がとても重要なんだって言う。

叶は、私のアイデンティティに思いを馳せた。そのことが重要なんです

――アマネ

「私のことを気遣う叶が、私のアイデンティティを悪と言うことには、それなりの意味が」

「天使のアイデンティティは悪かもしれない――」

――アマネ

 つまりこういうことだ。叶は天使は悪のアイデンティティがあると言った。けれどもアマネの理解からすれば天使は悪ではなくやっぱり「気まぐれ」なんだと言う。人の言葉で再現したなかで一番真実に近いのは「気まぐれ」だと。

けれどもアマネ自身はどうかっていったら、おそらく「悪」なんだ。「気まぐれな天使」ではなく「悪なアマネ」なんだと思う。

叶がしたことは、天使のアイデンティティに思いを馳せたんじゃない。"アマネ"という個人に対して思いを馳せたんだ。

アマネはどういう人間で、どういう価値観を持っていいて、何が好きで嫌いなのか。そういうアマネの内面を理解しようとした、心配した、そしてその行為こそがアマネの心を動かした。

―――相手のアイデンティティに思いを馳せる

これが相手との対話の基礎中の基礎であり前提であり、踏み飛ばしてはいけないところ。

「アマネはどうしてそんな言葉を使うんだろ?」とか

「アマネが今発言した言葉にはどんな思考背景があるんだろ?」とそう考えることが重要なの。

 

「ありがとう、叶。

 私のアイデンティティなど、問題にしてくれて」

――アマネ

 

 

 

3つの選択肢

叶はアマネを説得しようとしかけたところで、選択肢が現れる。

・ループする世界を選ぶ

・選択する世界を選ぶ

・そんなの決められない

 悩んだ。これは悩んだ。5分ちょっとどの選択を選べばいいか考え込んだ。

まず気になるのが「そんなの決められない」という選択肢だ。私はできればAかBとちゃんと決断したい。こういう意見を求められている場面で、決断する場面で、何も言っていない等しい言葉や何も選択しないなんてことをしたくはない。

だから残るのは「ループする世界」か「選択しない世界を選ぶ」かになる。2つに一つ。どちらがいい?

んーんーそうだなー……やっぱりシャールカ先輩の意見に納得してしまった身としては、今あるこの世界(ループする世界)を守っていきたいなって思った。

ぽちっとな。

→ループする世界。

 

 

ループする世界

俺達はこれまでと同じようにギャング部の活動を続け、アマネは講師を続けている。

アマネは、俺や先輩をアシスタントにすることは諦めた。だけど、虹かけ台でのA型ディスサイクリアの流行はおさまっていない。

つまり、アマネはこの街での『救済』の事業をやめてはいない。人からループを奪い、それによって災厄の到来を阻止する――というもくろみを捨ててはいない。俺達を関わりあいにならなくなっただけで、アマネの活動は続いている。

そして―――

俺もギャング部のみんなも、そんなアマネに対して積極的なアクションを起こそうとはしていない。

自分たちに関わりあいがなくなったなら、それでいいと言わんばかりに。

 んー……どういうことなの?

アマネはこの戦いを引き上げるっていったけれど、じゃああれは「叶たちとの論戦は引き上げる」って意味だったのか。だから『救済』活動は続けていると。

ギャング部はギャング部でアマネのことに対し、リアクションを起こさないのは「ループする世界」を選んだからってことなんだろう。

つまり「今だけよければいい世界」を選んだんだ。だから"自分たちのループが失わなければ" それでいいと思っているんじゃないか?

他の人がディスサイクリアによってループを失ったとしても、自分たちに被害が及んでいないのだからそれでいいと。

なんだか結果だけみると、この選択はそんなに良い結果を生み出したわけじゃない。ループする世界を選んだんなら、アマネが完全に手を引かなきゃ嘘だ。その選択はあってないようなものといってもいい。

けれども……なんだろうな別に不幸ってわけでもないんだよなあ……。

うーん。今までの日常が戻ってきただけといっていいのかも。

そしてこの後に、あとちょっとだけ続く。

これはどういうことなんだろ?
自分で選んだことを、実行できないでいる。
俺は、何かを間違えたんだろうか?
俺は、ループする世界を選んだはずなのに。
正しい選択をしたはずなのに。
何が間違っていたんだろう?

――叶

シャールカ的文脈にのっとれば、自分達の世界を守ることは正しいと思う。叶は正しい選択をしたと思う。

でも、その選択後に叶達はアマネの救済活動を阻止しようともしていないっていうのはどういうことなんだろう? 叶が言うように「自分で選んだことを、実行できない」っていうのはなんなの? 

やっぱり「今だけでいい」っていうことを自分で選択して納得しちゃったから? だから動けないでいるのかな?

これこそがアマネの言った―――選択しない世界ってこと?

何が間違っていたんだろう? 分からない。次に行く。

 

 

→選択する世界

叶は選択する世界を選び、ループする世界を捨てた。
悪を気取って気ままに生きるふりをして、長いものに巻かれる(運命に流される)レプリカ・リパブリカ(偽物たちの共和国)に興味はないと言って捨てた。

俺たちは、そんな場所には行かない。
最終的にループをなくしてしまうかもしれない。
だけど、それでも、これまでどおりに生きていく。
大事な部分は変わらずに生きていく。
たとえ無味乾燥な感じがするといっても、そんなものは気のせいにすぎない。

俺たちは、もはや存在しない世界のことに思いを馳せるのをやめて、地に足をつけて進んでいけばいい。

人間として。
未来を選択する人間として。
一歩づつ

 このendはおおむねGOOD ENDっていってもいいと思う。多少の犠牲(=無味乾燥な感じする気持ち)はあるけれど、地に足つけて歩くのならばそれはそれでいいと思う。

 

 

そんなの決められない

叶は何も選ばなかった。

禊「叶は、選択しないことを選択した」
叶「そんな、詭弁みたいな――」

そうじゃない。
そうじゃないはずだ。
俺は、何かを決めるなんてことができないんだ。

アマネ「叶は、ほんとうに自分では何も決められないんですね」

叶「…………まったく、そのとおりだよ」

叶はなんでここまで「選択する」ということに危機感を持っているんだろ? 自分はなにかを決めることは出来ない。決めてはいけない。そんな気持ちを抱いているんだろう。

禊が「叶は選択しないことを"選択した"」と言った瞬間に、違う!っていう姿勢がでてたと思う。「そんな詭弁みたいな」と発言することは、禊の発言は違うって言うことと同じだから。

―――俺はなにかを決めるなんてことができないんだ。

この発言には何が隠されてる?

そういえばリパブリカの禊√で「俺はドキドキしちゃいけない」「ドキドキすることを選ぶと何か怖いものが出てきそうな気がするんだ」みたいなことを叶は言っていた。

それと何か関連があるのか?

当時は特に気にも留めてなかったけど……。

「天使のアイデンティティに思いを馳せた人が、自分がどうしたいかも決められないなんて」

「ほんとうに、おかしなこと」

「でも、それ自体が選択だということなんでしょうね」

天使のありようを思いやる特異性をもつ叶は、選択しないという特異な選択をした

「そういうことなんでしょう」

「叶、私は――」

「納得しました」

――アマネ

アマネは叶の「選択しないことを選択した」ことを聞いて、納得した。

アマネは明言した。納得したって。言ったんだ。

「ほんとうに、叶は面白いです」

「――明日からが楽しみです」

「世界は、これからどうなっていくんでしょう」

「…………私は、これからどうなっていくんでしょう」

 

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(アマネの笑顔は可愛すぎるよなあ)

ここね 私の直感だとすっごーーーい大事な場面って言ってもいい。直感だから「なぜか?」については答えられないけど、もう間違いなく重要な場面だよここ。

それを今から考える。

アマネは叶の「選択しないことを選択する」という決断を聞き、納得した。なにを?分からない具体的に何を納得したのかはアマネは言わなかったから。

けれどアマネはにこにこしながら明日のことに思いを馳せ、「人類を救済」という仕事を中止した。ここの場面で大事なのはアマネが「明日のことについて語った」ことだ。そんな直感。

「――明日からが楽しみです」
「世界は、これからどうなっていくんでしょう」
「…………私は、これからどうなっていくんでしょう」

明日、世界、自分に思いを馳せる。これからの未来はどうなっていくのかな?って。アマネは人類救済を諦めて、未来に思いを馳せた。

彼女の価値観では人類救済こそが「よりよい未来」だと考えいたはずだ。しかし計画を中止すると自分で選択した彼女は"これからどうなっていくんでしょう"と言うのだ。

つまり、叶によって納得されたアマネはループする世界で、よりよい未来の到来を感じることが出来ていたんじゃないか?

否定していた世界の未来を肯定している。

……。

…………。

違うそうじゃない。こういう話ではない。もっと違う何かがここに眠ってるんだけど……分からない。うーんうーんもどかしい。

アマネが笑顔になりながら未来の明日や自分に思いを馳せていること、ここはもっと違う意味があるはずなんだ。

 

ギギギギギ

 

ヒトは短い寿命を生きる。
だから今は全てではるけれど、それは明日のためでもある。

明日を夢見て生きるものが、ヒトなんだと思う。まさに君がそうじゃないか。

――忍・最果てのイマ

 今は全てだけど、それは明日の為でもある。今を生きるってことは明日を夢見ていることと同じだって忍は言いたいわけ? 現在を見据えるってことは未来を目指すものってこと?

……そうかもしかして……そういうことなのか?

 

叶達がいる世界はループする世界。ループする世界がこのまま突き進めば人類は「今」だけを生きることになる。未来や過去というものを重要することなく、選択や決断をしない存在になってしまう。

もしその前提が誤りなんだとしたら?

「今を生きる」ことが=「未来と過去」を捨てることではなく、

「今を生きる」=「未来を目指すもの」なんだとしたら?(過去は存在しない)


だからアマネは最後に笑ったのかな?

人類救済計画を中止するってことは、ループする世界を続行するっていうことだ。今だけを生きる世界を生きるってことだ。

そんな世界で「明日の自分と世界に思いを馳せる」ってことは、未来を見据えるってことだ。未来を目指していることなのかも。

確かに。シャールカやアマネがいうように「今」だけを生きるってことは過去も未来も消失する。自分の認識上からは希薄になり最終的には消えてしまうものなんだと思う。

でも本質的には、未来を目指しているんだとしたら、アマネがそこに気付いて笑っているんだとしたら?

 

ふむふむありえるかも。

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女の子はリアリズムの固まり

 

 春日「なるほど。恋とは戦争なのですね」

ゆとり「そうよー。女の子にとって、一生に一度のことなんだから」

叶「それは言いすぎのような……」

ゆとり「時守くんが理解していないだけよ。女の子の心はロマンとセンチメンタルでできているんだから」

梨都子「そのメッキがはがれれば、リアリズムの固まりになるわけですね

 はははは(乾いた笑い)

 

 

 

君が選んだ世界

 

「……かなえ、やっぱり不安か?」

「不安……っていうんじゃないと思います。ただ、もやもやしているだけで」

「不安になってもいいんだよ。かなえが世界を変えたんだから」

俺が世界を変えた、か。

でも、揺らがないでいてほしいな

「かなえが変えた世界に、シャールカも適応しようとしてるんだから」

「……え?」

先輩の言葉の真意はわからなかった。

 叶が世界を選んだ……か。選ばないことで選んだ世界。叶はもともと地の文を読むような生き方をしていなかったってことか。一貫性といわれる人格を持っていなかった。ただやりたいようにやっていただけとも言える。

もしそこに一貫線を見出したんだとすれば、きっと叶は否定する。それは違うよって。繋がっているように見えても連続しているように見えても、それは飛び飛びの線でしかないと。

叶は選択を迫られたら選ばない。なぜなら彼には人格がないから……あるいは希薄だから。

となると『リパブリカ』でのどちらの女の子との道を歩むか、っていう選択肢は例外中の例外だったんだろうか? 叶は確実にあそこで選んだ。1人の人間と共に歩むか否かを。あれは間違いなく選択だった。

しかしもしかしたら『アルカディア』の何も選ぼうとしない叶のほうが例外中の例外なんだろうか?……

 

 

シャールカは望んでいる、けどうまく適応できない

 

「……シャールカは、ただ、できないんだ」

「みんなのいるところで、冷やかされながらイチャイチャするようなことは」

 

シャールカは、そういうのを望んでたはずなのに……

「ループがあって、選択がない、ソファの上の理想郷(アルカディア)」

「みんな適当に楽しんでて、深刻なことも超ハッピーなこともない、そんな世界」

「何となくかなえとつきあってて……何となくみんなに受け入れられて……」

「そこそこ楽しくやっていけるような……そんな世界を望んでたはずなのに」

「なのに、シャールカはダメだ」

 今この世界は叶が「選ばないで選んだ」世界になっている。それはシャールカが望むソファの上の理想郷でもある。

けれどシャールカはその世界に適応できないっていう。ダメだって言っている。望んでいるのに心が拒んでいるそんな状態。 

「みんなが見てるって前提のなかで生きていくことができないんだ」

「ん~まあ、照れるくらいなら普通のことなんじゃない?」

「シャルちゃんはふつうよりもちょっと照れ屋さんなだけで」

「……違うんだ」

――シャールカ、ゆとり

 みんなが見てる前提の中で生きるってつまり「一貫性」のことなのかな? 人格―――といわれる個人の一貫性は、他者がいるからこそ成り立つ。自分ではないもう1人がいるからこそ、一貫性を保とうとする。自分が自分で在り続ける為に、自分を貫徹させようとするのである。

シャールカが言っていることはこれに近い気がする。
 

「アマネが言ってた、別の世界のドキドキだ。ループのない、可能性世界の」

「いろんなことが深刻で、いろんなことがハッピーな世界の」

「アマネが作ろうとした世界の。そして、叶が否定した世界の」

「シャールカ自身が否定した世界の」

そんな世界のドキドキにとらわれてて、シャールカは身動きができないんだ

「シャールカは……望んでたはずなのに。ヌルい世界を望んでたはずなのに……」

「だけどシャールカの身体は、望んでた世界に適応できない」

「かなえが選んだ世界なのに……。シャールカが望んだ世界なのに……」

――シャールカ

 ……ああ、やっぱりそうなのか。最初はなんのこと言っているのかさっぱりだったけど、見返して考えていくとちゃんと分かるもんなんだな……。

つまりこう言うことだ。

シャールカは人格のない選択のない決断のない怠惰でぬるく微温的な世界を望みつつも、彼女は【ループのない世界】のドキドキ、深刻さ、過去の重さと未来の輝かしさに囚われていた

ゆえにループのある、人格が失われつつある、運命に身を流されるだけのこの世界に適応できない。望んでいても心が拒否しているから。 

しかしなんでシャールカはそんな状態に陥ってしまったんだろう? それともずーっと前からそんな状態だったとか?

けれどシャールカの過去の生い立ち(イェドニアの天使から日本まで逃げてきた動機)を考えると、シャールカはそもそもループのある世界の感覚なんて無かったと思うんだよね。

てことは、ここ最近のどこかで、そういう感覚を覚えることがあったと考えるほうが自然だろうか。

 

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「シャールカが適応できないと言っている世界―――それは、運命に身を委ねるという生き方の世界です」

――アマネ

 

 

 

責任の暴威にさらされる世界

 

「シャールカ、自分を責める必要はありません」

「ここでシャールかが思い悩むのは、とても正しいことです」

「えっ?」

それは、『責任』に身を晒しているがゆえの懊悩なんですから

「私がシャールカを選んだこと。人類を救済しようとしたこと」

「その原因も、そこにこそあるからです」

――アマネ、シャールカ

 責任の暴威がシャールカを襲っているってことなんだろう。 けれどこれは「何の」責任なんだろう。選択する責任なのか? それとも運命に身を委ねることでおきる責任なのか?

責任っていってもいろいろな種類がある。シャールカに起きているのは後者なのかな……。

「シャールカの見出した資質……。これには、いくつかあります」

「まずは、天使を敵視していること。それ自体、客観性の証明になります」

「それから、その怠惰な性格」

「怠惰というのは、同じループを生きることに親和的といことです」

「この平坦な世界で、平坦であることに耐性がある」

「それは、変わりゆく世界を生き残る資質であると考えました」

「そして、これが何より重要な理由ですが……、私とシャールカは、偶然出逢いました

「……はぁ?」

「あの道路で、私はシャールカに助けられました」

「あれは完全に偶然な出逢いであり……、すなわち運命とでも呼ぶべきものでした」

「運命……そう、これこそがいちばん重要な理由なんです」

「天使は気まぐれと、よくいいますよね?」

「天使は、客観的なデータにもとづいて行動を決めることはしません」

「『生贄』を決める際も同様です」

「多くの人間を調査し、そのなかから統計的に適任者を選ぶようなことはしていません」

アマネがあのとき「叶のループを奪ったのはそれに耐えられる人だから」といっていたのはまるきりの嘘だったというわけか。

これこれ↓

「なぜ叶なのか。それは、叶が無ループ者であるからです。というより、ある資質を備えていたからこそ、叶は幼いころループを奪われたといえます」

「その資質とは、『世界の目』となりうる客観性です」

――アマネ

叶に耐性があろうがなかろうがループを奪い取っていったと言っているようなものだこれは。となると天使は街がなく『悪』だよなあ……。

天使は統計を信じません。なぜなら、統計に意思はありませんから

「統計は単純な数学的真理であり、そこに意思の介在する余地はありません」

「しかし、選ぶというのは意思の介在する行動です」

「そのような際に、統計に頼ることは許されないと天使は考えます」

「なぜなら、それは選ぶことの責任を回避することになるからです

「自動的に立ち上がる真理に頼るだけならば、意思は必要ないからです」

――アマネ

 統計には意志がない。けれど選択には意志が介在する。統計で弾き出された最適解数学的真理ってやつは誰かの意志によってそれが導き出されたわけではない。だからこそ天使はそれを嫌う。

意志の介在しないものに、きっと天使は価値を見いだせないのだろう。天使は【選択するゆえの責任を請け負う】とうことに価値を見出している気がする。いや気がするのではなく実際そうなんだ。だから【選択するゆえの責任を回避】してしまう人格損失を防ごうとしたんだから。

希ちゃんからすればアマネの言い分はふざけんなクオンツなめんな!って怒りそうだけれども、……ああいやどうだろうなあ……彼女もまた決断する覚悟を知っているわけだから納得していそうな気もする。

 

「かわりに天使が頼るのは、運命や偶然といったものです」

「責任を引き受けるためにこそ、運命や偶然に頼るのです」

 運命や偶然って責任なんか無いってイメージだけれども、実際はそうではなく、責任を引き受けるからこそ運命を選ぶってことか。 

 

 

運命は責任を引き受けるってこと

「シャールカの資質は貴重なものです。とはいえ、唯一無二というわけではありません」

「なのに、なぜシャールカを選んだのか」

「それはまさに、私とシャールカとが偶然、運命のように出逢ったからです

「偶然や運命に身を委ねること――それを人は、無責任と考えるかもしれません」

「しかし、そうではありません」

「意思のない統計にもとづいて決断を下すことこそ、責任を回避することです」

「自分の意のままにならない偶然や運命を引き受けることこそ、責任ある選択なんです」

――アマネ 

 自分がどうすることもできない「偶然」や「運命」を引き受けることこそ、責任ある選択。つまり運命に沿って生きるっていうことだよね。偶有性を愛し出逢いと別れを愛し、一瞬一瞬のきらめきを大事にする。

自分のなかで「これは運命のようだ」と感じたならば、 その運命を選択する。それこそが責任を回避しない、責任ある行動。ふむ。

アマネ風に言うなら、「意志が伴う」ならばそれは責任ある行動になりえるってことか。自分の意志で自分のことを決断する。

あとアマネがなんでここまで「意志が伴う選択」を尊重するかというと、おそらく彼女が摂理学を教えているのと同じことだと思う。摂理とはこの世のルールである。一貫性がある何かの拍子によって変わったり無くなったりしない概念だ。

アマネはそんな「一貫性」のある摂理とともに暮らす住人である。だからこそ人格といった一貫性を保ったものを大事にしようとするんじゃないか? それを人間にまで求めてくるんじゃないのか。

 

「……私は、『災厄』において人間は人格を損失するといいました」

「しかしそれは、危機の半分でしかありません」

「残されたもう半分の危機―――それが、『責任』なんです」

ループが一般化した世界とは、すなわち偶然や運命にながされる世界のことです

「その世界では、人間は、ほんとうの意味での責任の暴威にさらされることになります」

「責任のパラダイムシフトの末の、ほんとうの責任に」

宗教が崩壊し、科学までもが終わりつつあるこの世代で次にやってくるのが「責任」という価値観を主軸とした社会だとしたらどうだろう。……ってここはどうでもよかった。

そうじゃない。そうじゃなくて。責任の暴威にさらされる世界っていうのは、私たちの世界よりもっとひどいってことなのか? それとも同じ世界になってしまうんだろうか。

シャールカがこのループ世界で、ループなしの世界のドキドキや懊悩を抱えてしまったように、責任の暴威にさらされるとはこちらの世界に近い感覚を味うわっていうことなんだろうか。違う気がする。

シャールカのいる世界、私たちのいる世界ではないもう別の違う新しい世界になるんだろう。

ループがあって、今だけだらだら生きて選択も決断もしない重い過去も輝かしい未来もないけれど、運命と偶然による「責任」をすごく背負わせる新世界。

私たちの世界より、よりもっと責任を感じる風潮が高まるのならばそれはもうとんでもなくヤバいとしか言いようがない。ただアマネは責任の暴威というけれど、実際そんなパラダイムシフトが起きてそんな世界になってみると「責任」なんてものを感じることはなくなっているのかもね。

たしかに運命と偶然によって、責任の暴威にさらされているのかもしれない。けれどギャング部のメンバーでシャールカ"だけ"が責任の懊悩に囚われている事実をみると、もしかしてこのケースはレアなのでは?と感じる。 

「責任を背負うこと、それはたしかに美徳でしょう」

「しかし、それは負荷でもあります。過度の責任は、人間を押しつぶします」

「シャールカ、あなたの懊悩は、責任を引き受けることの過負荷がもたらしたものなんです」

――アマネ

  

「お気楽に流れに流されて中出しして妊娠して結婚してハッピーエンド」

「それこそが、責任を引き受けるってことなんだろうな」

誰も、そんなことに違和感をもっていない。照れはするけど、疑問なんかいだいてない

「むしろ、それこそが倫理にかなった生き方だ」

そうきっと身分制社会の人類は、中出ししてハッピーエンド(=運命に身を投げる)ことに疑問なんか抱いていなかったし責任というのも「過負荷」になるほどの責任は感じていなかったんじゃないだろうか。あー実際どうかわからんけど。

 

「シャールカ、あなたは責任の暴威に身をさらしているんです」
「選択をせず、だらだらして、適当に生きて、運命に流される……」
「それは、責任を真正面から引き受ける行為なんです」

「シャールカがほかの誰でもないシャールカであるという事実を引き受けることなんです」

――アマネ 

 あなたが他の誰でもないあなたであるという事実を引き受ける。それが責任を真正面から引き受ける行為。責任……んー。シャールカがシャールカである、自分が自分であるという事実を引き受けることは、もしかしてとてつもなく重たい行為なんだろうか。

欺瞞や嘘で飾りつけた部分をなくし、自分を引き受ける。……ふむ。難しいな。

 

ていうかねー(ここからかなり適当なことを言う)、近代化前と現代じゃ鬱病の数は実際のところどうなんだろ。多いのか少ないのかはたまた同じくらいなのか。現代では自己責任論が台頭してきたせいでい責任の過負荷に耐え切れず、心のバランスを壊すイコール鬱病の人が急増したと私は勝手に思っている。

もしこの仮説が本当だとするのならば、近代や近代化前の人類は鬱病なんて心の苦しみを抱える人は少なかったと言ってもいいんじゃないだろうか。選択と決断の責任を背負わないなら、人格を持たないのならその分身軽なのだから。

ただ実際はわからん。現人類の精神的機構が前世代より劣化した弱体化したのかもしれない。自己責任論の風潮が強くなっただけではないのかもしれないが、そういうことをとどめておくのもきっといいだろう。

 

 

 

いいなお前は信じることができて

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「……で、シャールカはどうしたらいいんだろうな」
「結局今、シャールカはどうすることもできないんだけどな」
「もちろん、おまえに人生相談することじゃないってのはわかってるけど」

「私は信じてますよ」

「シャールカが信じた人が選んだ世界を、シャールカは生き抜いていくと」

――シャールカ、アマネ

 

「いいな、おまえは。シャールカ自身が信じてないシャールカを信じることができて」

――シャールカ


この皮肉に思わずにやっとしてしまった。 相手が自分のことを信じてくれると言っていても、自分は自分のこと信じていないのにな、ははは。みたいなさそんな諦めと虚脱を感じる。

こういう時どうしても「お前私のことわかんないくせに」と若干うつうつモードに入ってしまう。いやま……アマネみたいに心を通わせている相手からだったらそう言われるのはなんだよもーとなりながらもそこまで嫌というわけじゃない。

ただ心を通わせていない奴から「お前のこと分かってるよ」みたいなこと言われても興ざめもいいところだしファックって感じである。

アマネのこれはまさしく"応援"の概念そのものだから、きっと心に届くんだろうなと思うんだよ。

 

 

 ループ返却

 

「叶―――あなたにループを返します」

――アマネ

 

「叶が未来を選びました。であるからには、叶もループ可能であるべきだと考えるからです」

「いや、理由もそうだけど、動機っていうか……」

「もちろん、友情のためです。叶に対してと、シャールカに対して」

――アマネ

 友情は見返りを求めない!

……。

気まぐれだなあと思いつつもふふふってなる。アマネはきっといつも心からしたいことを心のままにしているだけなんだろう。それはとても悪だけれど、心地良い。

 

 

アルマティア 

シャールカが名づけた猫の名前。

アルマティアってなんだろうなってことで調べてみた。

クレタ島に住む妖精、または妖精の飼っていたヤギの名前。

自分の子供に殺される神託を恐れたクロノスは生まれてきたハデスやポセイドンを飲み込んでいたため、レアはクレタ島のプシクロ洞窟でゼウスを生みアマルティアに預けた。

ゼウスはミツバチが集めてくる蜂蜜やアマルティアの乳、または角から出る神酒・ネクタルを与えられ、妖精から教養を受け成長する。

アマルティアの死後、テミスの助言を受けヘパイストスがアマルティアの皮からアテナに与えられるアイギスの盾を生み出した。その後、ゼウスによって山羊座として天界に上げられた。

アマルティア: ギリシア神話: カテゴリ: 索引: 神話用語辞典

 これのことかなー? クレタ人クレタ人ってシャールカ言っているしクレタ島もでてくるこれっぽいかなって。あるいは哲学者のアルマティアのことなのかな?

 

 

 

 

 

 

ループするってこういうこと

「……おまえさ、適応しようとしたんだろ?」

「え?」

「……うーん、まあ、そうだな。のぞみんは案外鋭いな」

2人の会話に、聞き覚えがある。

もちろん共有ループだから、希や先輩も、自分が同じ話をしていることに気づいている。だけど、とくに必要がなければ、同じ会話をくりかえす。それをめんどくさいとも思わないし、くりかえしてわずらわしいとも思わない。

それが、ループするってことだ。

――叶、シャールカ、希

 同じことを繰り返すことを嫌がらない、面倒臭らがない。それがループする世界ってことなんだろう。きっと私たちがループする世界にいったら、何度も何度もほとんど同じことの繰り返しで嫌気が差しちゃうに違いない。

その気持ちをトリガーに、この周は前の周とは別の方向性で喋ってみようとか、行動してみようとか、そんな「変化」と取り入れようとするんじゃないだろうか。だってほぼ変化しないことを繰り返すのって苦痛だもの。

ここに無ループ者とループ者の差異が生まれてる。希ちゃんたちはそんなことを厭わずに"自然"に受け入れているけれど、私たちはきっとそうじゃない。そうはならない。慣れかもしれないけどね。

 

 

 新しい発見

「それに……言われるより言う方が楽しいからな」

「これ、新しい発見なんだよな……」

「シャールカってさ、怠惰だろ? だから、される方が楽しいって思ってた」

――シャールカ

 「好き」って自分から言う方が楽しいって言うシャールカ。たしかにシャールカっぽいかどうかと言われるとそうじゃない。怠惰な日々をみていると受け身だもの先輩。彼女自身自分をそう捉えるように。

けれど自分が捉えている自分っていうのは、きっと完璧ではないのだろう。完璧に把握できているわけじゃない。だからあまり自分の思考や行動に鍵かけて「これが自分らしい行動だ」と決めつけなくてもいいのかもしれない。程々にしとかないと、新しい発見を見落としてしまう。

 

 

この世界にいていいんだって

「シャールカのこと、捨てないでくれ……」

「捨てるわけないでしょ」

「つなぎとめててくれ……。あっちの世界のいっちゃいそうなんだ」

「だから……だから……この世界にいていいんだって言ってくれ」

「この世界にいていいんだって思わせてくれ。かなえのせかいにいさせてくれ」

「先輩は、ずっと俺の世界にいていいんです。ずっといてください」

 かなえの世界っていうのは、運命に流される世界。このままだと運命に流されない世界にいってしまいそうな気がするとシャールカは言う。それはつまり……人格のある世界ってことだよね。むしろ先輩は最初から「今」的世界の住人であり、運命に流されっぱなしの人だと思っていたけど実は違うのかな?

シャールカは運命に流される、人格のない、未来のない世界であればいいと言った。けれどシャールカが生きていたのは運命に流されない、人格のある、未来のある世界に生きていたのかも。だからそっちの世界から確実にシフトすることになった今、恐怖となって現れている……? あとでもうちょっと詳しいこと言っていた気がする。

 

 そういうのやめようって

「前もそうだったよな。進歩がないな、シャールカは」

「涅槃(ニルヴァーナ)に行っちゃえばいいのかな。そんなこと、ちょっと思うこともあるんだ」

でも、そういうのはやめようって思ってる」

「シャールカは、かなえといっしょに生きていくって決めたんだから」

 涅槃って仏教徒が目指す安楽の場所だったよね確か。懊悩が吹き飛んだ世界。でもそんな世界に行きたいなって思うのはやめようってシャールカはいう。やめて、叶と一緒にここで生きていくっていう。

それはなんだ? つまり理想郷を夢見るのはやめにしたってことなの? ありもしない空想で虚構な世界を思うのはやめて、ちゃんとソファの上のアルカディアを目指そうってそういうこと?

ソファの上のアルカディアって実現可能そうだもんね。シャールカの言葉を聞いていると。

別に無理難題とか、決して手に入れられない場所ってわけじゃなさそうだし。

 

 

希のママとシャールカ

 「よかったよ、かなえとのぞみんのママに挨拶できて」

「今まで、のぞみんの作ったプログラムとしか話したことなかったから」

――シャールカ

叶のお母さんもう死んでいたのか……。 

 

 「そのうち、かなえやのぞみんにも、ママの墓参りに来てもらいたいな」

「ええ、時間があったらイェドニアに行きたいですね」

アネジュカさんが亡くなったのは、3ヶ月ほど前。

――シャールカ、叶

 そしてアネジュカさんも……。

 

 

シャールカの悩み

「シャールカが悩んでたこと……」

「それって……ママが死んだのと同じようなことだったんだ」

「ループしない世界……。それって、きっとママの死が重い世界なんだろうな」

「だけど、そういうのはシャールカにはわからない。もう、別の世界なんだから」

「いろんな世界があるってことを想像しない人たちの世界なんだから」

「シャールカはそんな世界に住んでない。だから、ママのことをこうやって話せる」

「だったら、それと同じようにできるはずだろ?かなえのことについても」

――シャールカ

 最初は「シャールカは人格のない世界を望みそこの住人」と思っていたから、普通に聞いていたんだけど、ここ違和感あるな。

もしかしてシャールは、今まで、アネジュカさんの死を重く受け止めていたんじゃないか? 今だけのこの世界で、過去と未来の重さを感じていたんじゃないか?

 ここが気になるんだよ。

「ループしない世界……。それって、きっとママの死が重い世界なんだろうな」

「だけど、そういうのはシャールカにはわからない。もう、別の世界なんだから」

通常なら「そうだよね」ってなる。ループしない世界だと死は重くなり、ループするこっちの世界だと軽くなる。それは当然のお話。けれどシャールカは、"シャールカには分からない。もう別の世界なんだから"っていう。ここすごい違和感を感じる。

"もう、別の世界だから" って。もう別の世界になってしまったから、そんなことを感じる必要なんてないんだって言い聞かせているように見える。穿ちすぎかな……。いやそうは思わないな。

 

「シャールカは、かなえと人前でイチャイチャできないって悩んでた」

「その悩みを解決したいって思ってた」

「だけど、そもそもそういう考え方が間違ってたんだ」

「こんなあたりまえのことに今まで気づかなかったなんて、シャールカはほんとバカだな……」

「すなおに、この世界に従っておけばよかっただけなんだ」

「もちろん、そんなことは最初からわかってた。そうしたいと思ってた――理屈では」

「でも、ほんとのところはわかってなかった」

「それが、やっとわかった」

「災厄への道を、ふつうに進んでいけばいいんだ」

「人格のない世界ってやつ―――そいつへの一を、ふつうに歩いていけばいいんだ」

「叶が、選ばないことで選んだ世界への道を―――」

――シャールカ

 やっぱりそんな気するよなー。シャールカが感じていた世界は、人格のない世界ではなく、人格のある世界だって思っちゃうよ。

重く受け止める、むやみに悩む―――そういうのはループのない世界の傾向だ。「悩む」ってこと自体、ループありの世界だと珍しいんじゃないか? だからシャールカは「悩みをなくしたいっていう考え方自体間違っていたんだ」という言うんだろう。

悩まなくていい世界なのに、悩んでいた。

 

 

 決断しなくていいんだよこのループ世界は

「2周目の夏休みももう終わりだよな」

 「先輩、3週目はどうします?」

「べつに、そんなこと決める必要ないだろ。成り行きまかせでいいんじゃね?」

「適当にやって、そのうち何かの拍子に抜ける―――そんな感じでいいと思うけどな」

「……ええ、俺もそう思います」

「そういう、決断みたいなことをしないって決断したんですもんね」

――シャールカ、叶

 成り行きまかせで、何も決断しなくていい世界。それは気軽そうでやっぱり怖くて実はきつい世界なのかも。

 

 

 

 

 アマネの最後の問いかけ

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「人間は過去や未来に思いをなすことをせず、今のみを生きるようになります」

「この世界は最初からそのような傾向が強いのですが、その傾向がさらに増します」

「そしてその結果、おそらく生は形式的あるいは表面的なものになるでしょう」

「行動も認識も、形式ベースとなるでしょう」

「人生という言葉に込められた豊かな含意が消え、より単純な営為になるでしょう」

「そのことを、あなたがたはどう考えていますか?」

――アマネ

アマネから私達への問いかけである。今を生きるということは、形式的な生に移行することだと言う。形式的な生……それはつまり動物のような単純に生きて死ぬってことなんだろうか?

食べて動いて寝て食べて交接して寝て食べてを繰り返すそんな命。そういう意味ではアマネの「豊かな含意が消え、より単純な営為」という意味に繋がってくる。そんな生き方はあなたたちは耐えられますか? と。

そう云われれば確かに「嫌かも」という気持ちがあるが、いいとは思うんだよね。そんな単純な命も。ここはゆとりが言うように幸せだなって安心だなって感じられればそれでいいと思う。それだけでいいのだ。


「どうということはない」

「そもそも、形式的な生という言い方がおかしい」

「元来、形式と内面は一致していた。形式と内面の区別などなかった」

「内面が形式ににじみ出る―――そんな現象はありえなかった」

内面と形式は同じものだったから

「内面と形式。それは、2つのものではなく、1つのものの別の呼び名」

「だからこそ、衆生は生き残ってきた。衆生の魂は生き残ってきた」

――禊

 禊は形式的な生という言い方、あるいは考え方がそもそもおかしいと指摘する。内面と形式は一緒なのだからと。ここで言っている内面っていうのはなんだ? 人の心とかそういうのかな。心と行動が別々だなんて言い方はおかしい、どちらも一致している。心の動きと行動が一致している。昔は……? 

「私はこれまで、そうして生き残ってきた魂に親しんできた」

「魂―――それは、旧くからのしきたりであり、古典文学であり、伝統芸能」

 

内面と形式が一致していたからこそ、衆生の魂は生き残ってきた。魂とは伝統やしきたり古典のことだという。ここ難しいな。

そもそも伝統ってなんだ。

伝統(でんとう、英: tradition)とは、人間の行動、発言、思考及び慣習に見出される歴史的存在感を総称していう。または、人間の生存・生活の中に長い歴史を通して表される種々の慣習や形式、価値観を総体的に指し、狭義には、個々の集団が個別に有する慣習、形式、価値観を指す。

伝統はまた、それまでの歴史の中で形成されて来た種々の形態の中から、特に重んじて次世代に継承すべきものに対する精神的な立場を指す。

伝統 - Wikipedia

 人々の内面が慣習になり、慣習とは世間のきまりごとで、それが複雑に入り組み定着し存在感を持ったものが「伝統」でいいのかな。身分制社会は間違いなく人格の無い世界であり、決断することのない社会。そんな場所から「伝統」は生まれた。

つまり選択しない人々によって、衆生の魂とでも呼べる「伝統」が形作られた

アマネがいう「人生に込められた豊かな含意は消え、単純な営為」を営んできた人類によってそれは生まれたんだ。伝統は決して貧しい概念ではないし、逆に豊かな価値観と言ってもいいんじゃないだろうか。古典文学、伝統芸能、しきたり、世間の決め事……。

「私は奥遷宮に、そして凜堂家に伝わる芸能を、不十分ではっても引き継いでいる」

 「神楽は、極限までそぎ落とされた動きによって人の生を表現する」

「そこに豊穣な物語はない。あるのは瞬間の美のみ」

「つまり、豊かな生ではなく、瞬間の楽しみのみがある」

「そう、人の生は、形式化されたからこそ生き残ることができた」

――禊

 禊んが言っているのって、「瞬間の美を求めて生きてきたからこそ、人は生き残ることが出来た」ってことなのかな。

選択をしない衆生は瞬間の一瞬一瞬の美しさを求めて生きてきた。それはきっと食べ物の美味しさだったり、快適な暮らしだったり、ハレとケというお祭りだったのかもしれない。そんな一瞬の美を求めて、ここまで何千年と生きてきた。生き残ってきたんだと。

 


こおり

「形式的な人生って、演技と同じだと思うの」

「演技っていうと、本当じゃないとか嘘って感じがするよね」

「でも、それは違うの」

「演技をするときって、べつに『ふり』をするだけじゃないから」

自分の人格を取り払って、感覚そのものになって、その役になりきることだから」

「そのときにね、やっぱり心と行動って、一致するの」

「形式的に生きることって、貧しい生き方じゃない」

「天使の価値観的には豊かじゃないかもしれないけど、これはこれで豊かな生き方だと思う」

 
――こおり

 感覚そのものになって、自分の人格を取り払って、何かになりきる。ここでいう人格を取り払うってつまり「自分の意志で選択しない」ってことだよね。選択をしないで、自分という役になりきるってことなのかな。ふーん。

確かに演技というのは、心と行動は一致する。だったらそれはもう―――。

 

 

ゆとり

「私はべつに、人格とかいらないな。だって、私はもともといい加減だし」

「シャルちゃんよりもっといい加減だし」

「私がしてるのは、目の前で起こってる出来事を大雑把に把握してるだけ」

「それから、ざっと過去や未来を感じて、その人といっしょにいることの幸せを感じるだけ」

好き、幸せ、安心する……それくらいあったら、私はいいかな

「で、そんなことに、人格なんかいらないし」

――ゆとり

ゆとりはほんっとうに痺れる。こういう生き方いいよなあ……。そうなんだよこの人他人からどう思われるのか全く気にしないもん。そこがいい。素敵。そして人生で何が大事なのかが分かってる「好き、幸せ、安心」さえあればいいっていうのは間違いなくその通りだよ。これさえ、いいやこれだけあれば十分豊かな人生だもん。

「人格がなくなることが、正しいことか間違ってることかはわからない」

「だけど、すくなくとも私は困らない」

「困らないなら、いいかなって思う」 

ゆとりちゃんは一般化しないんだよね。自分の気持ちや、自分の問題を。そこもいい。 

 

「それに……その方が他人を敬えると思うのよね」

「理屈じゃなくて、相手をそのまま受け入れられるから」

「アマネちゃんが言う『形式的』な方が、人を尊敬できるんじゃないかな」

――ゆとり

 ふーむ? これはどういうことなのか。形式的な人生つまり選択をしない生き方のほうが他人を敬えるってどゆことだ。

なぜ形式的な人生は、相手をそのまま受け入れることに繋がるのだろう。今だけを生きいて、未来と過去の重さはまるでなく、決断する責任も選択の懊悩もない世界。悩みという悩みが希薄な世界。うーん、ここの要素がどうして相手を受け入れることに繋がるんだろ。

―――理屈じゃなくて

理屈じゃなくて、って言われると、もうゆとりさんの感覚オンリーの話になっちゃうじゃないか! 一応ここ留意しとこ。

 

「私は、人格なんてない方が科学は発展するんじゃないかと思ってる」

「過去の話は知らない」

「だけど今は、科学的方法論ってやつはだいたい確立されてる」

「人間は摂理のすべてを理解しているわけじゃないけど、摂理を研究する方法は知ってる」

「人間は間違えるけど、方法論は間違えない。科学的方法論はオートマティックに作用する」

「個々の人間の意思なんか関係ない。むしろ、そんなもの邪魔になるだけだ」

私たちは、巨人の肩の上に乗っている。もう、迷うことはない」

――希

 なるほどね。文化の発展、生活水準の向上、社会制度の質を上げるためには科学や数学など様々な学問が使われている結果だと言ってもいい。科学はわかりやすいし顕著だよね。

今じゃもうその方法論は確立されているから、今更人格がなくなろうがどうでもいい。とくに変わらないどころか、むしろよりよく発展するかもしれないぞみたいなところか。ふむふむ。

「より科学は発展し、文明は高度化していく。人格は、それに必要ない」

――希

こおり、ゆとりが「個人レベル」での人格は必要ないという意見を、希ちゃんは「社会・国レベル」まで引き上げて必要ないと断言する。 


シャールカ

「だいたいだな……ほとんどの人間は、最初から人格なんてものからは取り残されてきたんだ」

「人格の恩恵をこうむってありがたがってきたのは、一部のエリートだけさ」

人格なんて、エリートの夢にすぎないんだよ

「人間は、人格の外で生きてきたんだ」

「人格を手に入れたり、人格がなくなるのを防いだりする必要なんか、最初からないんだ」

――シャールカ

 これすごい分かるな……。

ほとんどの人間は決断とか選択とかそんなのどうでもよくてただ安寧に幸せに暮らすことができればそれでいいはずなんだ。けれどそうじゃないやつもいる。それが自分の意志を持った人間。おそらくシャールカがいうエリートのことだ。

彼らは自分の意志にもとづいた行動を行いたい為に「決断」をいくども繰り返す。選択して決断する。これを繰り返していくと自分の手で運命を切り開いたという実感を得るときがある。自分の力で自分の道を選んだんだ―――と。

そんなエリートからすれば、何も決めず、何も選択せず、流れのまにまに、運命に流されるようにして生きる衆生は「不憫」で仕方ないのかもしれない。動物のように生きて死んでいくことに人間らしさなんて感じられなくて、逆に自分たちの方がより人間らしいと感じてしまうのかもしれない。

彼らの成功を積み重ねた結果、身分制社会から個人主義へとシフトしていったんじゃないか? 運命に流されないで自分の意志で人生を選択する社会へ。

だからこそこの言葉に集約される。

―――人格なんてエリートの夢にすぎないんだよ 

ふふ。

い迷惑なんだけれど、もう仕方ないかって気持ちはある。

 

 

アマネ<それに耐えられますか?

「なるほど……では最後に聞きます。それに、皆さんは耐えられますか?」

――アマネ

そう問うた。

叶が返す。 

「大丈夫なんじゃないか?」

人間の認識なんて、短い期間で変わるしさ

「俺達が生まれたころなんて、ネットも携帯もほとんど普及してなかったんだ」

「ペットボトルの水を買ったりもしなかったみたいだし」

「でも、今はそうじゃない」

「結局、その程度のものなんだと思うけどな」

「人格のない世界にだって、じきに慣れるさ」

「最初のうちは多少違和感とか抵抗とかあるかもしれないけど、すぐに慣れる」

――叶 

 アマネの質問に耐えられるよと返す叶。いずれ慣れるさと答える。おそらくその通りだよね。だってもうこの国のこの時代では昔栄えていた宗教も終焉を迎え、今度は科学すらも価値観の基板からは損失しようとしているんだからかなり面白い。

 かつて、産業革命によって、科学は宗教をオワコンにした。同じように今、科学と、科学が生み出した一連の価値観(合理的思考、資本主義、民主主義、近代的自我)がオワコンになりつつある。

――『評価経済社会』というすごすぎる発想 - しっきーのブログ

 

 

 

 選択肢

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「かなえ、もう一回聞くぞ。シャールカは、この世界にいてもいいのか?」

もちろんですよ

 なーんか変だなって思う。

違和感を感じた。でも何が違和感なのか分からなかった。 

「ところで……みんな帰る前に、ちょっと言っておきたいことがあるんだ」

「なーに?」

「俺さ――」

シャールカ先輩のことが好きなんだ

「シャールカ先輩のことが好きなんだ」

「え、ええっ」

 

先輩の言葉に対する俺の答えといえば、そんなもの選択するまでもなかった。

先輩の膣内に出す

俺は選ばないことを選んだんだ。

もはや、選ぶ必要なんかない。

選択肢はつねに1つ。

 あーなるほどね。

って考えているとこれって「選択肢がない」ってことなのか、選択肢がないから一択しか道はないのか。選んでいるようでその実何も選んでない。だって選択肢が1つなんだから、2つじゃないんだから。

そういう意味か。

もう人格損失は起こり始めている。叶たちは気づいてないだけで、……そもそも「選択」っていう概念なんてあやふやなんだよなー。叶だってこうしたいと思ってこうしているだけなんだろうし。それはきっと"選んで"いる実感なんて多分ない。私にだってない。うむ。

 

 

 シャールカの言葉が気になる

「シャールカも、かなえの赤ちゃんを妊娠してハッピーエンドになるのかな……」

 んん?

なんでシャールカ"も"なんだ? もってなんだ? まるでシャールカは他の誰かが「叶の赤ちゃんを妊娠してハッピーエンドを迎えた」ことを知っているみたいじゃないか。じゃなければ「シャールカも」なんて言わないぞ?

どゆことなの?

1、単純に言い間違え
2、「も」の部分はハッピーエンドにかかってる
3、シャールカはなんでも知っているぞ☆

1はありえないと思う。単純な言い間違えなんかじゃない。なぜならシャールカが「妊娠してハッピーエンド」という言葉を使うのはなにもこれがはじめてじゃないからだ。少なくとも2回は言っている。ならばシャールカにはシャールカの思うところがあって、この言葉を何度も繰り返している可能性が高い。

2はこれが一番可能性が高いんじゃないのかな。つまり「シャールカも皆と同じようにハッピーエンドを迎えたい」ってそういう意味で言っているのかなって。赤ちゃんを妊娠しての部分はイコール運命に流されてって捉えると分かりやすい。

運命に流された結果ハッピーエンドにシャールカもなりたいな―――ってそういう意味なのかな?


3はそのままの通り。リパブリカでこおりと禊が至った「ハッピーエンド」のことをシャールカは知っているってこと。だからシャールカも妊娠してハッピーエンドになるのかな……って言う。

けれど、シャールカがそれを知っているっって、無理じゃね? できないでしょ。……。うううううーーん。

 

 

 「アマネ」という固有名詞

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叶はその恩人の名前を聞いていないため、『アマネ』が恩人を象徴する固有名詞となりました。

――アマネ

そうだね、ここまではいい。アマネの言うとおり叶にとって『アマネ』という名前は過去の出来事を象徴するものになっている。きっとだから禊とこおりとの間に出来た子供にも『アマネ』という名前を与えたんだろう。

それは叶にとってとても大事な、ルーツとでも呼べる出来事だったから。きっと大切な思い出だったから。大切なものを、大切な人に与えるのは至極当然のこと。

受肉して人間世界で活動するにあたって、私はその名前を借りました。

なぜなら、叶がこの街、ひいてはこの世界における重要人物であると考えたからです。

叶は、一見ただの平凡な天邪鬼であるにもかかわらず、この街のキーとなる人々から高い評価を得ていました。

こおりに好かれ、ゆとりに好かれ、希に好かれ、禊に好かれ、そしてシャールカに好かれていました。

そのような人が、重要人物でないわけがありません。

一見、どれだけ凡庸に見えたとしても。

 アマネが『アマネ』と名乗ったのは、時守叶という人物に目をつけていたからってことらしい。ふーむ。つまり叶の懐に入りこみやすくするために、叶が象徴的に思っている名前を使ったってことか。アマネはそんなふうには考えていないのかもしれないけれど、やっていることと言っていることは間違いなくそれだよね。 

新しい聖天義学園の創設者である水柿こおり。
学園を維持するための政治的な黒幕である古雅ゆとり。
学園を経済的に支えるループ積の開発者である時守希。
学園を天使の目から隠蔽した霊的な指導者であり、おそらくは最後の人格者になるであろう凜堂禊。

学園生活の怠惰なロールモデルであるシャールカ・グロスマノヴァ。

 ループし続ける学園をつくり溺れるものを溺れないままにする学園。そしてこの計画が本当にうまくいったんだとすれば、世界中は言い過ぎでも日本中で「新・聖天義学園」のSystemを波及していったはず。つまりこの世界を『ギャングスタ・リパブリカ』にしてしまったというわけ。少数派が溺れなくてすむ世界に。

ゆとりはその学園を維持する政治的な黒幕ってわけか。ここ面白い。リパブリカの最後でゆとりは経済的に新・聖天義学園を設立しようとしたけれどそれはこおりに止められた。大事なのは1つの学園を圧倒的な経済力で回すのではなく政治的―――つまり衆生への情報戦略として彼女は力を振るっているっていうことか。へー、ゆとりちゃんやるー。怠惰にプロパガンダに。

おそらく希ちゃんは「ループ」というものを「市場」に導入しお金に変えてしまう仕組みを作ったんだと思う。「ループ」っていわば株式のことなんじゃないかな? あるいはプロテクションといった掛け捨て保険とかそういう金融商品ならぬループ商品みたいなのを作り出したと考えるととても納得できる。

誰かさんいわく、価格が上下するものはすべて株に出来るらしいから。このループが自然で価値を持たない世界で、ループという現象に価値を与え、価格を与えることができたんだとすれば……希ちゃんすごいわ……。

最後に禊ん。彼女はこの世界のあり方をとても大きく変えてしまう「新・聖天義学園」を天使の目に届かないようにした。おそらくする必要はあったのかなーと考えると分からない。天使はそんなことにまで口を出してくるのかな? とは思うけれど世界のあり方をとても大きく天使の望まない方向にするんだとすれば、出張ってきてもおかしくないか。

それだけの力がこの学園にはあるのかもしれない。

 

そういった人々の好意を一身に受ける叶が、重要人物でないはずがありません。

ループの過剰な世界を作り上げた人々にとっての精神的な支柱が、叶でした。

叶は、そういう意味で新しい世界の創造者であり、災厄の中心ともいえる存在です。

――アマネ

 アマネの視点からするとあの世界は「ループが過剰な世界」ってわけか。にゃるにゃる。叶を支点にしてあの世界は作り上げられる。こおりによって禊によって希によってゆとりによって創造される。

ならばその発端となった叶が創造者であり、災厄の中心というのも頷ける。今よりもっとループが過剰になり、未来と過去が等しく希薄になっていく世界になる。

だから私は、叶と出逢ったとき、その精神に触れ、叶にとって重要な『アマネ』という名前を拝借しました。

『アマネ』とは、この世界にとってもっとも重要な名前の1つだと考えたからです。

――アマネ

 ふむふむ。アマネからすればそんなループ世界は御免被りたいところだろう。だからこそその中心にいる叶に接触したと。叶が過剰ループ世界の中心にいるのならばまた彼が大事に思っている『アマネ』という名前も重要なものになる、そういう考え方ね。

 

 

アマネの想う「悪」と、そうではないという思い

 

ここまで、長々と、叶をおとしめるようなことを書いたかもしれません。

ですが、伝えたいことはむしろその逆です。

私は、叶を尊敬しています。

出発点において、叶の悪は、みずからの傷をふさぐための幻想であったかもしれません。にもかかわらず叶は、その生き方に積極的な意味を見いだし、皆さんを巻き込みました。

叶は、幻想を現実にしたんです。

というより、叶はただ生きることによって示したんです。

悪という観念に嘘もほんとうもなく、ただ生きられた事実のみに意味があるということを。

叶が悪を生きたからこそ、悪に意味があるのだということを。

アマネが語る「時守叶の悪」を聞いていて真っ先にそれは"違う"という思いしかなかった。アマネは勘違いしてる。叶の『悪』はそうではないと。そういうことじゃないんだとそう思わずれにはいられなかった。

そして同時に『リパブリカ』の最初の、禊と叶が屋上で語ったように「人には理解できないものがたくさんある」ってこういうことなんだなって。いくらアマネと親密な会話をしても、お互い相手のことを"分かった"気になっても、結局もっともふかい考え方は理解できないのかなって。

あるいは理解するためにはとても長い時間がかかるんだろう。

アマネが解釈する『悪』を聞いて、叶はこう言ってる。 

俺の悪に対するアマネの考えが、正しいとも間違っているとも思わない。

それは、ようするにアマネの想いだから。

だけど、俺は―――

「俺は、最初から、徹頭徹尾悪そのものだよ」

叶はアマネが解釈する悪を「否定」も「肯定」もしなかった。けれど最後に

だ・け・ど、「俺は、最初から、徹頭徹尾悪そのものだよ」という。つまりこれはアマネの考え方は迂遠ながらも違っているという意見なんだよ。

なぜアマネの考え方は違うと思いながらも、アマネの解釈する悪を否定も肯定も正しいとも間違っているとも言わなかったのか? それは叶がリパブリカで見せた他者を受け入れる姿勢にある。

 

「俺は俺の悪がだいたいわかる。だけど、禊、正直なとこ、俺はお前が言っていることがよくわからない」

「救世主とか、シュジョウとか……転校してきた、あのときから」

「だけど俺は、それをあえてわかろうとは思わない。説明してほしいとも思わない」

「俺はただ……おまえの真剣さだけを受け取りたい」

「おまえのこととかはほとんど知らないからこそ……その真剣さだけを受け取って、禊と同じ場所に立ちたい」

――時守叶(ギャングスタ・リパブリカ。禊と屋上)

 叶がアマネにしたことって、これと同種なんじゃないか。アマネの真剣な想いだけを受け取りたかったからこそ、その考え方がどうであろうが問題にしなかったんだと思うんだよ。

アマネも最後には「これは私の憶測です」って言っているわけだしね。

もちろん、過去に具体的に何があったか、詳細なところは知りません。

私は希から簡単な話を聞いただけですから。

叶の心の動きも、完全に読みとれるわけではありません。

ですからここに書いたことは、完全に私の憶測です。

けれど私が伝えたいのは、隠された真実ではなく、叶に対する私の想いです。

――アマネ

 ここ、いいなあ、って思う。

アマネは叶は"ほんとう"はこう人間で、こういう過去をもっていて、こういう思想を持っているんだ!って蒙昧な●のように隠された真実を暴きにかかりたいわけじゃなくて、

そう想いました。ってそう言いたかっただけってところがいいなって思う。だってこれは対話だもん。天使と人間の対話だもん。心と心を通わせた意思疎通だからこそ、自分の想いを伝えようと頑張っているからこそ、私は好きなのさ。

叶自身の生き方を含めて、私は『悪』をこのように整理します。

すなわち、『否定する力をもって、肯定を行うこと』。

 最後のこれだけは、私も納得。否定する力をもって、肯定を行う。それは悪のいち側面であることは確かに。

 

 

 

世界はこどもたちのもの

皆さんの力によって、世界は子供たちのものになりました。

選択をせず人格を必要としない存在とは、すなわち子供ということでしょうから。

そのことが正しいのかどうか、私にはわかりません。

ただ1ついえることは、今後この世界に生まれる子供は幸せだろうということです。

親と子が同じ存在であることほど、喜ばしいことはないでしょう

――アマネ

 こどもたちの世界……か。言われてみればそういうことなのかもしれない。選択をせず人格を必要としない運命に流されるって子供になるのか。

きっとそれはそれで幸せな世界だと思うよ。とても怠惰で、責任の暴威に晒される世界。怠惰ってべつに責任を取らないわけじゃないんだよなあ。

 

感傷的な希望を述べるならば、私も皆さんの子供に生まれたかったと思います。

これは今何となく感じたことですが、ひょっとしたら最初からの想いだったのかもしれません。

だからこそ、私は『アマネ』という名を選んだのかもしれません。

皆さんの『娘』となるために。

――アマネ

 皆さんの子供になりたかった。それは……人間を引っ張ってゆく天使が、人間に引っ張られたいっていう想いの裏返しなんじゃないか?

アマネもまた誰かを導いたり、救済する役割ではなく、運命に身を投げた生き方をしたいって言っているんじゃないかこれ。子供になるってそういうことなんでしょ? そしてそれはギャング部と一緒に生きたいっていう気持ちそのものじゃないか。 

新しい世界を皆さんとともに生きれないことは、ほんとうに残念です。

けれどもう一度、皆さんと『悪』をなしてみたいと考えています。

死んだわけではないのですから、その機会も皆無ではないと期待しています。

それではみなさん、また会う日まで。

 ここの「また会う日まで」という文章と、この一連のアマネの文章が「手紙」なことに何かありそうだなって思ってる。直感。

 

 

 

 ソファの上の理想郷

俺たちは、だらだらし、いちゃちやし、ループし、選択しない世界を選んだんだから。

ソファの上の理想郷(アルカディア)を選んだんだから。

 

  

 

エピローグ

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「いやーこの感じ、もしかしたらシャールカ、もう人格とかないのかもしれないな」

 いやーもう多分ないんじゃないかなー。

 

 

相手の想いの中に自分がいる

 

――人格。
今、それがあるのかどうかわからない。
ただ、暗黒時代に向かってるわけじゃないとは思う。
知性を捨てたわけじゃないから。
世界にはいろんな可能性がある。
そのこと認識できるし、想像できる。
そのうえで、あえて選択を捨てた。

だから、愚かになったわけじゃない。
希が言っていたように、『巨人の肩』に乗っている。
先人の恩恵を受けながら、さらに栄えていくことだろう。

人格を失っても ループがあるから世界の多様性を認識できる。想像もできるし思考することもできる。人格を失うことは想像できなくなるわけじゃない。選択することを失ったからって愚かになったわけじゃない。この時代から人格が失われても、巨人の肩に乗りながらもっと栄えることも可能……か。

 

さいきん、少し心境の変化があった。

シャールカ先輩は小さい。
シャールカ先輩は怠惰だ。
シャールカ先輩はかわいい。
シャールカ先輩のことが好きだ。

そんなふうに感じることが少なくなってきた。
もちろん、先輩への気持ちがなくなってるわけじゃない。
ただ、こんなふうに感じるようになったんだ。

シャールカ先輩は、俺に小さいと感じさせる女子だ。
シャールカ先輩は、俺に賢いと感じさせる女子だ。
シャールカ先輩は、俺に怠惰だと感じさせる女子だ。

 シャールカは小さいなあではなく、シャールカは小さいなあと感じさせる人だ。っていうことらしい。

これって自分の不注意でビーカーを割ったときに「壊れました」と宣言するのと似ている。「壊しました」ではなく「壊れました」。自分が壊したのではなく、ビーカーが壊れたのだという主張。壊した責任を惹きつけない姿勢そのもの。

シャールカは小さいと感じさせる女の子だ。

"感じ"るという責任が、自分の中には無い状態ってことか。私からするとそれはとてもおかしい状態なんだけれども面白い。例えば何かしらの絵画を見て「素敵だった」と思ったとしたら、それは"自分"が素敵だったと感じたからこそそう発言することができる。

でも今の叶たちは違うのだ。

"相手"が素敵だと感じさせてくれるから、自分はそう思うことができるという状態になっている。

同じことなのかもしれない。
だけど、やっぱり違う気がする。
俺の先輩への想いは、俺のなかにあるんじゃない。
俺の先輩への想いは、先輩のなかにこそ存在する。

なんだか無責任だな……と自分でも思う。
好きって気持ちの責任を自分でとってないんだから。
先輩に責任転嫁してるわけなんだから。

でも、責任ってこういうことなのかな……とも思う。
無責任で責任転嫁してるのは、先輩だって同じだし。

先輩が俺のことを愛おしいと思ってるんじゃない。
俺が先輩に、愛しいと感じさせてるんだ。

先輩が俺を愛おしく感じている責任は、俺にある。

 自分の想いは自分の中にあるのではなく、相手の中にこそある―――。なんだそりゃー! もうここらへんで一気に困難になってくる。


例えばシャールカのことを愛おしく感じているとする。するとそれは自分がそう感じているからそう思うのではなくて、シャールカが愛おしいと感じさせてくれるというわけだ。

自分の感情や想いさえも、自分のものじゃなくなっている世界ってことか。だからこそ「相手の中に自分の想いがある」ということになるのか。

しかし次のこれはどういう意味なんだろう。

―――先輩が俺を愛おしく感じている責任は、俺にある。

いやそのまんまか。シャールカが叶を好きだっていう想いの責任はシャールカにはない。そう感じさせている叶のほうにあるってことか。紛らわしい。

 

 

世界が広がった感覚


そんな叶はさいきんこう感じているらしい。

さいきん、世界が広がった気がする。

世界を世界として感じることができる気がする。

これねー……たぶんねー……。なんとなく理解可能なんだよね。

人格を失うってことは「自分」という存在が希薄になるっていうことでもある。私が私として強度を保てなく成るっていうことでもあるのだ。わかる? わからないかー。

自我強度が高くない場合、内界と外界の境界線がとても曖昧になる。現代の私たちは自分という内界と、自分から離れた外界を強く意識することができる。いいや強く意識せざるを得ないのだ。

そうなると世界とのリンクはうまくできなくなる。自我が強烈すぎると、世界を世界として認識できないのだ。シームレスに世界と繋がっている自分。

アメリカの神経解剖学者ジル・ボルト・テイラー経験した出来事がそれに近い。彼女は脳卒中を発症し以下の体験をしたという。

マシンを降りて浴室に向かい、シャワーを浴びようとすると、自分の身体の境界がわからなくなっていることに気づいた。自分がどこから始まり、どこで終わるのかという境界がわからない。壁に手を突くと、壁の原子や分子と自分が混じりあっていると感じた。

 左脳から声が聞こえる。「おい、これはトラブルだ。誰かに助けてもらわなきゃ。たいへんたいへん!」

声が聞こえなくなると、自分がいる世界は素晴らしいところだった。この空間の中では、ストレスがすべて消えている。身体が軽くなった。外界すべての関係とそれに関わるストレスのもとがなくなり、平安で満ち足りた気分になった。37年間の人生、その感情の重荷から解放されている。幸福だった。世界は平和で美しく、思いやりに満ちている。

――100年後の「本」|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

 本を黙読するのではなく口に出して読んでいた時代、瞑想、などのあの自分が失われていく感覚は、きっとそういうことなんだろう。自我が希薄になると、世界とリンクできる。ジル・ボルト・テイラーは左脳の機能停止によって偶然にもその体験を出来たらしいのだけれど、これこそが叶がいう「世界の広がり」だよね。

自分というものが無くなれば、世界をより広く感じることができる。

 

 

 

人格なんて考えること自体間違っているのかも

 

――人格。
それが、あるのかどうか。
考えること自体、そもそも間違っているのかもしれない。
そんなもの、最初からなかった気がするから。

人格なんて、もともと俺たちにはなかった。
過去から未来へと流れる時間。
それを通じて、一貫して俺でありつづけるような枠組み。

そんなもの、俺たちは持っていなかった。
もしそんなものが存在するんだとしたら。
毎日は、小説の地の文を読むようなものになるだろう。

自分が何をしているのかいちいち意識して。

 最初なんのことを言っているのか分からなかったけど、ようやく理解できた。

そうか「人格を保つ」という考え方は、一貫性を求めることということ。これは家訓とか流儀とか自分との決め事に近いものがある。

例えば、「一日一善」という自分中の決め事があったとする。毎日ちゃんと一日一善を果たそうとし、考え、実行する。それを繰り返す。いつしかそれは「自分」という人格そのものになっていく。一貫性のある行動。自分が自分でありつづける枠組み。そういうの。

しかしこれは負荷がかかる行為だ。毎日毎日自分をチェックして「ちゃんとやれているか?」「自分がなりたい自分になれているか?」と反省したり修正したりする。

自分が何をしているのかいちいち意識して。


そう言われてみると、そういう生き方をすることに何ら疑問を感じていなかったし意識することも無かった。そういうもんだって当たり前に振る舞ってきた。

けれども言われてみると、なんだか窮屈な生き方だなって思う。私はそこまで一貫して自分を律することはできていないしそんな鋼のような精神があるわけでもないけれど。それでも自分が課した決め事に「縛り付けられる」感覚はよく知っている。

でもそれって…… 

息をするとき、それを文章にしたりはしていない。
箸を持つとき、それを文章にしたりはしていない。
服を着るとき、それを文章にしたりはしていない。

人は、地の文を読み上げるようには生きていない。
俺達は、地の文なんて認識していない。

そんなものが存在しているように感じることはある。
他人に、自分の気持ちを説明するときとか。

だけどそれも、一瞬のこと。
あくまで、途切れ途切れの、一瞬一瞬の意識。
それは、つながったりはしていない。
1つの連続した人格なんかにはなってない。

俺たちは、飛び石みたいに生きている。
遠くから見たら線みたいに見える。
だけど実際は、途切れ途切れの石があるだけ。
石と石の間には、何もない

 「人格」という考え方が定着した社会では、実は途切れ途切れ飛び石を無理やり「線」として認識するようなものなんだろう。これはとても納得がいく考え。

私も思うもん。人間に一貫性なんて無いって。奴らは矛盾ばかりでその場その場の行動に今までの自分を無理やりにつなげ合わせようとしているだけで、別に一貫性があるわけじゃない。

一貫性のある行動を取らないと指を刺されたりホワイトアイを食らうから仕方なく、一貫性のある「ふり」をしているだけにすぎない。自分でさえも一貫性を担保していないのに、他者には辛辣に一貫性を求める。それはなんて理不尽なんだろう。

――人格。

それは、途切れ途切れの石を、後付でつないだもの。

そんなものは、生きることとは何の関係もない。

俺には最初から人格なんかない。

確かにそうだ。人格なんて一貫性のある枠組みなんて、生きることと何の関係もない。人間が「人間らしさ」や「美しさ」を求めた結果、こういう重たいものを生み出してしまったんだろう。 

 

 

手紙

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ただ、それでも。

1つ偽りでない地の文があるような気はしている。

それは――

『手紙』なんじゃないか。

地の文っていうのは、一貫した自分を示すそんな枠組みのこと。

叶は「手紙」だけは偽りではない地の文だという。

 

みんなの想いが綴られた手紙。

ただし、それは比喩。

手紙とは、みんなの想いそのもの。

俺に宛てられた手紙を読んでいるとき。

そのときだけ、地の文を意識することができる。

俺が感じている地の文は、誰かからの手紙(おもい)だ。

 手紙は、その人の地の文を意識することができる。手紙とは誰かからの想いだ。想いそのもの。

手紙=想い=地の文。

ここからいきなり「俺」ではなく「私」へと一人称が変わる。おそらく叶から、アマネに切り替わった。

もちろん、私が感じている地の文は、あなたからの手紙(おもい)。

ラブレターはロマンチックで、心をときめかせる。

ずっとそこに浸っていたいと思うくらいに。

だけどそれは、スパイスなんだと思う。

ずっとラブレターに浸っているわけにはいかない。

同じ時間をすごして、話をして、何かを感じる―――

そのことは、ラブレターよりもずっと大事なこと。

だから。

この長い地の文(てがみ)も、そろそろ終わりにしようと思う。


――叶へ。

凜堂禊、水柿こおり、古雅ゆとり、
時守希、シャールカ・グロスマノヴァ

この文章の内容はともかく、最後の「叶へ。他5人」の言い方がきになるな。

なんで「ギャング部へ」とか「叶、禊、こおり、ゆとり、希、シャールカへ」としないんだろう? なんで「叶へ。他5人」という言い方なんだろう?

 

1、気にしすぎ。みんな宛ての手紙と判断していい

2、……思いつかない。

1、以外思いつかないのだけれど、他にも何か違う見方あるんだろうか、ありそうだ。

 *

そしてこの文章をアマネだと仮定。
次にアマネからギャング部のみんな宛ての手紙だと仮定して読むことにする。


アマネが感じている地の文とは、叶達の地の文のこと。つまり叶達が生きていること自体が手紙そのもの。それをアマネは受け取っている。 アマネは叶達の想いを受け取っている。

浸ってしまいたいくらいに。

けれどずっと浸っているわけにはいかない。叶達の『手紙』を読むより、叶たちと同じ時間を過ごして、話して、何かを感じるほうがずっと大事なこと。だからそろそろこの長い地の文(てがみ)も終わりにしたいと思う。

つまり?

アマネからの手紙を叶は読んでいるんだよね。そしてその文面には、『そろそろこの長い地の文(てがみ)も終わりにしたいと思う』と書いてあると。(実際そういう手紙が物質的に存在するというわけじゃなくてね)

アマネが生きていること自体が、アマネの手紙を受け取っているようなものなんだとすれば、アマネは近々実際に会いにくるってことなんじゃないの?

精神体から、また受肉して人間界へ遊びにくるとも取れる気がする。

 

『何読んでるんだ?』
『わっ、人の手紙勝手に見ないでくださいよっ』
『手紙? 何も書いてないじゃないか』

『俺たちが生きてること自体、手紙を受け取ってるみたいなものなんですよ』
『何だそりゃ? 訳わかんないこと言ってないで、そろそろ行こうぜ』

『行くってどこへです?』
『決まってるだろ。みんなのいるところさ』

『――ええ、そうですね』

――シャールカ、叶

 

 行くってきまってるだろ? そうつまりこの『手紙』の一連の内容が意味するところは―――"今=現実"を大事にしようぜ、ってこと。

 

(終)

 

 

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