猫箱ただひとつ

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論戦は楽しくも痛快である。『ギャングスタアルカディア』のバトルを詳しく見ていくよ(25175文字)

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論戦は楽しくも痛快である。

しかしギャング部の論戦は、結局どういうものだったんだろう。どういう過程を経て誰の主張が誰のカウンターになったのかを曖昧にしか理解していない為、ここらでまとめておく。 

Q:この記事作るのにどれくらい時間かかったの?
A:1ヶ月かかったよ\(^o^)/オワタ

ほんとなんでこんな時間かかるんだよ!!ばかばかばかなの?!しぬの?!死なないの!

さてじゃあいくよ!

 

 

ギャングスタアルカディア・論戦

 

この記事の大まかな流れはこのようになっている。

1、私が気に入った論戦中の言葉をピックアップして考える

2、各ヒロインの主張を1人ずつまとめる

3、攻撃側、防御側と大きなくくりで主張をまとめる


議題は『天使と敵対すべきか否か

 

 

 

攻撃側のターン<天使の味方> 

 

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 ゆとり<よく分からないけど信じるよ

「アマネちゃんが、あんなに真面目になって言ってたんだから」

私にはわかんなくても、アマネちゃんの言ったことは正しいんだと思う

「アマネちゃん、賢いから」

「難しいことについては、私よりも正しいことを言うかなって思う」

「だから、アマネちゃんに従ってたら、きっといいようにしてくれるんじゃないかな」

「もしも人類が滅びそうになってるなら、きっと助けてくれるはず」

「私は、そう思ってる」

――ゆとり

ゆとりさんの主張はぜんぜん論理的じゃない。でもいいなって思える。彼女の言葉はそんな「いいな」がたくさんある。論理的な主張は意見の違い相手を納得させるための重要な戦略だと思うけど、でもゆとりさんについっていっちゃうようなあ……。悩ましい。

彼女が言っていることはつまり。『よくわからないけど、信じるにあたいする人が言っていることだから信じる』って言っているだけなんだよね。それは感情的で盲目的な言い分なんだけどさ。

でもそこがゆとりさんの凄いところなんだと思う。「信じることが出来る人を見つけて」そして「信じる」。悪の器を有しているっていうのは、許容力の現れでもあるんだよねーと。

 

 

 ゆとり<ギャング部と天使って実はいっしょだよね?

「私たちって、ギャング部じゃない?」

「『悪』の名もとに集まってるんだよね?」

中略

「『人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、人がそうなりたいと思うことを実現すること』

「その人の意志とは関係なく、その人のためになることをするって意味だよね?」

「それが私たちの悪で、私たちのポリシー。だよね?」

「ここで大事なのって、前半の部分でしょ?」

「『人がそうしたいと思うのとは違うやり方で』っていうところ」

「だって、これがなかったら、ただの親切と変わらないもん」

でも、私あっちはただの親切な人じゃない。私たちは、悪なの

「それで……これって、アマネちゃんも、だよね?」

――ゆとり

 『人がそうしたいのとは、違うやり方で』っていう言葉は、つまり相手の意向を無視して自分勝手に自分がこうすればいいという手前勝手な行動ということ。そしてそれを叶は『悪』と定義した。

またアマネの行動もそんな『悪』の定義とかっちりはまっているものになっている。悪と天使は共存可能だったのだ! ならばお互いに手と手を組んで仲良くしてもいーんじゃない? そんなゆとりさんの主張である。

『悪』は思想とかそういうのじゃなくて、私自身=悪なのだから、それを否定することは私たち自身を否定することに繋がってしまう。そうすると今までみんなでやってきたことを否定することになってしまう。それは嫌だよね。なら、アマネちゃんのことも認めようよっていうことなんだと思う。

つまりこれはダブルスタンダードをせず、かつ自分達を否定しない為の延長線上に「天使を肯定」するということ。ひいては天使の味方をするということ。

ゆとりさんの思考ならば、「私たちは悪、そしてアマネちゃんも悪。だったら仲良しさんじゃないかな」という発想だと思う。人間の、というよりは仲間のことを誰よりも信頼している人だから。

 

 

 たとえ言いにくいことでも言うべきじゃないと

・「言いにくいことでも、必要があれば話すべき。むしろ、肝心な点を回避しては議論にならない」

・「とはいえ、そこを回避した言葉は説得力に欠く。よって、私はその点に触れる」

――禊

 隠された前提といったものを、含めないで議論をすると混戦しがちだし、話は一歩も前に進まなかったみたいなことよくあると思うので、ここ気をつけたい。

言いにくいことでも、必要があれば話す。むしろそんな肝心な点を回避しては議論にならない。説得力に欠く。らじゃー。

 

 

禊<叶かシャールカには犠牲になってもらう

 「私たちは救済のためにアマネに協力すべき」

「その目的のために、叶もしくはシャールカにはタワーに行ってもらう」

叶もしくはシャールカには犠牲を強いることになる

「そのことに忸怩たるものはあるが、それは私情。目的のためとあらば仕方がない」

――禊

 凜堂禊は救世主だ。救世主は目的のためならなんだってする。自分の感情だって殺すし私情なんて挟まない。衆生の上には立つということはそういうことで、自分というものを無くすという立場でもある。王というのは本当につらいね。だから「個人の感情」を大事にするこおりとゆとりちゃんと対立することになるわけなのだけれど……ここはリパブリカ。

そしてならば、今回もまた同じ。救世主である禊は、仲間を犠牲にしてでも目的を果たすべきと考えたわけね。

つまり人類が幸福に到れるのならば、救済できるのならば、犠牲は致し方ない。そういう思考の持ち主。だからこそ天使の味方側に彼女はいる。禊とアマネは立場的には一緒なんだよね。

 

 

 

天使の味方をする側の主張のまとめ

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ゆとり→『よくわからないけど、アマネちゃんは信じるにあたいする人。だから言っていることを信じる』

 

春日→ 「ループがない世界を想像するなんて、至難の業です。――僕たちには」

ループあるのは当然だと思っている自分たちに「ループがない世界」を提示してきたアマネ。その情報によって彼女の意見を信頼してもいいんじゃないかという春日。ゆとりさんの大雑把な意見を補強する形になっている。

 

再びゆとり→アマネは人間の意向を無視して、人間を助けようとした。それはつまり私たちと同じ「悪」ということ。ならば彼女と敵対することは「悪」に反するんじゃないか?と疑問を呈すゆとりさん。

そしてそうならば、私たちが集まったそのものの理由、ひいては自分達自身を否定することになってしまうんじゃないかと。自分達を否定しない為に、天使を肯定しようとという意見でもある。 

禊→ 仲間という犠牲を差し出すことを受け入れてなおも、目的を達成したいという意志を表明した。

 ◆

ここいらでまとめる。

古賀ゆとり、春日、凜堂禊の3人は「天使の味方をするべき」と主張した。

▼古賀ゆとりの主張は2つ。

アマネは賢いし信じるに値する人物だから信じるし、その行いが正しいと思う。という非論理的な主張を1つ。

・私たちはギャング部。悪。そしてアマネもまた悪。ならば彼女を否定したら今までの自分達も否定することになる。(つまり言外に自分達を肯定するならアマネもまた肯定しようよという意味でもある)

▼春日の主張は1つ

アマネは自分達では考えられない「ループがない世界」という情報を提示してきた。これを提示できるという事実が、自分達の世界に危機が迫っているという可能性を示唆していると考えられる。よってひとまずはアマネのことを信じてもいいんじゃないかと主張する。

▼禊の主張は1つ

・叶とシャールカを犠牲にしてでも人類は救済されるべき。

(これの隠された前提は『人格損失は人類にとって不幸』というものあると推察)

◯このフェイズの大まかな流れ

1、ゆとりさんが大雑把な理由で天使に味方になってもいいよと言い、それを論理的な推論で理屈付けて言葉の説得力をあげる春日。

2、そこに「アマネを否定することは自分達の存在を否定することになる」と錘のような攻撃をするゆとり。この主張によってアマネの味方にならないことは、自分達のアイデンティティに関わるというアタックがされた。ディフェンス側の立場からすれば、この主張はなんとしても防ぎたいところだろうか。

3、最後に、禊が2人が主張しなかった「犠牲」について話す。叶とシャールカどちらかを犠牲にしてでも、人類は救済されるべきという主張にてオフェンスのターンは終了した。

オフェンス側が取った主張はこんな感じ。

アマネが提示する「人類人格損失未来」は信じるに足る根拠がある。ならば犠牲を伴ってでも彼女の目的に協力すべき』 (そして彼女の行動は私たちの思想と同じものだから味方になってもいいと思う)

(この主張の前提として、人格損失が不幸、あるいはネガティブなものだと思っているものだと推察)

 

 

質疑応答1

こおりから→ゆとり

「あえて確認するけど、ゆとりさん、あたしたちの部はギャング部じゃないよね?」

 こおりはギャング部の正式名称である「篤志部」を確認させた。

こおりから→禊

「禊、天使と敵対すべきじゃないっていうのは、人類全体のためだよね?」

「そう」

「で、そのためには、ある程度の犠牲も仕方ないと思ってる?」

「思っている」

禊に多くを救うためには個人を犠牲にしていいのかと確認した。 

 希→全員(ゆとり、春日、禊)

 「全員答えてくれ。アマネがディスサイクリアをはやらせたこと、事前に本人から聞いたか?」

 オフェンス側3人はNOと答える。

希→誰でもいい。

希「この奥遷宮に来たのは何のためだ?」

禊「叶を治すため」

 
シャールカ→誰でもいい

「アマネの考えが正しいてのは、どうしてそう思う?」

最後に先輩が質問する。

ゆとり「だって、賢いんだもん」

シャールカ「……まあ、ゆとりんはそうだろうな」

春日「それは、ある程度推論して、理にかなってると考えられるから……」

シャールカ「じゃあ、その推論のための材料を提供したのは誰だ?」

シャールカ「『この世界の特異性を知ってほしい』なんて言って、そもそも議論を提起したのは誰だ?」

春日「それは……アマネさんです」

アマネが言う「人類人格損失未来」の根拠は、彼女自身が提供したものだよなと確認。
 
シャールカから→みんな

シャールカ「みんな、自分が天使になったらって考えたことはあるか?」

ゆとり「え?ないよ~、そんなの」

禊「ない」

春日「……ありません」

 

 

 

 

 防御側のターン<天使に敵対>

 

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 こおり<人よりも思想を優先するなんて不健全

「前みたいに、あれこれ言わなくなった。それは認める」

「でも、だからといって、あたしが悪の理念に染まったなんて思わないで」

「だいたい、ここにいるからって、理念のぜんぶを共有してるなんて考えるのは間違いじゃない?」

「あたしは、叶や……みんながいるから、ここにいる。悪だからここにいるんじゃない」

「そんなの、あたしだけじゃないよね?みんな同じのはず」

「もしそうじゃないんだとしたら、それってすごく不健全だと思う」

人と人のつながりよりも思想を優先するようなことって、不健全もいいとこよ

「人から思想が生まれるんだよ? 思想から人が生まれるんじゃなくて」

「いつだって、先にあるのは人、その逆じゃない」

「それは社会っていってもいいし、現実っていってもいいと思う」

「もしも悪の理念のためにここにいるんだとしたら、それは現実よりも空想を優先しているってこと」

――こおり

こおりは「悪」だからここにいるんじゃない。悪の理念をすべて共有しているからここにいるわけではない。みんながいるから私はここにいるという。

悪のためにギャング部があるんじゃなくて、みんながいるからここはギャング部ってことかな。

ちょっと気になるのが「人とのつながりよりも思想を優先するのは不健全」という彼女の主張は、「思想を優先するってことは現実ではなく空想を優先しているから」ってことが理由だよね。

現実よりも空想を優先するなんて不健全。

たしかにもっともらしい意見だけど、どこがどう不健全なんだろう? 悪の理念のために、虚構の為に、ここにいちゃいけないんだろうか? 私はそれを肯定しちゃうんだよなー。人は自分の理想の為に動くものだと思っているものだし、その思想やら理念が、時に人との繋がりより優先されることだって多々あるとすら思っている。それでいいと。

いやちょっと待てよ。こおりのこの意見は「宗教」を全否定じゃないか? キリスト教や仏教、私はあまり詳しいわけじゃないけど、あれは「思想」に共感したものたちがそのグループの輪に入るものなんじゃないのか。

思想が先にあって、後に人がいる。その構図はおそらく宗教ならばどこも一緒な気がする。

「人から思想が生まれる」という意見は。だからって思想よりも人を後にする理由にはなっていないんだなって今更に思う。人から思想が生まれたとしても、人よりもその思想に共感し価値を与えてしまうことってある。あーまるでいーくんのようだな……っていうのは置いておいて。

このこおりの意見は、共感できるか否かがポイントか。できなければ簡単に切ってすてることのできる意見(←世界の多くの人が宗教に入信しているのならそれは不健全ではないよね?それによって健全な状態を阻害されているという事実や個人の生活がゆがんでいるということにならならないんじゃないかな)

だけど、ふつうに聞き流していると「不健全」「現実より空想を優先するのは」

「思想よりも人が先にある」と言われると納得してしまいそうになった。うーんやっぱり人を納得させるのは論理ってわけじゃあないんだな。その人の価値観に共感できるものをねじ込むことができるかどうかがポイントな気がするな。

 ◇

またこれはゆとりさんの「私たちは悪。アマネも悪。なら彼女を肯定しよ」という意見の否定になっている。「私たちは悪かもしれないけれど、でもここにいるのは悪だからってわけじゃないよ」と。言外に「私たちが悪だからってアマネを肯定する理由にならない」という主張なんだと思う。

そして、

「人がいて思想が生まれる。いつだって人が先。その逆はないよ。人よりも思想という「悪」を優先するなんてとても不健全だし現実よりも空想を取ったってことなんじゃないかな」とこおりは続ける。

ゆとりさんの「私たちは悪。アマネも悪。なら彼女を肯定しよ」という、「悪」を基板にした主張に対し、「思想よりも人間を優先するってどうなの?」という意見を返して終わりって感じなのかな。

こおりの主張をくずすには、

1,「思想を人よりも優先するのは不健全」という「不健全」という部分がそうではなく健全であることを述べる

2、そもそも「思想が後だとか人が先だとか」後先の問題じゃないことを述べる


つまり主張の中にある隠された前提をひっくり返せればいいんじゃないかな。

 

 

 

こおり<アマネは間違ってる。人類のために何をしてもいいっていう考えは

「 あたしは、アマネのやり方は根本的に間違ってると思う」

「途方もなくて、なかなか想像できないけど、そのへんは考えないことにしてもね」

「人類全体に危機が迫ってるんだとしたら、何とかしないといけない。それは理解できるよ」

「でも、だからといって、何をしてもいいわけじゃない」

「勝手に人間を病気にしたり、とかね」

大きな目的があるからといって個人を無視するのは、はっきり言って間違ってる

「ううん、目的が大きいからこそ、余計に間違っているっていえるかな」

――こおり

大きな目的があるからといって個人を無視するのは、間違い。この主張は禊ならば「なぜ?」と首を傾げたものだったんじゃないかな、あるいは「それでも成さなきゃいけない」と考えているかも。

対してこおりは「人」や「人との繋がり」をとても重要視する女の子。だからこそ、おそらくどんなことでも個人を犠牲する主張には頷けないと思うし、反論すると思う。

―――誰か救うためになにをしたっていいわけじゃない。

ああ、ならばこおりは「自己犠牲」そのものも嫌いかもしれない。あれは自分を蔑ろにする行動だから。個人が個人を自分が自分を犠牲にするのだって嫌な人間なのかもしれない。そう思った。

けどこれは後に禊がいうように「理想論」でしかないんだよなあ……。個人を犠牲にしちゃいけない、それは分かる。私が私を誰かによって毀されるのは嫌だからもちろんその意見には賛成する。自分の為に、個人を犠牲にしてもいいなんていう意見を通してはいけない。

でも、現実的にいえば、必ず、誰かがどこかで犠牲になっている。それは犠牲になるのが世の常だからとかそういうことじゃなくて、何かをするために八方総て丸く収まるなんてことは現実的にありえないんじゃないかな。

そんな奇跡みたいなこと、誰もが笑っているだなんてこと正直信じられない。誰かが不幸になって、その泣いた分だけ他の誰かが笑っているっていうのが現実なんじゃないの? それは「何かをするために犠牲はどうしても出てしまう」っていうこと。この「どうしても」がミソだと思う。

だから現実的に考えれば、こおりの意見は理想論であり実用策が伴っていない考えだと言えるかも。根拠も必要性もあるし納得できる考え方。でも現実に適用できるかといわれれば……困難。あー今のこれは「叶とシャールカ」を犠牲にするかの話じゃなくて、もっと別軸の犠牲について話しているよん。

ってことで、ここらへんでいったん「天使と敵対すべきか」「叶たちを犠牲にすべきか」という立場に戻って考えよう。ふー危ない危ない。ついつい忘れちゃうんだよなあ。 

今回の場合だったら、「世界の目」を持っているとされる叶あるいはシャールカが犠牲にならなければどうなるか。それはアマネが言ったように、人類救済"後"のループあるなしの差別意識や優越性の排除を促す為にある。具体的に叶達がどういうふうに関わっていけば、そうなるのかは分からない。ただアマネがいうにはそういう差別意識を払拭するためには叶たちが必要らしい。

正直、ここの理由付けはアマネはしてくれていない。だから現状から考えると、「別に叶たちをアマネの元に渡す必要はない」と考えてもいいんじゃないかな。だって相手の根拠なき主張を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないもん。

だから現状は、叶たちは犠牲にならなくてもいいって考える。私はね。アマネが根拠ある理屈付けをしてそれに納得したならその犠牲を受け入れちゃうかもしれないけど、現状ではこおりの「大きな目的の為に個人を犠牲にするのは間違っている」という意見を通していいと思える。ここでの場面ならば理想論ではなくまだ現実に即している意見だと思うから。

 

 

こおり<例外はかんたんに前例になる

「それに、こんなこと認めちゃったら、よくない前例を作ることになるし」

「今後は、それっぽい言い訳があったら、何でもしていいってことになっちゃう」

「それって、すごく危ないよ」

「今回は特別な目的があるからあくまで例外――そんな考えは、はっきり言って甘いと思う」

「人間がどういう存在かって考えたら、甘いとしか言いようがない」

今回のやり方が結果的にうまくいったら、この後もずっと認められることになる

個人をないがしろにしたやり方こそが、正しくて理にかなってるってね

「一度うまくいったら、例外だったなんてこと、みんな忘れちゃう」

「例外なんて、だいたいなし崩し的に前例になっちゃうもん」

「七子がいつのまにか、叶に仕事を持ってくるようになったみたいに」

「気がついたら、みんなあたりまえのこととして受け入れてるよ、きっと」

――こおり

原則にこだわり過ぎれば柔軟な対応はできなくなるし、例外を認めてしまえばいつしかそれは前例になってしまう。例外という特別な判断がいつのまにか「やってもいい」と当然のように思えてくるのはまずいよね。

難しいな。

その例外が成功してしまったら、上手くいってしまったら、それは「最適解」だったとなるのはよくわかる。その判断が正しかったのだから、今後もそれを採用しようじゃないか、そういうことになるのは容易に想像がつく。

「大きな目的の為に個人を蔑ろにしてもいい」

そんな判断を「最適解」だと判断する倫理観を生んでしまえば、そういう状況は今後頻発するようになる。ひいては自分が誰かの目的によって犠牲されかねない。そんな社会はどうよ?嫌だ。

だからこそ、そんな例外を作ってはいけない。「人類救済の為に個人を犠牲にしてもいい」なんて判断を認めてはいけない。ゆえに叶とシャールカは手渡さない。

 

こおり<命の恩人を正しいと思うのは人間の限界

「天使に助けられたら、これまで以上に天使の権威に従うようになる」

「べつに、アマネが高圧的にふるまうって意味じゃないよ」

「アマネの性格の良し悪しは、この際関係なくってね」

人間のほうが、勝手にアマネに借りを作られたって感じてしまうの

「それで、無意識のうちに、アマネが正しいって感じるようになる」

「命の恩人のすることは、無意識に正しいって思うものでしょ?」

「だって、命の恩人が間違ってるとしたら、その人に助けられた自分も否定することになるから」

中略

「天使のしたことを間違ってるって感じるなんて、ほとんど不可能に近くなる」

「これは、人間の限界だと思う」

――こおり

 天使に助けられたらその人のことを正しいと思うようになってしまう。だって助けてもらったから、自分たちの生命を救った救世主を「間違っている」なんて今まで以上に思えなくなる。

ひいてはアマネの言葉をより盲目的に信じるようになるかもしれない。

というよりは、そんな前例を作ってしまえば、よりそれをひっくり返すのが困難になるってこおりは言いたいんだろうね。個人を犠牲にしておおきな目的を達成するのが"アリ"だと思ってしまえば、天使の権威も相まって、もうそれは定着してしまう。壊すことがかなり難しくなってしまう。それは長期的な目線でみれば怖い。

そんな気持ちの主張なんじゃないかな。

 ◇

「これは人間の限界だと思う」

人間の限界?……。権威に弱いということ、盲目的なこと、あまり考えないこと……大虐殺の事象が少しだけリフレインした。

 こおりの最初の主張は、ゆとりさんのカウンター。そして次の主張が「天使と敵対すべきかどうか」という議題に対してのディフェンス。

こおりは春日の意見を受け入れた上での反論という形になっている。つまり「人類人格損失未来」は起こるという前提での意見である。

彼女の意見の核にあるのは、「人類救済するために、何をしてもいいわけじゃないよね」っていうこと。大きな目的の為に個人を犠牲にするのなんて間違っているという結論を提示した。つぎに理由は

「人類救済の為に個人を犠牲にするのは間違い」という根拠に、

「もしこの方法がうまくいったらこの先も大きな目的の為に個人を犠牲にしていいって正しいってなる。そして一度でも例外があればそのうち前例になる。人って状況になれるものだし権威に弱いからなし崩し的にそうなっちゃうよ」とい述べた。

 

 

 希<これは天使の問題じゃない

「天使が慈悲深くて、アマネはいい奴――それは認めてもいい。まあ、事実なんだろう」

「けど、だからといって、人間に何の相談もなしに事を進めるのは間違ってる」

「いくら重大でも、いくら人間の手に負えなくても、これは人間の問題だ」

――天使の問題じゃない

「なのに、天使が勝手に物事を進めようとしてる」

「人間の問題を、人間以外が――天使が左右すべきじゃない」

「人間自身のことは人間自身が決定すべき。――私の考えはシンプル、そういうことだ」

 オフェンス側の「アマネ個人、アマネの言葉は信じるに値する」という主張を受け入れての希ちゃんの反論。

彼女は個人主義の人間なので、個人の自由というものをとても尊敬しているし尊重している。だからそれを踏み荒らす天使の行為が許せない、そんな憤りを感じるよね。

人間の問題を、人間以外の奴が口出しするな。左右するな。私たちは私たちの問題を私たちの力で解決する。そういう強い意志を感じる。

つまりオフェンス側の主張の最後「人類が救われるのならアマネに任せていいじゃないか」という部分に対しての「いや違う。人類救済は人類がすべきだ」というカウンターアタック

これもまた禊んから言わせれば「滅びを肯定するのか?」と言われちゃいそうな意見だよね。でも私はどっちかっていうと……希ちゃんの意見が好きなので、こっちを応援したいなあ。

 

 

シャールカ<今後も騙されるそれが基本線

「あんまり、希望的な観測にもとづいて判断すべきじゃない」

「事実をベースにして考えろ」

「一度騙したっていう事実があるなら、これからもだますって考えるべきだ」

「すくなくとも、騙される可能性がある」

「ほんとうはいい奴……そりゃけっこうな話だ」

「けど、今後も騙されるかもしれない……それが基本線であるべきだ」

希望的な観測に基づいて判断するべきじゃない。というのはそういう判断は「危ない」からっていう意味が含まれているんだろうか?

事実をベースにして考える。けれどもゆとりちゃんと春日の言い分もまた「事実ベース」であることには変わらないと思う。

今後騙すか騙されるかという悲観的観測というか不確定要素が強すぎるので、これはもうどっちもどっちなんだよなーと。だってそんなのアマネにしか分からないし、彼女にだって騙すことなんてコントロールできるわけじゃない。人間の価値観と天使の価値観は違うからまた「客観的に騙される」なんて事実が起きちゃうかもしれない。でもそれは誰にも分からない。

シャールカはオフェンス側の主張の前半の部分「アマネは信用に値する」という部分に反論した。

客観的に見ればアマネは一度私たちを騙した。なら今後も騙す可能性は十分にある。たとえいいやつだとしてもな、考えの前提はそこからであるべきだよと言う。

「というか…… 、いい奴かもしれないからこそヤバいんだけどな」

「いい奴だからこそ、善意でとんでもないことをやらかす可能性がある」

「こっちも、いい奴だからこそ情にほだされるリスクがある」

「どうしようもない犯罪者なら、完全に敵だって割りきればいいんだからな」

「……結局、アマネは人間じゃないんだ。人間じゃないから、人間の基準で判断できない」

「いい奴だ何だって考えること自体、間違ってるんだ」

存在のあり方が違いすぎる相手のことを信じるのは、リスクが大きすぎる

「それに、天使的には、人間のことなんてしょせん他人ごとなんだ」

「いくら気遣う格好を見せても、しょせんは感傷にすぎない」

さっきの「事実ベースにして考えろ」が「アマネは賢いしいい人だから正しい」という主張の反論だとしたら、

今度のも別の切り口からの「アマネは信用に足らない」という主張だよね。

『アマネがいいやつのは認める。けれども天使と人間は違う存在。存在の在り方が違いすぎる相手を信じるのは危険なんだ。あいつが"善意"である人類に介入してきたこと、"当事者性がない"ことから信じられない』と。 

「仮に、今後アマネに嘘もミスもないんだとしても―――」

「仮に、シャールカの懸念がぜんぶ杞憂だったとしても―――」

「やっぱり天使なんて信用できない」

天使にとって、人間のことは他人事だから」

「他人事だから、何が問題なのか、根本的なところで実感できない」

 「決断のリスクを自分が負うわけでもない」

「天使の気遣いなんて、自分勝手なロマンティシズムにすぎないんだよ」

「天使の親切なんて、ぜんぶ見当違いなんだ」

――シャールカ

 

 

 こおり<当事者意識がないことは、思いやりはただの善意の押し付け

 「当事者意識がないと、思いやりも見当違いになっちゃうってこと」

「思いやりが実際に力をもつのは、当事者だって感覚があるときに限られると思うの」

「当事者意識があるからこそ、反省ができる」

「今言っている『反省』は、事がぜんぶ終わった後に振り返るようなものじゃない」

「そんなものじゃなくて、日常的な反省のこと」

「当事者なら、日常的な反省ができる」

「自分のことだからこそ、自分の行動が正しいかどうか、つねにチェックしようとする」

「チェックして、間違ってたときには修正ができる」

「だけど、当事者意識がなかったら、反省のモチベーションは低くなる」

「つまり、日常的な反省ができなくなる」

「いくら賢くても、十分な反省がなかったら、道を誤ることもあるよね?」

「修正する機会がないんだから」

「いくら大きなことことを言ってても、当事者意識がなかったら、使命感が空回りするだけだよ」

「アマネの行動ってあくまで天使視点で……人間の側の感覚に欠けてるところがあると思う」

「そうなったら、いくらアマネが賢くても、いい結果になるとは限らないんじゃないかな」

――こおり 

 当事者意識が無いと「日常的な反省」はできなくなる。なぜなら自分のことじゃないから結局は他人事だから、どうしても反省のモチベーションは下がりやらなくなる。

そして日常的な反省をしないということは、自分の行動が間違っていたのか正しかったのかチェックし修正する機会がないのである。いくら賢くても自分の間違いを修正する機会がないのなら道を誤るのは当然のようにあるだろう。

だったらそんな当事者意識が欠けた使命感は空回りするだけ。親切も思いやりもただのおせっかいでありがた迷惑で善意の押し付けだ。そんなものが良い結果を生むなんてとてもじゃないけど思えないよ。

―――ふむなるほどね。

シャールカは当事者意識がないことの危険は、「何が問題なのか根本的なところで実感できないところ」だといい、こおりはそれを補強するかのように「何が問題なのか分からないのは日常的な反省が出来ないから」だと主張した。

シャールカはもっとどちらかというと、あいつの身勝手なふるまいで自分達の行く末がどうにかなるっていう状態が苛立たしく感じるようにも見える。当事者意識がない天使は、決断のリスクは取らないし、救済のその後のことも全部放置するんだからさみたいなさ。

 ◇

思いやりが実際に力をもつのは、当事者だって感覚があるときに限られると思うの

 これは直感的に分かるよね。

例えば過去になにかで苦しんでいた人は、同じ境遇だった人の気持ちを理解できる。そしてその理解を伴った行動は、いい結果を生みやすい。

逆にその人の境遇も、痛みも分からないのに、善意で軽々しく、当事者意識が欠けた行動はその人の気持ちを逆撫ですることに繋がりやすいと思う。

善意がぜんぶがぜんぶ悪いなんて言いたくないし思いたくもないけれど、そういう側面があることを知っておくといいのかもしれない。

 

 

 希<直感だよ直感

「けど、それでも、だいたいの場合は直感が正しいんだ

「経験と知識にもとづいているから。それに、自分の価値観に根ざしてるから」

「お兄ちゃんたちのことが大事だからこそ、奪いかえしてここまで逃げてきた」

「人間のことが大事だからこそ、天使と敵対する行動をとった」

「そのことに、誰も反対してないだろ?奥遷宮のことを知らなかったちびっこ以外は」

「つまり、天使に敵対するってことで、最初から意見は一致してたんだ」

私たちは、もう決めてしまった後なんだ

「天使と敵対するかどうかなんてあたりまえのこと、議論する必要なんかないんだよ」

 直感のほうが正しいことが多い。その主張はなんだか信憑性に欠けていると感じる人もいるかもしれないけど、希ちゃんがいうように大体の場合は直感は正しいんだよね。

「勘」といわれるものだって当てずっぽうに見えて、その実その人が今まで蓄積してきた経験と知識の総合値となって現れる場合が多い。プロの将棋棋士が対局中にもうどこに打てばいいのか考えてもわからん!っていうとき、「勘」で駒を動かすこともあるんだとか。

そしてだいたいの場合その一差しは、活路を開くものが多いんだという話を聞いたことがある。

これも一緒で、直感といわれるものは正しい場合が多い。

それに基づいていえば、学校で天使と敵対し、奥遷宮にまでやってきた。この事実はすでに私たちは決めてしまった後なんだよ―――という希ちゃんの言は頷いしまいそうになりつつも……いやいや!いやいや!でもでもちょっとまって!ってなる。

でもどう反論していいか分からない。んー。

ちなみに希ちゃんのこの主張は、オフェンス側のアタックとは関係なく、一つ一つの反論じゃないってことを頭に留めておく。「天使と敵対すべき」という根拠の一つになる主張ってことだね。

 

 

 

 

防御側の反論のまとめ

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▼こおりの主張は2つ

1つ目は「私たちは悪だけれど、悪だから一緒にいるわけじゃない。みんながいるから私はここにいる。思想を優先するのは不健全」だと言い放った。

これはゆとりが「私たちは悪。アマネも悪。なら彼女を肯定しないと自分達も否定することになる」主張に対して、「「悪」を否定したとしても、私たちがやってきたことは否定されない。なぜなら思想よりも"人"が優先されるから」という反論である。人間優位の考え方って言ってもいいのかな。

2つ目は、「人類救済の為に個人を蔑ろにするのは間違っている」と主張した。理由としてはもしこの例外的意見が上手くいってしまえば、その判断は最適解だったとされ、今後も大きな目的の為に個人を犠牲にしてもいいという論調になってくるに違いない。例外は前提となり当たり前の価値観となっていく。

さらに天使は人間からすれば尊敬され慕われる存在だ。そんな天使が自分たちを救ってくれたという事実はより彼女の言葉の納得性を上げてしまう。つまり「大きな目的のために個人を犠牲にしてもいい」という風潮が確固なものとなり、今後それを打ち壊すのが困難になってくる。

そんな社会は嫌だよっていうこおりの気持ちが元になった主張なのかなとと推察した。


▼希の主張は2つ。

・1つは「これは天使の問題じゃない。人間の問題だ。人間のことは人間たちでどうにかする」という天使からの救済を拒絶したもの。これは禊たちの「天使に救済してもらおう」というカウンターになっている。

2つ目は、奥遷宮に来たってことはもう既に天使と敵対するって私たちは決めてしまったんだ。という「直感の正しさ」という根拠によって別方向から「天使と敵対すべき」というアタックになっている。

 

▼シャールカの主張は2つ。

・1つ「アマネは信用ならない」と主張するシャールカ。希やこおりは「アマネは信用する」ことを受け入れて主張を展開してきたが、シャールカはその部分そのものが誤りだと主張した。

根拠としては3つ。

1つアマネは一度私たちを騙したこと。であるからにして今後も騙される可能性は存在する。よって彼女を信用することはできない。

2つ天使と人間はそもそも存在の在り方が違いすぎる。在り方が違いすぎる者は根本的な所で理解できない。(おそらく人間の価値観や文化、概念が天使とは異なっていると言いたいのだろう)

3つ、アマネは当事者意識が欠けている。事情の知らない上から目線の行為は、いい結果にならないことが多い。なぜなら結局は他人事で自分のことじゃないから。このことをこおりは「日常的な反省のモチベーションが低い」と補足した。日常的な反省ができないということは、間違いに気づくことも間違いを修正することも出来ないと指摘した。


2つ目はアマネの「人類人格損失未来」は果たして本当に起こるのか? だってそれを持ちだしてきたのはアマネだぞ? 推論する情報をくれたのもアマネだ。と指摘


 ◆

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「天使に味方すべき」という主張の内容は以下の通り。

アマネが提示する「人類人格損失未来」は信じるに足る根拠がある。ならば犠牲を伴ってでも彼女の目的に協力すべき』 (そして彼女の行動はギャング部の思想と同じものだから尚更味方になってもいいと思う)


まずオフェンス側の主張を分解して個別にする。

(1)、アマネが提示する「人類人格損失未来」は信じるに足る根拠がある

(2)。ならば犠牲を伴ってでも

(3)、彼女の目的に協力すべき

(4)、そして彼女の行動はギャング部の思想と同じものだから尚更味方になってもいいと思う

そして「天使と敵対すべき」側の反論は以下の通り。


(1)アマネが提示する「人類人格損失未来」は信じるに足る根拠があるに対して、


・「そもそも『人類人格損失』という未来の出来事を支える根拠となっているのはアマネ自ら提示した『ループのない世界』という情報を推論した結果だ。それを信用していいのか?」

・「(1)に隠されている前提として『アマネは良い奴だから嘘は吐かない』というものがある。でも私はアマネを信用していないんだこれっぽっちも。なぜなら一度は私たちを騙したからだ。なら今後も騙される可能性がる。それにあいつが良い奴だとしても、あいつは天使で私たちは人間だ。存在の在り方が違いすぎる奴は根本的なところでこっちを理解していない。それに当事者意識もない。当事者意識がない奴は使命感が空回りするから危ないんだ

 

(2)ならば犠牲を伴ってでもに対して、

・「人類救済の為に個人を犠牲にするのは間違っている。なぜならもしその例外的判断が上手くいってしまえば今後『最適解』と受け入れられてしまうから。大きな目的の為なら個人を蔑ろにしてもいいそういう価値観を作っていくことになるよ。 それに天使は人類から尊敬される立場にある。そんな天使が私たちを救ってしまったらより先述した問題が強固なものとなっていく。自分達を救ってくれた生命の恩人が「間違いを犯す」なんて人間は受け入れ難いから。これは人間の限界だよ」

 

(3)彼女の目的に協力すべきに対して、

・「人間のことは人間たちでどうにかするし人間は人間が救済する。だってこれはこれは天使の問題じゃないから。人間の問題だ」

・ 「アマネは当事者意識が欠けている。事情の知らない上から目線の行為は、いい結果にならないことが多い。なぜなら結局は他人事で自分のことじゃないからだ。自分のことじゃないから反省はできない。反省が出来ないなら間違いを見つけて修正することもできない。そんな奴についていこうと思うか?」

 

(4)そしてアマネの行動はギャング部の思想と同じもの。だから尚更味方になってもいいと思うに対して

・「私たちは悪だけれど、悪だから一緒にいるわけじゃない。みんながいるから私はここにいる。だからアマネを否定して悪を否定することになっても、私たちが今までしてきたことは否定されないんじゃないかな。いつだって人が先でしょ。人より思想を優先するのは不健全だよ」

 

●そしてオフェンス側の主張に対する反論とは別の「天使と敵対すべき」主張

・「奥遷宮に来たってことはもう既に天使と敵対するって私たちは決めてしまったんだ。そういう直感的行動は経験・知識・価値観によって裏打ちされたものだから正しい事が多い」

 

 

 

 質疑応答2 攻撃側から防御側へ

 

 ゆとりから→こおり

「……こおりちゃんは悪のことが嫌い?」

「嫌いっていうか、いいことだとは、あたしは思わない」

 

「ギャング部の世を忍ぶ仮の名前を『篤志部』にしたの、こおりちゃんだよね?」

「……そうだけど。知ってるでしょ」

  

ゆとりから→シャールカ

「あたし、法律には詳しくないけど、嘘をついたら死刑になる?」

「……なるわけないだろ。すくなくとも、日本の法律では」

 

 

  

 

 

 

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攻撃側の反論

 

 ゆとり<人と思想って完全に分けられるものじゃない

 「でも実際は、こおりちゃんだって悪の理念に共感してるんじゃないかな?」

「思想より人のほうが大事……それは、私にだってわかるよ」

「むしろ、こおりちゃんよりも私の方が言いそうなことだもん」

「……でも、人と思想って、完全に分けられるわけじゃないと思うの

「悪だからこそ時守くんで時守くんだからこそ悪―――」

「これ、どっちが先ってこと、ないよね?完全に分けられるものじゃないよね?」

「思想も、その人の一部だから」 

 ここ面白いんだよなあ……。

「人より思想のほうが大事」それはゆとりちゃんも言うように「こおり」ではなく「ゆとり」がとても言いそうなことだよね。『ギャングスタ・リパブリカ』で禊VSゆとりの対話のときのように、救世主への立場よりあなたの幸せのほうが大事だと断言したあのときのように。

でもそんなゆとりさんが言いそうなことを、こおりが言っている。そして自分がいいそうな主張に対してそれに反論する構図……それってなんだかとても面白い

気がする。

さて本題。

「人と思想って完全に分けられるものじゃない」。確かに。考え方とその人自身で区別しろって言われる時があるし、実際区別してみると区別できているかのような錯覚がある。

でも実際は、完全になんて分けることなんて出来ない。考え方……ではなくきっと「思想」からこそ「分けることができない」ということになってくるんだと思う。

これがただの「考え方」だったらその人と区別して分けることができるんだと思う。だって考え方って常時アップデート可能案件でしょ? 「変わる」ものだし「変わるべき」ものなんだよ。

それは思想も同じかもしれない。けれど思想は「変わり」にくいし「変えちゃいけない」場合が多い。それはその人の生き方で、生き様で、流儀な場合が多いから。だから考え方ではなく思想。

叶から悪をとったらそれは「時守叶」ではなくなってしまうと思うし、禊から「救世主」を奪ってしまったら「凜堂禊」ではなくなってしまう。それは一時的なことかもしれない。でもやっぱり思想というのはその人の<核>なんだよ。

 ◇

ゆとりちゃんの「人と思想は完全に分けることができない」という主張は、こおりの「人から思想が生まれる。いつだって人が先で思想が後。だから思想を優先するのは違う」への反論である。

思想はその人の一部で、分けることが出来ない。なら思想を優先することだってあるんじゃないかな。それは間違いなのかな?

という言外の指摘。

 

 

ゆとり<こおりちゃんも悪だよね?

「こおりちゃんだって、きっとあるんじゃなぁい?他人の意向を無視して、よかれと思ってしたこと

「時守くんが望まないってわかってても、時守くんのためにしてあげたこと」

「たとえば……そう、こおりちゃんがギャング部に入って、篤志部にしようとしたこと」

こおりは「大きな目的の為に個人を犠牲にするのは間違い」と言った。でもアマネがやっていることは、こおりもしている「他人を意向してよかれと思っていること」なんだけど、それってどうなのかな? っていうゆとりさんの主張だと思う。

ダブルスタンダードはダメという前提に立ったカウンターについて考えてみたい。

つまり「自分がしていることを、今回はダメっていうのはずるくない?」という考え方。ダブスタは卑怯というのはもう前提でいいと思う。その上で相手にあなたがダメっていってるのは、あなたがしてきたことですよという反論はどんな効果を相手に与えるんだろうか。

簡単に自分の主張の有効性を失いそうな気がする。自分がいつもやっていることは、「いつもやる」理由があるわけで、効果があるわけで。ならば「自分自身がいつもやっているのに今回はダメってどういうことなの」という質問みたいなものなのかな、これってふーん。

ここを答えられないと、カウンターとしてじわじわ効いてきそうな。

 

 

 ゆとり<私たちはガラクタを持っている

「こおりちゃんはしっかりしてて、私みたいにいい加減じゃない」

「だけど、それでも、捨てられないガラクタがあったはず」

「細かい部分は違っても、みんなガラクタをもってたはずだから」

「それをひっくるめたものが――『悪』なんだと思うな」

悪って、別に思想なんかじゃないんだよ。頭のなかで作り上げたものじゃないと、私は思う」

「そりゃまあ、悪っていうのは、時守くんの思いつきだけど……」

「でも、ほんとのところは、私たちみんなの、心のいちばん底にある想いなんじゃないかな」

これは私も違和感あったところなので、よくぞ言語化してくれたゆとりさん!

そうそう。『悪』ってもうなんか考え方や思想とかそういうのとは違ってきて「内在化された世界」とか「クラスタ」とか……正直すごい言語化しにくいんだけどそんな感じ(どんなだ!)

とにかくもう体感的な繋がりとかそういうふうな気がするんだよなあ……。

たしかに悪というのは叶が提案し行動してきた考え方・思想っていうのは一部分では正しいと思う。でも、もうそれ以上のモノになっているとは思うよ。思想以上の体感的な、なにか。実存……みたいな気もするな。

「もう、時守くん1人が頭のなかで考えだしたものじゃない」

「それは、思想なんかじゃなくて、私たちをつなぎ合わせてる運命の絆みたいなもの

「私たちは、運命のレベルでつながってるんだよ。思想みたいな、言葉のうえのものじゃなくて」

――ゆとり

 私たちは運命のレベルでつながっている。ちょっと恥ずかしくなるよな台詞だけれども、確かにそれは言い得て妙な気がする。そんな感じがする。運命の絆、なるほどね。

私もそういうこと言いたいんだよ。けどもっと適した言葉があると思う。運命の絆……以外の言葉が。ここ保留。

 

 

 ゆとり<わざと騙したわけじゃないよね?

「……それからシャルちゃん」

「一度騙したから次も騙すはずっていうのは、私は決めつけだと思うな~」

「そもそも、わざと騙したわけでもないよね?

「アマネちゃんは間違えただけ。騙したんじゃない」

「騙されたっていうのは、私たちがそう解釈しただけでしょ?」

シャールカ先輩は「客観的な事実をみろ」といい、ゆとりは「私たちが解釈したから騙されたと思うだけだよ」と返した。互いの主張はは平行線になっちゃったな。 

ゆとりが言うように、おそらく、アマネは私たちを騙そうとしたわけじゃない。アマネの言い分を信じるなら彼女は人間社会・価値観になれていなく、そういう行き違いが起きてしまっただけ。客観的には私たちを騙したことになる、けれど"騙された"わけじゃない。シャールカは"騙された"というけど、ゆとりは"間違った"だけと認識しているんじゃないかな。

だから「騙されたっていうのは、そう解釈しただけでしょ」という言葉になる。

「今まで天使は、人間のいいお友達だったじゃない」

「だったら、これからもいいお友達でいられる―――そうは思わない?」

ゆとりさんのことが好きなのは、ここなんだよね。人間としての包容力、許容力が異常に高い。 これからもアマネちゃんと仲良くしよ?って。きっとゆとりさんの基板になるのは「仲良くしよ?」ってことなんだと思う

繋がるのが好きというか、その為の器を持っているからこそ、なのかな。

 

 

ゆとり<天使に正しい保証はないっていうけど、

「あと……、あ、そうそう、アマネちゃんが正しい保証はないって話」

「仮にそうだとしても、それって今の段階でははっきりとはわからないことでしょ?」

「たしかに、アマネちゃんが正しい保証はない。だけど、間違ってる保証もない

「だったら、どっちかに賭けるしかないと思う

賭けるなら、私はアマネ、ちゃんが正しい方に賭けたいかな

現段階では「アマネが正しい保証も、間違っている保証もない」。いくらアマネが事情を知らない当事者意識を欠いた上から麺線の奴だとしても、反省のモチベーションが低いんだとしても、間違えるかどうかは分からない。未知数だ。

これは「アマネを信じる根拠」と「信じない根拠」をぶつかりあわせた結果、最終的な意見だよね。最初からここに言ってはいけなくて、主張と反論をぶつけた結果、ここに行き着くしかなくなった。

つまり論理ではなく「信じる」ほうに賭けるという感情優位の意見のこと。

私は……ならアマネを信じたいな。

 

 

 春日<人間のことは人間が決めるべきっていうのは危ない

「……それから、人間のことは人間が決めるべきというのは、僕はけっこう危ないと思います」

「あえて事実から目を背ける―――そんな考え方に近いんじゃないでしょうか」

「でも、事実から目を背けたって、何にもなりません」

事実を無視して自分なりの方法で物事を進めても、何も解決はしないと思います

「患者のことを患者が決めるのなら、医者は必要ありません」

「たしかに、気分がいいことかもしれません。自分のことは自分で決める、というのは」

「ひょっとしたら、一時的には満足するかもしれません」

「でも、あたりまえですけど、それでは患者は助かりません」

「正しい知識じゃなくて、思い込みに従って行動してるだけなんですから」

――春日

希ちゃんの「これは天使の問題じゃない。人間の問題だ。人間の問題は人間が解決する」という主張に対してのカウンターアタック

確かに天使の問題ではない。けれど自分達の問題を自分達で解決しようとするからって「良い結果」にはならないんじゃないでしょうかとそういう意見だ。

希ちゃんは「個人の自由」からの意見であり、春日は「最適解・よい結果」からの意見だと思う。個人の自由を尊重するならば希ちゃんに。結果主義ならば春日の意見に傾くはず。

春日が言うように確かに自分の問題は自分でなんとかするほうが気分がいい。でもそれやっぱり解決なんてされない。でもそれを踏まえた上で希ちゃんの意見を採用するのならば「よき結果」なぞ求めていないということになる。あるいは優先順位が低いってことになる。良い結果よりも、個人の、自分の自由のほうが大事だとそういう話になる。

「人にはそれぞれ、得意なことと不得意なことがあります」

「だからこそ、それぞれが得意なことを専門にして、みんなで補いあってるんじゃないでしょうか」

「……専門家って、悪と同じようなところがあると思います」

「『人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、人がそうなりたいと思うことを実現すること』です」

当人に抵抗があっても、関係ありません。人間のためになるのなら、やるべきです

「僕たちは、そういうふうにふるまうべきだと思います」

「―――だって、ギャング部なんですから」

――春日

 やっぱり「よい結果」という「人間の為になるのならば」、天使の意向に従うべきだとなるよね。そしてその方法が、ギャング部という自分たちと同じ在り方ならば尚更その行為は支持されるべきだし、そうふるまうべきだと。

「天使は人間じゃない。だから、患者にとっての医者とは違う―――そんな反対意見もあると思います」

「たしかに、天使と人間は違う存在です」

「でも―――、それでも、意思疎通は可能です。論理的な議論は可能です」

「考え方が違っていても、同じ目的のために進むことができるはずです」

「天使と人間は違うといって最初から拒絶していては、可能性を狭めるだけじゃないでしょうか?」

――春日

 ふむ春日はシャールカの意見を一旦受け入れて、その上で天使と人間は患者と医者のような関係を築くことは可能だと主張したのかな。そう見える。

 

 

 

禊<自分のことは自分で決めるなんて衆生には無理

「自分のことは自分で決める―――そんなこと、衆生にとっては荷が重すぎる」

そんな考えは、使いものにならない。あくまで、理想化された観念

「自分で決めるということは、決定の責任を負うということ」

「けれど、これは口で言うほど容易ではない」

「人が決定しなければならないのは、個人で責任を負いきれることがらだけではないから」

「たとえば……一般に、親は子を保護する」

「けれど、個々の親は万能ではない」

「つねに正しい判断を行うことはできないし、つねに子を見守っていることもできない」

「たとえ親が十分に注意を払っていたとしても、事故は発生しうる」

「そして、保護すべき子が命を落とすことはありうる」

「親に過失がなかったとしても、同じこと」

「法や社会が親を面積しても、親は許されることがない」

「なぜなら、自分が自分を許さないから」

「自分で背負いきれない責任を背負い続けることになる」

「自分には責任がないのだから気にすることはない―――そう思える強い個人ばかりではない」

そういった弱い個人を救うためにこそ、超越者の存在が必要になる」

人の上に存在していて、決定と責任を肩代わりする存在が

「天使は、人間の上位に位置するからこそ必要なもの。当事者でないからこそ、人間にとって必要になる」

禊の意見はいつも深いって思っちゃうんだけど、その分読み解くのに時間かかる。

衆生は自分のこと、自分の以外のことをの決定の責任を持つことは難しい。自分で背負いきれない責任はその人を苦しめることになる。弱い人ほど尚更そうだし、弱い人はそんな責任を自分のものじゃないと割りきれない。そんな弱い個人を救う為に「人間上位の存在」が必要になる。

個人の決定と責任を肩代わりする存在が。それは当事者では"ない"からこそ出来ること。

禊は「親と子」をたとえて「個人が背負う以外の責任」について話した。でもその前の言葉で「自分のことは自分で決める―――そんなこと、衆生にとっては荷が重すぎる」と言っている。

つまり「自分個人の責任」もまた衆生にとっては重いことなんだと思う。私はこれを実感できるから余計に頷ける。

自分のことを自分で決めるのって気分いいけど、実際とてもむずかしいものだし、勇気が必要なものだ。誰もがみんな自分の道や自分の選択をかんたんに決められるわけじゃない。

もしそこに「賢い存在」がいて、こうするといいですよ、こういう選択をしたほうがいいですよと言われたら「はい」と言ってその道を決断してしまうだろう。政治家のアジテーションによって、よく考えないまま行動する人のようにさ。(衆愚政治に繋げるとより分かりやすいと思う)

禊がいう弱い個人というのは、「考える」ということが苦手で「決断」することに勇気がない人間といってもいいんじゃないかな。そしてそんな人間は石を投げればいくらだって当たるほどに溢れている。私も例に漏れずそう。

だからその決断と責任を肩代わりしてくれる、上位の存在、事情を知らない上から目線の奴はやっぱり必要なんだとは思う。

シャールカとこおりが言うように当事者意識の欠けた奴が危険なことを踏まえても、天使(=超越者)というものは大事だと思う。

もちろん一番いいのは、1人1人が「強く」なることだと思う。でも実際それ理想化された観念でしかない。理想論でしかない。みんながみんな強くなる? 個人に発生する責任を背負い、自分以外のところで発生する責任(=社会が免責しようとも)背負、自分のことを自分で決められる勇気を持てるようになる。

……。

これは「そうなれ」と言われてそうなるもんじゃない。長期的な教育と実戦が必要な類のものだ。言葉じゃ人は変われない。ちゃんとした手続きが必要。そしてそれを実現するためには、どれくらいのコストがかかるのだろう。

この教育を施すのはやっぱり幼年期から少年期が一番いいだろう。でも実際それはどうなすんだろう私には分からない。でも実現するのならするに越したことはないとは思うが、やはり理想論か……。

 

 

 ゆとり<自分のことを自分で決めるのって無責任

「……それに、自分のことは自分で決めるのって、逆に無責任だったりしない?

「いいことかもしれないけど、大事なことを無視している気がするのよね」

「だって、みんな自分だけで生きてるんじゃないから

「あ、お説教したいんじゃないよ?」

「人はみんなに支えられて生きてる―――みたいなことじゃなくって」

「ただ、ほら、たとえば、私が死んだらみんな悲しむじゃない」

「……そう。つまり、私の命は私だけのものじゃない」

「そんなふうに、自分のことでも、自分だけで決めちゃいけないこともあるんじゃないかな?」

「私のなかには、私以外の人もいる。その人たちのことも、考えないと」

――ゆとり

 「私の生命は私だけのものじゃない」。それは誰かが自分を支えているからとかじゃなくて、大切な誰かが悲しむから。

ああそれはなんて陳腐な理屈なんだろう。手垢がついた正論大好きな人が自殺する人に向かってよく言う言葉に違いない。でもゆとりさんが言うとなぜか受け入れられる。

彼女の基板にあるのは「人類の絆」……のようなものだと思うんだよね。人類の足元から伸びる深く深い根っこ。その根っこが人類全体で繋がっている。そんなイメージが、ゆとりさんの心象風景を考えるときによく浮かび上がる。

私の生命は私だけのものじゃない

これは誰かにとって自分は所有物―――と言ってもいい気がするんだけど、そういう意味合いに近い内容なんだけど、でもなんか違う気がする。ゆとりさんの言葉の奥底にあるのは、なんだろうなあ……イメージだと判然とするんだけど、言語化すると無理っぽい。むー。適切な言葉が見つからない。

 

いや待てよ? これ命っていう言葉を使うから認識が阻害されている気がする。「人生」っていう言葉のほうが私はしっくりくる。そう「私の人生は私だけのものじゃない」そのほうがしっくりこない?

ゆとりさんの人生はいろいろな人がいて成り立っている。それは「支えられている」とはちょっと違って、「関係している」って言葉が近いのかな? いろんな人がゆとりさんの人生に関係していて、良い関係もあれば悪い関係もある。でも繋がっていて、その繋がり……(言語化難しいやだ)が自分勝手に切るのはあれだよねみたいな。どれだよ。

希ちゃんに言わせればそんな束縛くそくらえ!って感じだと思うんだけど、悩ましい。

 

 

 ゆとり<離れる必要があった

「あのときは、どうしてもあの場から離れる必要があったんだよ」

 

「ここに来たのは、アマネちゃんと対決するためじゃない」

「みんなで相談して考えるための、ひと休み」

 そうだよねー。 

「希せんせ。……私も、直感は正しいことが多いと思う」

「私自身、ほとんど直感で動いてるから。そんな自分が正しいと思ってるから」

「でも、アマネちゃんのことに関しては、珍しく直感じゃないんだ」

だって、アマネちゃんは友達だから

友達との関係については、慎重になるべきでしょ? 直感で簡単に絶好とかしちゃ、ダメだよ―――

――ゆとり

 ゆとりさんやっぱいいなあ。「だってアマネちゃんは友達だから」だって!だって!ぴゃー!

希ちゃんの「直感は正しい。だからあの時アマネから逃げたのは正しかった」に対して「直感はたしかに正しいと思うよ。でもあの時逃げたのは離れる必要があったからだよ。例え直感が正しいんだとしても、アマネちゃんとの関係は慎重に判断すべきだよ」ってことなんだと思う

 

 

攻撃側の反論まとめ

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こおり・希・シャールカの反論への、

禊・ゆとり・春日の反論をまとめちゃいます。

 

(1)こおり「私たちは悪だけれど、悪だから一緒にいるわけじゃない。みんながいるから私はここにいる。思想を優先するのは不健全」 

・ゆとり「思想はその人の一部で完全に分けることが出来ない。なら思想を優先することだってあるんじゃないかな。それは間違いなのかな? それに『悪』は思想なんかじゃなくて、私たちの心のいちばん底にある想いで、運命の絆だよ

 

(2)こおり「人類救済の為に個人を蔑ろにするのは間違っている」

・ゆとり「こおりちゃんはアマネのやり方が間違っているって言うけど、でもこおりちゃんだって他人の意向を無視して良かれと思ってしたことあるんじゃなぁい? 自分は『悪』なことしてるのにアマネちゃんはしちゃダメなの?」 

 

(3)シャールカアマネは信用ならない。だって一度私たちを騙したからだ

・ゆとり「けどわざと騙したわけでもないよね? 騙されたっていうのは私たちがそう解釈しているだけだよ。アマネちゃんは間違えただけ。」

 

(4)希 「これは天使の問題じゃない。人間の問題だ。人間のことは人間たちでどうにかする

シャールカ「アマネは当事者意識が欠けている事情の知らない上から目線の行為は、いい結果にならないことが多い。

・春日「患者のことを患者が決めるのなら医者は必要ありません。勝手な思い込みや不十分な知識に従って行動しても患者は助かりません。同様に人間のことを人間が救おうとしても良い結果に結びつかないんじゃないでしょうか。 人間の為になるのなら当人に抵抗があっても天使の意向に従うべきです。 だって僕たちはギャング部なんですから」

・禊「自分のことは自分で決める、そんなの衆生には荷が重い。自分で決めることの責任・そして個人で背負いきれない責任に耐えられる者ばかりではない。そこで決定と責任を肩代わりする超越者の存在は必要になる。弱い個人を救うために」

・ゆとり「自分ことは自分で決めるのって無責任だったりしない? 私が死んだらリツコが悲しむように、私の命は私だけのものじゃない。自分のことでも自分だけで決めちゃいけないことってあるんじゃないかな」

 

 

(5)シャールカアマネは人間じゃない、天使だ。存在の在り方が違い過ぎるやつを信じるのはリスクが大きい

春日「たしかに天使と人間んは違う存在です。しかし意思疎通は出来ます。考え方が違っても論理的な議論は可能なんです。なら同じ目的の為に進むことができるんじゃないでしょうか」

(つまり人間でいうところの「患者と医者」の関係を天使と人間で築けるのではないかという主張)

 

 

(6)希「遷宮に来たってことはもう既に天使と敵対するって私たちは決めてしまったんだ

・ ゆとり「直感は正しいと思うよ。でもあの時逃げたのは離れる必要があったからだよ。離れてみんなで相談して今後のこと考えるために。例え直感が正しいんだとしても、アマネちゃんとの関係は慎重に判断すべきだと思うな~。だってアマネちゃんは友達だもん」

(7)シャールカ「アマネの「人類人格損失未来」は果たして本当に起こるのか? だってそれを持ちだしてきたのはアマネだぞ? 推論する情報をくれたのもアマネだ

・ゆとり「仮にアマネちゃんは正しくないんだとしても、今の段階でははっきりとはわからないことでしょ? アマネちゃんが正しい保証はない。だけど、間違ってる保証もない。ならどっちかに賭けるしかない。賭けるなら私はアマネちゃんが正しいほうに賭けたい」

 

 

 

→次回・ 白兵討論編に突入

 

 

 

つづく!!


 (ほんとはこの記事で1つにまとめるはずが2万字オーバーしたため入りきらなかった。記事の文字制限やめてほしいなまったくもー!)