猫箱ただひとつ

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カヤ・フリューリング 感想(3903文字)

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←の金髪碧眼がカヤ・フリューリング。

カヤは嫌いじゃないけれど、あんまり好感が一定のラインまで到達しなかったなあ……というのが感想です。嫌いじゃないけどね!でもそこまで好き好きってわけでもないなと。

てことでカヤ√のさくりとした感想どうぞ。

 

 

 

 

心がないと知ること

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「いいや。自分に『心』がないと知ることが、即ち『己』を知ることなんだと、死んだ連れ合いが良く云ってたよ」

――近藤

 

「『心』がないと知ることが、即ち『己』を知ること……ですか?」

「どう云ったらいいのかね。『自分』と云うヤツは偏屈なもので、その中には『心』なんてないものだって云うのさ」

自分の中に、心はない……。

「誰かと共に生きる、誰かと共に在ること……そのことによって、人は『己』に『心』を着せるってね、あの人はそう云っていたよ。あたしにはずっと解からないことだったが」

――しねま、近藤

 誰かとの関係性にこそ「心」というものが生まれる……という話なのかな。

人間は最果ての荒野では「人格」や「心」というものを発達させることが、おそらく出来ない。何故ならそこには言葉は必要なく、誰かを慮ることもなく、コミュニケーションを取る必要性すらないからだ。

想像するに、そんな人間はそこらへんの猿とか犬とかと大して変わらない行動様式を取るんじゃないかな。食べて、殺して、食べて殺して殺して食べて排泄して寝る寝るみたいなね。そんな動物的でどこか機械的な感じに生涯を終える。

「自分が誰か?」とかそういうことに頭を悩ませる必要もない。そんな在り方。しかしそこにはやはり心というものは芽生えないように思う。近藤のおばあさんが云うように「己に心を着せる」っていうのがしっくりくる。

自分が思い描いている「心」というものは、人との関係性によって生まれるもので最初から"あ"ったわけじゃない。他人がいない環境で心は生まれやしない。そしてそれを自分に纏っているだけなのだろう。自分という肉に心を。

 

 

嫌悪の対象が自分

「一般的な知識です。辛いというお気持ちは、しねまには理解できません……ですが、嫌悪の対象が本人と同一、ということになりますと、それは『嫌悪』に対する改善の論理(ロジック)を失うことになりますので、それが良くないと云うことは解ります」

――しねま

文化祭に翔太に唐突に紅白してしまったカヤ。彼女は「なんであんなこと行っちゃったのかな」と自己嫌悪に陥っている状態のところに、しねまは「そのままじゃ良くないですよ」と云う。

そうなんだよねー……自己嫌悪って対象が自分なだけに改善が難しい……。しねまは改善のロジックを失うと言っているけれど、そうかなー?と思ってしまう。だって自己嫌悪しているからってそれを改善することは出来るし解決だって出来る。

たぶんしねまの前提としてはこういうことを想定しているんじゃないか? 嫌悪の対象が他者だった場合、逃げる・消し去るという方法を取れるけれど、自分が嫌悪の対象だった場合そうはいかないですよね、と。

 

 

黄金の羊毛(ゴールデンフリース)

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「黄金の羊毛(ゴールデン・フリース)というのは、思考フレームの破綻を防止する人間的な防御機構を備えてる人工知能(アーティ)だけが見せる、思考フレームの分散複合型異常融合……店長さんのプログラムが優秀な故に起こった『奇跡的なバグ』なの」

「敢えて喩えるなら、人間でもものすごく頭が良くて理性的な科学者が、足元に転がる石を見付けた瞬間に、突然ものすごいひらめきが身体を駆け抜けて、新しい宗教を生み出すようなものなの……解るかしら」

――一姫

 しねまはカヤから質問された問いを解決しようと試みたところ、心が、思考がループして戻って来られない状態にあるらしい。

一姫はそれを「思考フレームの破綻を防止する人間的な防御機構を備えている人工知能だけが起こるもの」と云う。んーとつまりこういうことなのかな。

思考フレームというのは「何をどこまで考えればいいのか」の考慮範囲のこと。この範囲を設定しないと機械はどこまでもどこまでも止めどなく思考を働かせてしまい処理が追いつかない状況になるのだろう。的確で適切で迅速な答えを出せなくては人工知能としては駄目な気がするものね。

思考フレームの破綻を防ぐというのは、そういったことや、「答え」の矛盾性について行き会ったときに「解決」できる機能のことなのかな? 人間らしい受け答えというのはやっぱりそこらへんに鍵があると思っているので、だとするなら納得できそう。

つまり「人間は生を渇望する」という答えにたいし、それを矛盾させる「人は死に恋焦がれる」という答えどちらとも「真実」だと理解してしまったとき「ふーんそういうものなのか」「そういうこともあるだろう」「両義的だよね」と割り切れるのが人間。けれど機械だとそこらへん難しいんじゃないかなーと考えるわけ。

んでんで、そんな「思考フレームの破綻を人間的な防御機構を持っている」しねまが「奇跡的なバグ」で思考をループさせてしまうって、一体全体どういうことなのか。

恋とか愛とかそういう「答えのない問題」「哲学的な命題」に対し、考えてしまったところループしていると?……いやそれだと「思考フーレムの防御機構」を持っているしねまだとならないしな……それがバグだからこそ起きたということなんだけれど、バグってなんだよって感じでうまくこのことに対して実感というかイメージが出来ないな。

 

 

 

 

自罰的行為は、見ているほうはイライラするもの

 清十郎「かや、お前、いい加減にしろ……」

翔太「清十郎……?」

清十郎「原因を作ったのはカヤ、お前だ。だったらお前がなんとかしろ。出来ねえのにただ自分の所為だ、責めてくれ……なんてのは、手前ぇが楽になりたいだけなんじゃねえのかよ……そんな下らねえ慰め役を、俺や翔太に求めてんのかよ?

カヤ「なっ、あたしはそんなつもりなんてない! しねまが動かなくなった直接の原因はあたしなのよ? 自分を責めるなって云うのが無理じゃない!」

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カヤ自身「慰めて欲しい」という気持ちがあって、取り乱していたわけじゃないのかもしれない。ただ単純にどうすればいいか分からなくて、心がぐちゃぐちゃで不安定で言動が混乱していただけなのかもしれない。

けれどだとしても責任を感じている当事者"以外"からすれば、それは自罰的行為にしか視えないものだし心底うざったいのもよく解る。清十郎がここまで怒るほどに、カヤの言動は見ているとイライラしてしまう。

「……私のせいだ」

「しねまが壊れたのは私があの時言った言葉が(ぐすっ)」

「どうしようどうすればいいんだろ……」

ええええいうっさーーーい!!どうすることもできねーんだから黙ってろ!!

\どんがらがっしゃーん/

って言ってしまうのも自然の摂理だろうか。(あー摂理学学びたい)

けれどこれは第三者からの意見というか、強者の意見にすぎないよねとは思う。自分の責任(と思っている)で大事な人が失われそうになってしまったら、そりゃ普段の思考なんて使えなくなっているものだよ。コンフリクトが発生してノイズでいっぱいいっぱいの頭で「割り切れ」「心を切り替えろ」なんて意見なんてものは理解できるわけがない。

清十郎のいうことは正しいよ。傍から見れば慰めてほしいオーラ全開で喚いている人間がいれば「お前が楽になりたいからって俺たちにそんな役回りを求めるなよ!」と激昂してもおかしくない。

けれどもそれは(セレス様が云うように)、正しい思考を行えない状態こそが問題であって、正しい思考が出来ないことが問題ではないということなんだろう。

 

 

砂山のパラドクス

 ▼砂山のパラドクス

述語の曖昧性から生じるパラドクスの一。「砂山がある。そこから数粒の砂を除去しても砂山のままだが、更に除去を進め、最終的に一粒だけ残った状態でも[砂山]と云えるか」という、相対的で定義がはっきりしないことを扱う、言語哲学に属する問題である。

 これ面白いなあ。

確かに砂山はどこからどこまで「砂山」なんだろう。5粒で山になってればそれは砂山だと私自身は認識できるが、じゃあ2粒だったら?1粒だったら?と聞かれるとうーん砂山じゃないとは思うけれど実際どうなんだろうねという気持ちになってくる。

 

 

しねまの記憶の価値

 「危険は承知の上です。でも、あたしはどうしても行きたいんです。しねまの記憶は、単なるデータじゃないんです。みんなにとって……あたしにとって、大切な思い出なんです!」

――カヤ

 カヤも朗も「しねまの記憶を掘り返す」ことをやっているんだなあと、気づいた。nostalgicか。

 

 

はぐらかすという行為

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翔太「なんだよ、もったいぶらずに早く教えてくれよ」

しねま「……女の子の秘密です」

一同「えーっ!?」

 しねまが『はぐらかす』という、成長したのかしていないのか良く解からない思考回路を疲労してからも、パーティはずっと続いた。

 機械的に『はぐらかす』というのはどういうものなんだろうか。これが『嘘』ならば高度な人工知能だとなるんだろうけれど。

はぐらかすというのは、答えを回避する、答えを言わないという対応に属するんだけれども、ただ決して「お答えすることはできません」「回答を禁じられてます」「言いたくありません」と直截な言い方ではなく「……女の子の秘密です」となんだろうちょっとした「嘘」の要素を感じるよなーって思う。

正確な回答をマスターに渡していた今までのしねまからすると、それはやっぱり「人間っぽい」なにか、らしさを獲得しているように見える。女の子の秘密かー。

 

てことでカヤの感想終わり。 

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