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仮面ライダー鎧武22話_世界そのものを屈服させる力を欲するとはどういうことか?(2935文字)

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世界を屈服させる力とは?

 

「沢芽市もユグドラシルも森の侵略に怯えるただの弱者でしかない」

「俺が立ち向かうべき相手はより、強い者」

「このヘルヘイムという世界そのもの」

冗談言ってる場合じゃないんだぞ

「より絶対的な力」
「人間の限界を超えて」
「世界そのものを屈服させる手段」

――カイト、コウタ

前回までは「カイトの在り方は私とそぐわないな」と思ってきたんだけど、考えを改めなければいけないのかもしれない。つまり互いの考えがそぐわないけれども、しかしカイトの言動にはとても惹かれるものがあるのだ。

こいつはめちゃくちゃ凄いことをしようとしている気がする。それも弩級のことを。

貴虎は言ったヘルヘイムを「理由なき悪意」だと。

そして「理由なき悪意」などこの世には有り触れているんだと。

そんな理由なき悪意はどうすることもできない。何故ならそれは天災や地震といった自然災害と同じ部類のものだから。自分の領域の外にあるものだし、自分の枠から外れた事象である。道を歩いていたらいきなり通り魔に刺殺されるように、ある日突然隕石が落ちてきて人類が死に絶える―――そんな理由なき、悪意。

これにどう対応すればいいのか? その一つの答えとしては「戦い続ける」という考え方がある。逃げるでもなく、勝ち負けに拘らず、ただ戦う。戦って戦って戦う。戦うことだけが自分の人生を阻む「理由なき悪意」と対峙するひとつの力であり方法である。

しかしこう思う人もいるだろう? 「なぜ勝とうと思わないのか?」と。勝てるのなら勝ちたいさ、でもね人間にはそんなの不可能なんだよ。世界の理であるものに勝つなんてことは無理だ。

自然災害である地震に人が勝てるか?
時間という絶対的な事象に対して抗うことができるか?

否だ。

人は世界のグランドルールには決して抗えない。ルールに立ち向かうを実行に移すことはできたとしても、それを屈服させることはできない。 

けれどもカイトはいうのだ。

世界そのものを屈服させる手段を探している」と。 

おいおい……それはどういうことなんだよと突っ込まずにはいられない。

そして私は気づく。

強さを究極的に求めた先は「世界のルールをぶっ壊す」ということになるんだなと。ライオンだろうとクマだろうとボクサーの世界チャンプだろうと、それが命あるものならば絶対に勝てる。殺せる。暴力でなんとでもなる。拳銃の前には誰もが平等に無力なように勝利刷ることができるんだ。

そしてそれを突き詰めていった先に、個人じゃどうすることもできない「事象」というものに行きつく。これを倒すことができるのならばもうそれは最強だろう。

そんな氷細工の薔薇ような力を見つけることが人間に可能なんだろうか? 分からない。いや出来ない……と私は思っている。

けれども、それを踏まえて、今までの話を踏まえて、カイトが「世界そのものを屈服させる力」を探しているんだとすれば私はその行く末を見てみたいなと思った。

 

 

 

自分の意見を提示しないということ

 

「あんたらのやり方は絶対に許せねえ!」

「誰に許されるつもりもない」
「その罪を背負って」
「我々は未来を切り開く」

――貴虎、コウタ

コウタはユグドラシルの計画に対して「それは許せねえ!」と言い放つ。

しかしこれは最悪の主張でしかない。何故なら彼はなんにも「自分の意見」を言っていないからだ。ユグドラシルが考えに考え抜いた人類救済計画に対して「許せねえ!」といちゃもんをつけているだけだ。こんなの誰にだって出来る。子どもだって提示された意見を「それは違う!」と感情だけで蹴り飛ばすことが出来るの。

コウタに必要なのは自分で考えぬいた末の意見だろう。例え彼にとってユグドラシルの計画が杜撰で最低なものに見えたとしても、ならばお前なら現状を打開する意見を言えということになる。

自分の意見も言わないまま、代案を出さないまま、可能な限り人類を救おうとしている貴虎に「許せねえ!」と言ったところで何の意味もない。無意味だ。ふざけんなって私は思う。

逆に貴虎ひきいるユグドラシルはすごいんだよ。この世界がヘルヘイムと化してしまうということを突きとめて自分達が出来る最善手を模索し、立案し、計画し、実行に移してきた。それは褒められても貶されることでは決して無い。

彼らが考えに考えて考えてひたすら考えて、一人でも多くの人類を救おうとしてきたその姿勢を「何の意見も持たない人間」が突っかかる姿勢は滑稽にすぎないんだよ。

「冗談じゃねえ!! 犠牲を引き換えの希望なんて冗談じゃねえんだよ!!!」

「そんなものはただの絶望だっ!!」

――貴虎、コウタ

 コウタの意見も分かる。

でもだから?

だからどうするんだ?

このままいけば人類全てが滅びてしまう。それに抗っているユグドラシルに「それは許せねえ!」「間違っている!」と言っているコウタは何が出来るんだ?

 

 

ミクロの世界の住人と、マクロの世界の住人

 

コウタが観ている世界はMicroであり、貴虎が観ている世界はMacroである。

コウタが救いたいのは自分に関係している周囲の人間だけだし、貴虎が救いたいのは人類という規模の人間だけだ。

この2つの世界の住人同士は決して分かり合えることがない。何故ならどちらも観ているものが違うし、優先したいものが大きく違うからだ。


自分が生まれ育った街を救おうとしている者と、20万人と10億人どちらを救うか?と問われたら迷わず後者を選びとるような人間とでは主張が噛み合うはずがない。理解できるわけがない。意見は衝突するしかないんだよ。

そしてこの2つ、どちらも間違ってはいない。正しいとも言えないかもしれないが、決して間違っているものではないと私は思う。

自分が大切にしたいものを大切にして何が悪いんだ、そういうことだからだ。


より多くの者を助けようとする視点に立てば、貴虎の意見が正しいものに映るだろう。

身近にいる大事な人を守りたいという視点に立てば、コウタの意見が正しいものに映るだろう。

正解なんてない。

けれども選びとるとしたら私だったら自分が知っている人間だけ生き残ってくれればいい。世界なんて知らないし人類なんてどうなってもいい。ふふふなんて利己的。

 

 

<参考>

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