猫箱ただひとつ

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物語は大事な意味を持っている。「怪物はささやく」感想(4789文字)

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 ある夜、怪物が少年とその母親の住む家に現われた―それはイチイの木の姿をしていた。


わたしが三つの物語を語り終えたら、今度はおまえが四つめの物語をわたしに話すのだ」

「おまえはかならず話す…そのためにこのわたしを呼んだのだから」

そして少年は3つの物語を聞き終え、自らの物語を話し始めた―――。

怪物はささやく

怪物はささやく

 

本書は児童文学作品ですが、しかし子ども向けの雰囲気はありません。真っ黒い表紙から連想されるように暗く、不気味な感じを纏った作品です。

いきなり現れた怪物と、その怪物が話す3つの物語を仕方なく聞く少年の物語。きっと私が小さい頃に読んでいたら大ハマリしていたに違いない、そう思ってしまうほどに『怪物はささやく』の雰囲気がとても好みです。もっと早くに読みたかったよ。

そしてこの作品は「物語とはなにか?」という疑問にある答えを提示しています。それは―――読んでからのお楽しみですね。

ここから先は私が読んで感想をだらーっと書いてあります。読み終わったらどうぞ。あるいは読んでなくても興味あったらどぞ。

 

 

 

 

 

 

物語に教訓を求めなくてもいいのよ

「王子は捕まったの?」コナーはあっけにとられたまま訊いた。「王子は罰を受けたの?」国民からうんと慕われる王になった。長生きをして、死ぬまで平和に国を治めた。

コナーは自分の部屋の窓を見上げ、またしても眉をひそめた。

「じゃあ、善良な王子は人殺しで、邪悪な女王は魔女でも何でもなかったってこと? それがこの話の教訓? おばあちゃんと仲良くしなさいってこと?」 

奇妙なざわざわという音がした。それまで聞いたことのない音だった。しばらくしてコナーは、それは怪物が笑っている声らしいと気づいた。

わたしが教訓を与えるために物語をすると思っているのかね。めったに歩くことのないわたしがこうしてわざわざ来たのは、人に優しくしろとおまえに教えるためだと思うのか。

怪物は言う。このお話には教訓なんてものはないし、それを聞いたお前にこうしろああしろと言っているわけじゃないんだと。

私は物語を読み終えたあとに「物語をさらに物語化」する為に意味を見出そうとしてしまうんだけれども、別にそれはしてもいいししなくてもいいんだなあって気はするよね。最近そう思い始めている。なんていうか物語はそこにあるだけだからさ。そこにあって、そこにいるだけだから特に意味を求めなくてもいいと。

私がエ口ゲの感想を書いているのは、当初の目的だと「忘却」を防ぐ為だった。忘れない為に思い出せなくなることを阻止する為に書いてきたんだ。

でもそれならば私がいつもやっている「感想記事」だけで事足りる。物語を物語化することをそこまで必死に求めなくてはいいのかもしれない。でもやりたくなったらやるんだけどね。

今この「物語に意味を求めなくてもいい」ということを考えていて、物語化する行程を省いていたりする。別になくてもいいし、気が向いたらするかみたいなそんな感じで。

私たちは物事を観測し、万物に意味を与えることができる種族だけれども、でも決して「与えるべき」というわけじゃないんだよね。与えなくてもいい、そんな選択肢があってもいいと思う。観測しながらも意味を与えないっていう方法。

私の至上目的は「物語を"殺さ"ない」が最最前提で市場目的なので、ここさえ守っていればいいかな。

そう物語を殺さない。消費しない。そういうこと。

 

 

物語の意味、それとライフライティング

物語は大事な意味を持っている。怪物が言う。ときには、この世の何より力を持つこともある。そこに真実が含まれているならば。

ライフライティング」コナーは苦々しげにつぶやいた。

怪物は驚いたような表情を作って言った――まさしく。 

 ライフライティング―――それは自分の生活を物語として書くこと。

自分の現実を物語化すること。物語には大事な意味を持っている? この世の何よりも力を持っているらしい。もしかしたら自分の人生を物語にするということは、そういう力を付与させる儀式みたいなものなのかもしれない。

ライフライティング。

不幸な現実を物語化して救済するということも、ある種のそれだと思う。その力だと思う。しかしそれだけではないのかもしれない。ふつうの日常を物語化することで、新しい意味が吹き出し、それは新しい風となって頬を撫でるものになるのかもしれない。

新しい意味。
この世の何より力を持つ物語。

 

 

物語の嘘と真実

 

「わからない」疲れきったコナーは肩をすくめた。「そもそもあの三つの物語は、何が言いたいのかわからないし」

答えはこうだ。おまえが何を考えようと関係ないのだよ。人間の心は、毎日、矛盾したことを幾度となく考えるものだ。おまえは母さんにいなくなってもらいたいと願った。一方で、母さんを助けてくれとわたしに懇願した。人の心は、都合のよい嘘を信じようとするものだ。

しかし同時に、自分をなぐさめるための嘘が必要になるような、痛ましい真実もちゃんと理解している。

そして人の心は、嘘と真実を同時に信じた自分に罰を与えようとするのだ。

怪物は一体何が言いたいんだろう?

あの三つの話はコナーが考えようと無駄と一蹴する。それはコナーが考えても答えなんて見いだせないと言ったのか、あるいは誰が何を考えようと「物語そのもの」 には関係ないということなんだろうか。

物語そのものには関係がない。

これは面白い見方だと思う。物語というのは聞くものがいて、そしてそれを解釈するものがいてはじめて存在するものだと私は思っていたからだ。でもさっきも言った通り「物語はそのままである」という考え方もありかもしれない。

何か意味を与えなくてもいいんだとそう思えるようになってくる。"おまえが何を考えようと関係ないのだよ" そういうことなのかもしれない。

そしてこの言葉のあと「人は矛盾を抱えている。相反する気持ちを持っている。だから都合のいい嘘を信じてしまうものだ」と言った。

都合のいい嘘、ね。

それはコナーが母親がいなくなって欲しいと思っているけれども、そんなわけないそうじゃないと必死に思ってきたことと同一なのかな。

しかし同時に、自分をなぐさめるための嘘が必要になるような、痛ましい真実もちゃんと理解している。

自分をなぐさめるための嘘が必要になるような、痛ましい真実も理解している。それは自分が自分に対して「嘘をついている」ことを理解しながらも嘘をついているってことか。なるほど。

ちょっとよく意味が分からなかったけど、つまりこういうことか。コナーは母親にいなくなって欲しいと心の底では思っている。そういう気持ちが少なからずある。けれどもそれを隠し、嘘によって"そうではない"ことにしている。けれどもちゃんと自分がそういう気持ちを抱えていることを理解しているってことね。

 

 

 

真実を話せばいい

 

「心のなかで押し合いへし合いしてる矛盾に、どうやって立ち向かえっていうの?」

真実を話せばいいのだよ。ついさっき、おまえがしたように。

コナーは思い返した。母さんの手。その手を放した自分の手――

よしなさい、コナー・オマリー。怪物がささやくように言った。わたしが歩いてきたのはこのためだ。この話をして、おまえの気持ちを少しでも軽くするためだ。だから聞きなさい。

(中略)人生とは、言葉でつづるものではない。行動でつづるものだ。何をどう考えるかは重要ではないのだよ。大切なのは、どう行動するかだ。

コナーののどもとに、またしてもたくさんの感情がこみあげた。

長い沈黙のあと、コナーはようやくたずねた。「ぼくはどうすればいいんだろう」

さっきしたとおりのことをするだけだ。怪物が言った。真実を話せ。

「それだけ?」

簡単なことだと思うか? 怪物は巨大な眉を釣り上げた。真実を話すくらいなら死んだほうが(文字忘れ)

 心の中の矛盾をどうにかする方法が「真実を話す」ことなんだろう。

自分の中にある矛盾、つまり嘘と真実を見極め、片方の真実を話す。あるいは両方とも話す。話す相手は誰でもいいのかな? それとも決められた人に話すべきなんだろうか。

―――真実を話す、ね。

自分は本当はこう思っていて、こう感じていたんだよとか。私はあなたにたいしてこういう気持ちを抱いているんだよとか。それが例え不誠実で目も当てられないほどの醜い汚物だったとしても、それを曝け出す。提示する。真実はそんな綺麗なものじゃない。

真実を話す。真実を話す?真実を話す。

 

 

 

怪物

 

そしてもう一つ、確信していた。いまなら、乗り越えられる。

簡単にはいかないだろう。身を切られるような試練だろう。

でも、きっと乗り越えられる。

怪物がやってきたのは、このためなのだ。そうにちがいない。コナーは怪物を必要としていた。そして、どうやってなのかは自分でもわからないが、怪物を呼んだ。怪物はそれに応え、歩いてきた。この瞬間のためだけに、歩いてきた。

「ついててよね」コナーは怪物にささやいた。声を出すのもやっとだった。「そこにいてよ、最後までちゃんと……」

いるとも。怪物が答える。両手はまだコナーの肩に優しく置かれていた。おまえは真実を話す。それだけでいいのだよ。

覚悟を決めた。

一つ大きく息を吸いこむ。

そして、ついに、コナーは最後の最後に残された、真実のなかの真実を話した。


「行っちゃだめだよ。母さん」コナーは言った。とたんに涙があふれた。初めはゆっくりと。やがて川のような勢いで。

「わかってるわ、コナー」母さんがしゃがれた声で答えた。「わかってる」

怪物の存在を感じた。コナーを支えている。しっかり立っていられるよう、支えてくれている。

「行っちゃいやだ」

それ以上、何も言う必要はなかった。

コナーはベッドの上にかがみこみ、両腕を母さんの体に回した。

母さんを、そっと抱き締めた。

その時が来る。まもなく来る。もしかしたら、時計が次に十二字七分を指す瞬間に。コナーがどれほどしっかり握り締めていようと、母さんの手がコナーの手をすり抜けていってしまう時が、まもなく訪れる。

だが、まだその時ではない。怪物がささやいた。さっきと同じように、コナーの耳元で。時間はある。

コナーは母さんを抱き締めた。二度と放してなるものかと抱き締めた。

そうすることで、今度こそ本当に母さんの手をはなすことができた。

 
コナーは怪物を呼んだ。怪物はそれに応えた。
怪物は3つの物語を話した。コナーは3つの物語を聞いた。
コナーは自分の物語を母親に話した。


怪物はコナーの近くにいるし、傍にいてくれている。

 

 *

真実を話すだけでいい。そして物語とはこの世の何よりも力がある。そこに真実が含まれているならば。

そして人生とは言葉ではなく、行動で綴るものだ。言葉で綴るのではなく行動で綴る。

そこから導き出されるものは―――

 

物語とは人の行動をそっと押してくれる力を持っているのではないかということ。そこに真実が含まれているならば尚の事その力があるんじゃないだろうか。

 

 

<参考>

心のナイフ 上 (混沌の叫び1) (混沌の叫び 1)

心のナイフ 上 (混沌の叫び1) (混沌の叫び 1)

 
人という怪物 上  (混沌の叫び3) (混沌の叫び 3)

人という怪物 上 (混沌の叫び3) (混沌の叫び 3)

 

 この2つの本も読んでみようかなーって思った。