猫箱ただひとつ

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仲間意識っていうのは同じ関心を持っていると生まれやすいんだよね(1336文字)

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「仲間意識ってのは同じ関心を持っていると生まれやすい」


っていう一文を見かけて納得してしまった。

 


趣味が合う人はそれだけで話が盛り上がるものだし、関心事が近い人とは話をしていて楽しいものだ。アニメが好きな人はアニメが好きな人に親近感が湧くように、将棋が好きな人は将棋が好きな人に興味を持つように。

これを突き詰めていくと、趣味の中でも更にもっと狭い枠内で「同じ関心ごと」を共有できる人とはもっと親密な意識を持ちやすいのではないだろうか?

例えばエ口ゲが趣味な人でもいろいろなタイプの人がいる。抜きゲーを愛好している人もいれば、物語性が強いシナリオゲーが好んでやる人もいる。そこから更にエ口ゲでオーバーライドされた体験がある人がいれば無い人もいるし、内在視点に興味がある人もいれば無い人もいる。

そんなふうにエ口ゲが趣味といっても個人の物語体験は様々だし、物語の接し方は千差万別といってもいいほどに分かれている。そしてそんな状況だからこそ自分と「同じ関心ごと」を持っている人がいるとすっごーーく親近感が湧くに違いない。

このブログでは、自分流のエ口ゲの接し方を書き続けてきた。「オーバーライド体験」「祈り論」「クンフー論」「閉じる読解」「作品考察に外部文献なんて持ちだしてきてんじゃねーよ!」などなど。

そしてこれらに興味を持ってくれたり、あるいは私もやってるよ!って人がいると私は仲良くなりたいよね!って思っちゃうんだよね。

逆にいくらエ口ゲが趣味で、シナリオゲーを愛好する方でも、自分と近い物語の接し方をしていない場合は親近感は薄くなってしまう気がする。

ただ自分と近い物語の接し方はしていなくても、その接し方に「関心」があれば(あることが分かると)、私としては親近感がぐぐっと高くなるような気もする。例え物語との接し方が正反対だとしても、その方法論にお互いが興味さえあれば共同体感覚に近いものを有せそうじゃない?

そんな自分の気持ちの揺らぎを俯瞰するとさ、多分わたしは、自分と正反対のタイプの人ではなく自分と似たような人を求めているんだろう。少なくとも「親近感」「仲間感覚」という視点ならばきっとそうに違いない。

だから自分と相性が合う人って、そういった自分と同じ関心ごとを持っている人だと考えるといろいろ腑に落ちることあるよねーと。

オチ無し。

んじゃ今日はここまで。

またね。

 

ともに戦える「仲間」のつくり方

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