猫箱ただひとつ

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何故この現実世界をゲーム化する必要があり、何でもありのこの世界で「流儀」が必要なのか? GALAXSystemとシュビラシステムで考える(6335文字)

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先日、「ゲーム特有の強力な「動機付け」を現実に持ってくるにはどうすればいいか?~Gameで世界を変える為に~」という記事を書きました。

内容は記事見てもらったほうがいいんですが、簡単にいうと「現実をゲーム化することでめっちゃ楽しくなるよ!」ってことですね。

この記事に残響さんからコメントを頂いたんですが、コメントの返信を感がているとここ最近私追ってきた「流儀」について答えが得られそうな気がしてきたので記事にまとめて返信しちゃいます。

 

以下、残響さんのコメント。

+++

まず思い出したのが、「なろう小説」……とくに「ログ・ホライズン」でした。
というのもこの物語は、異世界に飛ばされた30000人(以上)の人間が、初期においては「人間の秩序」を取り戻そう、という話だからです。

その際において、登場人物たちは「ゲーム化された現実」「現実化されたゲーム」の変な感じを泳ぐわけなんですが、少なくとも、当記事にあった「目的」を設定するまで、さんざっぱら苦労するわけです。
なにせ、目的がなんなのか、問題がなんなのか、わからない。

おそらく人間にとって大切なものは……べるんさんが「祈り」に接続するのに相当苦労されたように、大切なものは「そこにある」くせして、理論的に近づこうとしたら、奇妙な白く厚いヴェールに閉ざされている。

で、現実のゲーム化、というと、一応世間に「ゲーミフィケーション」という形で研究されていますが、じゃあ、当記事のように「なぜゲーム化が必要なのか」まで模索しているケースはすくない。なぜなら、当座は我々ゲーム世代が、ゲーミフィケーションなる概念に酔っているから。

それじゃたぶん駄目なんですよ。
ゲーム化によって「ダイレクトに世界をかえる」こと。これをきちんとなしえなかったら、ゲームそのものに対する侮辱でしょう。

このゲーム化論理、メソッドとしてはべるんさんがわかりやすく実例をもとにまとめてくださったので、残響が提起したいのは、

「なぜゲーム化システムを採択するか、そしてその目的はどこにあるか、どのような問題にこそこのシステムは採択すべきか」

個人的暫定解は、マゴニガル氏のように「世界を変える」ことです。
ですが、このシステムを採択して「最適な人類」になってっても仕方ないわけです。

「最適な人類」とはなにか、っちゅうと、上記ゲームシステムを「それやってればいいんだろ」な、GALAXSSystemにおける、おそらく「最悪」なパターンだと思います。

そこにおいては、偏差値競争よりももっと醜悪な、……いわば「善競争」というか。善悪も、社会問題も、全部ポイント化された世界。人間像。

で、それに抗うのが、個人のクンフーだと思うのです。
一気に話をクンフーに接続しますが、ひとはシステムが確立されたら「システムを達成してればいんだろ」的虚無思考になります。
それに対して、クンフーは「個人のなかの個人を精査し、鍛錬していく」ものですから、システム(社会制度)とは無縁です。
無縁だからこそ、このクンフーで得られた強さと、よりよきシステムで得られた強さが合致すれば、たしかに「世界のよりよきかたち」は実現できる……可能性は、多少高くなるのではないかと。

じゃあ具体的な「善」のありかたは、というと……それは、お互い、ブログで描いてくことでしょうかね、というドイヒーなおちで、ひとつw

 

+++以下、残響さんのコメントに対する私の返信です+++

ログ・ホライズンでいえば、「死んでも大丈夫」という自分達が属する世界のグラウンドルールがが分かった後に起きた、「死なないしからといって、でも私たちの生活って楽しくないし全然豊かじゃないよね?」という問題から始まる、「じゃあ生活豊かにするか!」という目的を設定しはじめた部分ですよね(た、多分)

そうなんですよね。答えはすぐそこにあるし、きっとこれこそが結論だと分かっていても、その過程が全然分からなくて、他人に説明することがとても難しいものとって結構あります。

残響さんの言うようにそれは「理論的に近づく」ことが難しく、やたら時間かかるものなんだなと。だから私がやっていることって「自分が答えだと思っている過程の埋め合わせ」みたいな感じなんですよね。とりあえずこれが答えだろ!って仮定して動き出すみたいな。

なぜなら、当座は我々ゲーム世代が、ゲーミフィケーションなる概念に酔っているから。 それじゃたぶん駄目なんですよ。 ゲーム化によって「ダイレクトに世界をかえる」こと。これをきちんとなしえなかったら、ゲームそのものに対する侮辱でしょう。

ゲーミフィケーション(=現実をゲーム化)することそのものが目的になりすぎていて、一番大事な「何故現実をゲーム化する必要があるのか?」ということを考えていないケースが多い。それはちょっとまずい。なぜならそんな恋に恋をする状況は、対象相手を尊重しているわけでもなく、むしろ侮辱している行為なのだから____みたいな感じに解釈したんですがどうでしょうか。

残響さんの言うことは納得できます。手段と目的がばらばらになっても最終的には「何故そうするのか」という「動機」の部分が最も大事だと私も思うからです。動機がおかしくなっている行為は、いくら過程や行為が正しくても行きつく結果が歪められる場合が多い、そんな風に感じます。

個人的暫定解は、マゴニガル氏のように「世界を変える」ことです。 ですが、このシステムを採択して「最適な人類」になってっても仕方ないわけです。 「最適な人類」とはなにか、っちゅうと、上記ゲームシステムを「それやってればいいんだろ」な、GALAXSSystemにおける、おそらく「最悪」なパターンだと思います。

Systemに依存するだけじゃダメで、Systemを自分の意志で使うかが問われるということですよね。GALAXSystemに参加してればいいんだろ、とりあえずGALAXSystemに言いなりになっておけばいいんだろという風になってしまえば、確かに国・社会という面からすればすごく効率的で治安がよく問題のない社会づくりが可能でしょう。

でもそうすると個人の意志が簒奪された結果の社会とも言えるかもしれませんね。それは人間が機械化してしまったそんな未来なのかも・・・。(ここはサイコパスというアニメのシュビラシステムというものが、テーマとしてすごく合致しそうです)

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最近私は「流儀」という概念について、少し気になっているんですが、もしかしたら残響さんが言いたいのはここの事なのかもしれないなーと思いました。

つまりSystemで管理された社会というのは、個人の意志を剥奪してしまう世界そのもの。しかしそこにクンフーという「個人のなかの個人を精査し、鍛錬していく」行為があれば、Systemで管理された人間は虚無的価値観を覚えることなく、豊かで充足した人生を送れる可能性がぐぐっと上がるはずです。

そして私はこれは「与えたられた世界(=Systemで管理された社会)の中で、自分の流儀を貫くこと」だと思うんですよね。流儀というのは自分との約束事、決め事、スタイル、やり方という意味です。

混沌で何でもありの世界だからこそ、自分が決めたスタイルを持っているということで、自分が"自分"で在り続ける為に出来ることだとそんなふうに思っています。

だから残響さんが言う「善のありかた」というのは、私風にいえば「自分の流儀を見つけて、貫く」ということになるかもしれません。個人個人が自分の流儀を見つけて・貫く、その上でSystemを使いこなすことができれば「よりよい世界の在り方」というものが生まれるかもしれません。

もちろん個人個人が流儀を貫くということは、相手の流儀に対して反発や衝突が生まれるものです。ただそこは多様性の許容と対話によってどうにかクリアできたらいいなあ……なんて思っています。

ここなんだよね!私自身多様性と対話がどれくらい大事かというのは分かっているけれど、自分自身も徹底できなくらいにここは行動に移すのが難しい。

(もちろん対話する必要のない人間なんてごまんといるし、相手にしちゃいけない人もいるんですけどそういう人は除外で、というかここは長くなりそうなので今回は割愛ですにゃ)

んー!wここすっごい面白いなーと思いますwお話してくれてありがとうございました。いろいろここから発展できそうでわくわくしている自分がいたり∑(ノ∀`)

 

 +++返信ここまで+++

*ちなみに知らない人の為に念のために。

残響さんと私が使っているクンフーっていうのは、この記事の文脈に則った言葉になります。

クンフー論。それは手段を目的化し「楽しむ」を追求すること(13488文字) 

 

――――――――――――――――――

――――

 

ここからはどうでもいい雑談をしていこうかなーと。

雑談というか私的なメモってことで一つ。


そういえば私が「流儀」で思い出してしまうのは『彼女たちの流儀』というエ口ゲなんですよね、ていうかタイトルからしてまあそうなんですが、とりあえず「流儀」という概念を頭の中で展開させるときに、一緒に『カノギ』のラストシーンのある女の子が取った行動(=流儀)と関連付けさせて覚えている感が強い。

そして『つよきす』の鉄乙女さんの

「学校の校則も重要だが、私は何より私の決めた自分自身の規律を守る」
「誰でもない、自分の人生なんだからな」

――乙女

っていう言葉にも連結させていくと、曖昧模糊だった「流儀」という概念が強固になっていく気がする。

自分の人生だから、自分の決め事を守る。

自分の自分による自分の為のルール!

きっとそれが流儀と呼ばれるものだと思うんですよね。誰かに従うくらいなら、自分に従ったほうが100倍いいもん。それはきっと楽ではないけれど、尊厳と誇りを守ることにつながるし、楽しいという感情も励起できるものなんじゃないかな。

そして自分の流儀(=スタイル/ルール)を貫いている人はとてもカッコイイ上に美しい。それはきっと誰もが出来るものじゃなくて、とてもむずかしいものだからこそ「美」という名の価値が生まれているんだと私は感じるんだよね。
 

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そしてここから発展していくとなると「自分の流儀の見つけた」や「流儀の定着方法」とか、あるいは「流儀の貫き方」という3要素について考えていく必要がありそうな。

ちなみに前者2つはもう答えはつかめているんで、あとは流儀の貫き方(=維持)する方法だけだな……ここは意志力ではなく、本当はアーキテクチャを導入したいところなんだけれども、個人できるかなあ……うーむ。

自分の流儀の見つけ方って、簡単で、自分が好きな言葉を見つければいいんですよ。その言葉を日常でいつも思い出して思い出して、口に出していけば、いつか自然な思考となりますから。

マザーテレサの言葉と似ていますが、

というかそれですね。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


これやっていると、特定の言葉が自分に定着していって、すごい自然に思考になって行動になりますから。

なのでおそらく大事なのは「繰り返す」ことなんだと思うんですよね。

そしてここで『いろとりどりのセカイ』の鈴さんの「悠くん、君は思い出せ。思い出せば君は全てを手に入れられる」という言葉に連結させていくのです。頭の中にその言葉・あるいは概念を保有してかつ、意識的に「取り出せる」状態が出来ていれば最高なんじゃないですかね。

んーここはエ口ゲ血肉化ですねはい。

エ口ゲを『血肉化』するにはこの2つを徹底的に繰り返すしかない(7496文字)

 

あと『木洩れ陽のノスタルジーカ』のしねまが他者の心をエミュレートするときに、自分のメモリに残存する「映画」の内容を類推して結論を導き出すのと、私が物語を連想記憶として概念を繋げまくって対象の理解の道筋としているのって、実はとってもよく似ているんじゃないのかなー?って最近感じています。

うーん、物語ってやっぱりすごい。物語って複雑な概念がとても理解しやすいんですよね。さらに2者間である物語を知っていれば、そんな複雑な事柄を説明するために文字を多く割かなくて済みます。

今回の『ログ・ホライズン』のように、2者間で共有している物語は、ぽんと提示するだけで「何の概念を言いたいのか?」がぱっと分かるものなんですよね。ハラショー!


例えば私がブログで使っている、"観る" (←こういう書き方をしたら)『猫撫ディストーション』を思い出してもらえれば何を言いたいのか分かるはずです。
また "視る" (←こういう書き方をしたら)『うみねこのなく頃』を思い出してくれれば何を言いたいのか分かるはずです。

『猫撫ディストーション』と『うみねこのなく頃』をプレイしていない人は、この説明だとちんぷんかんぷんだと思いますが、プレイしたことがある人ならば「あ~なるほどねー観測のことを言いたいんだなー」とか「"魔法"のことだな」って分かると思います。

 

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これで思い出すのがペトロニウスさんが言っている、船長さんのお話です。

ちなみに、白鯨だったか何だったか忘れてしまったんですが、なにかの海外の文学で、何かの船乗りの船長が、とても教養ある人で、、、、彼は、シェークスピアの主要な作品をすべて暗記していて、何かがあることに、その時の主人公の気持ちやセリフを引用しながら、いろいろなことを語る人がいました。

――本は読むものではなく、記憶するととてもいいですよ、というおすすめ。 - 物語三昧〜できればより深く物語を楽しむために

あるいは『絶園のテンペスト』の彼らのようにいろいろな事象にやたらとハムレットを引用する感じですね。こういう自分の中に残存する物語を引っ張りだして、現実世界の理解の手助けにするのって、やってみるとすっごーーーく手応えを感じます。手応えというのかな?すごい楽なんですよね理解が、すぱぱぱんと加速できるって言えばいいんでしょうか。

私は物語に対して、別の物語連結させながら語ることをしないんですが、現実に関してはフルに活用しているふしがあるなと。

ここも一種の流儀かもしれません。自分で決めた規律ですから。

 

って無駄にだらだらと語ってしまいましたが、私としてはすごい満足した記事になったので良しです。ここを起点に「流儀」「Systemで管理された社会」「物語によるエミュレート」と様々に発展できそうです。

あとは残響さんがこの記事を楽しく読んでくれたなら嬉しいなと思います。

それでは今日はここまで。

おわり。