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「アストラエアの白き永遠」体験版_面白くなかったという感想(2758文字)

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 アストラエアの白き永遠 初回限定版[アダルト]

どこでもいいよ

りっくんと一緒なら、どこでも

春が来るまでは、どこにだっていけるんだから―――

  

  プレイ時間   5時間
  製品版を買いますか?   絶対的に買わないです

公式HP│アストラエアの白き永遠

 

 

『アストラエア』のポイント

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・この街に振る雪は、とてもやさしい雪。冷たくもないし積もらない雪。この街は常夏ならぬ"常冬"。

・可愛いヒロインはいないけど、可愛い幼女はいますよ!
・背景綺麗 


これは買いません、絶対に買いません。そう思うほどにすっごいーーー微妙でした。つまらない……つまらないよ……つまらないうえにダラダラ長くて、ヒロインで可愛い子一人もいないじゃないですかなんですかこれ。

……もしここまで大言壮語をぶっぱなしながら、『アストラエアの白き永遠』を買ったら笑ってください。にーはっはっは!!って哄笑するように笑って結構なんですよにーはっはっは!!!!

 

以下、感想なのですよっ。

 

 

 

 

なぜその選択肢を思いついた?

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「落葉さん……ちょうどよかった」

「どうかしたんですか?」

「それが……葉月ちゃんが見当たらなくて」

「……え?」

「ほかにも、まりもちゃんと椎菜ちゃんもいなくて……。今、ご家族の型にも探してもらっているんです」


遠くからの騒ぎに耳を澄ましてみると、幼子が行方不明になってしまったらしい。そしてこの時、ある選択肢が浮かんだ「探すのを手伝う」と。

しかし、これはなんていうかおかしくないか? 自分のことと関係ないのにも関わらず、(見ず知らずの他人、そして名前も知らない保育園である)、なぜ、いま、私は、「探すのを手伝う」なんていう選択肢が浮かんだ?

なぜこうも楽観的に考えられた?

なぜどうしてその選択を苦痛だとも面倒くさいだとも思わずに、"やらねば"と思えた?

なぜ難問をある種の楽しさを伴って実行しようとした?

(―――エピックウィン)

答えは決まってる。それはエピックウィンという感情だ。難しい問題に直面したときに、悲観的にならず苦しさを覚えることもなく、ただ"できるかもしれない"という感覚と、難問ゆえに面白さを見出してしまうというあれだ。

通常(というと語弊があるが)、何処の誰かが迷子になったからといって、たまたま通りかかっただけで「手助けをする」という発想が私にはない。それは面倒臭いという感情すら湧かずに、自分とは関係ない事象として処理されるからだ。本当に無関係なものは、まったくもって意識しない。


 

りっくんはりっくん

 

「よくないよ。りっくんは、りっくんなんだよ

――葉月

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葉月ちゃんの言葉は、言い知れぬ「正解」みたいなものを感じる。

いやなんだろ。あなたは誰ですか?と聞かれて、名前以外も催促されるじゃない、どこどこの学生でとか、どこどこで働いているとか、でも実際それは「自分」でもなんでもないんだよね。

あなたは誰ですか?と聞かれたて「私ですよ」と答える。「私は私ですよ」と答える。「りっくんはりっくんなんだよ」という言葉には、自分という存在が「名前だけで十分」なんじゃないか?という気がしてくる。だって私は"私"なのだから。

 

 

子どもと接するとき大事なのは、上下関係を蹴飛ばすこと

 

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(あんまり画像関係ない)

保育園にいるまりもちゃんは、よく自分は大人だ!と言いはる。そして子ども扱いすると「子ども扱いするなよー」と不機嫌になってしまう。

そしてああやっぱりそうなのかと気づいた。

子どもは自分が対等じゃないことが不満なんだと。もちろん例外はあるだろうけれど、自分を「下」に見ている人や、「保護者的な目線」で接してくる人が嫌いな子って結構いる。

それって上下関係で自分を捉えていると理解しているからだし、なにより平等じゃないし対等じゃないことが嫌なんだろうね。だから「子ども」という概念がちょっぴり邪魔だなと思った。「子ども」と思うからこそ「頭をなでたり」「幼児言葉でコミュニケート」したりと、対等扱いを阻害していくからね。

大事なのは、相手を対等に扱うこと。

それは子どもだからとか、大人だからとか関係ない。目の前にいるのは、一人の人間だ。「一人の人間」という感覚を持つことができれば、良好な関係を築けていけそう。

自分を対等に扱ってくれる人間というのは、いわば自分を認めてくれた人なのだから。当然だよねん。 

問題はその<並列関係>の意識をどうすれば、鍛えられるか、あるいは秀直できるかだよねー。倫理観を意識するのは前提なのは間違いない。次に大事なのは「命」の概念なのかもしれないなー。

 

んでんで、パンダ葉月ちゃん超らぶりー

 

 

 

超能力は自分の力なのだから?

もしテスト中に能力使ったら、有無を言わさず0点にするから」

――水ノ瀬

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クレアボイランスを使って、テストなんてちょいちょいのちょいさー的なことを言ったひなたに向かって、釘を刺す水ノ瀬。

しかし、ふと思う、クレアボイランスはひなたの力なのだから、それを使ってテストを受けてもいいのでは?と。

ここで「テストは自分の力でやらなきゃ意味がない」という言葉が出てくるが、別に意味がなくてもいいよ答えてしまえば、その言葉は封殺できる。ひなたが勉強に意味を見出してなく、でもテストで良い点を取ったほうが仕事上都合がいいのなら能力を使ってもOKだろう。

「でもそれはルールを破っている」という声もあるかもしれない。でもルールは別に破ってもいいんだよね、さらに言うならルールを自分で"変更"してもいい。

そしてルールを変更できるものが、勝者になる。世の中そんなもんだよ。もちろん勝者になることに意味を見出しているのならばの話だけれどもね。

ゆえにルールを変更する(=ひなたが能力によってテストの点を上げる)という行為に対して、水ノ瀬はいったいどういう理由があって、邪魔をするという発現をしたのかちょっとだけ気になる。

自分の流儀においてその行為を許せない、だから阻止する。というのであれば私は納得できる。

もしこれが「だってみんなが」とか「学校のルールが」と言い始めたら、滅茶苦茶残念だなとも思う。そんな倫理観どうでもいいよ。

 

 

おわり

 体験版やってて「はやく終わらないかな……」と思っちゃうほどに、面白くなかったです。

それに体験版のプレイの長さが長くて、プレイした時間が「もったいなかった」と素で思っちゃいましたからね(涙

ヒロインであるところの雪々、りんね、水ノ瀬、コロ助はあんまし可愛くないですし……、葉月ちゃんが一番可愛いってどういうことなんだろう。ね、ほんと。例えこのあと弩級の展開があっても、こういった日常を楽しめない、つまらないのって私にとってとても苦痛なのでした。

保留どころじゃなくて、絶対に買わないのですよ!

 

 

<参考>

 アストラエアの白き永遠 初回限定版[アダルト]
アストラエアの白き永遠 初回限定版 [アダルト]

 

 

星空のメモリア COMPLETE
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