猫箱ただひとつ

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黒子のバスケ_誰かの生き方を応援すること(2584文字)

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黒子のバスケ STARTER BOOK 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

君という光の影としてボクも君を日本一にする

 

 

1話で火神だけでは「キセキの世代」に勝てないから、僕が君の影になると黒子は語った。

「僕も決めました。僕は影だ。でも影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる。君という光の影として僕も君を日本一にする」

――黒子

これを聞いて感動してしまった。

彼は自分の領分を知っているんだと理解した。自身の限界、力量、資質そういう全てをひっくるめて「誰かの影」としてしか生きられない事を分かっているからこそ、「誰かを光として選」ばなきゃいけない。

黒子はバスケのセンスは皆無だ。シュート精度やドライブの技術が全然ないが、代わりにパスワークが異常に上手い。それに加え影の薄さという自身の性質も活かしてスティールなどといった、相手側のパスの阻害も得意とすることで「ボールを繋ぐ」ことに長けた選手と言っていい。

しかしいくらこのパスセンスが凄かろうが、味方にボールを繋げようが、それだけではゲームに勝てない。何故ならバスケはボールをネットに入れて初めて、点が入り、勝利へ一歩進むからだ。

だから「スコアラー」と呼ばれる選手が必要になる。得点をガンガン入れられる人間がいてこそ、黒子は最大の力を発揮することができるようになる。

このことを見ても、黒子という選手は地味で目立たないかがよく分かる。いくらパス技術、ミスディレクションの力を磨いたとしても、チームを勝利へ導いたとしても、彼には恐らく賞賛や名誉といったものは与えられないんじゃないか? 

だって、バスケは得点を入れた選手が一番目立つからだ。メディアや観客はパスセンスが上手い黒子より、火神や青峰といったガンガン点を入れる選手のほうを応援するだろうし、記憶に残るだろう、もちろん人気だって集まりやすいに違いない。

そりゃバスケ界隈や、その業界に深く知っているものからすれば、黒子は圧倒的なパスセンスで勝利に導く選手と謳われるようになるかもしれないが、「バスケ」というスポーツで、脚光を浴びる選手かと言われたら彼はそうじゃないと思う。

……そういう全てを"織り込み済み"な黒子の姿勢が私は好きだったりする。「僕にはこういう生き方しか出来ないんですよ、そしてこういう生き方を誇りにしています」―――みたいなね。

青峰との二回目の対戦で、黒子は「僕のバスケは間違っていなかったと証明したい」みたいなことを言うんだけれど、この時に彼の生き方を応援したくなった。

彼は絶対に自分の能力から考えて、「光」にはなれない、なれるのは「影」だけ。そんな"黒子的"生き方を良しとして、さらに他の誰かのバスケ人生、バスケの生き方を比べても「遜色ない、そう言いたいんです」と言っているような姿がうにゃーー!!ってなる! あーもうかっちょいなあ><って。

人間だれしも……、なんて言うと語弊があるけれど、出来るなら「光」になりたい人っていっぱいいると思うんですよ。例え自分に才能がなくても、願うのならば叶うのならば光になって、誰かを照らしだすような存在になりたいと思っているんじゃないですかね。

でも黒子は「影」にしかなれない自分を肯定している。そしてそんな「影」な自分に劣等感や負の側面を抱え込んでいないところがもうなんかいいなあ……って思う。

「僕には才能がない」とか「パスしか出来ない」とかそういう暗い部分を抱え込まず、


「これが僕の生き方です」


って、バスケで語っている姿がもうかっちょいいわけですよ。

だからそんな彼の生き方を応援したくなる。それは勝ち負けといった結果を見て、彼の生き方を肯定するんじゃなくて、その生き方・在り方をひた走って欲しいという想いで応援したいんです。

最近気づいたんですけど、「応援」って結果を求める行為じゃないんですよね。あれは誰かに自分の気持ちを乗せることなんですよ。だからこそ成果を望まれる期待より、応援されるほうが滅茶苦茶嬉しいんです。

確かにバスケを好きなだけでは勝てないかもしれないです。
けどやっぱり好きだからがんばれるし、
勝ったとき心の底からうれしいんだと思います。

――黒子

 
  *

黒子のバスケ STARTER BOOK 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)

というわけで『黒子のバスケ』全50話視聴した感想でした。

あーはやくアカシ君との対戦が見たくて仕方がない。たぶんあの人は「戦略型」のキセキの世代だと睨んでいるんですよね。試合に出ずベンチから指示出す系な? あるいはポイントガード系な?……。うむ気になる。


それと黒子も捨てがたいけど、青峰と、紫原もいいよねー。生き方というかその在り方がさ。青峰は「才能もあってバスケも好きだけど挑む相手がいなくてつまんなくなってる」、圧倒的な力である分野で頂点に立ってしまえば、もうつまんないんですよね、「挑む相手」がいないのって苦痛です。

対して紫原は「才能があってもバスケつまんない」って言っちゃうくらいに、バスケなんかどーでもいい人間。ただ"上手く出来る"からバスケをやっているだけ、これって所謂「運命の奴隷」というやつ。

才能があることと、それが楽しいことかは別。心のベクトルが才能と合致するかは別問題なんですよね。ここ間違えると、いっきに人生下らなくなる気がしています。

"楽しくない"ことがいくら上手くても仕方ないよねーって。

 

あとあと、二期のOPがもうめっちゃくちゃかっこ良くて、どうすんの!?って感じに胸熱でしたよ。緑間の「そらし目」が最高にクール!! あと黒子のイデアに身を任せている「ぼーっと」した感じの(←風に靡かれてるみたいなトコロ)もいいね!

あと二期1stOPの一番最初に「黒子が観客に向かって拳を振り上げる」場面があるじゃないですか。あのとき観客もまた、黒子にむかって立ち上がってうおおおー!!って声援を送るんですが、あれがもう無性にうるってきます。

「影」である黒子が、一般大衆である観客にまで"認められる"瞬間ですもんあれ。生きてて良かったなって思っちゃいましたよ全くw

てことで終わりです。

(『黒子のバスケ』って、黒子の生き方と言ってもいいんじゃないかなとふと)

ではでは。

 

<参考>