猫箱ただひとつ

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大図書館の羊飼い 共通√(28269文字)

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大図書館の羊飼いの感想をだらっと語っていきます(共通√)。今回もめちゃ長くなってしまったですが、すごい楽しいという。

ちなみにこれは他者度かなり低めです。

 

 

 

 

 

人間を理解するために本を読む

 

人間って生き物は、本当にわからないことだらけだ。

意味もなく暴力を振るったり、数分前と正反対のことを言ったり、褒めながら内心罵ったり、ともかくも謎が多い。

――筧 

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 人間はノイズの塊であり、矛盾的生き物であり、感情とロジックを使い分けて生きている。だから非常に分かり難い。……いや分かり難いというか……なんだろうなあ予測不可能?

乱数でありノイズ。

だから、理解できない人間は理解したいと思う。
それは、好奇心とは違う、もっと差し迫った欲求だった。
今こうして、一応普通の生活ができているのは、時間をかけて知識を増やしてきたお陰だ。

ガキの頃の俺がこんな巨大学園に放り込まれたら、一日でおかしくなってしまうだろう。

――筧


筧には共感性の能力が欠損しているのかな? だから読書で得た知識で人の心模様をカバーしようとしているのかなと思ったらどうも違う。筧はそこまで壊れているわけじゃなくて、ただ"怖い"という感情が今もなお彼を突き動かしているにすぎない。

でも多少は、欠損はしているようにも思える。幼少期に虐待を受けるっていうことは、他者が自分とは違う獣に見えてしまうだろうし、そんな獣の心を理解したい(=共感)なんてことは思いにくいものだからだ。

さらにいおう、そんな獣に対して自身の内蔵を見せる自殺行為なんて絶対にしない。だからこそ人との繋がりが筧は希薄になってしまう。


 

桜庭の評価がだだ下がりだ

 

「警戒するな、私は本当に勘違いしていたんだ」

――桜庭

白崎の話を勘違いしたあげく、さらに置換扱いし(仲間が)暴力を振るい、追っかけ回し結果

「実は勘違いしていただけなんだ」

なんてことがありえるのか?!いやあってもいいだろう。でもせめて筋を通すことに何より価値も置いている桜庭ならば、筧と白崎の一件を彼女自身が引き受けるべきだろう。

なんでお前は「やれやれだ」みたいな顔をして傍観者ヅラしているのか分からない。桜庭は勘違いした大勢にいちおう声はかけるがそれだけ。次の策を打とうともせず、流れのまにまに従っているだけ。

これが規律を求め、人情を慮るみたいな彼女の在り方なのか……とかなり幻滅。……でも……んー……玉藻ちゃんなんていうのかなあ……嫌いな部分と好きな部分が半々って感じ。

「違うのなら訂正してくれて構わないけれど?」

「……」

白崎がむっとした顔をする。

「生徒会長ともあろう人が、わざわざ喧嘩を売りにきたの?」

「もしそうなら、私が全力で買わせてもらうけど」


――桜庭、白咲、望月

 こういうタンカの切り方は好きなんだけどね。

 

 

白崎×王道

 

「なりますよ、生徒会役員に……」

「そんな取り引きは認められません!」


鋭い声と共に、白崎が立ち上がる。
椅子が床に転がり、軽い音を立てた。

「筧くん、取り引きなんてやめて」

――白崎、筧

 

白崎は王道なんだよね在り方が。けっしてズルや裏ワザ、裏道といった方法うを取ろうとしない。だからこそ彼女には「信頼」が集まるし、その行動には芯がある。

あとどうも彼女はAnswerを当てちゃう能力があるよね。ひらめき……というよりはもう予測に近いなにか。けれども具体的な説得や、その結果に行き着くまでの過程を説明できないから1人だけではうまく機能しない。

過程の肉付けが出来、論理を従える筧や桜庭がいてこそ、輝く人間。


 

分からない、だから惹かれる

彼女は、俺が出会ったことのないタイプの人間だ。

おそらく白崎本人は感情で動いていて、細かい計算なんかしていない。でも、一番深いところには、何らかの行動原理があるのだと思う。

今の俺にはそれがわからない。
わからない人は、知りたいと思ってしまう。

――筧


分からない人間は知りたいと思ってしまう。それは知的好奇心にちかいなにか。"知らな"いからこそ、"知ろ"うと思うもの。

筧はどちらかというと好奇心ではなく恐怖心故にだけれど。

白崎の行動原理ってなんだろうね? もっと抽象的にいうと、彼女の心象風景はどうなっていて何が置かれていて何を大事にしているのか気になる。それは妹の約束という事象を抜きにしたお話で。

なんというか誰かの為に、で動いている人間ではないと思う。どちらかというと本人も言っているとおり楽しくなれるアーキテクチャを作ろうよ?みたいな感じがする。


webニュースで痴漢騒ぎの件、宜しくお願いしますって言う白崎に対する生徒会長の図

「そっちのクレバーなお嬢様ならともかく、あなたが言うのはちょっと図々しいんじゃないの?」

「図々しいのはわかっているんですが」

「わかっているなら言わないで」

「望月さん、お願いします」

「はいはい、気が向いたらね」

――白崎、望月

 

図々しいのは分かっているにも関わらず、お願いをやめないその在り方よ。白崎からすればそれは恥ずかしいとか迷惑がかかる意識とかあんまりなくて、ただなんだろうなあ……幸せ希求みたいな。ただ祈っているだけのようにも見える。

こうしてくれたらいいなてへへみたいなね。

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信頼できないの? 

 

「そこまで信頼できる人間なのか?」

「信頼できると思ったから誘ったんだよ。さすがにそれくらいは考えてるつもり」

――白崎、玉藻


白崎が信じるものは救われるを地で行くなら、玉藻ちゃんは正直者は馬鹿を見るって考え方なんだろう。

でもこれってそもそも「損得」や「利益」の問題じゃないんだよね。つまり損得でや利益で誰かを信じるっていうのは、"信用"であって"信頼"ではない。だから玉藻ちゃんの人間関係をほぼすべて実利ではかるような人間なんじゃないだろうか。

今朝の痴漢騒ぎの真偽は、筧の証言を信じるか信じないかが全てだ。

過去に筧が痴漢と間違われるのを避けようとしたという情報は、大きな判断材料になった。とはいえ、白崎らしく穴だらけの理屈だ。

しかし、穴だらけの理屈を信じられることはある種の力だった。

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白崎のすごいところは、相手が有用か、使えるか、何か利潤を生むかという判断基準で人と接しないことだ。その人との関係を深くしようと思う判断は、その人を"信じる"かどうかで決まってくる。これはもう鶏が先か卵が先かみたいなお話だけれど、信じるってそういうものでしょ? って気はするよね。

 

穴のない理屈しか信じられない自分と白崎、どちらが人間的に魅力があるか。

そりゃもちろん白崎だよね……。

 

 

 

魔法の図書館

 

「なるほど。つまりキミは、この世の全てが書かれている魔法の本が欲しいんだね?」

――?? 

 
この世の全てを知るというのは、それはまるでファウストのようだ。ちょっと考えるのは、全ての知識、叡智を知ってしまったらその後一体何が残るんだろうってこと。

たしかに、全てを得たときの満足感や達成感は凄まじいものがあるだろう。けれどもそれが過ぎ去った"後"はどうするのか。世の中の仕組みがわかり、対人関係をスキルに落とし込んだあとは無味乾燥そのものなんじゃないか?

それとも長期間全てを知った万能感が続くんだろうか?……分からない。ただ続かない気がするのだよ根拠はないけどね。そうするともう後はシジフォス的人生を送るしかなくなる。

"分からない"こと"知らない"ことって、やっぱり必要不可欠なんだとは思う。良い意味でのという前提がつくのだけれど。秘密を暴こうと思うのは秘密があるから。秘密があるからワクワクドキドキできると。

書物は闇を照らす光だ
1冊読めば。この世の闇が1冊分減る。

つまり、本を読めば読むほど世界は明るくなり、平穏な生活に近づけるというわけだ

――筧

とてもよく分かる。


 

 

妥協ラインを決めましょうか

 

「読まないと死ぬと言ったら?」

「いいから本を閉じろ」

「オーケー、本は開くが読まない。このあたりを落としどころとしよう」

「わかった。というか、どうでもよくなった」

――桜庭、筧

人の行動は本質的に抑制できないし止められない。本質的には、ね。
こういう場でなら、自分が曲げられない部分を相手に認めてもらって、相手も自分という多様な他者を理解してもらうってのが必要不可欠なんだと思う。

―――オーケー、本は開くが読まない。

ってな感じで。

 

 

筧にとって良い悪いとは?

 

いい人になってみる

悪い人になってみる

 

<選択肢>悪い人になってみる

俺は白崎のことを知るために活動に参加したんだ。
まずは仲良くならないと始まらない。
ここは手伝ってみよう
――筧 

 結局筧は、「いい人」になっても「悪い人」になっても白崎のことを助けるのだけれど、助ける為の過程がちょっとだけ違う気がする。

いい人になった場合は、「これは手伝うでしょ」といったワンフレーズですぐ白崎を助けに行く。反対に悪い人になった場合は、自分の為、利己的に考えた後手助けにいく。

この2つの差異は、「自分の為なんだから手伝うか」という思考を挟むか挟まないかだろう。なんちゅーか自分の意識の問題だよねこれ。筧にとってその思考を挟むことも出来るし、わざわざしなくてもいいってことになる。そして悪い人を選べば、"わざわざ"自分の為にやりますか―――っていう思考を挿入する。

これは筧がそもそも自分の行動全てが利己的だ、という前提のもとに成り立っているが。


んでここから導き出されるものはなんだろう。白崎に対する「興味関心の度合い」を自分で作り出しているとか? 彼女への自分の関心を下げたり上げたりすることを自覚的に行っている? ありえそう。

 

 

 

そういうノリ大好きです

「ゴミ拾い? ボランティアかなんかですか?」

「図書部の活動としてやってるんだ。時間があったら、鈴木さんもどう?」

「軍手とかゴミ袋も貸し出すし、いつでも帰ってもらっていいから」

「別にオッケーですよ」

――かなっぺ、白崎

 

この子行動力あるなと素で感心してしまった。この後の用事が無いにせよ「今からゴミ拾いやる?」「オッケー」なんて即断即決は中々出来そうにない。なんか"ピン"とくるものがかなすけにはあったのかもしれない。


 

 

誤魔化しなしで×白崎

 

「一つ確認させてほしいんですが、調べることで御園さんに迷惑はかかりませんか?」

「ここだけは、誤魔化しなしでお願いします」

白崎が真面目な顔で尋ねた。

嘘をつく気になれば、簡単につくことができる質問だった。それを、あえて聞くところが純粋というか間が抜けているというか。


――筧、白崎

 

 

白崎が見る世界はきっと敵と呼べるものがいないんだろう。相手を信じるということは、相手は自分の味方とも同然なのだから。それは仲間とか、友人といってもいいレベルの関係性。もちろん相手が白崎のことをそんなふうに思っていなくても白崎自身からすれば、「私はあなたのことを友達だと思っているよ」と素直に信じているんじゃないか。

だからこそ彼女の周りには人が集まる。もし彼女が人を疑って疑心暗鬼の世界で生きていたとしたらそんなことは絶対にない。断言していい。だって自分を疑っている人につこうとは思わないもの。


 

白崎と結果を求めない在り方

 

「見つからないかもしれないけど、探すことはできるよ」

「わたしは、こういう時に探す自分になりたくて、活動を始めたの」

「見つかるか見つからないかなんか、関係ないよ」

 
――白崎

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そうかようやく白崎の行動原理みたいなものが分かってきた気がする。彼女はそもそも結果なんてものはそんなに求めていない。ただ"手段"を追求しているだけに見える、こういう時に"動ける"自分を。

それは実利主義者とは正反対の在り方。結果という利益、効率、実利を求めないからこそ手段のみに没頭できるのだから。

これは白崎が持っている他者に対する信じる気持ちも、大きく影響していそうな気がする。

 

 

内蔵と向き合うには

鈴木を警戒していたのは、もしかしたら俺だったのかもしれない

――筧

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冷静に観察されてる感じがして怖いというかな助。でも実はそれかなすけも同じで、相手を観察して筧をよく見てる。人間関係を技術に落としこんでいる者は、そこらへん敏感なんだよねえ……。

でそれは結局のところ素の自分を見せられないからという問題に繋がってしまう。自身の内蔵を曝け出すのが怖いからこそ、自分を技術で変質させてその場その場での最適解な自分を創りだしていくと。

これやってると"人間が閉じ"てゆくので、正直とても最悪でいつか気づかないとすごい窮屈な日常に押し込められるようになってしまうよね。

 

 

 

 

才能が無駄になるという考え方について

 

「でも、このままじゃ、せっかくの才能と能力が無駄になるわ」

――望月 

 望月は筧を生徒会役員に引き抜く為にこう言い

 桜庭もまたこう言う。

才能がある人間は、それを伸ばすべきだと思わないか? でなければ、同じ世界で一生懸命努力している人間が悲しすぎる」

――桜庭 


正直何言っているのって感じだ。全然思わないよ、才能があるかどうかはそいつが選んだものじゃない、そいつ自身の意志で欲しいと願ったわけじゃない。だから才能をどう使おうが本人の勝手なんだよ。

それに、「才能」と「自分がやりたい事」は別々に考えたほうがいい。いくら何かしらの分野の才能があったって、自分にとってそれがどーーーでもいいことなら才能を磨こうなんて思わないでしょ?

だから才能がある、とか、天才だって言われている人は、本当にたまたま「自分がやりたい事に才能があった」というだけなんだよ。もちろん例外もあるけどね。自身の才能によって、自分の人生のベクトルが規定されてしまったそんな運命の奴隷になってしまったような人が。

そして才能があるからといって=幸福でもなんでもない。ただ競争原理に放り込まれたときに、上位に立てるってだけ、勝率が高いだけ、あるいは社会に何かしらの変革を起こせるほどの人物だったとしても、それがその人の心の乾きを満たしたりするのとはもう別次元の話。
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で、どうも桜庭の言葉を聞いていると、これただの嫉妬とか妬みの類にしか聞こえない。自分に才能がない、だから才能を持っているヤツが羨ましい。あいつらはそんな力を持っていながら怠惰な学生生活を通じてなまりなまってなまりの極北を極めるなんてけしからん!って言ってるだけ。

なんというかなあ……こういう"べき論"って基本的に相手を殴る為のものなんだろうなあ……と思ってしまう。私もよくやってしまうのだけれどさ。

才能がある人間は、それを伸ばすべきだと思わないか? 

 

 才能を絶対視・神聖視してしまうとこういう思考になってしまう気がする。ギフトはギフトでしかないのよさ。

世の中には、才能がなくて泣いている人間が山ほどいるんだ。持っている人間が不真面目では困る」

――桜庭


繰り返すが桜庭ちゃんが卑怯すぎるんだよ。"世の中には才能がなくて泣いている人間がいる" ? 誰それ? どこのだれ? キミのこと?

なんで自分がむかついている事象に対して「どこかの誰かが」「みんなだって」という枕詞を付け足すんだろうか。いや分かるよ気持ちは。"自分1人"で言葉の重みを背負うことができないとき、他者を持ってくる。

でもそういうのってとっても卑怯なことだと私は思う。自分の考えを大勢の人間もそう言っている、だから、お前の行動を是正しろ、みたいなクソ言説はやっぱりおかしいんだよ。理由じゃない。ただの感情だ。そんな虚偽理由で正当化しようとしているんだからすっげーカッコ悪い。

もし彼女が才能のことで御園にいうのであれば「私という才能のない人間からすれば、才能を持っているお前が羨ましい。そしてそれを軽んじている態度、怠惰な姿勢が苛立って仕方がない」といえばいい話だ。


 

 

 

 

 小太刀の嘘

 

 「知ってる人に、生活音聞かれるのって嫌でしょ」

――小太刀

 そう言って、筧の部屋番号を聞き出し、驚き、怒ったり(?)していた凪ちゃん。でもこれって今思えば、嘘というか演技だったんだなーって。

だって筧を堕落させるために図書部をつくりあげた彼女が、筧の部屋番号くらい知っているはずだもの。だからこの一連のやり取りは「私はキミの隣に住んでいるから」というアピールだったんだなと。

「……おやすみ、か」

――小太刀凪

 
筧におやすみって言われて、ちょっと思案している凪ちゃんの図。

おやすみ……か。昔にも同じ言葉をかけられていたのかもなって。

 

 

 

 図書部に御園を加入することと、羊飼いの思惑?

 

 『御園千莉は君たちに大切なことを教えてくれるだろう。 羊飼いより』

 

 そういえば凪ちゃんは、どういった意図で図書部のメンバーを決めているのだろうか?

白崎、桜庭、鈴木、御園。

白崎がいることで筧は図書部に積極的に関わるようになるので彼女は必須。そして彼女についている桜庭はおまけみたいなものなのだろうか。でもじゃあ鈴木と御園はどういった「基準」で羊飼いに選定されたのだろう?

小太刀凪は以前こういっていた「あなたたち一緒にいるといい事があるから」。でもこれは結局のところ嘘だよね。だってこだっちゃんの目的って、筧を羊飼いにさせなくするために現実で恋するように仕向けているのだから。

あでもその前に彼女は「羊飼い」なのか。人間の幸福を願うもの。だから筧を堕落させる(=小太刀だけにとって)ために図書部を作るものの、その部に関わるものは基本的に「幸せ」にさせることが条件なのかもしれない。

筧、白崎、桜庭、高峰の4人の<場>に入ることで、より幸福度があがる人間。それが鈴木と御園の2人だったのかもしれない。

 

 

 

 『何故』をゆるさない存在について、思考するべきか否か?

 

 「羊飼いが本物だという保証はあるか?」

――桜庭

 

桜庭はいう、羊飼いという存在を私たちはどう考えればいいのだろうか?と。

ある時来栖という人間はこういった「ゴーストはゴーストなのさ。その存在が何なのか?と考えてしまった時点で本質から遠ざかる。目の前にあるものだけどを直視しろ」と。

言っていることはすごい分かる。羊飼いは「羊飼い」なのだ。その正体がどうだとか、本物がいるかいないかとかそういうことに思考のベクトルを向かわせてしまった時点で「羊飼い」というものを正しく認識できなくなってしまう。

イグアナの正体って? イグアナに本物がいるの?って言っているようなものだ。だから羊飼いは羊飼いでありそれ以上でも以下でもない。ただそこにあるだけだと思えると、考えなくてもいいことを考えないで済む。

逆に狼子さんのように「考えなきゃ。だってそんなの面白くないしつまらないじゃない。考えなきゃ人間は人間を超えられない」っていうこともよく分かる。

これは梅原大吾氏が語っている10を超える、というものと近い。安易な方法や中途半端な覚悟では10を11、12、13には出来ない。だからこそ、考えて考えて実践し、挑戦し、絶えず成長をし続けようっていう感じだったはず。

そして「何故をゆるさない存在」について考えるワクワクドキドキしかないんだけれど、これが彼女のいう面白さなんだろう。

ただ羊飼いの場合でいえば、「その存在については考えなくてよろしい」と私は決断しよう。白崎のように「なんだろうね、大切なことって?」っていう方向で羊飼いが何を提示しているかを考えたほうが建設的だと思う。

 

 

お節介?それとも

 

 

「赤の他人だと、お見舞いに行っちゃいけないのかな?」

(中略)

「それにほら、友達が看病してるかもしれないし」

「そしたら、任せて帰ればいいと思うよ」

高峰の至極まっとうな指摘にも白崎は同時ない。
とういより、何でそんなこと気にしてるの? くらいのノリだ。お節介を恐れないのはある種の才能だな

――筧、白崎、高峰

御園千莉が風邪で寝込んでいるということで、心配になった白崎は様子を見に行きたいと言い出す。いくら一人暮らしは風邪のとき大変だからといって見ず知らずの人間がここまでするのはちょっと変―――みたいな価値観が大勢に染み込んでいるからこその筧と高峰の態度なのだろう。

もちろん私も。だから白崎がそういうことを動せず、当たり前でしょ?って態度を取るってことはもう彼女との倫理観が大分自分とはずれているってことを意識したほうがいい。いや違うそういう話じゃない。

白崎にとって、自分が御園宅に行き看病をしようとする行為が、おそらく御園が思うであろう「迷惑」だと考えていない……のではなくそれを込みでの判断のようにも見える。

つまり、「御園さんが私の行為が迷惑だと思ったとしても、私は看病しにいきたいよ」「そもそも迷惑だと思うかどうかなんて、その場になってみないと分からないじゃない」みたいな感じなのかも?

ふむふむ。

あーこれも未来を予測しない在り方か。自分がどうしたいか、どういう気持にいるか、何が楽しいのか、楽しそうなのか、充実しそうなのかの判断で動くと日常が面白くなるんだなーって。

 

 

 

 

 

凪の図書部設立のための大きな目的

「図書部に女の子いるじゃない? どう、手近なところで一つ」

――小太刀凪


ちょっと前に凪ちゃんの図書部員集めるときの条件って「図書部で活動することで幸せになれる人物」なんじゃないの?って言ったのだけれど、確かにそういうこともあるのだけれど、大事なことをすっかり忘れていた。

それは、筧が惚れそうな女の子を選定するということ。いくら図書部にいて幸せを得られる女子を集めたからといって、その中に筧がピンとくる人間がいなければなんの意味もない。

こだっちゃん的には筧が誰かしらに惚れてもらわれなば困る。ならば「惚れそうな可愛い女の子」を見繕ってきた結果が、白崎桜庭鈴木御園という4人だったのかもしれない。

あとは……そうだな何かしら筧には理解できない行動原理を持っている人、また筧と行動原理が似通っている人などなど……。そういう興味のポイントをっつついて、さらに可愛いとなれば靡くだろこいつにっししみたいなね。そんな気がする。

こだっちゃんの小悪魔度が上がったようだな……(謎)


 

かなっぺ×楽しい×賭けてるもの

 

「じゃあ、ちょっとだけ教えますけど、自分、図書部にはちょっと賭けてるんです」

「何か変えてくれるんじゃないかって」

――かなっぺ

 

人を変えてくれるものは対人とそして「環境」だものね。良くも悪くも環境の善し悪しでその人のライフスタイルは激減するし、人格や能力の伸び具合まで影響してくる。環境というか<場>はとっても大事。

ここの嗅覚鋭くならなくては。



桜庭の行動はいつだってずるいのである

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桜庭が持っていたのは、御園が白崎の手を握っている写真だった。看病したときの写真だ。

「動画もあるぞ」

桜庭が画面をタップする。

「お母さん……行かないで……」

――桜庭、(御園音声)

もうね、ほんとにね、桜庭ちゃんは卑怯。彼女はそれがあたかも最善手かと信じて疑っていないようだけれど、こんなのされたら相手は怒るんだよ。そして自分の信用を失うことになる。さらにいえば恨みを持たれ、復讐という行動動機にだってなりえる。

それが桜庭玉藻がやった「相手の大事なものを人質にして交渉」するということ。本来交渉というのは、なるべくならしないほうがいい。負かされた側は、交渉に丸め込まれた側はずっと覚えているぞ? その悔しさを。

白崎が王道とはいったものの、なんだかこれ合っている気がするな。それでいえば桜庭は覇道だろうか。

桜庭ちゃんはなんちゅーかね……「やっぱり彼女が見ている景色は敵が多いんだな」ということを実感させてくれる。もし御園にともだちや仲間意識があればこういった「恐怖」で動かすような真似はしない。

(ほぼ初対面の相手に友達意識を持つのはかなり困難なものの白崎は平然とやってのけている→白崎が見ている世界は味方が多いという意味で桜庭ちゃんの世界の映り方)

「玉藻ちゃん、そういうのはダメだよ。嫌がってるんだから今すぐ消して」

「しかしなあ、こうでもしないとビラ配りなどやってくれんぞ」

「脅かしてやってもらっても嬉しくないから……はい、消して」

白崎は本気の口調だった。

――白崎、桜庭、筧 

白崎のいうとおりこういう手段で御園の行動を動かしても、それは一時的なものなんだよ。長期的にみれば彼女はもう図書部には対等に接してくれなくなるってことが分からないのかなあ……って思っちゃうのよさ。

人は人の気持ちを自在にできないように、人の行動もまた人がどうにかできるわけじゃない。というかしてはいけないものなの、なぜならそれは<聖域>の侵害だから。基本的に"自分がされたら嫌なこと"はしないっていう原則は覚えておかないと、ダブスタっていうか、被害被っても因果応報でしょ?ツーンって白眼視されるからね。


 

 

誰がやらなきゃいけない、という言葉は

 

誰かがちゃんと説明してやらないと。

……それが俺の役目なのか?
桜庭あたりが適任なんじゃないか?
どうなんだろう?

――筧

 とりあえず「誰かが◯◯しなければいけない」って思ったときは、人任せにしちゃダメなんだろうなと。いつだって意図的に、自覚的に変化させるのは自分だけなんだとカインもまた言っていなと思いだした。

―――自分がやらないのに、誰かにそれを押し付けるのか?

にゃう。


 

ミクロを大切にする白崎

 

「何のために誘うんですか? 御園さんは羊飼いのことは知らないって言ってましたよ?」

「目的なんてないよ。ただ、ちょっと寂しそうだったから」

(中略)
「いるかもしれないけど、わたしが気になったのは御園さんだけだったの」

――白崎、かなっぺ

 

寂しそうな御園の背中を見て、白崎は彼女を図書部に誘いたいという。反論として「いやいや寂しそうなヤツなんて学園にいっぱいるだろ」という声に、「私が気になったのは彼女なの」と応答する白崎つぐみ。

あーって思った。

白崎は一見すると利他的で、多くの人を救おうっていうふうに見えるかもしれないけど全然違うんだよね。むしろ逆で、自分が好きな人、気になる人というすごい狭い範囲で手をのばそうとする感じ。たまりません好きです。

自分の身の丈にあった、身近な部分を守るっていうか、大事にしているって感じがひしひしと伝わってきてグッときたり。


 

 

 

 

御園ちゃんの心象強度

 

「筧先輩も、変わった人の隣人で大変ですね」

「歌姫だかなんだか知らないけど、いま喧嘩売った?」

はい

「正直でよろしい」

――小太刀凪、御園

もしこれがかなっぺなら「いえいえいえ!!」「ははは、もー冗談ですよ」とひらひらかわすのかなと思った。いやそんなことはどうでもいい。

けれども御園は違う。「喧嘩売った?」「はい」なんて言えば、空気にヒビが入りいや~な雰囲気が両者の間で生まれるに違いないと分かりつつも口角を斜め上にあげてにやりと笑いつつ「ええそうですよなにか?」みたいな態度がクール。

御園ちゃん滅茶苦茶強度が高いわけじゃないけど、この部員の中では常時高めな気がする。白崎は……一時的にドカーンみたいなねそんなかんじ。


サバサバ系ってなんですか鯖なんですか

 

「サバサバ系で押してるの」

――凪

あらそうなんですかサバサバ系なんですかー。という思考が脳裏をよぎる。サバサバ系に良い思い出がない。というかサバサバ系はコミュニケーションの前提をなにか勘違いしている。いやなんだろ……あまり大枠というか一般化して語るのはまずいのだけれども、とにかくサバサバ系はコミュニケーション方法が雑っつーか攻撃的すぎるきらいがある。それもそれがカッコイイとか、冗談でしょ?みたいな雰囲気がぷちんとね、あれは年齢が近く兄妹or姉弟でせいだいに殴りあったりして生まれる気質さだと勝手に予測しているのよねええたぶんおそらくwhy?

というかこだっちゃんサバサバ系か? ばさばさ系じゃない?(謎)

 


心の原風景こそがその人の本質

 

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誰にでも繰り返し夢に見るモチーフがあるらしいが、俺の場合は魔法の図書館がそれだった。

――筧

心の原風景ていうのかね、心象風景でもいいのだけれど、このイメージこそがその人の「本質」だと私は思っている。手を胸に当てて、目を閉じて、そこで描かれる「風景」はなんですか? 濁っている?ぼやけている? 熱い?暗い? 真白?匂いはある? 声は聞こえる?……。

そういった様々なものが混然とし創りあげられる世界。
黒い粘液がその世界に溢れているならば、それがその人が"視て"いる世界に他ならない。逆に平和でおだやかな田園風景が広がっているならその人の気質は温厚だと判断できるかもしれない。

そんなふうに。

もちろんこれは時の流れによって移り変わるから、その一瞬一瞬の"本質"だとは思う。

筧は能力的に「大図書館」に接続できるわけだから、それが原風景と呼ぶにはいささか違うのだけれど。それでも彼がその力を使わずに、自身の内在世界がその「魔法の大図書館」ならば、彼がなにを大事にしているかよくわかる。

悪魔と契約するには、命を捨てなきゃいけないのだけれど、それでもうんって言っちゃえるのはある種の能力だよね。

ファウスト〈第1部〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)

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誰かを楽しませることについて

 

「数人じゃ駄目かな?」

「一日で数人の人に楽しいと思ってもらうのって、結構すごいことだと思うよ」

「……」

言われてみればそうだ。
自分は昨日、誰かを楽しませただろうか?

――白崎、筧

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白崎のすごいところって、今その瞬間っていう狭い範囲を大事にしているようにも見える。もし彼女が結果至上主義なら、「よりよい結果」を目指すだろう。喜んでもらえるひとは"多ければ"多いほどいいと。


でもそうじゃなくて、1人でも喜んでもらえるなら楽しんでもらえるならそれでいいじゃん。だって誰かを楽しませるのってすごいことなんだよ?と。

この「誰かを楽しませる」一点に彼女は重点を置いているからこそ言える発言なんだろう。結果に価値を置くのではなく、自分が楽しそうだなと思うことに価値をおく。

 

「どっかの歌手も、人間、今日と明日と明後日のことくらいを考えてればいいんじゃないって言ってたぞ」

――筧


"今"の期間をどのくらいの長さに設定するかで、その人らしさがでてきそう。コンマ世界があるいは3日か。あるいは別レイヤーで期間が違うって考え方もいいね。

 

 

 

変える気なんてないのよ?

「あいつ、御園さんと上手く離せないから、嫌われてるんじゃないかって心配してるんだ」

「ただ、鈴木さんみたいに明るく喋れないだけです」

「それで嫌われてると思われるなら、それこそ、タイプが合わないってことです」

――御園、筧

御園と仲良くなりたいかなっぺ、でもどうしたらいいのかわからないので筧にそれとなく考えてることを聞いておいてねと言われ御園に聞いたよという図。

御園ちゃんの「それこそタイプが合わないってことです」っていうのは、あの子の為に私の気質や性格なんてさらさら変えるきないし、歩み寄る必要なんて感じられないのよ? って言っていてグッときた。


 

こういうメール好き

 

佳奈すけはランダムで、常識に縛られないメールをしてくる。

GW注、『あーれー』というだけのメールが送られてきたので、『落下中か?』と返したら、『はい、もうすぐ地面です』と返事があった。しばらく放っておいたら、『天上界なう』とあったので、『早く帰っておいで。今夜はカレーよ』と返した。すぐに『わあい』と返事があったが、やりとりはそれで途絶えた。

――筧


こういうメール好きなんだよね。意味もない傍目からみればとても無意味なやりとりの応酬。ボケとつっこみが螺旋状に束ねられてさいごに一緒にピークにまで持っていくとか、なんかよく分からないけどストーリー進行し始めちゃったよとか、はたまたお互いに「なにやってるのかさっぱり分からん」と思いつつ、にやにやしながらメールを打鍵する感じ。そうゆう感じ、嫌いじゃないのよ?


 

相手の期待を満たすことと、自己嫌悪

 

「そうか」
桜庭が微笑んだ。
俺の言葉になっとくして喜んでいるわけではないだろう。慰めてくれてありがとう、と言っているだけの笑顔だった。

「……」
軽いな、俺の言葉は。
ただ、相手が望むであろう言葉を口にする。
昔からの生き方だが、今更ながら軽い自己嫌悪を覚えた。昔からの生き方だが、今更ながら軽い自己嫌悪を覚えた。

いや、嫌悪感を覚えていることが何かの兆しなのか。

――筧、桜庭

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筧は相手の望む言葉をつねに言ってきたという。それはつまり相手の期待を満たす為だけに生きてきたことと同じといってもいいんじゃないか。

相手がこうしてほしい、こうなってほしいという期待に出来る限り応える。もちろん筧的には読書の時間を奪われない範囲でという注釈付きだが。となると筧自身主体的になにかしたりということは無いのかもしれない。

以前彼はこう言っていた。「この場が収まるなら土下座するか……」とか「痴女の謗りを受けさせては不味いので生徒会役員になるか……」とか「場が壊れない為に頑張ってる」みたいなことを。

一定の距離を保ち・他者に恨まれないようにするそんな処世術(=生き方)をメインにする。それってもうなんか全然楽しくないよね。誰かに振り回される人生なんて。

で、そこに嫌悪感を覚えたということは、そんな生き方はそろそろやめたいなと筧自身思っているに違いない。つまり逆転すると、他者と一定の距離を保つのではなくもっと近づきたい/他者の期待を満たすのではなく自分の期待を満たすように生きたいと。

 

 

 

 外発的報酬と友達

 

 「もし、私が鈴木さんと仲良くなったら、何かくれますか?」

――御園


御園ちゃんの言葉は半分冗談で半分本気の雰囲気が感じられる。つまりなにかご褒美がるなら佳奈すけと仲良くしてもいいかなとちょっと思っているんじゃないのかなってこと。

これの何が怖いかっていうと、外発的報酬(=利益/実利)で友達になったとしても、その関係って容易く壊れるんだよね。だってその人と友達になりたくて友達になったんじゃなくて、"ご褒美"があったから友達になったのだから。

例えば、高価なものをよくくれる友達がいるとする。PCとかゲームとかCDとかHDDとかイヤホンとかDAPとか(5,000~2万の品)を平気で友達にあげたりしていると、友達はそれ目当てで付き合うようになっちゃうんだよね。

外発的報酬の怖いところは、個人の中にある内発的報酬をガリガリと削っていくものだから。こいつと私は気が合うから友達になりたい!と思って友達になったとしても、後に物をくれるという外発的報酬によって、「友達になりたい!」と思っていた気持ちが失われていくってこと。

気がついたら、Give and Takeの関係になっちゃったりとか結構あるもの。

だからこの外と内の報酬系という概念を知っていると、そして区別して使い分けできるようになるとそういう落とし穴がだんだん分かってくるよねと。でもま外発的報酬が完全に悪ってわけでもないのだけれど、あれは行動の促進とモチベーションを一時的に上げられるので使いようによって(つまり使用者が熟知しているのなら)問題ないと思う。

御園ちゃんも最初はご褒美目当てだったが、佳奈っぺとのちにシンクロしはじめてよしよしって感じです。


 

謎は大事なのよ?

「でも、謎は大切です。人を引き付けるのはいつでも『謎』ですから」

――芹沢

謎は大事だよねー、秘密っていう言葉に置き換えてもいいけど。とくにかくミステリ(神秘)を感じるところに人は集まるし、惹きつけられる。

良い意味での「知らないこと」「分からないこと」って知的好奇心をすごい擽るし、なにより"世界って広いんだ"って実感を伴わせてくれる。この世界って広いんだっていう感覚が死ぬと、個人の自我サイズは小さくなってしまう。そして毎日がどこか「つまらない……」っていう思いを懐きやすくなる気がする。

―――世界は広い、この世界にはまだ私が知らないことがたくさんある

ああそれはなんて「最果て」。イスカンダルがオケアノスを一目見ようとしたこと、泉水咲が向こう側に手を伸ばしたこと、まおゆうの魔王が丘の向こうへ想いをはせたこと、

『あの丘の向こうに何があるんだろう?』って 思ったことはないかい?

『この船の向かう先には 何があるんだろう?』ってワクワクした覚えは? 

――魔王(まおゆう)


 龍ヶ嬢七々々が秘密を散りばめたこと、涼宮ハルヒがこの世の楽しさに奮闘したこと―――すべて「神秘」から動機が生まれている。

自分がまだ見ていない世界への憧憬」は立派な動機に成り得るんだよね。だからナナナちゃんがしていることって、もうすげー大偉業なわけ。あの子は、自覚的にやっているのか分からないけれど、多くの人に「まだまだ秘密はたくさんある!!」って実証し続けているのだから。

そして彼女こそが最難易度が高い「秘密」ときている。

この謎があるから世界はキラキラ輝くっていうことと、謎を問いてしまったら謎は謎じゃなくなってしまうっていうのは矛盾というかなんだろう変な感じだよね。

だからもし『絶対に解けない謎』――それも万人が興味を惹きつけられる謎――を創りあげたんだとしたら、もう最高にクール。

龍ヶ嬢七々々の埋蔵金1 (ファミ通文庫)

龍ヶ嬢七々々の埋蔵金1 (ファミ通文庫)

 

 

 

 誰が好きか、好きとは?

誰が好き、か。
俺には難しい話だ。

――筧

 こだっちゃんに「好きな人誰かいないの?言わないと帰らないよ」と半ば脅しの質問をされされしぶしぶ答えた後の図。

「誰が好きか」それが筧にとって難しい話だというのなら、筧はそもそも誰かを好きになったことがない。ある誰かに対してだけ、優しくしたり、特別に思ったりすることがないっていうのはどういうことだろう?

もしかしたら筧には「価値の変動」とも呼べるべき現象がないのでは? つまり全ての人間、全ての物に対して価値が一定だということ。最初は本読むのが好きなのだから、好きな本の1冊くらいあるんだからそれは言い過ぎか、とも思ったが筧は別に本は好きじゃない。

本が好きだから本を読んでいるのではなく、闇を照らす為の光として、知識を得るために本を読んでいるのだ。それは"好き"から始まる行動ではなく、"怖い"という差し迫った心的状況からくるものだった。

筧がみる世界は、物の価値がほぼ一定。あるいは下がることはあっても、上がることはない。上がったとしてもちょびっと、そんな感じだろうか。

なにその世界。色が抜け落ちているのと同義だよ。そりゃ羊飼いになる未来もあったと言われても全く不思議じゃない。

 

 

 

相手の行動を縛ること

「わたしね、望月さん達と話してから、ずっと何とかならないかって考えてたの」

「もう終わった話だろ」

彼らには、汐美祭のシステムを変えるのは無理だから、それ以外の面で協力すると回答した。

「わたしの中では終わってないよ」
「せっかく相談してくれたんだから、喜んでもらえるまで諦めたくないから」(中略)

まず、白崎が諦めていなかったことに驚いた。
そして、白崎を諦めさせようとしていた自分に驚いた。

どうして諦めてない人を諦めさせなくならないのか?

――筧

 

 ねほんと。どうして諦めていない人を、諦めさせようとするんだろうか? 無茶だから無謀だから非効率的で無意味だと思うから? 

でもそれは結局のところ「自分がそう思う」ことでしかない。相手の行動は基本的に止めることなんて出来ない。それは相手が決めることだから。他者の行動に口を挟むのだとしたら、それは自分に不利益が生じるか時だけだ。

そうじゃない場合は排撃される覚悟で、殴られる覚悟じゃないとね、だって他者の<聖域>に足を突っ込んでるんだ当然。

ちゅーか、「諦めて居ない人を諦めさせる」ってとんでもないエゴだよねとは今更に。よく目にするのは親から子どもの関係性だよね。親は子どもがやることの成否が分かってしまって「それやっても失敗するだけ」「ほら失敗した」と言いがち。(親子以外でももちろんこれは日常茶飯事)、こういうのって一回性を取り上げているだけだし、尊厳も挑戦意欲も踏みにじっているクソみたいな行動でしかない。

相手には相手のやるべきことがあって、したいことがある。それは相手の"領域内"の話だから、原則的に自分は立ち入らないことを知るとうまく関係性は保たれるとは思うのだよ。

さっきも言ったけれど、その領域内に踏み込んでもいい。でも覚悟は持ちなよ?とは。


 本を読まなくても平気になるとは?

 「最近、部室で本読んでみないみたいだけど大丈夫か?」

――高峰

 
高峰が心配するのは無理もない。筧はこのところ全く本を読んでない。筧自身なんでだ?と思っているが、つまり闇を照らさなくても良くなったということなんだろう。

人に恐怖を覚えているからこそ、筧は読書に夢中になる。けれども人間への関心が恐怖ではなく「嬉しさ」というものを感じるようになったとしたら? そうしたら読書を行う意義なんて消え失せてしまう。

それよりももっとその嬉しさとか楽しみを噛みしめたい、もっと引き出したいと思ってしまうんじゃないかな。そうしてやっと筧の読書は"趣味"にすることが出来る。

 

 

素の自分と仮面の自分

「でも、今はまだ大丈夫です。もう少し自分で考えたいんで」

佳奈すけがベンチから立ち上がった。
そう、鈴木佳奈はこういう性格だったな。

他人に見せる部分と見せない部分が明確に決まっている。おまけに、他人に見せる部分は、かなりの精度でコントロールしているのだ。

――筧、佳奈すけ

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佳奈すけもまた他人の期待に沿おうと頑張るタイプだよねと。でもこれって滅茶苦茶しんどくて(ていうのは自分を殺し続ける日常が面白いわけがないので)、頑張れば頑張るほどに自分が死んでいく。

特に自身の内蔵を曝け出すことに恐怖を覚えたり、例え曝け出すことを乗り越えたとしても内蔵を評価されることに嫌悪を覚えてしまうともうダメ。痛すぎて悲しくなってしまってどうにもできなくなってしまう。

だからこそ表現者と呼ばれる人たちは強いのだけれども。御園ちゃんとかね。芯があるっていう言葉は、「自分を持っている」「自分を前面に出しても飄々としている」人のことをいうものだと考えている。つまり"自分"を出すことに抵抗がない人のこと。だからこそ他者に振り回されることがないから、ブレない。




明日やりたいことと、片方選ぶこと

 

「明日やりたいことが2つあるんですが、片方しかできないとしたらどういう基準で選びますか?」

「その時しかできないかどうか、かな」

――筧、御園


さらに質問を追加して「その時しかできないのはどっちもなんですよ」としてみよう。

「明日やりたいことが2つあるんですが、片方しかできないとしたらどういう基準で選びますか? 2つともその時しかできないことです」

「心のままに」

うん。やっぱりこれだ。心のままに。

つまりどっちがやりたいの? どっちが"楽しそう"? どっちが心踊る? って自分に聞けばいい。

さらに質問を追加して「どっちもやりたいんですけど」としてみよう。


「明日やりたいことが2つあるんですが、片方しかできないとしたらどういう基準で選びますか? 2つともその時しかできないことです。どれもどちらも私はやりたいんです」

この質問の重要なポイントとしては、2つを天秤にかけたら重さが同じになってしまい吊り合ってしまたということ。そしてそのうちの一つどちらかを選ばなければいけない。

でもここで問題が起きる。そもそも「選ぶ」とは価値あるほうを選ぶという前提があるように思える。なら価値が同一ならば、選ぶことができないのでは?ということ。

こうなったらどうするか?

悩ましいねー。一応この時の基準はある。


1)じゃんけんで決めようぜ

自分はただの選択肢の固まりで、自己は漂う水上の木の葉。 だから、どちらでも良い。どうでも良い。  

どちらにせよ、それは自分だ 

――宗吾

 流れのまにまに。可能性に流されていくのも結構ありだよ。だってどっちでもいいのだからあとは決めるだけ。それがサイコロだろうがじゃんけんだろうがなんでだっていいのよ。


あーもう最高だよねきゅんきゅんくる。

 

 

 

投資×挑戦

 

「わたしは、希望する団体には全部参加してほしいな」

「時間が足りないからお断りしますじゃ、汐美祭と同じになっちゃう」

「気持ちはわかるが、タダじゃないんだぞ? 回収できなかったらどうする?」

かかる経費は、2時間で150万、倍の4時間なら300万だ。

「下手をすれば百万クラスのマイナスだ。割り勘にしても簡単に払える額じゃない」

夢や理想だけでゴーサインは出せないぞ
桜庭のリアリティのある指摘に、部室がしんとなる。厳しいが、誰かが言わなくちゃならないことだ。

――白崎、桜庭

 

「借金ができたら、みんなでアルバイトしましょう」

白崎の言葉を遮って御園が口を開いた。いつもの素っ気ない口調ではない。静かだが、力のこもった声だ。

「図書部は6人いるんです。一ヶ月に一人5万稼げば、それだけで30万です」

「待て、部活でそんなに長い時間、拘束できるか」

「今だって、十分拘束されてますけど」

「それとこれとは……」

「部活のみんなで企画を立てて、失敗したらみんなでツケを祓う。何もおかしくないです」

「しかし、本来、部活はお金のかからない……」

「自分たちに賭けましょう、桜庭さん」

――桜庭、御園

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御園ちゃんってArtとMarketの人種なんだなって分かった。だから"心のままに"勝負を賭けられるし、失敗を恐れずに挑戦できる。これって勝負師の在り方に近い。

何かを起こすのはいつだって"変化"なんだと思う。よりよい方向にいくなら絶えずなにかを変えていかなければいけない。もちろんそれは悪い方向に行くことだってあるし、結果的に失敗することだってある。

でもそれを怖がっていたら、何も挑めなくなってしまう。度胸とか肝がすわってる、大胆な決断が出来るっていうのはつまるところ"変化"を恐れないってこと。

「もちろん成功させたいです、でも失敗したら失敗した。それでいいんですよ」みたいなね。

勝負の世界に身を任せる者は、絶えず変わり続けなければ勝ち続けることができない。何かのスタイル・型にはまってしまって、変えることを忘れてしまってはそこ止まりだからだ。たぶんどんなことにも言えるんじゃないか。

変革・改革……か。


比較級の世界は辛い

無為な自分を取りあえずは責め、鬱屈だけを内部で膨張させながら、いずれ爆発するであろう自分をぼんやりと眺める。

スイッチの入った時限爆弾を手の中でもてあそぶような行為に、ささやかな慰めを感じている自分は本当にみっともないと思う。

例えば、御園のような才能が自分にあったら―――
白崎のような純粋な強さがあったら―――
鈴木のような起用差があったら―――

(桜庭玉藻)

桜庭は自分を酷使することで、自分の存在価値をやっと手に入られるそんな人間。傷めつけて傷めつけた上での努力が最上だと思い、"誰かの為に"と嘯きながら他者……白崎からの承認で満たされようと必死になっている。

これってもうほんっとーーーーにキツイことだよね。ひたすらに苦しい上に止めることができないサイクルになっている。だって他者からの承認がなければ、自分の価値が感じられないのだから。自分の存在意義を見失ってしまえば、そこで彼女は"止まって"しまう。

こんなこと続けてたらいつか死んじゃうよ……。

「(私みたいな人間が、過労になるのかもしれないな)」


彼女の他者貢献って、Give and Takeになっているんだよね。本来なら自分がやりたいからっていう「Give」だけの行為が、「Take」を求めてしまうことで承認欲求の奴隷になってしまう。

どうしてこんなことが起こってしまうのかというと、どうもこれ比較級の世界にぶん投げられているからだよなあ……。比較級の世界が悪いなんていうつもりはないし、発展と成長と豊穣という視点なら大有りなんだけれども、でも一個人としたらこのせいで「承認」の欲求が強くなってしまって、最後には心を食い潰されるケースが多い気がする。

スーザン・ケイン 「内向的な人が秘めている力」 | Talk Video | TED.com

 

ちょっと話題的に違うんだけれども、比較級の"強さ"が弱い地域とか、居場所とかあってもいいと思うんだよね。多様性として。

とくに汐美学園自体が才能と才能でしのぎを削るみたいな、比較級世界のど真ん中だからこそ余計に感じてしまう。

んー……つーか行政と国に助けを求めた時点でもう詰みなのかもしれない……。だってそれが「実現」するのっていつだよって話になる。ないなら作るしかないんだ、自分の手で、そういう場所を。

―――あるいはそんな精神構造を。外部の承認から影響を受けない在り方を。


 

良い返し、御園ちゃんの世界、多様性

「邪推はやめてくれ。俺は平穏無事に生きるのが目標なんだ」

「割とつまらない目標ですね」

「ストレートすぎるわ」

――御園、筧

 この返しいいなって思う。「ストレートすぎるわ!」

じゃなくて、御園ちゃんからすれば「平穏無事に生きる」凪の世界ってつまらないんだろうなあって思う。彼女からすればもっと波のある、歓びが100味わえるような環境にいたせいで、もっと刺激的な日常のほうが好きそう。

あとあんまり関係ないけど、多様性の観点を養うと他者に対する許容力あがるんだろうなとふと思った。それの究極系が羽川さんで、天使こころね。ふむん。
あー……つーかそうか羽川さんは【天使的価値観】の持ち主なのか。今やっと気づいたぞ。だから"人間"であるひたぎさんから見れば、気持ち悪いし異質。貴方ほんとは好きなものなんてないんじゃないの? っていうのはまさに。

猫物語 (白) (講談社BOX)

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不確実なこの世の中で、何を信じればいいんだろう

 

「難しい話だよな」

「わたしには、望月さんが手柄を横取りしようと考えてるとは思えないの」

「あの人は、曲がったことは嫌いな人だよ」

「俺も同じ意見だ」

「あから、主催の名義だけ替えるっていうのは、正解な気もするんだけど……」

――白崎、筧

この世界に絶対は無い。これが唯一絶対のことだと考えている。そしてもしそれ以外にも絶対があるのなら赤い文字のものだけだ。(にーはっはっは!)

世の中は不確実なことで溢れている。確実なものはない。ならば望月さんが図書部を騙して、自分たちの手柄にすることだって"絶対にない"とは言い切れない。可能性はいつだってある。人間はころころ心変わりするし、あるいは脅迫されてしぶしぶある決断をしてしまうことだってあるのだから。

だからこんな時どうすればいいのか? 何を信じればいいのか? 何を決断基準にすればいいのか? 結構迷う。

最終的にはロジカルではなく、心のままに―――っていうのが私の持論。感情で動くことこそがベターだと思っている。何か違和感があるのならば、それは高い精度で"違和"であるのは経験的によく分かるから。

もはや、面子とか気持ちの問題だ。

「これは、ゼロイチの世界だと思うんだ」

「少しでも手を借りたら、ミナフェスは俺たちがやったって言えなくなる気がする」

「実際に手伝ってもらわなかったとしても?」

「ああ」

――筧、白崎

 

「上手く言えないけど、図書部は独立してないといけないと思う」

「生徒会に協力することはあっても、下についたら図書部はもう図書部じゃない気がするんだ
――筧

 

「でも、書類上でも生徒会のお世話になっちゃったら、きっと自由ではいられないよ

「ましてや、お金とか学校への挨拶とか、そんなところでお世話になっちゃったらなおさら」
(中略)

「望月さんの言った通り、責任が重かったり、学校から信頼させないこともあると思う」

「でも、自由でいるために、わたし達だけでやっていこうよ」

 
精神的自由の為に、自分たちでやっていこうよと。それはなんちゅーか、責任を全部自分たちで負うからこそ、手に入れられるものがある、って感じがするんですよね。

 

 

 

誰かを応援したくなる気持ち

図書部の活動方針に関する限り、白崎はいつも直球勝負だった。

凹凸だらけの毎日を真っ直ぐに進むことは、平らな場所を探して進むことより難しいいし、頭が悪い。にもかかわらず白崎を応援したくなるのは、彼女に自己陶酔的な部分が見えないからだ。格好をつけて厳しい道を進む奴は少なくない。

――筧

 
白崎の道の歩き方って"掴める"人のものだよね。平で歩きやすい道っていうのはもう既に誰かが踏みならした道に他ならない。そしてまだ道にもないってない真っ暗で険しい道程っていうのは、先駆者がいないことを示す。自分こそが先駆者だということも。

つまり誰かより"一歩"でも前へ進むとしたら、そういう道の歩き方しかない。彼女がなによりも望む成長、その一歩前へ進むには、ね。

だから案外白崎の行動って理に適っているし、真理だとは思うのだよ。変化と成長を促進するのはこれしかない。

で、そんな彼女をなんで応援したくなるかというと、自己陶酔的な部分が見えないから? 確かにそれもあるかもしれない。でも最大のポイントというのはちょっと違う気がする。

んーどちらかというと、"放っておけない"雰囲気を醸しだすからだろうか。白崎単一部品だけでは、うまくそれ自体の価値を引き出せない。それを引き出すためには、サポートする別部品が必要なのよね。

個別では平凡だけれども、集団(=他者との繋がり)によって才覚を発揮できるようなそんな人間。うん面白い。白崎の力は「真理を導き出す」ことと「他者への貢献感を感じやすくさせる→モチベーションUP」ってところだろうか。

ここが白崎を応援したくなる気持ちの根本だと思う。つまり白崎と一緒にいると自分が"役立っている感覚"が常に引き出されるので強く接続しやすいみたいなね? 現に桜庭ちゃんそれで心をハチャメチャにしているわけですし(あれは彼女の元々の気質のせいでおかしくなったパターンだけれども)

白崎は集団をひとまとめに、繋がりを"強固"にする存在なのかな?とも思ったがどうも違う。図書部は白崎が抜けたとしてもおそらくそこまで問題にならない。なるとすれば―――筧か。


案外気にかけてくれる嬉野さん

 「鈴木さんは、一生懸命やっているみたいですね」

――嬉野

 嬉野さんって人に興味なさそうというか、どうでもよさそうな感じがいしていたので、佳奈すけを気にかけてくれる事実に少し驚いた。この人佳奈すけには結構愛着あるのねと。

実際はスタッフのメンタリティを把握したいだけ、なのかもしれないが……こっちのほうがありえそうだと思わせてしまう嬉野さんはほんと、対人どうでもよさそうな匂いがぷんぷんするよねえ。

 

 

 私はお前のことを思って……という欺瞞

 「今まで、この手の話しは何度かしたから多くは言わない」

――桜庭

 

「御園は才能があるから、そう思えるのかもしれない」

「だが、どれだけ頑張っても、チャンスの欠片すら与えられない人もいるんだぞ」

 

「しかし、受けておいたほうが、のちのち御園のプラスになるんじゃないか?」

 

 「上のご機嫌を取っておくのも大事なことだ」

 

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「私は、御園のためを思って……」

「嘘です」

「桜庭先輩、いつから音楽家に詳しくなったんですか?」

「詳しくないなら、私にとって何が重要かなんてわからないじゃないですか」

「……う」

――桜庭、御園

 ……はあ……。もうね……桜庭ちゃんお前な……。

苛立ちと呆れが同時に押し寄せてきてはあ……となっている私がいる。もういい加減にしろよなーにーが「私はお前の為を思って」だ! ふざけんな!! 桜庭が思っているのは「自分」だろ? 自分のことだけだろ、なのにそれをすり替えて「御園」にしてんじゃねーよ!

結局のところ桜庭が抱えているのは「自分には才能がない」という劣等感にすぎない。自分が平凡で平均ちょっと上に耐えられないっていう本音のもと、才能ある御園をどうにかして大会に出せたいだけ。彼女の才能を無駄にさせたくないという、エゴなだけなんだよ。

御園のことを想っているっていうのは、「御園が何をしたいか」「何を大事にしているか」を識るってことなんだよ。もういい加減「才能があるから良い」みたいな意識捨てなよって思う。

才能あっても全てがバラ色で、幸福で、輝いているっていうのはただの幻想にすぎない。才能っつーのはただ競争原理が働いているところに上位に立てるだけにすぎないんだよ。そして才能はギフトともいうけれど、その大きなプレゼントに対し、嫌なことだって、不幸なことだって舞い込んでくるんだ。与えられたものの分だけ、失うことがたくさんある。

才能あるものを妬んでいる桜庭のように、そういう視線で、そういう想像力の欠けた考えで毎日他人に圧力を書けられる日常が、どこがいいんだ?あほか。苦痛以外の何物でもないんだよ、そこに「才能があって幸せでした」なんて言えるわけない。

才能ある人間はその才能によって凡人より苦労しているし、人並みの懊悩を抱えている。それを理解できない連中ばっかりだから、「誰も私のことなんて理解できない!」ていう言葉が生まれる。阻害され、迫害され、嫉妬される―――これのどこに!才能があって良かったなんていうんだあほか。


「だが、どれだけ頑張っても、チャンスの欠片すら与えられない人もいるんだぞ」

いやーもうほんとクソ。久しぶりにすごいいらっとしている。毎回毎回言っているけど、そんなの関係ないんだよ。御園がやることに、"他人"がどうだからなんていうのは理由になんない。

じゃあなにか? 私はチョコレートを食べる度に、チョコレートを食べられない迫害されている子どもたちを思い浮かべなら「キミ達はこれを食べらないなんてなんて可哀想な……精一杯味わって食べることにしよう」なんてしなきゃいけないのと同じ理屈だぞ。

御園が自分が持っているのをどう使おうが、彼女の勝手。彼女が自分の人生をどう描くかも彼女の勝手。何かを失敗するのも、何かを間違えることもそれは彼女だけの権利であり尊重されるものなんだよ。

「友達が間違っているのを見過ごせない」

そういう気持ちも分かる。だったら!「みんなが」「周りが」とかいうクソみたいな枕詞を持ってくるのはやめろ。自分の気持ちを言えば済むだけでしょ?これ。

(以下、桜庭と御園の想像会話)

「御園は歌に専念したほうがいいと、私は思う」
「何故ですか?」
「何故ってそりゃあ……」(←そう桜庭は御園の"歌"を知らない)
「そりゃあ御園には才能があるし、どれだけ頑張ってもチャンスが与えられない人たちが可哀想だからだ」(←だからこういうクソみたいな結論に行き着くのだろう)

~終了~

私は桜庭が本音を御園にいえば終わる話だといった。でも桜庭が御園の「歌」についてそもそも言及すること自体出来ないんだよ。だって知らないんだもの。だからああいった言葉しか出てこない。


こういう言葉を桜庭は吐き出せない。

私は御園の歌が好きなんだ。お前が歌で頑張ってくれるところをみると嬉しいんだよ。そしてひたむきに一生懸命歌に打ち込んでいるお前は素敵だしな。だからさ大会に出て欲しいと思ってる

これを桜庭は言えない。言うことができない。

御園の歌っているところもろくに知らない桜庭が、彼女の音楽理念も哲学も知らない桜庭が、一体なにをどうして「お前の為に想っているんだぞ」なんて言葉が吐けるんだよ。欺瞞すぎる、ここまで醜い自己欺瞞を久々にみてもうすんっごく気分が悪い。

そしてトドメはこれである、もうふざけんなって100回言いたい。

「……今日はさすがに嫌われた気がする」

 

「いや、もう私が嫌われるのはこの際いいんだ。そういう役割の人間は必要だろう」

「ただ、図書部のことを嫌いになられては困る」

――桜庭

orz もう…もう…疲れた……。もう嫌だ……。そうか自己欺瞞って自分じゃ気づかないものもあるのね…………。

 

 


信じてあげましょうよ

 「桜庭さん、今回は千莉の言葉を信じてあげてください」

――佳奈っぺ

 
もうね、なんか泣きそうになった。

御園はここまで覚悟を見せているんだから、周りは信じることしか出来ないんだよ。それを「いいから大会出なよ」ていう桜庭は……(以下ループ)

そこを分かってる佳奈すけが天使に見えた。結局のところ対人関係は"信じ"られるかどうかでしかない。もうここが佳奈と白崎と、桜庭の違いだよねって如実に分かる。

 

 

 

 

上っ面の自分、表層的な私、キャラをこしらえているあなた

 

「……私には、そんな自信ないですよ。上っ面で生きてる人間ですから」

自虐も自嘲もない。

佳奈すけは、自分を誰かに見せる自信がない、と言っているのだ。彼女は人付き合いが上手い。でもおそらく、人間関係を円滑にするために、かなり無理をしているのだ。


それが『上っ面で生きている』という言葉になる。
俺には共感できる感覚だった。
現に、今こうして淡々と信条を明かす佳奈すけを前に、分析に精を出している自分がいる。彼女の心を読み取り、解決策を考え、仮にそれが上手く言ったとして……

俺は彼女と―――人と真摯に向き合っているといえるのか?

 
人間関係を技術に落としこむのと、自分をキャラ化してコミュニケーションを取るのとでは全く別物の概念なのかな?と思いつつ、同種のものか。同じといってもいい。

どちらも相手の期待に応えようとし、摩擦を少なくし、"いい雰囲気"と呼べる場所作りに奮闘する場合が多い気がする。

自分をキャラに落とし込めるっていうのは、そっちのほうが都合がいいからだ。周りの期待をある程度満たし、かつ自分の存在によってよりよく効率の良いコミュニケーションが可能になっていく。代償は自分を殺すことへの弊害ただ一つ。

人間不信・疑心暗鬼・自尊感情の欠落・他者の奴隷・承認欲求の成れの果て……といろいろあるがどれもこれも自分を"殺し"たゆえにと考えるといろいろ納得できる。

正直これ一度やってみると、すんげー疲れるわけよ。精度と時間の長さとかいろいろあるけど、とにかく疲れる。笑いたくないのに笑って、相手が欲しい言葉を言い続ける。精神摩耗が半端ない。そしれこれから抜け出せないのは"勇気がないんでしょ"という問題に始まり、内蔵を曝け出す覚悟を持ち、切り刻まれる不安を超えなければいけない。

つまり、自己受容とか自己肯定感とか言われるものを上げなければいけない。はず……。我を通すと集団排斥にあい、八方美人をかませば自分が死ぬ、両極端はやっぱりだめだーね。だから佳奈っぺの今の状況はとんでもなく有利だし(=他者が自分を理解しようという場がある)、曝け出す勇気さえあればなんとなくなる気がする。

 

 

羊飼いへようこそ


・羊飼いは、あらゆる人間の過去と未来を識ることができる。

・羊飼いは、人間がよりよい人生を歩めるように導くのが仕事。

・羊飼いは世界に800人。

・そして、人類の奉仕者である

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当然、人類60億人の面倒はみられないから、どうしてもサポートに優先順位ができてしまうのが悩みだということだ。ちなみに、優先順位は『どのくらい周囲に影響を及ぼすか』という指標を基準に決めている。

だから、世界的な政治家や科学者、芸術家、スポーツ選手など、社会注目度や貢献度が高い人種がフォロー対象に選ばれるとのことだ。


この情報を元に考えると、羊飼いははたして良き存在なのか?という疑問が出てくる。

彼/彼女らは「より世界に影響を及ぼす存在を導く」のではなく、そんな可能性がある人間を「より世界に影響を及ぼす存在に"させる"」と言ったほうがいい。

これは今まで桜庭ちゃんの話で何度も語ってきたけど、「才能=幸福」でもなんでもないということ。才能なんてある能力の上位版でしかないのにも関わらず、その方向へ羊飼いが導くのだとしたら、対象者は運命の奴隷じゃないか。

ただ普通に生きて普通に幸せになりたかった人がいるとする。その人のことを借りにKとしよう。ある日、Kは羊飼いの導きによりアイスダンスの才覚を自覚するようになる。自分はどこまでも優雅に綺麗に氷上で踊れることを知ったKは、次々と大会で優勝を果たし、世界にまで登り詰めていくと。

しかしKが一躍成功者となったとすれば、様々な思惑の人間が集まってくるのは想像に難くない。CM、スポンサー、出版社、占い師、詐欺師、テレビ放送の関係者、宗教……。

彼らはKにかすりさえすれば、それだけで大量のお金が生まれ、利潤が発生することをちゃんと分かっている。Kが本を出せばまたたくまに売れるし、CMに出ればその商品がハロー効果によって飛ぶように売れるだろう。テレビに出れば視聴率はあがる、そしてそんな大量の利潤が生まれるKを「騙そう」とする人間も現れるようになってくる。一回でも騙せれば、千万…億が手に入るからだ。

才能ある人間が落ちぶれていった、詐欺師に騙されて、宗教に洗脳されて……ということはよく耳にする。そういうことだ。

そしてそれは普通に生きていれば、平凡だったりちょっと貧乏だったりすれば「発生することがなかったイベント」といってもいいんじゃないか?

ならば才能が、彼女が本当に願っていた願い事をぶち壊してしまった結果になることだって十分にあると思う。

そう考えると、羊飼いという存在は果たして本当に"良い"存在だと言えるのだろうか? マクロ視点ならばYES。技術的特異点、あるいはそういった人類史上の特異点になれる人物を作り出すことができるのだとしたら"人類"という観点ならば、羊飼いは良き存在だ。たいていの場合、イノベーションが起これば世界はよりよく快適になり豊かになるからだ。だから善といってもいい。

でもしかし、ミクロ側、つまり個人の視点に立った場合、必ずしもYESとは言えなくなる。あるいはNOと言える結果だって起こしてきたんじゃないか? さっきのKのような事態を何度も。

Kの人類に対する価値『周囲にどのくらい影響を及ぼすか』が薄れてきた場合、羊飼いはKをフォローしなくなるだろうしね。そうなった場合、Kがああいった不幸を回避するのは羊飼いは手助けしてくれないということでもある。

「人類の奉仕者」―――それは言い得て妙だなと思ったよ。


 

応援と期待って実はぜんぜん違うものなのかもね

 

違うだろ桜庭、それは甘やかしだ。
自分でやらなきゃ成長しない。

……いや、違うか。
俺は、白崎に成長してほしいわけじゃない
今まで頑張って来たから最後までやってほしい……それだけだ。

失敗してもいい、成長しなくてもいい。失敗して白崎が救いようのないほど凹んでも、また浮上するまで俺が付き合う。誰かのために時間を使ってもいいと思ってるんだ。

……こんなふうに考えたのは、今まで生きてきて初めてだった。

 

俺はずっと、他人に何か期待したり、働きかけたり、促したり
誰かに自分の心を乗せることをしてこなかった。
変わってきてるんだな、俺自身が。


相手が失敗することに落ち込むのが期待。でも「応援」っていうのは、失敗しても成功してもどっちでもいい。ただ欲しいのは相手が自分の本質的な部分に対して頑張ろうとする姿勢を見たい?みたいなさ。

ちょっとまだ自分でもよく分かってないが、筧の言うとおり「誰かに自分の心を乗せること」こそが、応援だとおもう。

それは若干期待にも近いんだけど、「結果に固執」しないってところが両者の違いなのかもしれない。期待は結果を望み、応援はその過程を望むみたいなね。

これはよくわかる。私が欲しいのは結果じゃない、その過程だ。過程至上主義か結果至上主義どちらかを選べといわれたら迷わず前者に入ってあげるよ!


 

 

 

 

 

不意に、強い風が吹いた。

 

しかし、栞はまるで意思を持ったかのように、俺の手をすり抜け、雑踏の彼方へと消えていった。

「(あーあ……)」
付き合いの長い栞だったんだけどな。
少しの間、呆然と雑踏を眺める。
ま、これも時の流れか

――筧

栞を手放すということは、「魔法の図書館」に行きたいとは思わなくなってしまったということ。栞に執着しないってことは、魔法の図書館に固執しないってことは、もう筧にとって全知の本なんてものは要らないんだろう。

 

かなり傷んでいたし、この機会に新しいのを買おう。
気を取り直し、俺は再び学校に向かって歩きだした。


新しい動機を携えて、ようこそこの世界へ!


メモ

 

「プライバシーとかないのな」

「あるあるある。あると信じればきっとある」

――筧、凪

 

「けっこう前から自炊ゼロ運動中なんだ。エコだろ?」

――筧

 

今夜はマルクス経済学あたりでハードにキメたくなってきた。

――筧

 

 

 <共通√・終>



To Be Continued……次回各個人の個別√の感想へ→→→


<参考>