猫箱ただひとつ

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エロゲを『血肉化』するにはこの2つを徹底的に繰り返すしかない(8564文字)

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 いろとりどりのセカイ[アダルト]

※この方法は、エロゲを楽しんだ後にさらなる楽しめる方法だというのが前提です。

エロゲはまず楽しんでこそワクワクドキドキしてこそ意味があるとここの管理人は考えています。なのでエロゲは血肉化する為にあるのではなく、楽しんだ後にもう一度楽しめるという観点で捉えていただけるといいかなと思います。

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エロゲを血肉化するとはエロゲで得たことを自分のものにするという意味である。

エロゲで得た知識、思想、価値観といった大きなものから、一つ一つの小さな言葉までをも己の「血」とし、身の詰まった「肉」にする、それを血肉化と呼ばせてもらう。

本記事は

  1. 血肉化とはどういうもの?
  2. どうすれば血肉化できるのか?

この2つに焦点を当てて語ろうと思う。

 

 

 

1)血肉化とはどういうもの?


作品を自分の血肉にする、とはどういうことかよく分からないと思うので説明していく。

例えばエロゲをプレイしていれば当然のように、好きな言葉やときめいた言葉に出会うだろう。

私ならば『いろとりどりのセカイ』で、ある女の子が語る偽物と本物価値についてどきっとしたり、他にも『そして明日の世界より――』『Sessions』でときめいた言葉は幾つかある。

 

偽物の価値はあなたが決めるの、どこかで拾った石ころを磨いて磨いてダイヤモンドにするんだよ。 

――いろとりどりのセカイ




大切な事は全て私達の想いの中にある

私達を立ち上がらせるものは

そこからやってくるのであって

満たすすべのない場所や

時によってあるものではない

故に想う事を忘れずに

そこにこそ、あるべきすがたがある

――そして明日の世界より――(ブレーズ・パスカルの一部分)

 

 

それじゃあ、詰まらないわ。
考えなきゃ。
考察しなきゃ。
だって、それは甘えだわ。
識る事が出来ないから考えないの?
それじゃ、人は人を超えられない

――Sessions!!~少女を監禁する事情~

 【Sessions!!~少女を監禁する事情~】感想

 

こういった自分のときめいた言葉が、自分の言葉となり、自然な考え方になり、自然に行動できるようにまでなれば『血肉』になったと言える。

想像してみて欲しい。『いろとりどりのセカイ』の

"偽物の価値はあなたが決めるの、どこかで拾った石ころを磨いて磨いてダイヤモンドにするんだよ"

という言葉が、自分の自然な考え方にまでなった姿を。

この考えを血肉化出来ているということは、全ての物事の価値はころころと移り行きホンモノがニセモノに、がらくたが宝物に変わっていくことを理解できるということだ。

本来「整形」「養殖」「贋作絵画」などは偽物だとされる。けれどこれらもまた偽物以上の価値を持つことがあるし、また本物以上になることだってありえるのだ。

たとえ世間から「偽物だ!」と言われても、自分がそれを大切だと思えたのならその石ころはダイヤモンドにだってなる。

そういう世界認識を持っているということは、【ホンモノ/ニセモノが存在しない世界】を生きることと同じだ。

そんなふうにして実生活で自然に思考でき、自然に行動できるようになったのだとしたらいろとりどりの世界』の一つの言葉が己の血肉にとなったと言えるんじゃないだろうか。

もう一つ例をあげよう。

例えば「無駄は最高の贅沢なんですよ?」という『スズノネセブン』の言葉がある。

これを自分の物に出来ていれば、日常生活に転がるさまざまな『無駄』を『贅沢』なものとして捉えられるようになる。

「行列」というムダ、「愛想笑い」というムダ、「愚痴」というムダに対して、『本来これは贅沢なことなんだよなー』と認識を一新させさまざまな無駄を楽しめることだろう。

お店に並んでまで待てるということは、自分の今のライフスタイルに時間的余裕があるということだし、そのことをを冷静に思考出来るのだとしたら心にもゆとりかあるということである。

愚痴にしたって時間的側面から見れば何の生産性もないことをグチグチと言い合っているだけ時間の無駄だろう。そんなことをしている暇があれば問題の解決に取り組んだり、勉強をしていたほうがましだ。

しかし今日あった嫌なことを聞いてくれる人がいる、という事実はとっても幸せなことだと思う。それが生産性のない言葉の応酬だったとしても、自分の気持ちに共感し共有してくれる人というのは何にもまして有り難いものなんじゃないだろうか。

そういうふうに世界を見れるのは、この言葉を自分に物にしていたからこそである。

もし無駄を無駄のまま無価値だという視点しか持っていないならば、行列という無駄に嫌悪感を覚えて、愚痴という無駄にイライラしながら時間を重ねる他ないものだ。

 

スズノネセブン! Portable
スズノネセブン! Portable



「エロゲを血肉化する」という事が、ふんわりと理解できたかと思う。

次からは、具体的にどうすれば血肉化出来るかを見ていく。


 

 

2)エロゲを己の血肉にする為の方法


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エロゲは「テキスト」が主体なのは言うまでもない。

ゆえにテキストへの接し方を変えることが、その作品世界を自分の血肉にできるかどうかの分水嶺となる。

 

  1. 『言葉』を徹底的に暗記する。(下地)
  2. 『言葉』を徹底的に考え尽くす(対話)

 

1つずつ見ていこう。

 

1、『言葉』を徹底的に暗記する。(下地)

 

まず1つめの方法は、エロゲテキストを暗記することだ。暗記するテキストは、自分が気に入った言葉、興味を持った言葉だけでいい。

あとは気に入った1つ1つのフレーズを頭の中に叩き込み覚える。これがエロゲを自分のものにする為の下地となっていく。


しかしなぜこんなことをするのか?  

下の引用文を読んでほしい。「本」という単語を「エロゲ」に置き換えてくれれば、私が何を言いたいのか分かると思う。

 

本は、蔵書しているだけでは意味はない。

そこから知識を引き出し、自分なりの価値を加え、新たな知見へと再構成されていかなければならない。蔵書というのは参照されるべき知識の泉であり、そこから湧いて出る水を飲まなければ、何の価値もないということだ。 

だから理想の蔵書は、ムーサー先生のようにすべて頭の中に入っている状態ということになる。自分の意見を組み立てようと思考をめぐらせる時に、頭の中の蔵書であればすぐに検索され引き出され、思考の中に組み込んでいくことができる。

つまり書籍が構造化されたデータベースとして脳内に保存され、それが神経パルスの速度で検索可能な状態になっているということだ。


via.百年後の「本」第4回。静的な「蔵書」から、動的な「蔵書」へ

 (ちなみにムーサー先生とは偉いイスラム学者さんらしいのだが、本記事では関わることはない)


つまりエロゲも本と同じく所有しているだけ、読んだただけではダメということだ。

重要な言葉は記憶し、構造化し、頭の中で自由に取り出せる状態にしておかなければならない。つまり暗記しなければならない。

この下地があるからこそ、『考え』を巡らせた時に脳内で繋がるはずがないと思ってたであろうテキスト同士が有機的に繋がりあい、渾然一体となって新たな『知』へと昇華されていくことになる。

この『知』という段階に行くことができれば、自分とは異なった思想・考え方でさえも自分の考えとして馴染んでいくというわけだ。

当然だと思う。1つの言葉を覚えるために声に出し、読み、書き、何度も復習し、さらにはさらにその言葉の意味について熟考するのならば、自ずと「自分の言葉」となってもなんら不思議ではない。 

ということでいくつか有用そうな暗記方法を置く。

・言葉を覚えたその日の最後に、もう一度、復習する(Cf.エビングハウス忘却曲線
・暗記するとき、特定のイメージにフックするように置き換えて覚える(Cf.建築的記憶術)

・暗記するとき感情を絡める/絶叫しながら/集中する。

 

→エロゲの言葉を暗記したら、次は『考え』るというフェイズに移行していく。

 

 

 

2、『言葉』を徹底的に考え尽くす(対話)

 

この引用文を読んでもらいたい。

 

本当の知は人間の頭の中にあって、本はその写し絵にすぎない。

本を読んでも、その著者の世界観を得ることにはならない。著者の世界観をわが物にするためには、著者との対話がどうしても必要であり、対話によって著者と読者である自分のあいだに知のぶつかりあいが生じ、そのぶつかりあいが昇華してあらたな知の高みへとつながっていく。

via.百年後の「本」第9回。文字と記憶術

 
引用文のとおり、エロゲもまた対話することで知のぶつかりあいが生じ、そのぶつかり合いが昇華し新たな知の高みへと繋がっていくのであろう。

ここでいう対話とは実際に著者と会話することではなく、そのエロゲの世界そのものと読者が対話することだと思ってもらっていい。つまり読者が『考え』るということだ。

エロゲという物語から与えられる様々な情報に対し、私達読者はそれをあーでもこーでもないと考え始める。しかしこれはプレイ中のことであり、その実そこまで深くは考えていない。

せいぜい「こういうことなのかな?」という程度だ。だからより熟考する為、プレイ中ではなくプレイ後に与えられたものに対し考えて考え続けようということだ。

ある文章について、ある言葉について、ひたすらずーっと考えていく。「なぜそうなるんだ?」「こういうことなのかもしれない」「いや違うな」と、思考を文字にアウトプットしながら思索を続けていくことで、あるとき、ふと『ひらめき』が起こる。

「そうか、つまり今まで考えた○○はこういうことだったんだ!」というような興奮である。EUREKA的体験、知的体感。

 

これが先の引用文で言っているところの『知の高み』であり、ひたすらエロゲの言葉を考えていくことが『知のぶつかり合い(対話)』だと私は考えている。実際やってみるとこれらの言葉のニュアンスを実感できると思う。 

私が『知の高み』なる体験をしたのは、最近だと『Sessions!!』という作品だった。

本作品は「愛を捏造する"別れさせ屋"という職業の主人公が、本気で誰かに愛を囁く」という皮肉的物語である。そんな物語の主人公である獅童はふとこんなことを云うのだ。

愛って云うのは、イデアの世界の住人だ。

――Sessions!!少女を監禁する事情

 
この言葉を見たときビビッときた。興奮してすげー!とも思った!! けれどもどこにビビッときて、なにに興奮していたのかよく分からなかった。

そこでゲームを終えたあと、上述した言葉を引っ張りだし、時間をかけて考えてみることにした。すると「ああこれは人間の中に"愛"なんてものはないんだ」という意味だと気づくことになる。*1

私は今まで愛とは、自分の中で生まれるものだと考えてきた。好きな人と触れて到来する慈悲的で家族的で恋愛的な感情は、他でもない私自身の心の裡側で生成するのだと。

しかし「愛って云うのは、イデアの世界の住人だ。」という言葉はそれを否定する。愛とは、私の中にあるものではなく、観念上の世界――イデア世界――に存在するものだということだ。

この考え方に依るならば、私が感じる愛とは、私の中で生まれたものではなく、またイ特定の人間に感じるものではなく

観念にある世界――イデア世界に「愛」が満ちていて――そこに手を突っ込んで愛を引っ張りだしているだけということだ。

これの意味するところは、"愛を感じるのであれば誰でもいい" ということになる。恋人とは「交換可能」ということだ。運命の恋人も、永遠の恋愛関係も現実に存在しないのはそういうことなんだろう。そう理解した。

純愛なんてものや、生涯誰かを一途に愛し続けるなんてものは、ごくごく、ごくごく一部の人間だけが到達できるものなんだろう。それはとても綺麗かもしれない、けれど同じくらいに狂気的なのだ。

凡人にはその境地に至れないということなのかもしれない。

(この小説はそこらへんいい感じに抉っている)

 

 


また『はつゆきさくら』をプレイして、「現実を観念で昇華させる」という考え方にようやく納得いくようになった。

 (ちなみにネタバレではない)

「それでも、どこかで忘れてはならない。実生活の中で滅び去るしかなかった者達を、せめて観念の世界で生かし続けたいと思うから」

「だから私達は、この劇を作り続ける」

――はつゆきさくら 


ある女の子がそう言った。

最初は彼女がなにを言っているのか分からなかったが、考えていくうちにようやく合点がいくようになる。

つまり劇を作るとは、現実世界で『失ったもの』を復活することのできるただ唯一の方法だと言っているのだ。

たとえ現実が不幸だとしても、それらを『物語化』してしまうことで幸せを得られる。その確かな答えを『はつゆきさくら』で見つけることができたが、おそらくこの概念は普通にプレイして普通にゲームを終了していたら、理解できなかったと思っている。

上述した劇の言葉を「考え続けた」からこそ、納得できる考え方にまでなったのだろう。

 

はつゆきさくら考察_死者が生者へと至るためには何が必要か?

 


もちろんテキストを考え続けても分からないことはある。いつだって答えを得られたという実感があるわけでもないし、興奮を覚えるような知見に到れるわけでもない。

けれども「考えたことは無駄にはならない」。

なぜならエロゲの言葉1つ1つを考え続けていくと、ある時期分からなかったこともいつか理解出来るときがくるからだ。

Aエロゲで分からなかったことは、次の次のCエロゲで分かることもしばしばあるし次の次の次のGエロゲで理解できることもある。

例えば『Rewrite』の恋を『Sessions』で、『最果てのイマ』を倫理を『ギャングスタ・リパブリカ』で納得のいく考え方にまで出来たように。

おそらくこれは(1)で語ったように、"重要な言葉は記憶し、構造化し、頭の中で自由に取り出せる状態にしておかなければならない。その下地があるからこそ、『考え』を巡らせた時に脳内で繋がるはずがないと思ってたであろうテキスト同士が有機的に繋がりあい、渾然一体となって新たな『知』へと昇華されていく"

ということなんだと私は思っている。

私はエロゲの言葉を暗記したことはないが、ここ10ヶ月ひたすらエロゲについて考えてきた。一つ一つの言葉を取り上げてはうんうんと唸りメモを残し感想を書いてきた。

おそらくこの考える(=文字として書き出す)ことが、言葉を覚える役割も少なからず果たしていたんじゃないかと推測する。ある言葉を考え続けたことで、それが頭の中に1つの『部品』として組み込まれ、いつでも取り出せる状態になっていたのではないかと。

その上で、別作品に出会い、プレイし、またそこで同種の概念について考えはじめることは頭の中に組み込み続けてきた数多の『部品』同士が有機的に接続し、結束しシナプスが活性化しあらたな知の高み(ひらめき)へと到達したんじゃないだろうか。

ときめいた言葉1つ1つが、自分の内在世界するマテリアルとして組み込まれ、『その言葉の持つ世界』を自分の目そのもので直視できるようになっていく。これを何度も繰り返し、さらには実践していくことで、自分の血肉――自然な思考/行動――となると考える。

 


余談:主に語り


ちなみに私もまだまだ未熟ものなので、「エロゲを己の血肉」することが完璧に出来ているわけじゃない。

この記事(手放さずにいたい『言葉』たち )で言及した言葉は、今の自分の思考の根本になっているが、とはいっても自然にさらりと行動として出来るかといえばそこまでは上手くいってなかったりする。(あとはトライアルアンドエラーの実践しかない)

私はエロゲをよく知りたいが為に物語読解してきたわけなのだけれども、その副次効果として気に入っていた言葉がいつの間にか自分の思考体系そのものになっているなーと感じていた。

そこに佐々木俊尚さんの『百年後の本』なる記事を読んで、なぜ言葉が思考体系に馴染んていたのかを理解した。自然と言葉の記憶と対話とやっていたんだなと気づく。

ときめいた言葉がいつの間にか思考に反映されて良かった点は、(別の記事でも言ったのだけれど)6年ほど前からあった懊悩が無くなっていたことだった。

つまり「人に幸せなんて訪れない」という鬱屈した悩みである。でも最近ふと気づいたのだけれど、この悩みがさっぱり無くなっていたことに驚いた。あんなにも心を鬱々させていたものが、意識しないまま消えちゃうことってあるんだなと。

おそらくこれはエロゲに限らずさまざまな言葉を摂取し、血肉にした影響なんだろうなと考える。つまり血肉にした『言葉』によって今まで『見ていた世界』が少しづつ変化してしまったんだろうと。それほどに言葉には強い力がある。

ただやっぱり言葉は読んで見るだけじゃだめで、暗記と熟考することでより価値の強度が高くなっていくんだろう。

だからルサンチマンにどっぷり浸かっている人なんかが、好きな言葉を記憶し熟考することでコールタールのような闇を少しづつ抜き出していけるんじゃないのかなとも思った。

下の記事では、この記事で語ってきたようなことが言われているのだけれど、自己啓発本よりは「物語」のほうがいいと思うのだ。 

自己啓発は「習慣」になるまで続けよう!!繰り返し読み、死ぬまで実践!


なぜなら物語は、言葉が「情動」とセットだからである。怒りや悲し、歓びとセットになっている言葉は記憶が容易になる。そしてエロゲーやアニメならば「イメージ」も付与されるから余計に覚えるのが楽。

そもそも自己啓発の言葉はときめかないよねー……これはそもそもその言葉に対するイメージが全く無いからだと思う。

あとこの2つの記事(ペトロニウスさんのと佐々木さん)のを読んでいくと、より言葉が自分に与える影響について理解しやすくなるはず。
 

本は読むものではなく、記憶するととてもいいですよ、というおすすめ。

百年後の「本」第9回。文字と記憶術


それと思ったのが

言葉を「記憶→熟考→知」。このサイクルを何度も行うことで、自分自身の内在世界、あるいは心象風景を豊かなものに出来るんじゃないかな?と想像してます。豊かっていうのはキラキラしたものですね(Σなんて抽象的な)。

わくわくわく。

 


まとめ

 

・エロゲを血肉化するとは、エロゲで得たことを自分のものにするということである。ある言葉を、自然な考え自然な振る舞いとして日常生活にまで反映できること。

・その方法が(1)エロゲテキストを暗記することと、(2)テキストについて熟考(=文字として書き出す)ということである。

・この2つの行程を繰り返す事で、知のぶつかり合いが起き『知の高み』へと思考がシフトしていく。

・そうして本来異物だった言葉/考え方/思想/価値観が、自分のものとして馴染んでいくようになる。(血肉コンプリート)

 

 

おわり

 
エロゲー好きなら、きっと面白い記事……になったと思っているんですがどうだったでしょうか。

あんま簡単な方法ではないと思うんですが、「言葉」にときめくことが出来る人のなら適合性高いと思われます。もし実践したら教えてくださいね待ってます。

それではまた、
ばいばいー。

 

 

<参考>

 

 

*1:ちなみにこれは本作中の文脈を無視した上での、「意味」に到達したということを言っている。私は今まで普遍的な「愛」について考えていたことへの1つの回答を見つけたという意味だ