猫箱ただひとつ

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2話 『明日ママがいない』感想__愛の継承は可能ですか?(6770文字)

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前の飼い主を忘れられないペットが好かれると思うか!!


パチに……


なんかあったら


あんたを殺す






愛の継承は可能なんだろうか?


不安なんか、感じる必要ない
私が守ってやるから

……守ってあげる

―――ポスト

誰かを愛すには、誰かを愛されて貰わなければいけない。そういった考えが私にはある。自分が心に抱く原初の感情とは、勝手に生まれ出てくるものではない。

怒り、悲しみ、寂しさ、楽しい、嬉しい、嫌悪、愛―――そういった気持ちは誰かが最初に教えてくれたから、そしてそれを育むことができる環境だったからこそ私はそれらの気持ちを有しているのだと。


『オオカミ少女』の話がある。それは生まれてからすぐに狼に育てられ、生涯のほぼすべてを獣として生きた少女のお話。それは実際に起きたことだとされている。

その話によれば、狼に育てられたオオカミ少女は、人間に発見され保護される。そして人間社会に復帰させようとあらゆる手段を用いるが、結局彼女は最後まで(私達が満足いくと思える)言葉らしい言葉を話せなかったという。立ち上がることも、歩くことも難しかった。常に4つ足で移動し、狼のように振る舞っていたらしい。


また「隠者」という概念がある。私は多くの人間に囲まれ、多くの人の交流を持って生きている。そんな現代社会の中で生きているが、しかし、もし、誰もいない「最果ての荒野」で「1人」で生きていたらどうだったかと考えてみる。

それは誰とも関わらず、「他者」という認識さえない世界。「人」とか「私」「誰」「言葉」とかそういう概念さえない。そんな風景がゆうぜんと広がっているのだろう。


最初から、生まれたときから、存在したときからたった1人。
そんな荒野で人は"寂しい"なんて思わない。だって他者がいないのだから。

そしてこの隠者という概念は


―――神に感情はありえるか?


この問いと同じ性質を持っている。たった「一人」で存在する神。誰とも話さず関わらず生きている彼彼女に「感情」など芽生えないのではないか?


―――つまり人間は「人間として教育」されなければ、人間ではなくなってしまう(=感情を有さない)ということを言いたい。*1


本能として恐怖といった感情は覚えるかもしれないが、「愛」という実利を度外視した無償の慈しみとよべる感情は、「実際に『愛』を与えてもらったものしか」自身の中で再現できないんじゃないか?と私は考える。

親から愛を与えてもらい、自身の中に愛情という情念を感じる者からすれば、なんと意味の分からない主張だと思う。たぶんうまく伝わらないんじゃないのかなとさえ思う。

でもそれはとても素敵なことだし、きっと分からないほうがいいのだ。


そしてポスト。ポストはパチに「愛」ともよべる感情を抱いているのを見てとれる。そしてそれを彼女自身が大切にしていることも。

思うのだ。ポストは孤児で、その孤児という立場から様々な息苦しさを感じていたと思う。けれども彼女はパチに「愛」を感じている。


ならば、ポストは誰に『愛』を貰ったのだろうか? と―――。


もしそんな存在などいない。誰からも愛など貰いうけなかったにも関わらず、ポスト自身がその「j気持ち」を覚えたのなら、それってもうとてもすんごいことなんじゃないのとさえ考えるのだ。




親という呪い、そして絶対的肯定者


親から捨てられるとはどういうことか?

それは「自身のアイデンティティを破壊」されることに等しい。めちゃくちゃにむちゃくちゃに切り刻まれ圧潰される感覚。自分がチーズのように千切れていく感じ。

自分がなぜ生きているのか? なんで生きなきゃいけないのか?そういう問いが生まれるのが親から捨てられるということ。自分を産んだ人から「なんでお前生きているの」と言われることと同じ。


絶対的肯定者(母親)からの絶対的否定。


それは心に深い傷として刻まれる。ゆえに呪いなのだ。この呪いを断ち切る方法なんてあるんだろうか、そもそも傷と癒やす方法などあるのだろうか。

分からない。分からない……。


ただ言えるのは、今回の里親候補のような「過去を振り返るな」という行動ではダメなのよさ。


「あなたの気持ちはわかるわ。でもね過去ばかり振り返っていてはダメ」

「あなたを苦しめたお母さんのことは忘れるの」

(ふるふる)

「このボトルは私が預かります」
「みちこ」
「あなたは黙っていて!」
「返してー!返してー!返して……て!」

―――パチ、里親候補



この里親候補のしたことがなぜダメなのか?私はこう考える。


1、先天的傷(=母親が存在しない)に、過去を振り返るなという言葉は正しい。生きていくには後ろを振り返っていてはいつか立ち止まってしまう。停滞してしまう。どこにも進めなくなってしまうからだ。

でもね、正しい言葉は正しすぎるからこそ「強い暴力」として立ち現れる。もしその言葉をパチにぶつけるのならば、パチがどんな傷をもち、どんなことを胸に抱えているかを聞き、一緒に気持ちを共有したあとではないと、意味がない。


そうパチにその言葉が"届かな"いからだ。届いていない言葉を強制しても、パチはなんら救われない。



パチが抱えているシャンプーを手放させたいと思うのなら、彼がなぜそれを大事にしているかを「彼の視点」で考えないとダメだと私は思う。この里親候補の言動を観ていると「私がなんとかしなきゃ」「私の言葉のほうがいい」みたいな傲慢さを感じられる。

そういった他者の気持ちを共有した「気」になっても……人の心に届かないと思うのよね……。
「あなたの気持ちはわかる」―――といった言葉を吐くとき、やっぱり「あなたのことなんか全然分からないけどね」といったある種の前提が必要なんだと強く自覚した。


「分かる」と呟く言葉のまったくこれぽっちも1ミリも分かっていないことについて(1479文字) - 猫箱ただひとつ。

誰かと向き合うってことは、「お前のことなんか全然これっぽちっちもわかんねーよばーか!」といった気持ちを持ったまま言葉を交わしたいとそう思った。



子どももつということは「汚さ」に耐える


私は子持ちではないないので、とても大きな口で言うことになるけど気にしない(ことにする)。

子どもを持つということは(他者と接することはいつだって)、「汚さ」を直視してもなおそれを受け入れるものではないとやっていけないと思う。


子どもが欲しい、そんなとき選ぶ子どもはもちろん"可愛い"子や、"優秀"な子、"市場価値"が高い子がいいだろう。
この言葉に嫌悪感があるだろうか? でもじゃあ聞いてみる。

容姿が整っていている、礼儀がなっている、なにか一芸に秀でているそういった子どもと、
ブサイクで、乱暴で、問題がある子、どちらが養子として迎えたいか?と。


もちろん私は前者のほうがいい。でもきっとそれじゃダメなんだ。そんなんじゃ子ども(他人)を育てられないそう考える。

自分が産んだ子なら、その子の良さ悪さ長所短所、綺麗さ汚さを呑み込めるものなのかもしれない。でも自身が産んだ子ではない場合。つまり養子縁組とは「こども」を迎え入れるのではなく、「完全な他者」を迎え入れるという感覚に近いんじゃないだろうか。


他者と生活し、言葉を交わし、一緒に暮らしていく。そこには「綺麗」なままじゃいられない。相手も自分も汚いところを掻っ捌いて、ダメなところをこれでもかと曝け出し許容できなければ、「家族」としてやっていけない。


パチが抱える問題―――シャンプーの匂い(いない母親)に依存は、里親候補からすると受け入れられないものになると思うんだよ。だって自分が母親になるのに、そういう気持ちなのに、子どものほうは元母親のほうに心が傾いている。


そんなのは嫌だという気持ちはよく分かる。でもそういったパチの「駄目」な部分を飲み込めないと、今回のような「私の理想どおりに染め上げたい!」という慾望が爆発してしまう。

「この子はあたしたちの子よ。あたし達がなんとかしなければ取り上げられちゃう」
「でもおまえ!」

思い通りにならない、好きになってもらえない、子ども自身にも駄目なところ、汚いところがいっぱいある―――けれどもそれを受け入れてからこそ「家族」が成立するんじゃないか。


家族……家族ね……。




レン君の魅力



「なーんだ。お呼ばれしたのあたし達だけじゃないんだ」

―――ピエ美

レン君の誕生パーティーでは、学校のクラスメイト大半がお呼ばれしているくらいの人数がひしめきあてちた。このことはレン君に魅力がないと成立しないものと思える。

男子も女子も彼が好きではないと、こんな大人数なパーティーなど出来ないだろう。現にピエ美はレン君にめろめろだし、他の女の子もキュンキュンである。


しかし思う。レンくんの魅力?ってなんだろう

私からみればレン君は、とくべつイケメンって感じじゃない。あの程度の容姿なら私の少年時代にいた―――君のほうがめちゃくちゃカッコイイ。ポルトガルかなんかのハーフらしいが目はキリとし鼻筋は立派。誰がみてもイケメンだった。言動はいささか破廉恥なところがあったがご愛嬌といったところだろうあやばい話がずれた。


レンくんの魅力は、たぶん外見ではなく「優しい」「家柄」といったところだろうか。今見て分かる範囲では。もしかしたら足が早いのかもしれない。あの頃は足が速いだけでもてる。これはガチだ。





ポストのヒーロー性


「もしかしてこれ手編み?おもーい」
「しかもよく見たら網目おかしいし」
「こんなの恥ずかしくて出来ないよね」

「返して!かえぇっしてええ!!」

手編みのマフラーがちぎれる。


「安物の毛糸ですぐ切れちゃうのね」
「なによ、文句あるの?」
……
「ちょっと待て」
「先に手出したな」

「やめてポスト」

パチン(髪留めの音)


―――クラスメイト女子、ピア美、ポスト



ポストの判断基準がとても面白い。いやまだ全然わからないんだけど、凄いと思う。


彼女はこの前までは、皮肉を吐き出したクラスメイトに「そーだ、私は"コガモの家"だよ」と答える。
彼女にとっては、自身が孤児ということ、そういう場所で暮らしていることはなんら問題じゃないのだ。

だからそこに嫌味を言われても、淡々と「それがなにか?」と言える。自身の分を弁えるということは、自分の立場を肯定するということでもあるのだろう。


自身が肯定した事象にたいし、それを貶されようとなんら痛くはない。はっ 勝手に言ってろくらいしか思わないものだ。


でもポストは、ピエ美が貶されたことに対してはメチャクチャ怒る。ピエ美の大事なものを壊し、挙句には彼女の心に傷をつける者をポストは許さない。


「ちょっと待て」



パーティーを盛大に荒らしたのも、ピエ美の悲しみをパニックで払拭させる。またピエ美の怒りを引き受けるといった意味があったんじゃないだろうか。


ポストはそこまで考えていない? かもしれない。でも私はポストという女の子は「自身の感情を発露」させることより「誰かの気持ちを受け取った感情の発露」を優先させる子だと思うのだ。


そう彼女は意図せず、ヒーロー性なるものを有しているように見える。


「誰かの為に」行動を成すこと。これを出来る人間はなかなかいない。だからこそ私は彼女をみていてとても痺れる。



なぜロッカーに捨てたさせた?

「これが……そこに捨てられていた」
「それがどうした」
……
「そもそもこんなもんを持っていくなと俺は言った! 余計なことしやがって捨てろ、捨てろ!!」

―――魔王、ボンビ

魔王はこのあと、ロッカーにシャンプーのボトルを捨てさせる。

でもなぜだ。なぜ彼に捨てさせた?


魔王自身がシャンプーボトルを捨てるのではなく、なぜロッカーにそれを捨てさせた?


ロッカーの選択(=パチのリュックにシャンプーボトルを入れる)が間違っているのだから、それがけじめだという魔王の主張なのかもしれない。

でももう少しなにかあるのかもしれない。ロッカーが、パチと、同じ境遇の持ち主なのかと思ってしまう。そう。母親を忘れない存在だと。


殺す。お前を殺す


ろくでもない母親のことなど、はやく忘れろ
それ以外にお前に生きる道はない
前の飼い主を忘れられないペットが好かれると思うか!!

―――パチに―――なんかあったら―――あんたを殺す

(魔王、ポスト)


ちっ


ポストは本気だった……だろう。本当にパチに何かあり、それが魔王の累に及ぶのなら、魔王を殺していただろう。

そんな目をしていた。


ポストは危うい。彼女は行動に躊躇がない。一般常識によるところのモラルによる制限がない。ゆえに決断さえすればどんなことでもやってのけてしまう資質がある。


「開けろーっ!!ぱちいいいい!!」
……

「なにかー?」

―――ポスト、隣の住人

パチがいる部屋に入れないと分かるや、隣の住人の部屋に土足で入り、そこのベランダから当該部屋に突入しようとするポスト。

窓に鍵がかかっているといなや、レンガで叩きつける。そういった行動をノータイムで叩きだすのがあの子だ。正直、とんでもない資質だよ。もうそれは力といってもいい。




アイスドールの過去と、魔王の心



「2,3日もすればちびも元気になるだろ」

「子どものトラウマがどれほど深く、心に刻まれるか」

「そんなもん気にしてたら、縁組なんぞ成立しない」


「私は小さい時はおっとりしていて、出掛けの着替えもいつも急かされるように着ていた」

「親に、強く、強く手を引っ張られて。はやくしなさいって。怖くていたかった。とても」

「だから未だに手を繋ぐことができないんです。誰とも」

失礼

―――アイスドール、魔王


魔王はいいね。彼が入っていることは理にかなっている。「そんなもん気にしてたら、縁組なんぞ成立しない」まさしくそのとおり。トラウマを持とうが、親に捨てられようが、んなもん気にしてたら進んでいけなくなる

そのかわり、その道の先は身体中から血を滴り落としながら歩いていくことになる。心臓から血がふき出すも、治しもせず、壊れるまで動かし続ける。傷は癒せていないのだ、それでも進んでいくということはそういうことなんじゃないか。


彼のこの言葉から分かるのは、彼は「トラウマを抱えたことがない人間」もしくは「心臓から血を噴き出しながら生きてきた人間」のどちらかだろう。


「捨てとけ。はやく新しい飼い主に慣れろ」
―――魔王

魔王の言葉のひとうひとつは暴力的でとても悪っぽい。でも全体を見回すと、彼がそう"生きてきた"からこそそういう言葉を吐いているのではないか? とも考えられる。





幸せすぎて苦しすぎる


どうして?

生まれて初めて遊園地にいって、とっても楽しかった。幸せで

だったら

幸せすぎて苦しくなっちゃった

なにそれ言うよね
不幸なほうが居心地がいいってか

―――ドンキ、ポスト

多幸感に包まれると現実感がとてもなくなる。泡沫の日々のように、自身の現在地とその果て無き最果ての"ズレ"がどうしても悲しくなってしまうような……そんなふうに。

自分の立ち位置から、一段一段登って上にいくのではなく、飛び越してエレベーターで最上階に言ってしまうと、心がざわつくあれに似ているのかもしれない。


魔王の心境

いつまでくっちゃべってるんだ

おい

投げ

さっさと食って風呂には入れ

「あ」

「「「あ」」」

新品のシャンプボトルを買ってきた魔王。

これって……さ。つまりさ、魔王が「パチの大事にしているものを認めた」ことになる。確かに。魔王がいうとおり、いない母親を求めていては里親の貰い手はいなくなるだろう。その可能性が幾分か下がってしまう。

でもまあいいんだろう、そういうのもの"アリ"だと、思えてきているんじゃないか?




親に捨てられたとしても、親(ママ)になれるのだ


この匂いなんだかわかる?
パチ

こくり

ぎゅ
ままのにおいー

おいで♪

―――ポスト、ドンキ、ピエ美、ボンビ、パチ

パチの元母親との縁は「シャンプーの匂い」。

そのシャンプーの匂いを、親に捨てられたドンキ、親を捨てたポストが身体に染み込ませ「パチおいで!」という。

これは「親に捨てられた子でも母親になれる」といったことを、彼女たちは無意識的に思ってる?……


<2話 「明日、ママがいない」 終>




<参考>
地下室の手記(光文社古典新訳文庫)
地下室の手記(光文社古典新訳文庫)
Mother [DVD]
Mother [DVD]
ファーストコンサート ~ウィンターワンダーランド~ [DVD]
ファーストコンサート ~ウィンターワンダーランド~ [DVD]

*1:オオカミ少女の真実性がどうであれ、また隠者の再現性がどうであれ