『強盗、娼婦のヒモになる』 感想__虚ろなこの現実で一体なにを信じられますか?(13431文字)

 

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満足度:★★★(3.8)



現実感の無い今だから、苦しい現実の話が出来た






<!>強盗が娼婦のヒモになったADV

  プレイ時間   2時間
  面白くなってくる時間  最初から!
  退屈しましたか?   していないよ!
  おかずにどうか?   使えるかも?
  お気に入りキャラ   椎名咲耶・母
原画 ゼンゼンウナギ
シナリオ 逢縁喜縁

公式HP│強盗、娼婦のヒモになる : Loser/s

 

 

『強盗、娼婦のヒモになる』のポイント

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・ 強盗から始まるヒモ生活(?)……。
・ 無料ノベルゲーム
・ 音楽よし、絵可愛い、テキスト最高

文句なくいい作品です。(10時間~20時間プレイできたらもう最高だったなあ……)

 


<!>ここから本編に触れていきます。

 

 

 

 

 

 

 

虚ろで移ろいゆくこの世界でなにを信じられますか?

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妹に感じていた『愛』は親からの呪いで、
母が持っている『愛』は己だけに向けたもので、
他人に感じる『愛』はいつかは移ろいゆくものだった。


椎名宗吾が皮膚で感じる、この乾きは、この世界の一体何を「信じればいい?」という疑問と同義だと思う。

お金も、地位も、親も、家族も――――『愛』さえも信じられないのであれば、この世界に絶対的な信じるに値するものなんてない

だからこそ宗吾は誰も信頼しない、信じるなんてありえない。常に、相手の内面を伺い、学問に落とした技術によって、他者との距離測り続ける。

その優しい声の裏にはどんな感情がある?
その優しい行動の裏に、どういった思惑がある?と。

想定する。何があっても、最悪の"もしも"を考え続ける。信じるものはこの世界に何もないのだから。だから他人を疑い続ける。自分さえも。

 

俺はトラ子が好きだけれど、それはいつか虚ろうのかもしれない。トラ子は俺が好きだと言うけれど、それはただの気の迷いかもしれない。

どこまでも臆病者の卑怯者。それが俺だった。 

+++

だから俺は、愛という鎖を信じない。
それが例え、身が焦がれる程の物だとしても。
――――宗吾


宗吾は、人と深く蜜な関係が作れない。相手の言動によって、自分の言動を変えて決める。こう喋ったらやりやすくなる、こう気遣ったら信頼を勝ち取れるだろうと自身の音を変えていく。いつも薄っぺらな関係、千切そうなほどに細い人付き合いしか出来ないんだろう。 

新藤が指摘したように、それはとても『酷い音だ』。


そんな椎名宗吾。彼の強く、太く、頑丈で、堅剛な価値観(=他者を疑う心)は、トラ子との出逢いによって破壊され再構成される

 

「…………まぁ。だって、普通そうだろ。俺みたいに得体の知れないヤツを泊めるなんて怖くないのか。あんたがよく分からないんだ」
+++
「何処にも行きようが無くって、切羽詰まって一人で強盗。つまり、ただのガキ、ビビって声が上ずってた、ね」
(宗吾、トラ子)

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トラ子とは「強盗」の現場によって出逢う。

宗吾はもう何も信じられなくなった、母の宗教元から逃げ出した。ただ計画的な逃走ではなかった為、日に日に飢えとの戦いになった。つまりはお金が喉から手が出るほど欲しかった。そこで強盗という犯罪に手を染めた。

だがトラ子の家を家探ししても、大金といわれるお金はどこにもなかった。必死に探すも、トラ子の財布にあるのは三万だけ。宗吾はそれを逃走費に使おうとするが、その三万円はトラ子にとってすげー大事なお金らしかった。 いわば彼女も貧乏だった。

お互いの妥協を経て、トラ子と宗吾は「家主⇔ヒモ」という関係に落ち着くが、後にちょっとまて、これはおかしいぞ? となる。

宗吾は、トラ子のその後の財布に「三万以上」のお金があることを発見する。それもトラ子は、「その事実を知られても構わない」という体だった。


ん?……だったらじゃあ、なんで、今もなお、椎名宗吾を、家に、泊めているのか? そういう疑問が湧いてくる。


最初は良かった。三万円を返す代わりに家に泊めてもらうという「お互いの利益」が分かっているから。利益が見えているものは信じられる。実利を優先する、それはこの世界のグランドルールだからだ。もっとも強い絆の前提である。

だから、その前提が崩れたとき(=トラ子はお金に困っていない)、トラ子という女への理解が一気に難しくなる。とくに宗吾みたいな他人を疑い続けている人間には。


宗吾のお金を搾取するわけでもない、宗吾自身を利用するそぶりもない、だったら

 

なぜトラ子という女は、俺を家に泊めさせてくれる?!

 

…………
……

椎名宗吾は明確にその疑問を呈してはいなかったけれど、明確には感じていたと思うんだよ。だから腹を割って話すために、クリスマスという舞台を設け、饒舌に喋れるようにとお酒という道具を用意したんだから。


少しでも彼女の本質、内面を知りたかったんだと思う。 そして気づく、トラ子がなぜ____「元強盗」であり「酷いこと」をした宗吾を今もなお、人としての関係を続けてくれているのか? 家に泊めてくれるのか?


その答えは「愛」でしかない。



誰かに向けた『愛』という感情は、自分の利益を求めない。相手の利益を優先する。相手の為に、それが自分の為になる。愛っていう感情は、人間の本能を壊す、そういう原感情なんだよ。 好きだから、愛しているから、ただそれだけで、「損得勘定」をぶち壊す。それが出来てしまう。 

トラ子は宗吾に好意を抱いていた。好きだから、家に泊めてあげられる。そこに実利は発生しない。


そして宗吾も、トラ子に『愛』っていう情を感じていた。――――気づくことになる。トラ子への『愛』は、母親によって設定された咲耶への愛や、母親が己自身にむけた自己保存の愛とは異なっているものだと、宗吾は知った。

 

 

愛は虚ろい易いが、時が経つにつれて硬くなる。憎しみは風化するが、絶対だ。この二つがあるから、俺は信じて行動できる。


咲耶の枷を外すためには、俺は他で愛を得て、ここを潰さなければなりませんから。

私はあなたと同じで信念なんて信じられません。けれど、この螺旋に渦巻く足枷だけは、本物です」

――――宗吾、母

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さらに、宗吾が母に向けている感情さえも、トラ子に向けた『愛』なるものと近いことを知り得たのだと思う。


トラ子との一夜を終え、宗教の総本山である実家にむかった宗吾。そこで彼は母親と対峙するが、この選択は下の下、愚策の中の愚策であると彼は認めている。

最良の選択を切り捨て、最善の結果を破り捨てた、最悪の決断。


宗吾が取った行動は、「母を信じる」っていうこと。

 

 

 

「分かっている筈ですよね。今、私の行うべき最良はあなたを捕らえて殺すことであると」

はい。

「分かっている筈ですよね。別の手があったと。咲耶と知流をバレないように連れだし、電話で私と交渉したら良かったのだと」

「分かっている筈ですよね。あなたは一切の最良を捨て、私と対峙することを選んだと」

+++

「何故、私に賭けたのです」

「私が快楽主義者で、自己中心的で、自己愛の過ぎる人間だと知ってた筈ですよね。なのに、どうして私の温情を得ようと云う手に出たのです」

「どうして、敵として向き合わなかったのですか。どうして、親子として向き合ったのですか」

+++

「…………あなた、が。…俺の母だから。やっぱり、家族は愛しているから」

俺が駒にしか見えてないことは知っていた。
玩具であり、装飾品であること。知っていた。
けれどやっぱり。
俺は、母を愛していた。

――――宗吾、母


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人間として、もう「自分」だけにしか興味が持てなくなっている母に「情がある」と賭けた。宗吾は己に巻き付いている「愛」と「憎しみ」鎖を信じ続けた。 


虚ろいゆくこの現実で、なにかを信じた。




ううん、違う。


"信じていないものを、信じた"んだ。

 

 

それが彼には出来るんだよ。
そしてトラ子にも。

 

 

 

 

 「…マジか。俺重いか」 

「マジ。超重い。一晩ネタだけで添い遂げるとか、あり得ない」

「……………………うそん」


「…………でも私には、丁度良いのかもね」
「……私は君ぐらい重くないと、信じられないかもしれないから」

「………………」
「言ったからにはやり遂げろよ、元弟クン?」

――――宗吾、トラ子

 

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「あなたの言いたいことは理解しました」
「…つまり、あなたは、結局」
「ここに、死に来たのですね」

大正解。
だからホント、察しの良い女は嫌いだ

――――宗吾、母

 

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警察へ言ってみた。そもそも、宗吾は戸籍すら持っていなかった。弁護士に当たってみた。でかい宗教組織なんて、自分に危険が及び過ぎて訴えを引き受けてくれる所は無いだろうと言われた。

じゃあ、やるしか無いと思った。

「…………」

一年で、司法試験をパスした。
計三年間。私はこの時を夢見続けた。

勝ったら、宗吾が戻ってくるような気がした。

――――トラ子

 

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ねえ、宗吾。君は天国から見てるのかい? きっと、舌は無いのだろうね。君は嘘吐きだったから。
見ての通り、私はそこそこ楽しくやってるよ

……思ひすてるな叶はぬとても、
 縁と浮世は末を待て

呟いた。

――――トラ子

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殺されると分かっても尚、"信じた"。


愛なんて移ろいゆくものだと知っても尚、"信じた"


宗吾が戻ってこないと知りながらも尚、"呟いた"。

 

 

 

 

"信じてなんかいないのに、信じた"

 

 

この虚ろで、全てが移ろいゆくこの世界で、それでもなお信じてるっていうこと。それはとても素敵なことなんだと思う。

 

 

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 『強盗、娼婦のヒモになる』――――虚ろなこの世界で、"愛"を信じられるっていうこと。

 

 

 

 

――――――――――――

――――

 

 

 

きっと、これから先。

いつか、辺りの景色が替わる頃。


けれど、俺は知っているんだ。

現実、結構甘くは無くて。 



彼女と居ない未来を俺は居るのかもしれないって。


だからさ、せめて。今だけは。

少なくとも、今だけは、願わくば、未来永劫。

彼女にもっと、触れていよう。

 


嘘つきの彼女が、嘘を吐かなくなるように。

弱虫の俺が、安心して目を瞑れるように。

 


そこまで、考えて。

ふと、一つ。

誰かが俺に、問いかける。

 

『出来るのかい?』

 


賛辞のような微笑みと共に、短い、根源的な問いかけ。


それは、あんたからの問いかけだろう?


臆病な俺に、ぴったりな。


だから、俺も薄く笑って応えた。


 

 

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ

そんなの、知るかよ



 

 

―――――――END―――――――

 

 

 

 

 

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 はいここから感想です。

とにかくとにかく、クオリティが高い! フリーでこのレベルは凄い……。音楽良し(サントラ買ってもいいと思えるレベル)、絵も綺麗、文章はぐさぐさ刺さるものばかり……。すげー……。

 

お気に入りのキャラは、椎名咲耶とお母さん。咲耶は「兄様大好き好き><」っていう感じがたまりません。ここまで練度が高い好き好きビームは、気持ちよすぎる……(なんで咲耶とのHシーンがないんだ!ガタガタ!)

 

次にお母さんは、とても「意味不明」なところがいいですね。理解が難しい、困難な人物にとても惹かれます。ああ人間ってこんな感じだよね。言葉を交わしても、ぜんぜん分からない。分かり合えないんではなくて、ぜんぜん本質が分からない。何を考えているのか、少ししか分からない。

 

そんな煙を必死になって掴もうとする感じが、私的に良いですね。簡単に内面が"分かってしまう"人より、全然分からない、そんな人が好きなのです。

 

2時間弱のプレイ時間でしたが、ここまで満足するとは恐ろしい……ていうかもっと、もっと長くしてくれると嬉しいなと><。

 

 

あと10~20時間くらい浸りたかったですはい。

そういえばトラ子の「思ひすてるな叶はぬとても、縁と浮世は末を待て」は、

 

良い縁や良い時期というのは、訪れるまで忍耐強く待つ。自然に到来するのを気長に待つことが大事。という意味なのだけれども、……ここほんとシビレルネー。トラ子お前ってやつは……って胸がぽかぽかしました。

 

 

銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件

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ドラマCD 置き場がない! -輝け第1回! 星海町・大銀行強盗選手権!-

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陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫)

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心に残った言葉

 

トラ子

 

「クリスマス。たまにはほんきでキリストを祝ってやろうぜ」

 

 捨て犬のような、元強盗。一週間、同棲しただけの。 

けれど、当たり前なんだ。 

「…………やっぱり、私は一人なんだね」 

 

宗吾のお母さんには、聞きたいことが沢山在った。 

宗吾はどうなったの? どうして、すぐに罪を認めたの? そんな事が、沢山。 それって意外とどうでも良くてさ。 

 

 

宗吾

 

「酒の肴ってことで一つ。嫌なら良いけどな、世間話だし」

 

 

現実感の無い今だから、苦しい現実の話が出来た

 

 

これが最初で最後のバーサスラスボス

 

 

 

 

 

 

雑感コーナー

 

 

お金ないんだよね

 

 

「通帳は、テレビの横だよ」
少女が縛られたまま言った。視線を向けると、そこには確かに無造作に通帳が置いてあった。

開く。トータル、アカ。

 

「……でも、多分行く宛はないんでしょ、」

そう言って、トラ子は少し何かを考えているようだった。

「何だよ」
「いや、実はさ。うちもかなり金無くて。その三万、すげ大事なんだよね」
「だろうな」
「だからさ。返してよ」
「そうはいかん。俺の当分の生命線だ」
「住むとこ無いんでしょ?」

――――トラ子、椎名宗吾

 

「まあね。両方それでハッピーでしょ?

私はお金が戻ってくる。あんたは警察追われることもなく、住む場所だけを手に入れる」

――――トラ子

 

このあとトラ子は、「三万以外」のお金があることを仄めかす。というより、実際にその後の財布には「三万以上」の札が入っていた。

つまりさ、トラ子の「お金がないからピンチなんだ」というのは嘘の大嘘である。じゃあなぜ椎名と契約を結んだか? という疑問が出てくる。

その三万が生活にどうしようもなく必要だから、椎名という強盗を家に置いた、というわけではないのなら何故?……

 

――――強盗というのは、自分の財産(金・命)などを平気で無情に奪っていく存在のことだ。いきなり家に強引に入り込まれ、部屋を物色し、自分を縄で縛り付けた相手を「同じ人間」だと思うのはとても難しい。

平気で「他者の尊厳」を踏みにじる相手と、そうではない自分自身を比較したとき、そこに断絶にも近い価値観の差があるからだ。

ではなぜ、トラ子はそんな強盗・椎名を家に泊めたんだろう?

「…………まぁ。だって、普通そうだろ。俺みたいに得体の知れないヤツを泊めるなんて怖くないのか。あんたがよく分からないんだ」
+++

「何処にも行きようが無くって、切羽詰まって一人で強盗。つまり、ただのガキ、ビビって声が上ずってた、ね」

――――トラこ、椎名

 

トラ子は椎名を強盗と看做していない。言葉を交わしてみて、たぶん「話が通じる」もしくはそれ以上に "なにか" を感じたのかな? と思う。これは理屈じゃなくて、勘とかそう言われるなにか?……。

相手という他人を「自分と同じ」に見れる時って、まず言葉(=コミュニケーション)が通じるとその可能性が一気に上がる気がするなと。

トラ子と椎名も「被害者⇔加害者」だった立ち位置が、言葉を経て、「家主⇔ヒモ」という関係になっているw

 

 

ヒモという居候

 

まだ一日しか過ごしてはいないのだけれど。仕事に行く女に万札を渡されるというのは、正直忸怩たるものがあったというか。

――――椎名

 

……たしかに、これは抵抗あるなあ……。無意識の価値観を感じる……。

 

 

 

行動心理学の積み重ねは、疑心暗鬼

 

トラ子の視線を追うと、彼女は左上に目を向けていた。
典型的なアイ・アクセシング・キュー。過去を視覚的に思っているのだろう。

 

 

「俺がこの人を観察、していた二分間。この人は何回首筋に触れたと思います?」

「はァ?」

「七回ですよ。これは回数として異常だし、行動心理学的に罪悪感と後ろめたさの象徴だ」

 

「あと、瞬きは何度しました? 一分間で18以上でしたね。一般的な平均回数が一分間に6前後。これは緊張状態の現れだ」

 

「着ている服は実用性の低いものですね。自己中心的な女性に見られる傾向です。あと、話す時駅員さんの眼をじいっと見すぎですね。嘘を吐いている女性の特徴ですよ」

 

「行動心理学的は、データの統計です。演繹的な証明は出来なくても、帰納的に存在している、一応後ろ盾はあるんです」

「もちろん、全員に当てはまる物じゃない。行動心理学的は数を目の前にして威力を発揮する学問です。けれど、価値判断の基準にはなる。数字が出てますからね」

――――椎名宗吾

 

 

宗吾はたくみに自在に「行動心理学」を使って、他者の内面を鋭く嗅ぎとっている。一見べんりそうだなーとか、役立ちそうだなーとか想うんだけど、これは相手を疑うことから始まっている。

宗吾ものちのちそのことに触れるけど、この方法はリスク回避という目線で立てばとても良いと思う。相手が何を考え、何をしたいのか、どういう人間なのか……と、統計学の後ろ盾によって「そこそこ正しい」領域にまで至ることができると思う。

でもこれは……蜜な人間関係を育むといった目的の場合、最大の悪手だと思う。なぜなら、突き詰めるこれは「相手を信じられない」ことから行動しているので、いつも、どんなときも、相手の内面を覗こうと必死になる危険性がある。というか実際そうだと思う。

人間関係を「スキルに落とし」こんだ時点で、もう人との関係を結ぼうとは思っていないのだから。全部その場しのぎなんだから。

 

 

 

 

「……、君、僕の知り合いに似ているんだよなぁ」
「へ?」
「しゃべり方とか、態度とか。僕の好きな人にそっくりだ」
「……………………はあ」

 

 

 

 

 

 

マズローと自己保存と母親

 


マズローだよ。欲求の段階が満たされて、最後に到達する欲求だ。……つまりあいつは、『本能』だ。って言ったんだ。……救いようがねえ」

――椎名

 

椎名宗吾の母親、彼女は「自己保存」の為に、宗教を管理し運営していると云う。

自己保存? マズローの欲求段階の頂点にあるのは自己実現というものだそうが。いまいちよく分からない。

文字通りに受け取るのなら、「自分が成し遂げたいことが、自分を残すこと」だったということなんだろうか。自分を究極的に愛した先は、自分を残す。それはとっても分かりやすいと思う。

必ず死ぬの理をどうにも出来ないのなら、自分という概念を残す、それは神とか、無機物上で再現されるものだったりとか、宗教そのものだったんだろう。うんこれなら理解できる。

 

 

宗教のなにが悪いの?

 

「……でも、妹さんも宗吾もちゃんと育てられてるじゃん? そんなに悪いことしているの? その人。宗教家って普通そんなもんじゃないの?」

――トラ子

 

トラ子は頭いい……というか、ちゃんと考えられる人間なんだなーと思った。「宗教」「宗教家」というこの言葉 "だけ" で拒否反応を起こしてしまう人がいる。もうその単語が出てきた瞬間に、理解できないもの「悪い」とラベリングしちゃうようなそんな感じ。

私もあまり人のこと言えないんだけどね。んでトラ子は、レッテルを貼らず「ん? 宗教って宗教なだけじゃん?」みたいなね?

ただ信じているものがあるだけじゃん?って。


実際にこの段階までなら、椎名宗吾の宗教団体について、とくおかしい点はない。ただ、宗吾自身が闇雲に嫌っているだけなのかな? とも思える。

でも、実態はもうちょっと深刻。

 

「……いや、サブリミナル効果だとかも使ってるし、幻覚系の薬も利用してる。

……それに、『何か少しでも良いことがあったら、私に感謝して快感を感じる』って催眠まで掛けてんだぜ?……許される事じゃないだろ」

――椎名

 

ただこれを聞いても、私は別にいいんじゃないのかな? とも思ってしまう。その人がその環境にいることで、幸せなら、別にいいんじゃないのかな?って。

その教義を信じてしない人に、無理やり押し付けているわけでもなく、その閉じた世界で、なにかするのなら特に問題はないのかな? とも。

たしかにお母さんは、幻覚の類、洗脳の類、暗示の類を使っている、きっと少し前の私なら「これは悪だろう……」そう一蹴していたと思う。

でも今は……たしかに違法行為だと理解はしている。でもなんだろうね? 別にいいじゃん。幸せならと思う気持ちがある。

「幸せであるなら」という言葉のもとに、すべてが許容されてしまうような感覚。個人の自由意志の観点からみれば、明らかに聖域の侵害なのだけれど、――――でもその教義に入ったときに、暗示とか洗脳の類を受けていないのであれば、なんて思ってしまうのだ。

 

美しすぎるっていうことは、狂うことと変わらない

 

 

「……トラ子、人はどんなものに惹かれると思う?」

「…………特別なもの、かな。きれいなもの、とか。楽しいもの、みたいな。つまり価値のあるもの?」

「概ね合ってる。じゃあ、その『特別』の位が上がりすぎてしまったら、それは何て言うか知ってるか?」

「……美しすぎる物、とか。価値のあり過ぎる物?……何だろう」

「『狂ってる』だ。人智の範疇を超えた物なのさ」

「……そう……かな……?」

「少なくとも、家の母はそう考えたんだ。モラルに抑制されているだけで、人って本当はイかれた物に惹かれるんだって」

――――椎名、トラ子

 

これは非常に分かる……気がする。感覚として。

それを簡単に引き起こすのが、麻薬とか幻覚剤とかああいうものなのだろう。意識のもう一歩先、境界線を超えた向こう側に行くために、「美しすぎる」ものを見たいがために、キメる。

特別なものに惹かれる――――というのは、『特別』だと"感じた意識"があるっていうこと。絵画を見て、"感動"したその意識。感覚。感情。それを突き詰めると、「特別なものを見たい⇔上位意識に突入したい」っていう欲求なんだと、そう思う。

すんごーい昔の人は、ただの「祭り」で意識をトランス状態に持っていけるとかなんとか聞く。ただ現在じゃそう簡単に、意識は吹っ飛ばないので、椎名の母親がやったように「意図的に」創りださなければいけないのだろう。倫理を超えた狂気ってやつを。

 

 

「母が考えたのは、信者に異常を触れさせること。禁忌である程、それは良い。……そしてあいつは、気色悪いほどにナルシストだった。……で、あいつが俺に求めたことは分かるか?」

「……俺と咲耶は、ガキの頃から愛し合うように暗示を掛けられてた。でも、俺は色々知ったからな。そりゃ拒んださ? でも、……って、これ言ったな。クスリで漬けられて、理性ぶっ壊されて咲耶とヤッちまった」

+++

「……覚えてねえよ、俺。あいつとヤった事。幹部クラスの信者の前で厳かな儀式のように俺はあいつを犯したらしい。
笑ってしまうよな。真面目な顔して、変態行為に興奮してんだ。良い年したおっさんおばさんが」

 

なんつーかこれは「本能」の領域に見えるんだよなあ……と。人は本能を抑えつけている、、、というより本能を壊して、理性を純化させて生きている。

だからこういった「身体の直感的感覚」っていうのに、とても強い衝動を持つんじゃないのか?

倫理っていうのは、理性だ。理性を守れば守るほど、「人間らしさ」が強まっていくが、、、それは「快感」とかとは別の問題だよねえと。

 

 

愛情が重いよ

 

 

「…マジか。俺重いか」

「マジ。超重い。一晩ネタだけで添い遂げるとか、あり得ない」

「……………………うそん」

 
「…………でも私には、丁度良いのかもね」
「……私は君ぐらい重くないと、信じられないかもしれないから」

「………………」

「言ったからにはやり遂げろよ、元弟クン?」

――――椎名宗吾、トラ子


宗吾は、環境のせい__咲耶のせい__でロマンチックラブに近い考え方を持っている気がする。なんというか、「愛」にたいする捉え方? っていうのかな。

性欲に流されたわけじゃない、こいつに「愛情」という感情を感じて、かつ、添い遂げたいと、一生こいつと一緒にいるんだと、そういう気持ちで肉体的関係をもつこと。

それは「愛が重い」のかもしれない。けれど、綺麗だなと思う。「運命の相手」――――それは、「運命が相手を決める」んじゃなくて「運命と見定めた相手」のことを言うんだろう。

そう自分って"設定"するんだ。

 

 

「だから、お前はさっさと大学戻れ。勉強して、良い職就いて、俺をさっさと楽にしてくれ。それまでは、俺がなんとかしてやるから」

「……ヒモ宣言かよ、ダメ人間め。ホントのホントに、私とずっと一緒に居てくれるの?」

 

 

今からこの先の「自分の未来」を全て好感する好意。シビれる……。

 

 

 

作り終わった世界

 

 

「ええ、愚考です。私の創った世界は、これからも発展を遂げるかもしれません。横の繋がりは実の家族よりも強く、教義によって縛られた彼らは間違いを犯しません」

「……けれど、私は違います。もう、世界を創り終えました。教義を謡い、禁忌を与え、意味を持たせました。終わってしまった神がどうして必要でしょうか。世界はすでに、親離れしているのですよ」

「あなたと咲耶の性行は、終着点だったのですよ。最後に与えたのは生を犯す禁忌。異常は彼らを強くして、決して離れないように結びつけました」

「私に出来ることはもはや、総本山であるこの社で信者に優しさで塗り固められた話を説く事だけです」

「そんな詰まらない生き様を、誰が継ごうと思いますか。他人の創った積み木の監視。我ながら、虫の良い考えと思っていましたよ」

――――母

 

……ああ、そうかだから、最後は「じゃんけん」で勝ち負けを決めるのか。

宗吾の母親は、もうどうでもいいのか……。彼女その市場目的はすでに果たし終えたんだ。「自分自身」という名の宗教(世界)をすでに作り終えてしまった。

走り続けて、ゴールテープを切ってしまった。なら、もう走り続けるような真似はしないのだろう。テープを切ってまで走るなんて、馬鹿げているもの。

彼女は心から叶えたい願い事を叶えてしまった。そんな人間があとやるのは、ゆるやかに死ぬか、舞台から退き観劇を楽しむことにやつすだけな……気がするんだよね……。

にゃるる。

 

 

虚ろい続けるこの世界で

 

母は、寂しい人間だ。
誰かを信頼しないのではない。
誰も彼もを信頼出来ない。

どんなに愛情を感じていたとして、母は絶対に疑惑を抱く。 想定する。何があっても、最低のもしもを思い続ける。

だから彼女は人と会話をするときに、声に耳を傾けるよりもその表情に目を向ける。一瞬でも、疑惑を逃さないように。

けれど、それは俺も同じ事。
人のことを信用出来ない。例え、どんなに愛していても。想うのは懐疑だ。

トラ子の事も、自分の事も。

俺はトラ子が好きだけれど、それはいつか虚ろうのかもしれない。トラ子は俺が好きだと言うけれど、それはただの気の迷いかもしれない。

どこまでも臆病者の卑怯者。それが俺だった。
そして、母だった。

だから俺は、愛という鎖を信じない。
それが例え、身が焦がれる程の物だとしても。

――――宗吾

 

 

この世界がどこまでも「虚ろ」「移ろい」ゆくことを理解してなお、好きを信じないで信じるっていうことが、あーわかってるなーと思います。いいねこういうの。

 

「だから、あなたが俺と咲耶に課した枷が、憎くて憎くて仕方がない。壊れないと知っているから、なお憎い」

愛は虚ろい易いが、時が経つにつれて硬くなる。憎しみは風化するが、絶対だ。この二つがあるから、俺は信じて行動できる。

咲耶の枷を外すためには、俺は他で愛を得て、ここを潰さなければなりませんから。私はあなたと同じで信念なんて信じられません。けれど、この螺旋に渦巻く足枷だけは、本物です」

――――宗吾、母

 

「正」の方向にあるものではなく、「負」の領域にあるもはや呪いとでも表現すべき"愛" と "憎しみ"っていう感情を支えにしているのが……しびれる…。

 

 

 

コノハナチルヒメ

 

 

では、コノハナチルヒメは。

コノハナサクヤヒメの姉妹、もしくは別名とも言われているが、主に彼女は花の持つ終焉としての意味を強く持っていた。

繁栄の終わり。華の散る時。
そんな彼女は、人々に奉られる事もなく。知られることもなく。あまつさえ、忌み嫌われすら居た。

その2つの名を、母は知りながら妹たちに与えた。
その、意味と共に。

――――椎名

 

椎名宗吾の母が、なぜ「咲耶」と「知流」と名づけたのか? これは宗教の象徴として、強烈な特徴を持たせるために、双子を利用したのだろうか……?

名前も意味も付加させて。

 

 

ギャンブルとコンコルド効果

 

負けている時に、次こそは次こそは投資してしまうことを、コンコルド効果という。

ギャンブル依存症精神疾患だ。病気というだけでは、金と心を喰うだけにタチ悪すぎる。

 
ギャンブルをやっているわけではないが、こういう事態に陥ったら「これはコンコルド効果だぞ!」って思い出せれば、抜け出せそうな気がする。

そういえば観ている限りだと、モバマス艦これ系のソシャゲは明らかにギャンブル手法な気がするなーとか。

 

 

 

 

フォアラー効果

 

「なぜ君は、僕の曲の事を『激しいけど優しい』と言ったんだい? それは確かに当たっているんだ。僕が目指すべき音がそれだよ」

「……フォアラー効果という奴です。二面性を含んだ言葉は、殆どの人が自分に当てはまると感じるんですよ。よく、インチキ占い師が使う手です」

――――新藤、椎名

 

 

IPU(インビジブル,ピンク,ユニコーン

 

 

 

 

付和雷同

 

「酷い音だ。相手の音によって、自分のそれを決めて変える。……自分という音が全くない。…………君は、…いや、君たちはそれで良いのか?」

「君と全く同じ気質の人を知っている。相手の顔をうかがう以外の選択肢が君には存在していないんだ。だから、平気で嘘も吐く」

―――新藤

 

新藤いわく、椎名とトラ子はまったく同じらしい。付和雷同的な人間。壁を作り嘘ばっかり吐く人間だと。

 


「君のことはよく分かったよ。臆病だから、周りに壁を作って、要らない思考を繰り返して神経をすり減らすタイプだ。……だろ?」

 

 

 

 

 

「では、要求を」 

咲耶と知流を引き取らせて貰います。 
二度とあなたには会わせない」 

「それだけですか」 

「いえ。加えて4000万」 


「何故ですか」 

咲耶と知流と、あと一人。 
面倒を見なければならない者が居ますから」 


「人から奪った金銭で、他人の面倒を見ると?」 
「みっともないですね」 

「泥を啜る事に、何かの抵抗が在ると思いますか。あなたの息子のこの私が」 

「私は矜持を捨てたことはありません」 

「自分以外を愛して居ないからでしょう。誰かを強く恨んでもいないから」


「…………成る程、道理」

――――宗吾、母

 

 

 

 

 

 

 

 

  

「だから、少し考えました。天秤に掛けました。 
あなたを殺して宗教を続けるか、それとも今を殺して普通に暮らすか。さて、宗吾。

どちらに天秤が傾いたと思いますか?」

+++

 

「…………吊り合った」 「ご名答です」 

どちらでも良いのだ。目の前の女性にとっては。 
子を愛する自分も、自己保存を目指す自分も。彼女にとっては幻影に過ぎない。

自分はただの選択肢の固まりで、自己は漂う水上の木の葉。 だから、どちらでも良い。どうでも良い。 

どちらにせよ、それは自分だ 

 

 

 

「さて、こう云う時どうすれば良いか。あなたは知っていますか? 最も摩擦が少なくて、無駄がなくて、簡単な方法」

息子の生死を、じゃんけんで決める。

+++

 

「じゃあ、私はチョキを出します」 
母が、俺の眼を読んでそう言った。 
勝負の方法は決まった。ライトオアライ。嘘吐きの母の、手を読めばいい。俺の命を分ける、ただのじゃんけん。

グー 
チョキ 
パー

 

 

 

 

「負けたときの怨みをボヤかそうとしたんだろ? 少しでも私が捕らわれないように」

 

 

「おかえりっ」 
寒空の下、聞いたのは大輪の花。 
ああ、俺は。これを見るためだけに頑張った。 
この花と、これからずっと居るために。 
目の前の、詐欺みたいに綺麗な女と。

 

 

 

「お兄さまを返せ~~~~っ…………っ、いだいっ、いだいっ」 
「………………(げしげし)」

無言で知流は咲耶を蹴っていた。 
正しい反応では在るけれど、それにしたって彼女の表情は鬼気迫るものがあり。

 

 

  

 

ねえ、宗吾。君は天国から見てるのかい? きっと、舌は無いのだろうね。君は嘘吐きだったから。 
見ての通り、私はそこそこ楽しくやってるよ

「……思ひすてるな叶はぬとても、縁と浮世は末を待て」

呟いた。 
「え、何ですか?」 
「いや、なにも?」 
「……気になるなあ」 
「あははっ、何でも無いって。ただ、」

あんたに、未練はたらたら何だって事。

なあ、宗吾。 
君の家系はこんなのばっかかい?

 

 

 

 

 

  「笑顔はな。開始時間・接続時間・余韻時間って三つのスパンに別れるんだよ。作り笑いじゃ、前二つを表現できても余韻時間を創るのは難しい」

 

 

「……で、今ここに居るんだ。……色々、見ない振りして」 
「成る程、ね」

俺もトラ子も、もう一気にアルコールを飲みはしなかった。 
舐めるように、ちびりちびりと口に付ける。 

「……ねえ、宗吾」 
「何」 
「嫌悪はするなよ?」 
「…え、何で」 
「……だって、同族だろ? 私たち」

 

 

 

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