猫箱ただひとつ

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凪のあすから 5話。 間違い続けるっていうこと (2153文字)

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目、青くって、涙が波みたいに揺れていて綺麗。

海みたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間違えるっていうこと

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凪のあすから』はみんながみんな、どうしようもなく「間違って」生きている。

自分の言葉が、行動が、選択が、決断が、"間違ってしまった”と思っている人間が多い気がする。


そしてこれはもちろん私達も同じなんだよね……間違えて間違えてどこまでも間違え続けて生きている。 だから時には人を傷つけて、許してを繰り返している。


そんな光たちを見ていると、「間違える」ってことはそんなに憎むべきことでも非難することでもないなと感じる。

自分自身が「間違えて」しまったと感じることは多いにあるけど、でもそんなの当たり前なのだ。むしろすべての行動で「間違わない」ことができる奴なんて存在しないと私は思う。

すべての選択を、「正しかった」とできることは一体誰がどんなふうに叶えられるというんだろう?


何がいいたいかというと、私達って間違い続けることしか出来ないのでは? ということです。

 

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なにをしても、どんなに頑張っても、どんなに予測しても想像しても間違ってしまうのだとしたら、間違ったことを責めたり、非難するのではなく、「認め」て受け入れて流したほうがいいのかもしれないなって。

少なくとも、これは他者に当てはめるのではなくて、自分の心が壊れない為に、自分の為に適応してもいいんじゃないのかなって思うのですよ。

未熟でも無能でも無力で無知でも、でも――――そんなことは別にいいじゃないですか。それで間違えたとしても、気に留めなくていいんですよ。



この言い分を、他人に、誰かに当てはめようとしたとき、私的に問題になるのが「すべての人に適応できるの?」です。

とはいっても無理ですねはい。
知らない赤の他人の失敗や間違いを許せるほど、私はココロが広いわけじゃない。

ならば、自分が認めた人、好きな人というごくごく狭い範囲でそれを適応してみるのはどうかなと。「間違って」もそれは仕方のないことなんだと、流して、時には許してを繰り返すしかできないんだなと達観できれば、もう少しだけ生きやすいように思えます。

 

 

 

 

「間違えた」と思ってしまうこと

 

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「間違えた」、「正しい」と思うのは突き詰めれば、自分がそう"思った”かです。 


自分自身が、「間違えた」と思うからその事象は間違えたことになってしまう。「正しい」と認識すればその事象は正しいこととして存在することになる。


ではなぜ、間違えたと思ってしまうのか? どうしてそんな感情を有してしまうのか?

それは、「自分が思い描いた未来」との齟齬で生まれてしまう気持ちだと私は思うんですよね。

こうあって欲しい、こうなって欲しい、こうであれ――――という未来と、それに追いつくことの無い現実。理想へと書き換わらない「今」。

それを目の当たりにすると、「間違えてしまった(=思い描いた未来になっていない)」となるんじゃないのかな。

 

 

 

 

ウミウシになってよ

 

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5話では、ちさきと美海が「私のウミウシになってよ――――」と言い放ちます。

これって、「私の話を聞いてくれないかな?」ということでいいんですよね。たぶん。


悩みを打ち明けるっていう行為は、自分の気持ちを、誰かと共有するっていうことです。なんでか今の私にはわからないんですけど、この「誰かとなにかを共有」するっていうのは、繋がりが強固になるんですよね……。もうちょっと突き詰めたい。

それとなぜか心の負担が減る。軽くなる。誰かと気持ちを共有することで、なぜか心の軋みがなくなる。

実際気持ちを共有することは不可能です。感情は物質ではないし、そもそも伝達不可能です。けれど……けれど「錯覚」することは可能です。自分の気持ちを相手と共有した、という錯覚。なんで錯覚することで……気持ちが軽くなるんだろ……実際問題としてこれは「結果」が出ているんですけど、なんでだろ……んー、、、、。



そういえばウミウシ(赤色)に向かって、気持ちを吐き出すと正解か否かの答えが分かるとまなかは言います。

これってどうやって決めているんですかね?
どうやって「正解」か決めているんですかね?


思ったのが、ウミウシは、海神さまとつながっているのではないか?ということです。

仮にも「神」を名乗っているのですから、人間ちゃんに対して「正しい」か「間違っている」かくらいの未来予測は可能なのかもしれません。

もしくは神を騙るだけの、易者か。

 



ウミウシ(赤色)は、ウミガミさまとの電話みたいなのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

損失への恐怖は、死恐怖症と似ている?

 

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美海ちゃんが抱いていた「大好きな人がいなくなるのは嫌だ」という気持ち。

なにかが自分から、自分の元から失われてしまう恐怖は、死恐怖症(タナトフォビア)と似ているのかもなー? なんて思いました。

私もこの死への恐怖は感じていたことがあるんですけど、(死ぬということが堪らなく怖い)年齢を積み重ねれば自然と消えていくものです。


けれど、幼少期に母親が死んでしまった。大好きな人との永遠の別れは、そんな思い(=死恐怖症に近い気持ち)を持ち続けてしまっているのかもと。

だったら……辛いなーって思うんですよね。
あの感情はほんとうに苦しいですから。

 

 

 

 

<参考>

 

 

 

 



 

 

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