読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 始まりの物語 [前編]考察、感想。 日常ってとても大事だよね……(5552文字)

スポンサーリンク

   劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [前編] 始まりの物語【通常版】 [DVD]

 

 

 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ(前編)の感想と、ちょびっと考察?です。

TV放映をリアルタイムで見ていたんですけど、やっぱりところどころ忘れていたので、もう一度見ると新鮮でした。

うんうん、まどかはやっぱ楽しいです。

 

 

 

 

 

 

1,日常は大事だよね……

 

f:id:bern-kaste:20131101193953j:plain

 

 

可愛い弟がいて、やさしいお母さんとお父さんがいて、幸せそうに会話し、朝食を食べ、学校へ行く。

そんな何気ない日常がもう既に「幸せ」を溢れさせている。



まどかがこれから見る景色を思えばこそ、ほんとうに幸せに見える。……日常って大事なんだよね……。  「日常」と「非日常」を対比させることでしか、「日常」の価値は決して見えてこない。ゆえに日常は価値を見出しづらいのだけれど。

何が言いたいかというと、「日常の世界」だけを生きていると、そのものの価値が分からなくなってしまうということですね。それをもう"当たり前”のものとして、自分の生活に組み込んでいるので。


もしかすると、"当たり前”だとすらも感じられないです。


そんな日常は、「非」日常を体験することでやっと日常そのものの価値が実感できる。「魔法少女まどか☆マギカ」なら、魔法少女の世界(=非日常)に足を突っ込むからこそ、今までにあった平和でおだたかな風景に価値があると分かる。


青い鳥のお話そのものですね。

あれもいろいろな冒険(=非日常)を経験したからこそ、自分たちの家に「青い鳥」が"い”たと分かったのですから。

 

 

暁美ほむらが転校としてきたその日、彼女はまどかにこう問います。

 

鹿目まどか、あなたは自分の人生を尊いと思う?
家族や友達を大切にしている? 」

「え?」


「……えっと……わ、わたしは、大切……だよ、家族も、友達のみんなも、大好きでとっても大事な人達だよ」

ほんとうに?」


――――暁美ほむら鹿目まどか



まどかは、「家族や友達は大事だよ」と言っていますが、私からみれば言わされているような気がするんですよね。

家族や友達は大事"だと思うべき”」とそんなふうに。



さっきも言いましたが、日常の枠内にいる限り、日常の価値を見出すのは困難です。

特に大きな不幸もなく、平凡で当たり前でふつうな、どこにでもいる、この国でありふれるほどに溢れているそんな女の子に、「日常の価値」を"実感”するのはとても難しいと思うんですよね。

女の子じゃなくても、ですね。

 

 

 

 

2.暁美ほむらから見る、まどかの同一性

 

f:id:bern-kaste:20131101194424j:plain

 

 

暁美ほむらはこの時間軸上の人間ではありません。数多の時間、世界から何度も何度も繰り返してきて、ここに至る存在です。

そんなほむほむ。



ほむほむは何故、何度も時間を繰り返し、ワルプルギスの夜を打倒するかというと、「まどかを助けたい」一心のみによって彼女は動いています。

言うなれば、暁美ほむらは「"自分が知っている”鹿目まどかを助けたい」ということです。


何が言いたいかっていうと、暁美ほむらからすれば、この、今ここにいる時間軸上の「鹿目まどか」は、「助けたい鹿目まどか」とは違うと思うんですよ。

本当の最初の最初の一回目____暁美ほむらは、鹿目まどか(=一回目)の魔法少女の姿を見て、必死に散っていた光景を心に焼き刻み、自分も魔法少女になろうと志します。彼女を守るために、そうやってまどかと同じ場所に立って、お互いにさまざまな思い出を積み重ねてきたんです。

たとえそれが、最後には不幸だったとしても。

鹿目まどか(=一回目)と歩んできた道のり、記憶、時間、そういったすごく大事なものを積層したからこそ、「鹿目まどかを助けたい」とそう思えるんです。

 


だから、暁美ほむらが助けたいのは、「自分の中にいる鹿目まどか(=一回目)の存在」なのでは? ということを言いたいんです。


もしそうならば、一回目ではない、2回、3回、4回…………X回目と接触した「鹿目まどか」との同一性は無いんじゃないの? ということでもあります。

人間の同一性というのは、私が私だと照明するものはなにか?いうことです。私が私を担保するものは「記憶」です。

X回目の鹿目まどかは、「暁美ほむらとの思い出がない」まどかです。すると、暁美ほむらが大事にしている「一回目の鹿目まどか」とはもう別人だということですね。


なぜなら、一回目のときの記憶が、X回の鹿目まどかには無いからです。ほむほむと一緒に魔女を倒した思い出、一緒に頑張ってきた記憶がありませんから。



となると、暁美ほむらはどういった心持ちで、X回目のまどかを見ているんだろう? と思っちゃいます。

自分を慕っているわけでも、好意を持たれているわけでもない。思い出を共有しているわけでも無い。



……そんなもはや別人とすらいってもいい存在。そんな存在でも、暁美ほむらはまどか(=X回目)を助けようと必死になる。


それはやっぱり……人は観念の世界を生きている、または観念の存在を"観れ”るからだろーなと思っちゃいます。X回目の鹿目まどかに「一回目の鹿目まどか」の存在をダブらせているんじゃないですかね。

 

 

f:id:bern-kaste:20131101194422j:plain

だからとてもやりきれなくなって、辛辣な言葉や、きつい態度をとってしまっているように私には見える。。。


あのときの、あの時間軸上の、一回目の鹿目まどかはもう救え出せないのというのも、ほむほむが苛立っている原因なのかもねと。



それに暁美ほむらをここまで動かしている動機は、自分との「祈り」と、

 

「教えてごらん、君はどんな祈りでソウルジェムを輝かせるのかい」

「私は鹿目さんとの出逢いをやり直したい
彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたいって

――――キュウべえ暁美ほむら

 

 

まどかとの「約束」なんでしょうね。

 

「ほむらちゃん……過去に戻れるんだよね……っ。
こんな終わりかたにならないよう……歴史を変えられるって……言ってたよね……」

キュウべえに騙される前のバカなわたしを助けてあげてくれないかな……」


「……約束するわ。
絶対にあなたを救ってみせる。

何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる!!」

――――鹿目まどか暁美ほむら

 

 

 

約束……やくそくかぁ……。

 

「約束」は一人で行うものじゃありません。自分と相手という2人以上がいて、成立する概念です。

約束……それは願い、といってもいいんだと思います。「今」にはないこと、あって欲しい「未来」を「今」に持ってきた書き換える!っていう宣言。それが約束なんだと私は思います。

「……約束するわ。
絶対にあなたを救ってみせる。

何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる!!」

――――暁美ほむら

 

 

 

 

 

 

 

巴マミはひとりぼっち

 

f:id:bern-kaste:20131101194545j:plain

 

だいぶ記憶が薄れてきていたんですけど、今回劇場版をみて、巴マミは「寂しい」からまどかとさやかと魔法少女に仕立てあげようとしていたんだなと。

わざわざ魔法少女の体験させるだとか、戦闘中彼女たちのみの安全も考慮するなんていう労苦は、報酬がなければしませんもの。

 

 

あなたは二人を魔法少女に誘導している

――――暁美ほむら

 

 

……まあ……当たり前なんですよねこれ。

魔法少女になる」っていうことは、この社会との縁を切るっていうことですから。大勢の万、億という人間の世界から自らはみ出すっていうことですから。

別の世界に軸足を持とうというのは、ひとりぼっちになっちゃうんですよね……。それは"みんな”と違う世界で生きている為に、"みんな”と同じ世界で生きることが出来なくなってしまっている。


孤独で、一人で、寂しかったらどうするか?


仲間を増やそう、友達をつくろうというのはとても分かるなあ……と。

 

 

 

 

 

キュウべえと交わす契約は、それ自体が歪である

 

f:id:bern-kaste:20131101194622j:plain

 

 

キュウべえの契約内容は以下のとおり、



魔法少女になって、一生、命がけで魔女をやっつける代わりに____君の願いを叶えるよ



というもの。

 



けれどこれってもう、すんげー歪だなと思うんですよね。

だって、

 

 

大事なものを叶える代わりに、お前の大事なものを差し出せ



と言っているのと同じことですもの。さらに言えば「叶えた願い」は魔法少女になってしまえば無価値になってしまうんです。


こんな理不尽で不条理な契約を差し出してくるとは、さすが悪魔。

 



んとですね、鹿目まどかたち(ふつうの人間)が願う「願い事」って、そもそも彼女たちが「現実世界」にいるからこそ、「願い事」として成り立っているわけです。

誰かを助けたい、お金持ちになりたい、不老不死になりたい、そういったものに"価値”を見出している世界に生きているから、それが願い事として成り立つんです。

けれど、キュウべえを通して願い事を叶えてしまったら、彼女たちは魔法少女になってしまう魔法少女になってしまえば、別の世界(=魔女との闘争)へと生きることになるので、途端に「叶えた願い」が無価値になってしまうんですよ。

 


魔法少女として生きる、ってなに? かといえば、「生きる為に戦う」ことと同義です。何もしなくても肉体を維持するだけでソウルジェムは濁っていくので、必ず魔法少女として魔女を殺さなければいけない。


生きる為に生きている――――それってもう今までの価値観が崩壊しているんですね。だって、「生きる為"だけ”に生きてる」んですから。生きること以外に対しての、価値なんてものは全て無価値へと帰します。

趣味とか、大事な恋人だとか、大切な家族だとか、そういうのは、「簡単に生きることが前提」です。働いて賃金を稼いで、それを代価として食べ物と交換する。衣食住を最低水準に満たすことができて____はじめて、生きること「以外」のことに目を向けられるんです(=価値の付加)。




美樹さやかの「叶えた願い」や、そのあとの顛末もそれを指摘していると思うんですよね。


彼女は、想い人の手を完全治療するという願いと契約に魔法少女になりました。しかし、一度魔法少女になり、肉体が偽物になり、魂がソウルジェムと化し、魔女を殺していく過程で、ぼろぼろと「今までの価値観」が壊れていきます。

 

 

f:id:bern-kaste:20131101194715j:plain

 

こんな姿にされたあとで、何が私の為になるっていうの?

 

今の私はね、魔女を殺す。ただそれだけしか意味のない石ころなのよ。

死んだ身体を動かして、生きているフリをしているだけ。
そんな私の為に、誰が? なにをしてくれるっていうの?


私のためになにかしようっていうのなら、まず私と同じ立場になってみなさいよ。

無理でしょ? 当然だよね。

ただの同情で人間やめられるわけないもんね。

――――美樹さやか

 

 

魔女と命がけで戦い続けることしか出来ない人生」だと分かったら、今まであった友達や家族、愛とか希望とか____そんなもんに価値を見いだせるわけないじゃないですか……。

志筑仁美との恋のいざこざなんて、きっかけにすぎないんです。無価値になってしまった今までの世界というものを、ありありと実感できるようになってしまったらさやかは心が軋んでいたんです。狂うくらいに。 

つまり仁美によってさやかは絶望したのではなく、「魔法少女」になったせいで世界に絶望したと。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 

平凡で当たり前な日常って、とてもとっても大事だなあ……と感じちゃいますね。

あとまどかママの言葉がぐさぐさ来る。

 

 

 

ほんとうに他にどうしようもない程どん詰まりになったら、いっそ――――思い切って間違っちゃうのも手なんだよ。

――――鹿目 詢子

 

まーどか、あんたはいい子に育った。

嘘もつかないし、悪いこともしない。いつだって正しくあろうと頑張っている。子どもとしてはもう合格だ。

だからさ、大人になる前に間違え方もちゃんと勉強しておきな。

――――鹿目 詢子

 

 

 

大人になっちゃうとね、どんどん間違うのが難しくなっちゃうんだ。背負ったものが増えるほど、下手を打てなくなってくる。

それって辛くない?

大人は誰だって辛いのさ。
だから酒飲んでもいいことになってんの。


――――鹿目 詢子、まどか

 

 

ママさんたまんない。


んじゃ今日はここまで。
まったねー!

 

 

 

まどか☆マギカ」の関連する記事はこちら

 

これはまどかの総括記事です。 

 

「魔法少女まどか☆マギカ」総括__これは祈りの物語。(11613文字

 

 

これは劇場版「後編」の感想です。

 

『魔法少女まどか☆マギカ』 劇場版後編・感想。 奇跡も魔法も無かったのかも?(12747文字)

 

 

 

 






<参考>

 

君の銀の庭(期間生産限定アニメ盤)
Kalafina
SME (2013-11-06)
売り上げランキング: 14
カラフル(期間生産限定アニメ盤)
ClariS
SME (2013-10-30)
売り上げランキング: 11