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古雅ゆとりの存在は、この息苦しい世の中をちょっと生きやすくしてくれる (2571文字)

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『ギャングスタ・リパブリカ』に出てくる、古雅ゆとりという女の子。彼女の存在は、息苦しい世の中をちょっとだけ生きやすくしてくれます。


今日はそんなお話。(同作品のネタバレ注意) 

 

 

 

 

 

 

 

古雅ゆとりの存在は、自身の価値観に疑問を持たせてくれる

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私達って、年齢を重ね、他者との交流によって「価値観」を育んでいきます。


あれが好き、これが嫌い。何が大切でなにが大事か。◯◯はするべきで、☓☓はしてはいけない。そういったものです。

個人の価値観は、自身の実体験と知識によって育っていきますが、根底には「倫理観」の存在が強く影響していると思います。

その時、その時代の、その土地での「多数派のルール」。それが倫理観です。これの存在によって価値観のベクトルが定まっていきます。



例えば、以前アニメは子どもが観る"べき"もので、大人が観るのはおかしいと思われていた時代があります。

この時代、この倫理観の元で育ってきた彼らは、こう言います。「30を超えて、アニメをみているなんてみっともない」と。

そしてこの倫理観で育むも、アニメが好きで、30を超えてもアニメを見ている人からすれば「居心地が悪い」に違いないと思うんです。



確かに。30を超えてもアニメを観るなんて……やっぱりダメだよなあ……」と他者の評価と自身の価値観によって、そんな悲しい思いをしている人も中にはいるかもしれません。


けど、それってほんとうに”悪い"ことなんですかね? なぜ大人になったら、アニメを観てはいけないのでしょう? アニメはダメで映画はOKなんですかね?

 

他にも、◯◯歳なのに家庭を持っていないとか、結婚と離婚を繰り返していてダメな人だとか、掃除や整理整頓ができなく部屋がごちゃごちゃで生活能力が皆無だとか、自炊能力が皆無でだらしがないとか、服にばっかりお金かけているだとか、大人になっても大の偏食持ちのあの人はなんなの?

 

………………そういった当事者以外の第三者からの『評価』って聞きたくなくても聴こえてきます。


ネガティブな評価が世の中には溢れかえっています。

 

そういった世間の、社会の、第三者からの評価はときに、自身の心を縛り身動きが取れなくなってしまうことがあります。それはきっと自分の倫理観または「価値観」と合致してしまうからなんだと思います。

「そうだよなーその通りだよ」と思って落ち込んでじゃうんですね。

 


でもその「価値観」って、そんな重要なの? どうでもいいことなんじゃない? と思わせてくれるのが「古雅ゆとり」の存在です。

 

 

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「知ることを拒みながら王者であろうとするのは、覚悟不徹底」

「うふふ。そうなのかもね」

「そのように覚悟不徹底を受け入れるさまそのものも、覚悟不徹底の現れ」

(禊、ゆとり)

 

『ギャングスタ・リパブリカ』をプレイした人なら分かりますが、古雅ゆとりという女の子は無知で無能で無力でイイカゲンな人です。

凛堂禊が「あなたに部長の資格は無い」と言いいたくなるのも無理はないかもしれません。

ふつう(=私の倫理観)、あなたに部長の資格はない! なんて言われれば、「私に部長の資格はないのかな? 資格ってなんだろう……」と悩んでしまうものです。

その座にいる為の適正だとか、能力だとか、資質を持っているからこそ、その役目に相応しいと思いますから。今の倫理観はそんな気がします。”資格"を有していないと”ダメ"なんでしょうね。 



けれど、古雅ゆとりはそうじゃないんです。



彼女は即座にこういうんです。「うふふ、そうなんだ。でもね禊ちゃん資格なんてどうでもいいんだよ」と。部長になることに、資格なんていらない、って言っています。


彼女のこういう「無価値の価値観」っていうのは、随所にあらわれています。ある人物が、古雅ゆとりを否定しても「うん、それでいいとおもうよ~」って彼女は返事します。

 

自身を否定されても、揶揄されても、詰られても――――古雅ゆとりという女の子にとって、やせ我慢でもなく、意地の張り合いや見栄を張るということではない。本当に本当に”どうでもいい"ことなんですよね。

様々な価値観に、価値を見出さない心の在り方を有しているように私には見えます。自身を縛る倫理も、自身を評価する外側のルールも価値観も、すべてが彼女にとっては「無価値」であると。

 

 

そんな彼女を見ていると、私自身が固執している「価値観」は一体どれほどの価値があるのかな?と疑ってしまうようになります。

家族なら、親や兄妹を助けるべきだとか。友だちが困っているなら手を差し出すべきだとか。エントロピーが増大していくどうしようもないほどのこのクソッタレな世界は無価値____という価値観さえ疑問を投げかけるようになります。

 

ここが大事なんですが、今まで「当たり前」だと思っていた価値観を疑うことで、その意味や意義が分かったりするものです。そして、疑った上でそれを大切にしようと思えるなら御の字ですし、要らないと思ったのなら無価値の烙印を押してしまえばいいのです。

 

ちょっと息苦しい価値観を自分が持っていたら、

 

そうなんだ、でもそんなのどうでもいいじゃん!

 

 

と呟くことで__ちょっとだけ__どうでもよくなったりします。完全に完璧は「どうでもいい」と思えなくても、息をすることが少しだけしやすくなります。

 

 

だからなのかな……時折、古雅ゆとりという女の子の存在に思いを馳せてしまうんですよね。この価値観、彼女ならどう考えるんだろうとかって。

もしくは、こんな重い価値観を「そうなんだ、でもどうでもいいよねそれ」とあっさりと無意味で無価値だよと両断してくれるないかなって。

 

価値観の崩壊、倫理観の損壊、常識の撃滅―――っていう考え方、物の捉え方は生きやすくなります。

 

今日はここまで。
んじゃまったねー!

 

 

 

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<参考>

 

ギャングスタ・リパブリカ
ホワイトソフト (2013-07-26)
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