猫箱ただひとつ

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雪都梨鈴・未来・えこEP。プレイ中の雑感コーナー (11090文字)

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わたしの時間が今、回り始めた―――。

 

 

「運命が君の親を」の感想レビュー記事書きました。こちらがメインなので、よければどうぞ。

 

 

「運命が君の親を選ぶ 君の友人は君が選ぶ」_感想。運命とは一体なんなの? (11849文字)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしがここにいるっていうこと

その気づきが、
どうやって訪れたのかは忘れてしまったけれど―――。

わたしは、わたしのカタチを認識した―――。
わたしと、それ以外のモノを区別することを知った―――。


私はなぜここにいるんだろう?
なぜ私は私と認識できるのだろう?
ここにいるとは? ここに"あ”るとは?

 

わたしは一体なにで、なんなのだろう。
「私」? どうすれば私が私になって私足りえるのか。私は何から創られてどういう過程を持ってここに存在しているのか。

 

 

 

弦と風

 

風が作った空気の道に乗って―――。
幻のように儚い、弦の音が聴こえてきた。

 

この「弦の音」と「風」というのは何を指し示しているんだろう?

風は、両義だとは思うのだ。弦の音とは?……

 

 

 

世界を造るため

 

わけの分からない卑猥なオブジェを森の中に建てまくったり。 老朽化した学校施設を意味無く保存したり。

ほかにも、人工の滝や小川の造影……、その理由が『世界を造るため』とか!

(理事長)

 
じっちゃんと元理事長がやっていたことは、町の平和。ひいてはこの国の平和を守ることだった。

世界を造る―――というよりは、世界の安寧を図るみたいな感じなのだろうか。

 

 

 

 

ぎらぎら~夕焼け

 

「おー、夕焼け、夕焼け! うわ~眩しい~~~!」

夏の夕方は目に痛い。西日がギラギラと顔にぶつかってくる。

(梨鈴)

 

こういう感性いいね。

 

 

 

梨鈴―――世界のベクトルが内側に向きすぎている

わたしは行くことはないんだろうな。
生まれたあの町に。
ううん、それだけじゃなくて……。
たぶん……。

どこにも行くことはないんだろうな。
どこにも……もう……。

ここではない、どこか遠くの場所に。
もし行けたとしても。
その時はもう……
わたしは……。

【梨鈴】

 

梨鈴という女の子は、なぜか「外の世界」に行けないと思い込んでいる。なぜだろう? 今もってなお分からない。

だたこの思い込みというのは、えこの言う呪いであり運命なのだろう。そう思うことによって囚われてしまうという意味での。

……いや、そうか。梨鈴は情報が多すぎるところでは、脳が参ってしまうんだった。

だから都会では暮らせない。何もないところ、情報が少ない江ノ島や塔ノ山だからこそ暮らしてこれた……か。

 

 

 

 

じっちゃんは何がしたかったわけ?

ようやく、その日が来たようだ。
わしは何年もこの日が来るのを待っていた。
いや、来ることは最初から知っていた。ただそれを待つ時間が長すぎた。

全ての準備はもう完了している。

手続きと登録も問題なく済ませてある。
あとは受け入れるだけだ。
そして、動き出すだけだ。
相反する二つの風が回り始める時。

(じっちゃん)

 

じっちゃんと元理事長は、塔の山を改造した。森を学園を。それは世界を造るためらしい。

そして、運命に「運命」と名付け、梨鈴の婚約者に仕立てた。二人の運命の「縁」を育んだ。

そして高嶋運命の席を用意し、学籍を用意し、彼をこの土地まで引っ張ってきた。

それで……? それで結局なにがしたかったんだ?

 

 

 

 

太極

梨鈴よ、お前に教えたこの言葉―――

太極は両義を生ず


これを今一度、思い出すがいい。
自分の在るべき場所は無く、自分もまたここには在らず。
この宇宙には形在るものは無く、運命もまた変化流転の泡影なり

(じっちゃん)

 

混沌から二つの物事に別れ、そこから更に4、8 64と分かれていく。それが卦なんだろうか、それを見るのが易なのだろうか。

じっちゃんが言うには、サイコロを降った瞬間、世界がぶぶばばばと生まれる。易は運命を決めるものではなく、縁を見るもの。


サイコロを降って見た未来(果)、それを紡ぐ【縁】、そして今から過去につづいている(因)。

これらの3つを加味して、アドバイスなんなりするのだろう。

 

なんか~、この町を守ると、
東京を守ることになるんだって

(梨鈴)

 

 

 

 

a-YOUを助けにきた

 

『a-YOU』って名前を知りませんか?
オレ、そいつを助けるためにここに来たんで……

(運命)

 
運命はある日、自分の名前を麗南学院で見つけた。裏サイトをたどり、a-YOUの日記を見つけた。

a-YOUの日記には、閉鎖的でなにかに囚われている―運命―に絡め取られている感覚を覚えたから、高嶋運命は"助け”にきたんだっけ。

 

 

 

 

 

そういうの、よく占いで決めちゃうね

 

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「そういうの、よく占いで決めちゃうよね

まあ、その時は親父たちも気が弱っていただろうからな。『あんなこと』があったわけだし……。

(未来、運命)

 

「運命」という名前、そして占いによって自分たちの行動を決めてしまうこと。

私が思うに、これは別段いいのだ。「占い」という常識、ルールを自分の中に当てはめて、当て込んだいるだけなのだから。

これは実際のところ、占いを信じていない私達にだって同じことをしている。自分たちが選んだ信条(ルール)によって、日々を生きている。

けれど。
どうしても許容できないのが、妄信だ。

「占い」というルールを選ぶにあたって、自分で悩んで選んで決断という過程を踏んでいいなければただの妄信的行為なんだよそれは。

なにかを信じるのと、なにかを盲信することの違いを私はこの過程にあると思っている。

それを「信じよう」と想った過程、動機、これが薄弱ならば私は認められない。その行為を受け入れられない。

高嶋夫妻が、占いを信じたのが、信じようと思った(=自分たちの今までの常識・信条・信念を捨ててまで選びとった)過程が、それならばいい。

けれどおそらく違うだろう。
ノストラダムスの大予言によって、生きることを諦めていた?ときに老師ーに出会い説得された。そのことがあって占いを信じるようになった。

こんなのは……ただの盲信だろう……。環境によって自己を規定されているようにしか私には見えない。

 

 

『運命の訪れと共にカリヨンが鳴る。それをに手に入れた者を祝福するために』

 

 

 

 

双子・バニシングツイン

 

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お袋のお腹の中には心臓の音が二つあった。
それがある日、一つだけになった。
動いている方の赤ん坊は大きくなり―――。

止まった方の赤ん坊はだんだん小さくなって、最後には消えてしまった。『バニシング・ツイン』という現象らしい。

双子の片方が上手く育たず、子宮の中で死亡し、そのまま母体に吸収されてしまう現象だ。

もう1人いたんだ。
オレと一緒に生まれたヤツが―――。
同じ世界を同じ場所で観ていた。

[運命]

 

両義という意味での双子……。
思うに、双子の片方は死んだのではなく、もう片方に吸収されたように思える。(実際どうとかではなく概念的な話)

一体の体に、両義が宿る―――そういうことのように見える。そういう示唆に見える。

 

 

バニシング・ツイン (Vanishing Twins)を調べてみた。すると面白い発見があった。

研究者の中には実はほとんどの妊娠のごく早期は多胎受精なのだが、妊娠が確認される頃に単胎になっているのではないか(バニシング・ツインを経た後に妊娠が判明しているだけなのではないか)と仮説を立てている者もいる(双生児 - Wikipedia

 

これが意味するところは、「双子だった」人ではなくても、"私達は元は2つだったのが1つになった”と観れるところである。

私達は元は二つで、それが一つになり、その一つの体には二つの面がある。太極の両義。自分ともう1人。男と女。そういう二面性を私達は"最初から”持っているんじゃないか?

 

 

 

 

 

シャドウフォトン、AXIS(枢軸)

 

 

シャドウフォトンによって証明されるように、この世界は暗在系宇宙と明在系宇宙が表裏一体となることで成り立っている

『二つの連続したエネルギーの流れは世界軸を中心に回り続けている』

『それは天と地を同じ世界に繋ぎ止め、過去と未来を現在に結びつけるものである』

 

天と地を同じ世界に繋ぎ止め、
過去と未来を現在に結びつけるもの



AXIS(枢軸)』

 
……これはなんだか「運命」にも似ているのかなとそう思った。天と地、過去と未来を今に結びつける―――そういった連続性がある方向みたいな。

枢軸……ねえ。

 

 

 

 

 

灰は美しい死

 

今年はとても暑い夏です。
暑くて、狂おしいほど暑くて
死ぬ気も失せてしまいます。

いっそこのまま全てが焼き焦げて
灰になってしまうのはどうでしょう?
灰はこの世で一番キレイなものだから
それは悪くない考えだと思います

ただの死よりも
少しだけ美しいと思います

 

この詩を聞いたとき、いいなあー綺麗だなーとそう思った。

気怠くだるくだるすぎてアスファルトにごろんとなる。太陽の熱戦によってとろけるアスファルト。そうこうしている内に、指先やほっぺが焼き焦げて最後には灰になる、なってしまった―――そんな光景。

 

 

信じるっていうこと

 

風水なんてものに、実行力があるかどうかは関係ない
この町の人間が、それを『信じている』ことが問題なの
あなたには、分かるわよね?

 

何かを『信じる』ことで、その世界にその何かは『在る』ようになる。意味が生まれ、価値が創出し、存在として現れる。そこには現実への実行力さえも、生まれる場合だってある。

いや……ほとんどがそうか。

信じる……信じる。
信じるとは、つまり、その『世界』を観たということなんだろう。

だから、その『世界』は在るようになった。その運命すらもぶわわーと生まれる。おもしろい。

 

 

 

考え方をちょっと変えるだけで、
目の前のものが別のものに見えてくる―――。

 

 

 

 

 

 

リレーション

 

私たちはいつでも、どこにいても繋がれる―――
人と人が、人と機械が、アナログとデジタルが、シームレスに繋がり合う―――。
私たちは、そういう世界に生きています

(理事長)

 

 

幻想と現実を、観念と実体をシームレスに行き来できるのが、人間であり。私達が観ている世界は、そういう場所なんだ。

枢軸? ふといま思った。枢軸なんだと。


二つの世界を行き来できる。リレーション。繋がれる。そして思うのだ。そんな二つの世界を結んでいる「なにか」があるんじゃないのかと。

結び目の役割を果たしている「なにか」が存在しているんじゃないかと。……それは……私達……か?

私達人間という、存在か? 五蘊……五蘊ね。

 

老師ーもそんなこと言っている? 

どちらも観ているのは"自分”じゃ
ならばそこにある"自分”は同じものではないか?


これが、太極と両義の関係じゃ。
夢と現実は陰と陽。
我らは現実に住みながら夢を観る。
夢を観ながら現実の断片に悩まされる。

(老師)

 

二つの世界の結び目は、やはり自分か。

 

 

 

 

 

存在不適合

 

お前はここにいてはいけない。こっちを覗き込むのもやめておけ

「誰だよ、お前!?」

オレは運命だ。

「はあ?」

そして、お前は生まれなかったオレだ。
「ちょっと待て、それじゃお前は……!」

可能性は五分と五分。
お前は消えてしまった方のオレだ
だからこっちを覗き込むな。

 
この世界はおそらく……「両義」という概念ですべて観れる。

・観念(陰)←←「私」→→実体(陽)

・「私」(陽)←→「私"」(陰)


こんな感じなんじゃないかな。
高嶋運命の裏側の存在、もう1人、もう一つの世界。
陰と陽のバランスが崩れると、どちから一方がもう一方を飲み込んでしまうんだろう。消えてしまう。

 

 

 

梨鈴を助けてあげたい?

 

あの子さぁ、昔からああなんだよ。言われたら何でも引き受けちゃって……。

嫌なことでもニコニコしてやっちゃうし、だからみんな、りーちゃんを頼るっていうか……

「押し付けてる―――だろ?」
うん……そういうこと
「どうにかできないか?」
あの子、助けてあげたい?

(未来、運命)

 
他者の不運を引き受けてしまう……んだっけ梨鈴は。

 

 

 

運命という言葉にもいろいろな意味がある

 

日本語の『運命』を表す言葉は『運命』だけしかないけど、英語には何種類もの言葉がある。

その代表的な3つはfate(フェイト)』、『destiny(ディスティニー)』、『fortune(フォーチュン)』だ―――。

 

fate chooses your relations. you choose your friends』

『運命はあなたの関係を選択します、あなたはあなたの友人を選ぶ』

 

つまるところは、「運命」という存在、現象? はその人がどう”観る"かでその性質を分けちゃうイメージなんだよね。

運命をfateと観るか、destinyと観るか、fortuneと観るか。囚われてしまうのか、さっと流してしまうのか―――そういうふうに「運命」の扱いすらも変わってくる。

運命は私の親を選んだかもしれない。
けれど、私は私の友人を”選べ"る。

それは運命という、確定的世界によって自分の行く道が決められていないということ、そう信じたい。ううん。

私はそういう世界を観るよ。

 

 

 

 

 

 

 

言葉と幻想と異端されしもの

 

彼らは何に突き動かされてるのでしょうか?

彼らの畏れや禁忌はどこから来るのでしょうか? どこにもルールは無く、聖書のような経典も無いのに。無言の同調によって、良いこと悪いことが決められ、それを彼らは共通認識として持ち合ってる。

そして同調できる者は、私のように異端とされる。
支配者である私でさえ例外ではない。

違うのです。
彼らを真に支配しているのは" 幻想”―――

そして"言葉”―――。
何かの力を秘めた"言葉”―――

(a-you)

 

a-YOUは学校の生徒について、これを言っているんだっけ?
なんだか父親である透谷について、語っているようにも見える。

彼を支配していたのは幻想で、ハナさんの言葉で、その言葉には力があった。

同調できるというのは、そういった幻想側の資質みたいなものなのだろうか?

 

 

 

 

言語に置き換えないで、ありのままに世界を観る

 

 

世界を『言語』に置き換えず、有りのままに観る―――。

 

梨鈴が行っていることが、これなのだとしたら、一体全体どんな『世界』を観ているんだろう?

言語に置き換えるというのは、すなわち膨大な量の概念を、小さい器(=言葉)に格納するということ。

梨鈴が観ている世界は、私たちよりもっともっと広く大きく雄大で寛大な世界なんだろうか―――。

あまりの大きさに、脳がパンクしショートしちゃうけれど。
”全て"を観るというのは、良いようで悪いのかもしれない。見たいものだけを観ることをするのならば、有りのままに観るよりは……。

もしも、この世界が―――。
風で創られていたとしたら、それは、どんなふうに見えるんだろう?

風の強いところは濃い色で塗られ、風の無いところは空白になる。 そんな地図があったとしたら―――?
この塔ノ山のカタチは―――。 何に『似ている』んだろう?

 
太極図……だったりしてね。塔ノ山の形はさ。

 

 

 

 

 

 

言えねーよ

 

「ねぇ、うーくん」
「これって、接ぎ木したら生き返るかなぁ?」

+++
こういう時に、幸せに育ってきた人間なら、『ああ、きっと大丈夫だよ!』とでも言えるのか?
オレはそれほど不幸せってわけじゃないが……。
少なくとも、自分でも思ってないことを平気で言えるような前向きな人間じゃない。

言えねーよ。

さっきと同じだ。
だから

「大丈夫だ、きっと生き返るよ!」

(梨鈴、運命)

「あはっ、よかったぁ!」
うーくんが言ったらそうなるんだよ

「え?」

「だって、キミは……」
(こいつの口からオレの名前を)

『運命』くんなんだもん!」

 

運命が”言った"のなら、それは成せる。
「運命」という名を持った人間の言葉は、「力」がある。
「力」を見いて出してしまう。観てしまう。

言葉……言葉の力。


「運命」を信じているものは、「運命」に巻き込まれてしまうのか……。

 

 

 

 

ハンスとちょうちょの童話

「Hanschen klein ging allein in die weite hinein.」


「願わくば、この地に永久の平穏が訪れますように」
「我が胸の六芒星よ」

 

 

日本で馴染み深い、ちょうちょの歌。あれは実は原典があるとのこと。「ハンス」っていうんだっけ?

ハンスの歌は親元から少年が旅立ち、幾年を過ぎたころに少年が再び町へと帰ってくるそんな歌。

ちょうちょの歌とぜんぜん違う。ていうかなぜハンスからちょうちょを見出したのかよくわからん。これも……言葉か。

 

 

 

 

 

 

光と影がゴチャゴチャに混ざっていた

光と影がゴチャゴチャに混ざっていた頃―――。
時間と太陽と月が、同じ一つの意味だった頃―――。
たぶん、そんなある日のこと―――。

わたしは、わたしになった―――。
初めて―――。
こうして今『考えて』いるわたしが―――。

わたしだと気がついた―――。
わたしは『わたし』という存在に気がついた―――。
わたしと、それ以外のモノを区別することを知った―――。

なんだかよく分からなかったけれど―――。
いつの間にかわたしは、
わたしじゃない大きなモノの中にいた―――。

 

光と陰がごちゃごちゃに混ざっていた=太極の意味なんだとは思う。

まだ両義に別れる前の混沌。カオス。わたしは「わたし」に気がつく。気が付かなければいけない。わたしとそれ以外を区別しなければいけない。大きなモノそれは(世界)?

 

 

 

 

オレをこの世界に残した運命

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運命を変えられなきゃ、オレは自分の名前に負けっぱなしだし。 たとえそれが出来なくても、正体を知りたい。

オレをこの世界に残した『運命』ってやつの……
あんたもオレにそうさせたくて、こんな名前を付けたんだろ?

『半分、当たり』

(運命、老師)

 

半分当たり……ね。もう半分はどんなことなんだろうか。

おそらく老師には、高嶋運命が「双子(バニシングツイン)」のことを聞いて「運命」に囚われてしまうのが分かっていたんだろう。

人間は理解不能なことに直面したとき、理由を、意味をつけがたるものだから。だから人は「運命」という概念を持ち出し、運命に意味を与え、価値を付随させ、”自分がそうなったのは、運命のせいだったんだ"と解釈するようになる。

だが……運命に囚われたままだと、それは生きていくのが辛い気がする。高嶋運命はひょうひょうとしていて、悩みなんかそんなになく、毎日気楽に生きているようにも見える。

見えるけど、彼の中には原初の疑問「なぜオレが選ばれた?」というものを持っている。

もう1人の自分(消失した双子)が、なぜ死んだのか。なぜオレのほうが選ばれたのか?

そういう疑問を持っている。懊悩しているのかもしれない。そしてやがて行き着く、「運命とはなんだ?―――」と。

運命を考えるということは、運命に縛られてしまう。囚われてしまう。その束縛から放たれる方法が、「運命との対峙」でしかないんだと思う。

言い換える。

運命は自分のことなんだ。自己であり自我である。運命。運命?

 

 

 

高嶋くんの『始まり』は双子。
そして、あなたは失った自己の半身を求め続けている。

 

 

あのシンボルもまた、完全な存在(=太極)から陰と陽が(=両義)が分かれて、永遠に廻り続ける宇宙を表している。

 

 

 

最初から決まってる未来なんかあってたまるかよ……。

「答えを言って欲しいんですね……」
「『運命』なんて無いってことを……」
「自分が自由だということを……」

(運命、a-YOU)

 

 

 

 

現実が捻れちゃうんだよ、

 

―――わたしは、そいつらの本当の姿を見た。
―――今まで見えなかった部屋の中もハッキリと見えた。
―――あれは変な場所だったよ……。
―――うん、捻れていた……全部。


―――ぞうきんを絞ったみたいに。
―――壁も床も、空気も臭いも。
―――たった一つの窓から差し込む、月の光さえも。

 

―――人間の頭の中ってさぁ……たぶん……
そういうのを『観た』時に切り替わっちゃうんだよ。


―――現実よりも、ほんのちょっとだけズレた……。
―――どこか『別の現実』を観るように……。


たぶん、その時。
わたしは、壊れたんだと、思う。

(未来)

 

人間は何かを観た時、その何かが存在する世界を見た時、「常識」というルールからズレはじめていってしまう。

それはそれでいいんだけどね。

 

 

 

 

人類の歴史が大きく変わる瞬間―――

 

人類の歴史が大きく変わる原因は何でしょう?
+++

幻想』は歴史を変える大きな要因です。

人々の幻想は政治を変え、社会を変え、戦争を起こし、民族大移動さえも起こすのです。

『夢』はそれほどまでに多くの人間を殺します。
では、教科書を開いて――。

(理事長)

 
動物は世界を変えようなんてしない。
プログラム(本能)されたことだけを淡々と忠実にこなしていく。

けれど人間は違う。

人間は世界を変えようとし、世界を壊そうとしてきた。そういう歴史がある。

なぜそれは起こるのか?
人間の頭の中にある「なにか」がそうさせる。
人は「認識」によって―――世界を観れる。

人は実体の中から、「観念」を観れる存在なんだ。夢を幻想を観て想像できる。だから、とても異質で異端なんだ。

想像できるって―――。
夢をみれるって―――。

おそらくとてもすごいこと。

 

 

 

 

呪いと心の輪

 

心が何かに囚われ、一つのことに呪縛されると、
人は無意識のうちに"思ってもいない行動”を取る。
+++
"大人になる前に死ぬ”という、悪意ある言葉がその娘の人生を縛っているのじゃ。

無意識のうちに心を呪縛される。これが―――"呪い”じゃよ

(えこ)

お前がが助けてやれ。

呪いを解き、その娘に新たな人生を与えてやれ。
それが占いというものじゃ。 未来を変えるということじゃよ―――

(老師)

 

人には心がある。
その心の中に『呪い』があるから世界が歪む。そうして人は狂ってゆく……。

呪いの本質とはメビウスの輪だ。
心の動きが前に進まず、ぐるぐる同じ場所を回ってる状態、これが『呪いにかかる』ということだ

(えこ)

 

呪いというのは、私が思うに世界が閉じてしまうんだろう。
自分の内側だけで完結してしまう、それもねじ曲がったまま。だから危ない。

その歪な心の形は、いつか破滅する。人生を破綻し自分すらをも破壊してしまう。だから解かないといけない。

呪いという状態は、いわば……「観念」のベクトルに行き過ぎなんだ。それも「歪」という属性付加でさ。

運命はそれのバランスを取っただけなんだろう。

 

 

「秋休になったら遊びに行くよ、約束!」
「うん、楽しみにしてる! 一緒に海を見に行こう?」

あの二人はもう未来を奪い合うことはない。
夢か現実か分からない場所にいた二人は、今、共に一つの未来を見つめているのだから。

 

 

 

 

「へその緒で繋がり合った魚――」

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二匹の魚がぐるぐると追いかけ合うように―――。
二つの運命が重なり合って一つになった。

「へその緒で繋がり合った魚――」
「互いに追いかけ合う二つの渦――」
「光の流れと、闇の流れ――」

「運命の訪れと共に、この地を変えるもの」

(枢? a-YOU?)

 

これの意味がだんだんと分かって来たきがする。

二匹の魚=両義
両義=男と女=アニマとアニムス

二つの運命が重なり合って一つになった"


たぶん………1つだという思い違いをしているんだよ。2つ”だった"ということを忘れちゃダメなんじゃないのかな。

 

「運命の訪れと共に、この地を変えるもの」

 

 

『この宇宙は全て、陰と陽の二つだけでできている』

光と闇、昼と夜、男と女、表と裏――。

 

 

 

 

目に見えないものを大切にするっていうこと

 

目に見えないものを大切にするなんて、オレはにはよくわからない。
+++

例えば、梨鈴にとっての『風』――。
例えば、老師にとっての『運気』――。

いずれも目に見えないものだけれど、それがいかに大切なものか、オレはもうわかっているはずだ。

(運命)

 

 

 

これはただの『木』だろう?

こうして彫刻する前もした後も、
これがただの木であることに違いはない。

たとえばこれをこのきつねが見て、『鳥』と答えると思うか?

そう、これは『木』だな。動物から見たらこれは木だ。ず~~~っと『木』だ。それ以外の何ものでもない。

 

そうだ。このただの『木』が『鳥』に見えるのは、人間だけだ。 『鳥』が在るのは、人の心の中だけだ。

人は、ただの『木』であっても、それを『鳥』として見ることができる心の目を持っている。

逆に言うと、その心の目がない者には、これはただの『木』にしか見えない。

(えこ)



実体だけしか信じない、実体だけしか見れない。網膜上に映ったものばかりを観る。

けどこれってなんだか悲しいよねん。「観念」を観れる能力を蔑ろにして、捨てちゃっちゃうのは灰色の世界の第一歩。

 

 

 

 

 

 

 

道明寺えこの現実と幻想と

 

「でも、現実を見てほしいの。あなたは簡単に言うけど、実際に土地や建物を引き継ぐというのは、とってもお金がかかるのよ?」

「でも、うちがこの神社を引き継ぐまでには、きっとなんとかしてみせます!」
+++

「…………」
「わかるでしょう? 道明寺さん?」

わかる……。
理事長の話が本当なら、確かに誰もが幸せになれるはずだ。ホテルと専属契約を結べば、式を挙げるカップルがコンスタントにやってくる。

神社としての経営は回復するし、えこも苦しい生活を続ける必要はない。でも……。何か引っかかるのは、なぜだろう?

(理事長、えこ、運命)



簡単だよ。

えこが求めているのは、神社の経営の安定・継続なんかじゃない。"今”の神社とその周りにある森を”継続”していくことが大事なんだよ。

だから森を切り崩し、土をならし、そこに新たな建造物を作ってしまったらもう"今”じゃなくなる。無くなってしまう。

だから違和感を感じるんだよ。


えこが思い描いている心象風景。それを壊さないためにあの子は必死になっているんだよ。

 

 

 

万物には神が宿る。神道の掟

 

 

 

この木にも、あの石にも、みんな神様が宿っていると教えてくれたんだ。

万物にはすべて神様が宿る。わしやえこ、お前にもな

うちの身体にも、この森の木や石にもすべて神様が宿っている。
この地に住む者、在る物はみんな、同じ神様を宿す家族なんだ。

 

この考えは……とってもいいなあ……と今更ながらに思う。

自分の目に映っているモノすべてに、神という「幻想」を宿すその考え。それは実体の中に「観念」があることを暗に示している。それを感じ取れる感性を養っていけさえもする。

なにかを「大事」に「大切」に思う気持ちは、こういった実体の中にある『観念』から湧きでたものばかりだ。だからそれを"視た”り聞いたり感じ取れる感性はとっても大事。

自分が今みているモノ、触っているモノ、聞こえてくる音、鼻孔から伝わる匂い―――それらすべてに神という「観念」を感じ取れるのだとしたら。

世界は芳醇な有り様になるんだろうか。

祈ったり、願ったりするのって良いと思うのだ。日本は宗教なるものに嫌悪感を抱いてしまうけれど(私もそれ)、なにかを「願う」、「祈る」行為はとても神聖なものを感じるし、とてつもなく世界を日常をきらきらさせてくれるものがあるように感じる。

塔ノ山町という概念

 

もし、再開発で森がなくなったら、この町はどうなると思う?
そしたら、全部無くなっちゃうよ~
(全部なくなる?)
+++

『この町』が消えちゃうんだよ~

塔ノ山町が塔ノ山町じゃなくなっちゃうの。
『新宿区にある塔ノ山』が『新宿区塔ノ山町』になるの

(梨鈴、運命)


再開発によって、塔の山という概念、または幻想が壊れ消えてしまう。

もともとあった固有性、独自性が失われ、"ただの塔の山町”になるという。

この構図がなんだか、人の心のように思えた。


大事だった大切にしていた「幻想」。そういうのって誰にでも1つや2つあると思う。サンタクロースだったり、魔女とかロボットとかそういうの。

それがいつしか、何かの外部の働きによって、少しづつでも大胆に「幻想」を壊していく感じ。現実という外側の働きが、自分の内側にある大切な幻想を消失させていくような―――そんな感じ。

人は何を観てるんだろう?
人が観てることでこの世界が在り、えこの言う『神様』も在る。
ただの木が集まった森とは別に、『神様の森』というもうひとつの世界が在る。

その裏側の『世界』が老師や梨鈴の言う『陰陽』の『陰』なのか?

ここにある現実の世界と、人が観ている観念の世界、
その二つの世界に生きてるのが人間なのだろうか?

 

 

 

 

幻想直視

 

「誰にも神様の存在など気にしてはいないんだ。
神様に古いも新しいもないのに……」

気にしていないんじゃない。気づいてないか、忘れてしまっただけなんだよ!」

気づいてない人たちに教えてやるんだ!
忘れてしまった人たちに思い出させてやるんだ!


神様はどこにでもいるってことを! おまえが!


(えこ、運命)

 

神様(観念)を忘れてしまった人に、どうすればそれを見つけてもらえるか。

もっというと、そんな自分だったとしたら、どうすれば、観念を直視できるようになるか。気づいていない、忘れてしまっただけ―――。

それを思い出させる。そう小さい頃は、みな観念側の傾向が強い。現実に存在しているものと、そこから生まれる観念をほんとうに、同時に、直視していた。

そしてそれもいつか忘れてしまうんだ。それは乾いた日常を歩み続けることと同義な気がする。

 

■ 【Ver1】終了。

 

 

運命が君の親を選ぶ 君の友人は君が選ぶ
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