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思考背景を誰かに伝えるのはとても骨が折れる。コミュニケーションコスト(2150文字)

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さいきん、自分の「思考背景」を誰かに語ることに、膨大な「コミュニケーションコスト」を感じている。

 

ペトロニウスさんの記事でも言っているけど、もうほんとものすっごおおおいい"コスト”だよねえ……これって……。

 

 

背景文脈というのは、非常に伝わりずらいものである、というのをわかると思います。

僕はコミュニケーションコストと呼んでいますが、相手と大きな文脈を共有するのは、物凄いコストがかかる作業なのです。(物語三昧

 
そう。

たとえば。

 

 

 

 


誰かと歩きながら会話しているときに、ふと。以下2つのことを言いたくなるときがある。

相手の「自由」に寛容になることで、自分の自由が保証される。不寛容のままでは自己をも殺しかねない。(3612文字)

 

『悪』は世界を変えていける―――あなたの心には今なお『宝物』はあるだろうか? ならば自分が自分でいられるための生存戦略をはじめよう (3786文字

 

 


「ふと」、とは言っても、この2つの記事を話したいときは、自身の聖域に侵害(=平気で人の内面に立ち入る言動)をされたときなのだけれども。

この2つの記事は、ようするにこういうことだ。

"自分と相手は「違う」もの。趣味も思想も信条も信念も生まれも育ちも能力も運命も人生すらも異なっている。だから相容れない意見が出てしまう、受け入れられない主張が出てしまうは仕方がない。

しかしそれを否定し、踏みにじるならばそれ相応の”覚悟”を持っているんだよな? 相手の聖域に侵害していることをちゃんと自覚しているんだよな?”


ということ。



しかし、この主張を相手にぶつけるのに躊躇ってしまう。なんでかっていうと、すんごーくめんどうくさいのだ

私はこの意見(記事)を積み上げる為に、40時間以上かかっている。なぜ相手の聖域に侵害するとき”覚悟”を持たなければいけないのか? どうしてその言動が誰かの魂の穢すことになるのか?

この意見になるのはこういう理屈で、こういう背景があって、こういう意味があるんだよと。それを全部喋らなければいけない。ある程度の順序をもって、ある程度の質問をぶつけられるのを想定して、簡潔に、相手に伝わるように喋らないといけない。

最短でも30分くらいかかるのは目に見えている。40時間以上積み重ねた、「思考背景」を話すのだ。やっぱりそれくらいかかってしまう。


そんなときに思う。
"コミュニケーションコスト高いなあ……” と。

 

そう、自分の意見を話すことへのコストが高すぎるのだ。高いほんとうに高い。もうめんどくさいもん。


だからこういう気持ちがむくむくと生まれ始める。「そこまでして、この人と話す必要があるか?……」、と。意見を言うことに躊躇が生まれてしまう。

それも「歩きながら」とか、じっくり話すことに向いていないシチュエーションの時だと____余計この思いが加速する。


+++

なので、それを非常にやりやすくしてくれている仕}組みとして、Facebooktwitter、Lineなどのインターネットを利用した情報テクノロジーツールの変化は、非常に役に立ちます。。(物語三昧

 


ペトロニウスさんが言うには、情報テクノロジーツールを使ってコミュニケーションコストを"下げれ”ばいいんじゃないのかなと語っている。

ブログとかTwitterとかLINEとかを駆使し、相手に公開しとけば、自分の思考の背景を理解させるのは容易くなるだろうと。

まとめ

 

自分の思考背景・大きな文脈を語ることは、"非常に伝わりづらい”。それはその意見の背景にある積み重ねたものが膨大ゆえに、話すことも膨大になってしまうから。

・コミュニケーションコストが高いと、行動に躊躇が生まれてしまいがち。

コミュニケーションコストを下げるには、SNS・ネットなどを使えばいいんじゃないのかなー。

 

おわり

 

 ▼過去記事

 

<参考>

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