猫箱ただひとつ

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同族嫌悪という言葉はなぜこんなにも蔓延っているんだろう? (1157文字)

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「同族嫌悪」を辞書で引くとこういう意味だそうだ。

同じ種類や系統のものを嫌悪すること。自分と同じ趣味・性質を持つ人に対して抱く嫌悪感。

Weblio辞書




この言葉は、自分と似た人を嫌ってしまう、という意味で使われている。


しかし、思う。なぜ「同族嫌悪」という言葉は、会話やネットベースではこんなにも溢れているんだろう? と。そしてなぜ"”になる言葉を見かけないのだろうと。


同族愛好とか、同族好感とかあってもいいんじゃないだろうか。

 

 

 

 

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正直なところ、私は「同族嫌悪」という感情がいまいちよくわからない。自分と似ている人がいたら、嫌悪ではなく好感を覚えてしまう。

趣味が同じだったり、話題の選別や、思考の方向性などが似通えば似通うほど「愛着」を感じ「好意」をおぼえる。

左利きの人が、「自分とは同じ少数派だ!」という気持ちで左利きの人間に好感を覚えるように、自分と似ている人には好感を覚えるものじゃないだろうか?

そして何よりも、自分と同じ「ダメさ」や「汚さ」、「欠点」さえも似たものを持っているなら余計にそういうのを感じてしまうのものだと思う。

そしてこれは私の中で「一般的」だと思っていた。


自分と近しい人に共感や好感を覚えるのなんて、ふつうで当たり前のことだと認識していた。けれど周囲の人の話を聞いたり、ネット上での意見を聞くとどうもそうではないらしい?


自分と似た「欠点」を持っている人をみると、「なんだか嫌だな」という意見を聞くし、自分と全く"そっくり”の存在がいたとしたら身の毛がよだつという言葉も聞く。

この2つの意見も、私としてはよく分からなかった。


前者はさっきも言ったとおり共感し好感を覚えるものだし、自分とまったく同じ存在がいるという仮定さえも「嫌悪」という感情は浮かばない。


むしろ、同等の存在がいて欲しいと、私はふと思うことがある。


自分という存在を客観的に目視できるのだ、これほど面白いことはない。"傍から”みた自分はどういう仕草をし、どういう事を考えているように見えて、どういう顔つきをしているのかとか。

または思考の方向性、趣味、話題の選別が「同じ」ならば、それはとても楽しい会話ができるんじゃないか? とも考える。



「同族嫌悪」の対となる言葉が流布していないのは、一体何が原因なんだろう? もしかして多くの人は、「自分が嫌い」なのだろうか……。

それとも私が知らないだけで、見ている世界が狭いだけで、思考にバイアスがかかっているせいで「実は同族愛好にちかい言葉は存在」している可能性は否定できない。

……

…………

あなたは、これについてどう思うだろうか?

 

 

あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか

あなたはなぜ「嫌悪感」をいだくのか