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ブログは自己内省をするのに最適じゃないか? (2825文字)

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ブログという媒体は、「自己内省」に最適なツールだと思う。

 

自己内省とは―――自分の考えや行動を深くかえりみることである。自分という存在を、じーーって観察する行為のことだ。

自己内省をすることで、「バカ」になることを抑止できると私は思っている。自我をじーっと観察し続ける行為は、思考の深度を深めていく。

 

 



考えて考えて考えることに繋がっていく。


なぜこれはこうなるのか? この意見の是非は? 善と悪ってなに? 今回の問題は誰かのせいだった? 罪や罰の正当性を保証してくれるのは一体なに? みんなが言っているからってそれは"正し”いの?………………

 

そうやって様々なことに疑問を持ち、さまざまな答えを自分で見つけていく。多種多様なものに興味を持ち、多種多様な意見を積み上げていく。

それを幾度と無く繰り返していくことで、"考えられ”る人間へとカスタマイズされていくんじゃないだろうか?



いくら勉学が出来るからといって、"考え”ることができなければ短絡的な行動をしてしまうだろうし、知識の保有量がいくら多くても、考えることをしなければ知識は何の役にも立たない。

いくら膨大な実体験を経験したからといって、それが一体なんになる?


勉学も知識も経験も「原石」でしかない、それをどうカッティングし鮮烈に光るダイヤに変えるかは"考え”られるかどうかだ。

 

 

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相次ぐTwitter非常識投稿、なんていうのは最たる例だろう。これは彼らが「考え」ていなかったからこそ、引き起こされた事件だと私には見える。

そこに学歴や勉学の有無を持ち出すのは妥当ではない。ただ端に「自己内省」が足りなかった。自我を見つめる時間が無かった、だけなんじゃないだろうか?

私の友人に、なんでもかんでも「みんなが」と口にする子がいる。モバマスのソシャゲーを始めた理由を聞いてみると「みんなが」やっていたからと言うし、服を買ってきても「流行っているから」という答えになる。

この子は自分の考えを滅多に言わないし、言ったとしてもその理由の殆どが「誰もがそう思っているよ」「みんながそう言っている」という答えしか呟かない。

ようするに、彼には「自分の考え(=意見)がない」ということになる。


そんな友人を見て少し悲しくもなったりする。だって自分の考えが無いということは、みんなの考えを持ち出してくるしか無いのだ。

自分が好きなもの、嫌いなもの、何かに対する意見、それにともなう正当性は―――すべて「みんな」という架空の集団に隷属する。

「みんな」という奴隷でしかない。自分の考えが無いということは、そうやってずっとずーーと他人によって振り回される生き方になる。

もちろん、彼が他者の考えによりかかる生き方が良いというのであれば文句のつけようがない。ただ周囲の流れのまにまに生きるということは、「Twitterでの非常識投稿」のような「バカな行動」を引き起こす原因になりかねないとそう思う。

だからこそ、自己内省という行動は「バカ」にならないために必要なのかもなと最近強く思う。


さてちょっと長くなってしまったが、自己内省による利点を語ってみた。次は「なぜブログが自己内省に最適化か?」を述べてみようと思う。

 

 

記録を残すということは、自己を振り返ること

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日々の出来事に「なんで?」はたくさん落っこちている。それは友人と話しているとき、電車に乗っているとき、食べ物をを買うとき、テレビを視聴しているとき____様々なことに「なんで?」がある。 


その「なんで?」という疑問を、ブログの記事として書くことで「自己内省」としての役割を果たすんじゃないかと考える。


私の例で言えば、

 


お墓参りのときに感じたことを
お墓参りは、人情を育てそうな気がするよ(759文字)

アニメを見ていて思ったことを
アニメ声優とかもうどうでもいい、というより興味が無くなってしまった (3706文字)

読書をしていて閃いたことを
ちきりん先生から学ぶ「アニメ」をもっと楽しむ方法 (3892文字)

エ口ゲをプレイして疑問だったことを
エ口ゲーにエ口は必要なの? をもう一度考えてみた。 (2533文字)

生き方について思いを馳せたことを
『悪』は世界を変えていける―――あなたの心には今なお『宝物』はあるだろうか? ならば自分が自分でいられるための生存戦略をはじめよう (3786文字)

+++++


そんなふうに自分が感じる疑問にたいして、答えとはいかなくても何かしらの意見を出してみる。それを記事として投稿してみる。

するとそこには「考えた時間」が存在するし、なにより「考えた意見」が記録として残る。自己内省しつつ、自我のログを書き溜めていくことができる。


これってとってもすごいことじゃない?


数年、数十年たっても当時の「自分の考え」が読める。そのときの「自我」を一歩引いた視点で眺めることができる。*1

さらに過去の「自分の考え」を振り返って、今の自分の考えと照らし合わせてみる。


「エ口ゲにエ口は今でも要らないと言えるか?」
「アニメ声優について今ではどう思っているか?」


そうやって過去と今を比較することで、「考え」ることの起爆剤となりえる。今現在の疑問を考えることで、自己内省の道へ進み、過去を振り返ることで更に自己内省への深度を深めていく


一粒で二度美味しいとは、このことかもしれない。

 

 

まとめ



自己内省をすることで、考える力が深まり「バカな行動」を抑えられる。

・日々の疑問について「自分で考え」る。1つの意見を出し記事にて投稿する。それを繰り返すことで、自己内省の深度がより深まる。なぜなら「自分考え」ているからだ。

さらに過去のログ(=自分の考え)を見返すことで、「今現在はどう思っているか?」と思考の起爆剤にもなるのがブログという媒体である。

 

 

おわり


ブログにはこんな一面もあるかもしれないよー、と思って書いてみました。参考になれば幸いなのですよー。

そんじゃまったねー!

 

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*1:ネットが存在していれば