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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

凛堂禊 感想。(16029文字)

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「――――ともに、救世主に、なってほしい」

 

 

 

▼ ギャングスタの感想記事を書きました。 

ギャングスタ・リパブリカ 感想レビュー__悪は世界を変えていく (15543文字) 

 

 

 

 

 

 

 

凛堂禊が__救世主を志した日

 

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卓越を見せると、人は自分も卓越したかのように錯覚してしまう。

そうでなくても、統治者がそこにいるという感覚を与えるだけで、人は浮き足だつ。それによって、衆生の視線を引き上げてしまう。

一介の民のものだった視線が、統治者のものになってしまう。
自分だけが世界の深層に気づいていると思ってしまう。 分不相応に自分の頭で考え、判断しようとしてしまう。

他者との差異や優越を、誤った論理で正当化してしまう。
覚悟や能力や分別のない者が、視線だけ引き上げられると、浅薄な優越感に溺れて舞い上がるだけ。

……私が卓越を見せたせいで、悲劇が起こった

 

 

……なるほどなあ……。禊の志って、つまるところ『ギャングスタ・リパブリカ』のあり方と同じなんだよこれ。

中辻のおっちゃんがたどった道はようするに、「少数派」の道なんだ。その行動は周りからは理解されない。思想も信念も納得はされない。

それは中辻のおっちゃんの、農作手法が理解されないということじゃなく、中辻のおっちゃんのあり方を理解できないということ


それは中辻のおっちゃんの責任ではないだろう。そして禊の責任でもない。しかしこの社会は、自己責任論が蔓延としている。自分にたいして責任をおうことではんく、責任を相手に押し付ける子とが蔓延っている。

誰もが中辻のおっちゃんの責任だというだろう。そのきっかけが例え禊だとしても、行動したのはあなたなのだからだと。

「……そもそも、趣味や特技や思想など。本質的に自分で決められるものじゃない」

「少数派に属する個性をもった人間が邪険に扱われるのだとしたら、それは差別以外の何ものでもない」

(シャールカ)

シャールカ先輩が言うように、中辻のおっちゃんは「自分で決めた」ことではない。けれど、その責任は中辻におっちゃんに向かってしまう。

きっと、凛堂禊という女の子はそれが許せなかったんだ。

少数派に属する人が、誰に救済されることなく1人でに潰れていく様子が。きっかけは、中辻のおっちゃんの視線を引き上げたことによる責任感。

けれど、"ここまで”ずっと続けてこれたのは、そういった「皆」の幸福を願うものなのかなとも思った。

器の小さな者の心まで救済しなければならないし、
そうした物に分不相応な夢を見せてもいけない。

『その者の責任』といった言葉で、悲劇を捨て置いてはならない

(禊)


禊は言った、氏子の霊的な幸福を実現させると。その結果だけを求めていると。奥遷宮の統治者であるからこそ、衆生の不幸を取り払い、幸福を与えたいと

―――そう、誰も溺れないように

大勢から弾きだれたものも、異なったものも、すべてを救いたいと。

それを希はこう言い表す。

高所に立って、全体をおおづかに把握して、
個人の内面には立ち入らず、ただ負担のみを取り去る。

『衆生』が不要なことを考えずに済むようにし、
一定の枠内で自由にふるまえるようにする。

ふん、外形的には同じことか。
生まれつきの不平等を取り去って、自由な社会を作ることと

(希)

 

 

 

……ま、その気持ちもわかるぞ。
自分のせいで人が死ぬのはしんどいもんな

シャールカさえいなかったら、
そいつらは生きてたかもしれないって思うもんな

……シャールカとそいつら、どこが違うんだろうって

あー、戦争ってやだよなー

(シャールカ)

 

 

 

 

見えないものを恐れることは愚かしい

 

 

 

存在しないものは恐れない。
「どうして存在しないって言い切れるの?」
今まで出会ったことがないから

仮に存在するとしても、私には見えない
見えないものを恐れることは、愚かしい
なのに存在を信じている。私には理解不能

(禊、こおり)

 

これを聞いた時「未来」っていうのもそうだなあと感じた。

未来は無形、未来は不定形、あるかどうかわからない。成るか成せないか分からない。わからないもの、存在するかどうか分からないものに怯えたり考えたりするのって無駄なんじゃないかな?

そうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

探検は終わったあとに―――

 

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おまえさえよければ、二々木を案内してやるぞ

「……やめておく」
「私にとっては、ここも十分都会。 それに、まだこの町をよく知っているわけじゃない」

「案内するなら、この町を案内してほしい」

(禊、叶)

 

これはなるほどねーと思った。

次から次へと手を出すのではなく、1つ1つじっくりと見て、聞いて感じてから次のものに手を出す。

それは町の探検でもそうだし、自分の趣味の分野でもそうだと思う。

エ口ゲも次から次へと買ってやるよりは、遅くてもいいから、じっくりとプレイする。それが終わってからまた次の物語と読み進める。

そういうのって、消費的ではないし惰性的でもない。ちゃんと自分の意志で「取り組もう」「楽しもう」っていうことなんだと思う。

禊のこれってやっぱり一回性につながるんだと思う。


私たちがいつも見ている風景は、「知って」いるんだろうか? ただ網膜上に映しだされた情報に過ぎないんじゃないだろうか? 見て聞いて感じて、思考する。

そういうのがきらきら感につながると思うのだ。

 

 

 

恥ずかしがるっていうこと

 

 

戸惑っても、恥じ入る必要は皆無。
想い人とのデートに、他者の評価は不要。
ゆえに堂々とできる。

悪は超然。同様に、デートも超然。

(す……好きな女と一緒にいることを恥ずかしがる必要なんてないじゃないか。禊の言うように、デートは悪の活動と一緒だ)

(叶)

 

「悪」はすべての倫理観を相殺し、違う視点で物事を見れるようになる。

悪は人が成したい行動を、肩代わりしてくれる。羞恥や怯え恐怖などの負の要素を邪悪色に染めてくれる。それで人が一歩前へと進めるのなら、とても納得的。

 

……好きは不可思議。とても不可避的。

 

 

 

 

 

対立

 

考えを素直に出して他人と対峙するのは、好ましいこと

(禊)

 

対立は必ずしも悪いことじゃない。

 

 

 

 

古雅ゆとりの自己承認力

 

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うふふ、浅はかなのかな? でも、これでいいよ。
だって、これが私だもの。

いくらがんばっても、禊ちゃんが望むようにはなれないから。禊ちゃんと私は、違う人だから

(ゆとり)

 

ゆとりの凄さはここだよね。

自己承認力が高いということ。自己評価が低くないということ。
無知も無能も無力さえも、すべてを呑み込むその器。もうすんごいかっこいい。

 

 

 

共有できるのは1つだけ

 

 

 

「その真理が正しいって、誰が決めるの?」

「誰かが決めるものではない。
誰もが到達できるもの」

「どうやって?」
「直感によって」

「直感に支えられた思考によって」
「思考が導き出す確信によって」
「衆生の幸福を思うならば、到達できる」

(ゆとり、禊)

 

「……違うんだよ、禊ちゃん。できないの」
「共有できるのは……、気持ちだけ」

「今禊ちゃんが言ったみたいに……『幸福を思う』……共有できるのは、その気持ちだけ」


言葉で伝えられるのは、お互いの信念ではなく、その信念に基づいた「気持ち」だけなのかもしれない。

ゆとりは感情を大事にしている。個人の感情を。その点でいえば水柿こおりとは馬が合う。彼女もまた個人の感情を大切にしているから。

 

 

覚悟をせず、地位に恋々とするのは、小児の専横」
「覚悟? そんなの、私にとっては大事じゃないもん」

「うーん……言っちゃおうかな?」

「あのね……何かをするのに資格を求めるような人に、部長さんになる資格なんかないよ

「資格なんか、どうでもいいよ。私はみんなが幸せだったら……楽しかったらいいなって思うだけ

(禊、ゆとり)

 
ゆとりにしては珍しい、珍しい他者批判。
禊があまりにも苛烈なことばかり言うから、とうとう本気モードになってしまったような気がした。

―――何かをするのに資格を求めるような人に、部長さんになる資格なんかないよ

 

うんそうかもしれない。
本来資格なんてものは存在しない。人が勝手に作って作り上げたものでしかない。

さらにゆとりにとっては、そんなもの瑣末なことだろう。何者にも何物にも縛られない本質をもっている王者は、「資格」でさえ縛られたくないはずなのだから。

 

 

 

 

 

 

多様性

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だいたい、自分にない趣味がどうして他人にあると思うの

「それは、まあ……多様性ってやつかな……」

(こおり、叶)

 

自分がそう感じるのだから、そう感じる人がいるはず、だってこの世界の人口は億を超えているのだから。

そして人はみなそれぞれに違う生き物。ある程度の傾向があり、それが大多数のものになると「多数派」とくくられる。

けれど少数派だって、ぽつぽつと存在し群れをなしているものだ。多様性はそういうことだろう。

今の時代「インターネット」がある。



私はこれはすごい代物だと思うのだよ。だってこれさえあれば、たとえ自分の趣味や思想、生き方が多数派と異なっていたとしても"必ず”自分と似た人がいるからだ。

うまくすればコンタクトをとり、コミュニケーションを交わして仲間になることだってできる。これ すごくない?


たとえばあなたが学校に通っていたとしよう。できれば高校か中学校で。クラスは3、ざっと1学年100人。それが3つで300人。

その学校には300人の生徒が通っている。そしてあなたがいる。あなたは、周りからは理解されない趣味を持っているとしよう。

たとえば、着物を普段着ているだとか、仏像巡りが好きだとか、未だにミニ四駆を走らせているとか、ドール蒐集に凝っているだとか、エ口ゲを愛して止まないだとかそういうの。

300人という中で、多数派の趣味ではなく、少数派の趣味を持っている人はどう生きればいいんだろう?

自分と同じ趣味を愛している人は、おそらくいない。なぜなら多様性といっても母数が圧倒的に低いからだ。300人の内、一体なんにんが「普段、外で着物を着る趣味を」持っているんだろうか?

上手くすれば1人、2人は見つかるかもしれない。最悪の場合は1人も見つからないだろう。

そういう少数派は、自分の趣味を公言しない。蔑まれ訝しがられ嘲弄されるのがオチだからだ。そしてそれは「孤独感」を強める。

誰とも好きなものに対して、「気持ち」を共有できないんだ。当然の帰結だろう。

でも 今は インターネットがある。


これは母数を一気に引き上げてくれる代物だ。日本国内であれば、1億にの内から「日常的に着物を着る趣味」を持っている人を見つけばよくなる。

300人という狭い空間の中ではなく、1億といった膨大な人の中から探し当てることができる。

もし国内で同じ趣味を持った人がいないのであれば、世界に目を向けてもいい。今じゃ誰もがインターネットを使っている。英語さえできれば、より母数が大きくなる。


1億……4億……10億…………。その中に自分と同じ趣味をもった友達ができる。そういうコミュニティは必ずある。

なぜなら人は多様性を生じるから。


孤独から引き上げてくれるいいツールになっているんじゃないのかなと思う。SNSなんか見ると特にさ。


学校空間というのは閉鎖的で、中に入るのも、外に出て行くのもちょっと難しい。だからこそ、そういう空間ではいじめがおきやすくなる。

少数派は虐げられる。「異質」だからという理由で。そして簡単に「外」に出て行くことができないからより行為は苛烈になる。

―――ああいやこういう話ではなかった。


学校に趣味で話せる友達がいないのであれば、「別の場所」にシフトすればいいよと、そういうお話。

学校だけが「世界」じゃないからね。

 

 

 

本当に不要なものは排除するしかない

 

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禊も、もうちょっと人の話聞いてやってくれないか?
そんな冷たい対応だと、こおりだってめげるだろ?

ほんとうに不要なものは、拒絶する以外ない

(叶、禊)

「あとは、話しかけられたら、即拒絶するんじゃなくて、もうちょっと考えて

「考えている」
「考えていない」

考えている。私の内面を推し量ることなど、不可能なはず

(こおり、禊)

 

よく自分の意見を押し付けるほどに、押し付けてくる人がいる。

「あなたはもっと私の考えを交えて考えるべきだ」とか
「いつもはそうじゃないでしょ。いつもならもっと色々な意見を吸収してよりよい意見を言うじゃないですか」

とか、これは実際に言われたことがある。

こういうクソい意見はもうごめんだ。ようするに、「私の意見を尊重しろ」と言っているに過ぎない。受け入れられないものがあるのに、一体なにをどう尊重白と言うんだろうか。

そう、「ほんとうに不要なものは、拒絶する以外ない」。


まさに禊の言うとおり。こおりの意見は要するに、「私の意見を尊重しろ」と言っているにすぎない。なにこれ?

受け入れられないからこそ、拒絶している。
汲むことがないからこそ、反対しているのに。

それを「考えていない」、「拒絶しないで」というのはなんだかもう呆れ果てた。


こおりは基本的には、「あっち側」の人間だから、禊のことをうまく理解できない。こおり以外のみんなは100%、禊を理解しているとは言わないけれど、もっとも「大事」な部分はちゃんと理解していると思う。

だから、ゆとりも希も話し合いのとき、ここの前段階がすっとばされて話が加速していった。


…………まあ、だからこそ話し合いに意味はあるとも言える。分かり合えないのなら、分かり合おうとする努力が必要だというのも分かる。

でも、こおりの態度は酷い。

禊の信条をバカにし、挙句には禊の内面を疑っている。とても受け入れることは難しい。

 

 

こおりとの周回抜け

 

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「過去にあぐらをかいているこおりは、もはや空気。
親と同じ。ドキドキすらしない対象


「そ、そんなこと、ないもん……。だ、だって……」
「…………?」

こおり、叶とのあいだに、周回抜けするようなこと、あった?」
「な、ないわよ! 当然何にもないわよ!」

(禊、こおり)

 

ああ、なんだかこのシーンですべてのルートが、禊の共有ループに入っているんだなと確信した。

となるとどういうことだ?



7月11日より以前、禊は転校してきて、叶と出会い、ギャング部に入部。生徒会との一悶着の後、こおりも参入。

7月11日、雨のあの日。キーホルダーを合言葉に、ギャング部は凛堂禊の共有ループに入った。10月、12月、3月を進み、また7月11日に戻るのを繰り返してきた。

その中で、禊、希、ゆとり、こおりの4人と恋人になるのを繰り返してきた。それは8ヶ月間の恋人生活……だったんだろうか。

もしかしたら、彼女たちが対立していたのは、叶と交際するため?

いやそれは言い過ぎだろう。あれは魂の利害関係ゆえの、避けられない衝突だったと観るのが自然。ならばさいごに選択を迫っていたのは?

これはありえるんじゃないか? 叶に1人を選ばせるようにしていたのは、恋人になるための儀式みたいなものだったんじゃないだろうか。

裏で決めていたわけではなく、流れのまにまに「叶が最後は選んでよ!」とそんな感じで。(実際そんな感じだったし)


ここで面白いが、「叶だけ」ループしている記憶がないこと。LASTEpisodeこおり編によって、叶はループできないことが発覚した。

ループしているふりはできても、ループはできない。


となると叶以外の、禊、こおり、ゆとり、希、シャールカ、春日は記憶を持ったまま叶と接していたことになる。

梨都子さんが除外なのは、彼女はキーホルダーを持っていないから。

叶の行動は結構変数入っているからね、みんなループ中退屈しなかったように思える。

ただ、叶はループはできなくても、「禊の共有ループに入った」というのは認知しているのだろう。


……んー、というかループの構造がよく分からないんだよね。

ループは個人~集団で発生する。ループ中のとき、外側から彼女たちをみたばあいどんなふうになっているのだろう?


・個人のループは精神だけの世界なので、一瞬の出来事。

これかなーと思った。これならいろいろ問題はなくなる。けど、春日とこおりの言葉がそれを否定した。

なんでもループできない人は、どうすれば肉体の老化を防ぐかの話し合い。ということは、どういうことなんだ?……

これを無しにすると、うまい具合にはまるんだが。

 

………………

……

ちょっと整理。

ようするに、7月11日の雨の日。禊の共有ループに入る。それは精神上の世界なので、現実の世界では0秒。

だからループをしている個人~集団は、肉体の老化はもちろんしない。

ループ周期によって、ループの射程距離が伸びる。2時間だとしたら、12時にループをし始めると14時を迎えた時点で12時にまた戻る。それを繰り返す。

ループから抜けるには、精神的高揚を覚える。ドキドキすればいい。キスとかそういうの。

ループから抜けるとアホ毛が立つ。抜けた(ドキドキした)瞬間、その最後のループが現実としての「事実」になる。

問題は、叶……なんだよね。

彼はループができない性質を持っている。するとどうなる?

禊共有ループしようぜ!
うんわかった!
合言葉はキーホルダーな!
うん!

せーっの!

――――――

なんていうか叶を「1個体」と認識していると、うまく把握できないのかな。

禊たちのループ世界で、叶やその他の人たちは生きている。それは本物?なのかもしれない。偽物やNPCというものではなく、本当に生きている存在。

そして、最後のドキドキを味わった瞬間、その現実は確定する。


けどここって齟齬が生まれない?

このループ能力が、禊やギャング部の連中だけにある力ならいい。けれどこのループの力は、人間誰しも持っているものだという。

…………世界は無限の上書きを加速度敵にし続けている?

それじゃまるで………………この世界は………………。

 

 

 

 

 

禊は、一般じゃないふつうじゃない。

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「大人が子どもの特技に惑わされたからといって……、それが禊の責任になる?」

「一般的にはならないと思われる(中略)一般的には、と言った。そこが重要なところ。―――私は、一般ではない

「……………………また、なんだね。
やっぱり何にも変わってないんだね。自分だけは特別だって

(こおり、禊)


もうこの会話で、水柿こおりがどれだけズレた発言をしているのか分かる。

凛堂禊は、選民思想や自分が非凡であるがゆえに、特別志向しているわけじゃない。

禊はただあり方が、この世界の大部分よりちょっとだけズレているだけなんだよ。他とは違う。べつに特別になりたくて、相振舞っているわけでもない。

救世主を特別視しているわけでもない。
禊にとって、救世主は手段でしかないのだから。
衆生の幸福を実現するためのツールでしかない。


そこをこおりは履き違えている。こおりの劣等感がかいま見える。

 

叶って見かけよりずっと人の気持ちがわかるの。
だから人が痛がっているときほどバカみたいな行動しちゃうし、人を痛がらせたくないからこそ優柔不断になる。

その発言、叶を侮辱しているのと同じ。
叶が自分の意志で選んだことを侮辱している


―――それは、叶の意志じゃない。

(こおり、禊)


もうイラッとした。

心底むかついた。禊が言うとおり、この発言は叶を侮辱している。叶の意志を汚している。叶は主体性がないわけでも、流されやすい体質でもなんでもない。

叶の意志を見くびりすぎなんだよ。

 

「叶のことがわかるなんて、とても傲慢」

「そもそも、長い時間いっしょにいたからといって、わかるものじゃない」

「私は救世主として生きてきた。叶は悪として生きてきた。だから共鳴するところがある

「だけど、こおりは違う
学生の鑑として、優等生として、一般人として、ふつうの人として、上司時期人として生きてきた

「……私たちとは、生き方が違う

生き方が違う人間にはわからないことがある。
同じ生き方をする人間にしかわかりあえないことがある


「……あんた、ほんとに傲慢ね! 他人のこと見下して、自分だけ救世主面で」

(禊、こおり)


禊の言うとおりだよ。

叶とこおりはそもそも前提から違う。末端から根本まで異なりすぎている。


多数派に属し、倫理観に隷属し、集団に従属してきた者に分かる生き方じゃない。そんな簡単に理解できることじゃない。

叶はいつだって『悪』たらんと行動してきた。
悪にしか成せないことをなしてきた。多数派に属している人間、倫理観に囚われた人間には不可能なことをいつもやり遂げてきた。

そんな彼を理解できるとしたら、そういった生き方をしてきた禊でしかありえない。

それが傲慢? 傲慢なのはお前だ。叶の意志を勝手に決め付け、捏造し曲解したあげく禊の言葉を素直に受け取れない。さらには、傲慢と他者を罵るか。ふざけるなよ。

 

この世界には、傑出しているがゆえに犠牲になる者、
そして凡庸であるがゆえに日々を楽しむものがいる。

それは摂理。理不尽であっても、なさねばならないことがある

(禊)


少数派ぜんいんがずば抜けているわけでもないが、ずば抜けている者は必然的に多数派に混じれない。

才溢れるゆえに、他とは異質なゆえに。それは何も選民思想でもなんでもない。事実だ。自然の摂理であり必然。

凡人で凡庸なこおりは、きっとうまく理解できていない。

 

おそらく傲慢とは、立場の違いの同義語。

よって、こおりにとって、私は傲慢であらざるをえない。これは宿命

(禊)

宿命って? あらかじめ決まってるわけ? 歩み寄るつもりもなしね

「そう? 私には、こおりこそがそう見える」
こおりこそが、歩み寄るつもりがないようにみえる

衆生の立場から自分を大切にしろとだけ言って、
自分からはこちらに来ない。
私が見ているものを見ようとしない


(こおり、禊)


禊の信念に土足で踏み込んだ挙句、好き勝手言ってこれだ。

こおりはようはさ、自分の思い通りに動いてほしいだけなんだよ。禊の気持ちを、理解しようとも歩み寄ろうともしていない。

自分勝手でわがままで、どこまでも卑劣な人間でしかない。


禊がどんな思いで救世主を志したのか、どんな決意で衆生の幸せを願っているのか、どんな覚悟で厳格であろうと克己しているのか――――――考えたことがあるのか?

「あたしは、禊とは違うから。
禊みたいな育ち方してきてないから」

 
「ならば、私も同じ。
私も、こおりのような生き方はしてきていない」

(こおり、禊)


挙句の果てには、「私と禊は育ち方が違う」と言い始めた。……………………はあ。こんなにも失望させられるとは思わなかった。

歩み寄るつもりがないのはこおりのほう、と指摘され、出てきた言葉がこれだよ。なんなの? なめてんの?

覚悟も信念も無いやつが、覚悟も信念も在るやつに口出ししてんじゃねーよ。人の生き方に文句をつけるのなら、それくらいは必須だろうが。

結局は覚悟もないくせに、言いたいことだけ言いたいから言って、終いには私とあなたは違うから…………でEND。


心底呆れた。死ぬほどに失望した。

 

……こおりにとって
私の生き方がいかに間違って見えても、それは私の人生。

私の人生は私のもの。
これをどうするか決めるのも私。
私には、私の人生を間違える権利がある


(禊)


禊は本当にほんとうに格好いい。

どこまでも気高くて、誇りを持っていて、覚悟があって、信念を抱いていてる。だからこそ成せることがある。だから、彼女の言葉はとても価値がある。

 

 

 

 

 

こおりの阿呆さにもはや呆れた

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バカのふりしないで。悪のふりしないで。
何かいいことしたら、正当に評価されようとして。

悪とか救世主とかってそうなのかもしれないけど、
あんたたち2人して、そういうところがダメ

(こおり)

 

卑屈の生き方をするなというこおり。

……はあ、もうだめだわ……。
こいつはほんとうにもうダメだ。だから嫌なんだ。
倫理観に囚われた奴は。


叶も禊も、バカのふりも、悪のふりも悪ぶっているつもりも露悪的な嗜好もない。今まで―――いままで一緒に過ごしてきてまだそんなことも分からないのか?!

おまえはいったい何を見てきたんだよ。叶の思想と禊の信念のいったい なにを 見てきたんだよ! 節穴かなにかなのか?! もうほんとにさいい加減にしろ。


さらにそれが「ダメ」ときた。


人の趣味や嗜好や思想や信念や生き方にダメとか言ってんじゃねーよ。ああでも言ってもいい。魂の利害関係によって、自分とは大きく離れたものを糾弾してもいい。

でもね。それは自分の生き方に是とできるやつだけだよ。覚悟を有した奴だけなんだよ。そういう相手のダメさを、一人で思うのはいい。でもそれを相手にぶつけた時点で己の覚悟の有無を問われるんだ。

そんな覚悟も度胸もないおまえに、禊と叶のあり方のどこを否定できる? 無理だろう。


この言葉にイラッときた禊は、「……やっつける」と言い放つ。こおりは打ち砕くと宣言し、言い放った。

 

こおりが大切にしているものは、こおりのことを裏切る。それは、その程度のものということ

しょせんはこおりにつりあわないもの。
たいしたものじゃない。

そんなものを、こおりは信じていた。
そんなどうでもいいものを信じる必要はない。
こおりは、情けでそんなものを信じてきた。

地域、近隣住民、学園、仲間、同級生
しかし結局そんなものは、信じるに足るものではなかった。こおりの価値に見合うものではなかった。

こおりにとって、そんなものより大事にすべきものがある。それはすなわち、こおり自身。

こおりが大切にしてきたものとは、結局、個人を縛るもの。

積極的な価値のないもの。むしろ積極的に捨て去るべきもの。
こおりを縛り、制限し、悲しませるもの。


そんなものに価値はない。

(禊)

 

人の生き方を否定するということは、自分の生き方を否定される覚悟を持つということ。

こおりの生き方は、禊にとって不毛でしかないだろう。自分を規定するものが「自己」ではなく「他者」なのだから。

他者への依存度が高いんだよ、こおりは。ほとんどが他人の意向で自分の行動が決定づけられている。

他人にどう思われるか? どう見られるか? そういうことばっかり考えている。正直にいおう反吐がでる。


他人のことばかり考えて、自己を希釈しているものを私は好まない。そこには自分がいない。自己が存在しない。他人に突き動かされるなら、機械でいい。

こおりという個体の固有性がそこにはない―――とは言わないが、限りなく薄い。そんな人間に禊はあれこれ言われていたのかと思うと、とても腹立たしい。

 

ふふふ……何言ってるのよバーカ。

あたしはあの街で、あの人たちに、あの学園で育ってきた。育てられてきたのよ。

あたしのなかに、あの場所、あの人たちは存在するの。そんな簡単に切り離すことができるものじゃない。

そんなことよりあたしのことが大事?
そんな考え自体、間違ってる。
人の道として間違ってるし、理屈としても間違ってる。

あたしとあの街とあの人たちと学園とは一心同体。
別々に考えること自体、間違ってる。

あたしはみんなの一部だし、みんなはあたしの一部。

禊が机上の空論でいくら否定したって、そんなことでひっくり返るほどやわなものじゃない。
そんな薄っぺらいものじゃない。舐めてもらったら困る。

裏切られたらなんだっていうの?
そんなのであたしの信頼がなくなるとでも思ってるの?

おあいにくさま、残念でした。そんなことあるわけない。あたしは、裏切られても信じ続ける。
あたりまえじゃない、そんなこと

 

切り離せないから、壊れそうになっているんだろ。
別々に考えられないから、その重圧で押しつぶされそうになっているんだろ。

人の道として間違っている、という理屈はわかる。倫理観は、人の道だからだ。

けれどそんなマクロな事象はどうでもいい。
自分を優先させないと、いつかポッキリ行くんだよ。
倫理観による他者性の増大は、それを否応なく実現させてしまう。

自分のためにではなく、他人のために、それも自分で選択し決めたことじゃないから余計たちが悪い。

こおりは一人で立つことができない。それは自立とかそういう意味じゃない。一人の人間として個体としての輪郭を強めるということ。

心の内的エネルギーで、自身の動機をこさえるということ。心象強度が高いということ。それが「1人で立つ」。

自身で立てないから、外側から動機を持ってこようとしている。いや、している。自分の行動基盤が他人によって侵食しているそれは…………とても不健全だ。

 

 

 

選ぶということ

 

選択の余地は、あたしたちにあるわけじゃない。
叶にある。

叶が選ぶこと。

叶がどういう生き方を選ぶかということ。
あたしを選ぶのか、禊を選ぶのか。
それともどちらも選ばないのか

(こおり)

 

「禊の共有ループ」という文脈で考えると、これはなにを意味している?

叶の選択が、争いを終わらせるものじゃないのだとしたら。
叶の選択が、叶自身の生き方をえらぶ…………そうか……最終ループは「現実」を決定しまうんだった。


叶が記憶を持ち越さないからこその、「選択」なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

相手を尊重し許容するということ

 

「……しかし、ゆとりのあり方に異議があることは不変。私はまだ、あなたに批判的」

「うん、それでもいいよ~。悪の仲間だもん」

(禊、ゆとり)

 

そうそう! そうなんだよ! 悪の『仲間』だからこそ、ギャング部だからこそ、相手の思想信念すらも、尊重し許容できる。

この尊重し、というのは、自分の意見を曲げることじゃない。
自分の意見・信念・思想を曲げず、相手を受け入れ、尊重するということ。

『ギャングスタ・リパブリカ』―――悪党どもの共和国―――において古雅ゆとりは本当にかかせない存在。

彼女がいるからこそ、組織全体の許容度があがっているんだろうあなとは思う。この人が部長の座についているからこそ、共和国としての輪郭も明確になっているんだなと。

 

 

人は争う

 

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「人って何で争うんだろうな……」
「利害関係の対立ゆえ」
「……まあ、そうだな。でも、それだけじゃないよな」

「広い意味ではそう。魂の利害関係も
「魂、か」
「誇りとか、思想信条とか、アイデンティティとか……、まあ、魂だよな」

 

魂を侵略されたり、魂を汚されたりすると人は争うしかなくなる。凛堂禊は、だからこそ調整者(救世主)が必要だと言い、時守叶は、「争いの起こる前に調整したい」と言った。


・はっきりとした思想信条を持たないこと
・道化になること
・どっちつかずであること



それが『悪』としての魂のあり方だと、そうすれば争いは起きなくなるんだと。


けれど禊も言うように、叶は思想信条を持っているし、道化になりきれていないし、決断だってする。

第二部にはいって、みんながみんな争う。魂の利害関係によって対立しはじめる。叶は最初はなあなあで、どちらの肩を持つこと無く振舞っていた。

けれど、最終的には2人のうち1人どちらかを"選ぶ”ことになる。


これは叶が『悪』として未熟だから、そういう行動を取ったとは思えない……。けれど、「選ん」だことで争いをなくすことができるのかと言うと……ちょっと私には分からない。

選択すること、1人を選ぶんだということ。それは一体なにを意味しているんだろう。

 

 

 

禊をみんなで救う

 

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禊ちゃん、やっぱりダメだよ。まちがってる。
この村の人たちの幸せが増えても減っても、そんなことはどうでもいいと、私は思う

(ゆとり)

 

禊がなぜ救世主を志したのか、衆生の幸せを願いはじめたのか。その過去のお話を聞いて、ゆとりは言う。それではダメだと。

禊は一人だけで、すべての責を背負うとしている。

それが凛堂禊という女の子が目指す「救世主」のあるべき姿だからだ。

衆生のことだけを考え、幸いを配り、不幸を取り去る。村のことだけを考える救世主。その資格を求め義務を負い、役割を果たす覚悟を持っている。

私にとって、禊ちゃんは仲間の1人だよ。
仲間がつらい思いをしてみんなが幸せになるなんて、ありえない

仲間はね……仲間だっていうだけで、価値があるの
仲間は、みんなの幸せより大事なことなんだよ

(ゆとり)

 

そう、だからこそ『ギャングスタ・リパブリカ』がある。

禊を一人にしないために、禊に全てを抱え込ませないように、救世主を孤独にさせないために。

みんながみんな――叶が、希が、ゆとりが、シャールカが、春日が、こおりが――禊の背負ったものを分け合えばいい。


りんごを半分にするように。


救世主の道を、仲間で歩む。―――それはとても素晴らしいことなんじゃないだろうか。

ギャングスタ・リパブリカとはもうここまで言えば分かると思う。うんこれは、救済装置なんだ。少数派が、異端者が、異質なものが、多数派より「外れた」者が救われるように。

この辛い世界で生きていけるように、そのための生存戦略。居場所。

 

 

 

古雅ゆとりが思う『仲間』

 

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そうね……たとえば、みんなが……人類全体が滅びたとしても、それよりも仲間はもっと大事なものなの

「人類全体……それは、『仲間』そのものも含む概念。人類は仲間の上位概念。である以上、仲間を大事にするという立場から、人類が滅びるような選択は肯定できない

ううん、肯定するよ。
仲間そのものが滅びたとしても、仲間を大事にするべきなの


(ゆとり、禊)

 

ここ初見では、意味がぜんぜん分からなかった。ゆとりの言は、矛盾しているように見えた。禊の言葉のほうが論理として正しいように思えた。


けれど、違う。

禊は衆生という「数」だけを大事にしている。それは感情が取り払われた数字でしかない。または統計上の事柄でしかない。

ゆとりが言っているのは、もっともっと狭い意味での集団。友達、家族、仲間、そういうのを指している。それは「数」でもなければ「統計」でもない。

個人個人をよく知っている。何が好きでなにが嫌いで、趣味や考え方はどういうものなのかを熟知している。それは人を「人間」と視ているということ。

禊は数字の上での人間の幸福を願い、ゆとりは身近な人の幸せを願っている。

もっともっというと、それは私情・感情の有無でより分けられる問題なのかもしれない。前者は私情を挟んでいない。後者はたっぷりに私情を挟んでいる。

 

「人はただ生きている。前提はそれだけ」

いいえ、人は生きている以前に
大事なものをもってるんだと思うよ」

「私情はこの際関係ない」

私情こそが前提だよ。
もう私の言ってることはわかるでしょ
?」

(禊、ゆとり)


そうだからこそ、古雅ゆとりは凛堂禊の信条に「ダメ」だと言った。ゆとりにとって禊は身近な人であり、大事な友達であり、大切にすべき仲間だからだ。

 

違うよ。私たちは、仲間を大事にすることで成り立ってる。

仲間をないがしろにしたら、
世界は、滅びから救う以前に存在しなくなっちゃう。

仲間は世界の基礎なの。

(ゆとり)

 

このゆとりの言葉には、倫理観が多分に含まれている。

もし私たちが、自分以外の人間を「人間じゃない」と思ったらどうなるか。それは争いを繰り返すだけになる。

他者の命を殺害し、資産を略奪し、他人の聖域を侵害することを是認するしかなくなる。だって「仲間」でもなんでもないのだから。

アリを踏み潰すように、豚を屠殺するように、同胞たる人間をも殺戮し尽くす。


倫理観―――それは他人の心を理解すること。読解するということ。


私たちは、そういう能力が最初から備わっている。相手が何をしたら嫌がるか、どういう言葉をかければ喜ばれるか。なにをあげれば笑顔になってもらえるか―――そういうことを「予測」できる。

他人の気持ちに寄り添う能力があるからこそ、私たちに「仲間」という概念がある。

 


仲間をないがしろにしたら、
世界は、滅びから救う以前に存在しなくなっちゃう。

仲間は世界の基礎なの。

 

 

 

 




………………………………

 

…………

 

不用意に卓越を見せれば、衆生は不幸になる
だから私は村の者のいる前で
神楽を舞うことを拒否した


けれど、あなたたちはべつ。あなたたちは仲間


あなたたちに見せることは
衆生に重圧をかけるようなこととは異なるから


私は学んだ


仲間とは、感傷ではない
覚悟を共有した共同体

 

―――私たちの前では何を見せてもいいの
私たちそれを負担に感じたりしないから




―――ふん、その程度の覚悟、最初からできてるさ。
お兄ちゃんといっしょに生きるのには覚悟がいるからな




―――前から言ってるでしょ、1人で抱え込むなって

 

 

 

だから、あなたたちの前だけで舞う―――

 

 

 

凛堂禊はいままで、自分だけですべてを背負ってきた。覚悟も資格も義務も責務もその全てを。

その信条は頑なだった。救世主はそうあるべきだと、そうあらんと彼女は思っていたからだ。

けれど、ゆとりと叶の言葉によって、禊のなにかを変えた。仲間を受け入れてくれた。

自分の背負っている覚悟を、わけあってもいいとそう思えたんだ。ひとりじゃ潰れてしまう、ひとりだけじゃ壊れてしまう。だからこそ、仲間は必要なんだ。

 

……もっとも、救世主は1人。
その意味では矛盾。もしくは、ごまかしかもしれない。

あら、そうでもないのよ。『法人』って、人じゃなくても権利はあるでしょ? それと同じことよ

 

救世主の道を、みんなで歩んでいくそんな凛堂禊の物語。なんだかとってもいいなあって思ってしまうのは私だけだろうか。

 

…………やるよ、部活なんだろ?

(シャールカ)


あのだらけまくってて、怠けまくっているシャールカ先輩でさえも、ギャング部に価値を見出している一言。しびれた。

 

 

 

 

 

 

 

恋人として扱ってほしかった。

 

 

―――私は、恋人として扱ってほしかった。

叶は私を選んだ。
けれど、私はただの道具か?

それならそれでいい。
私の考えが甘かったということ

救世主としてふさわしい道具になれるよう努力しよう。道具が分不相応な望みをいだいたのが間違いだった


ここ禊が好きな人には、とっても嬉しかったはず。

禊は自分のことを蔑ろにしすぎだから。そんな彼女が、自分を「1個人」として扱ってほしいというのは、救世主のあり方を考え直したということ。

禊が衆生を幸せにする。そして禊自身では「自分」を賄えないのだとしたら、それを叶に補ってもらう。

叶が禊を幸せにしたらいい。いや禊はそう望んでいるんだ。

救世主であるために、愛されることが必要だと知ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「童(わらし)、覚えておけ。悪は容赦しない」

俺たちは、悪の道を進んでいく。
ひょっとしたら、他の誰にもわからないかもしれない。

けれど、悪は孤高なのだ。
ともに歩く者以外に理解されようとは思わない。



「覚えておけ―――」



「『人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、
人がそうなりたいと思うことを実現すること』」



「――――それが、悪だ」


ともに歩く者さえ理解してくれた、悪はどこまでも行ける。
俺は、その決意をした。
禊は、ずっと前のその決意をしていた。



俺は、禊とともに、悪の統治者として生きる。




どこまでも―――


この世界の果てまでも―――






ギャングスタ・リパブリカ