猫箱ただひとつ

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ギャングスタ・リパブリカ 時守希 感想(15166文字)

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私は、もうちょっと、フェアにいきたいんだ

 

 

 

▼ ギャングスタの感想記事を書きました。 

ギャングスタ・リパブリカ 感想レビュー__悪は世界を変えていく (15543文字) 

 

 

 

アニメってすごいんだぞ!ばーっか!

 

アニメは今や日本を代表する文化の1つなの!

それを『たかが』などと言っちゃって恥ずかしくないの?

海外にはな、子どもの文化と大人の文化しかないんだぞ。モラトリアムな文化である日本のアニメは本当に貴重なんだから

(希)


海外の文化についてあまり詳しくないけれど、それは以前の日本みたいな感じだったんだろうか。

アニメは子どもがみるもの、だとか。大人が漫画を読むと恥ずかしいだとかそういうの。

それはつまるところ、「子どもの文化」に大人が分け入っている状況になってしまっていたんだろう。だから枕詞に"大人なのに”と付く。

それが時代とともに、倫理観の移行とともに「みんなの文化」になっていった。ふむふむ。

 

 

 

 

恥ずかしがることはない。バカになったほうが利口なんだ

 

 

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「お兄ちゃん、はしゃぎすぎ。いっしょにいる私の方が恥ずかしかった」

はしゃいでいたのは別に恥ずかしがることないだろ。こういうのはバカになった方が利口なんだよ。

人間は感情の生き物だから、同じ出来事でも感情次第で意味が変わってくるだろ? 気持ち次第で楽しくもつまらなくもなる。だから、思いっきりバカになって楽しんだ方が物事は楽しめる。

(希、叶)

 

?! これはいろいろ転用できそうな。

 

 

バカになるっていうのは自分を守るガードをなくすってことだ。ノーガード戦法ってやつだな

「ノーガード? バカになることがか?」

人間は無意識でいつも自分を守ってるからさ。でもそうやって壁を作ってると、悪いものから身は守れるけどいいものも弾いてしまうことになるんだよな

だからたまに壁を取っ払わないと

もしかしたらそれで傷つくこともあるかもしれないけど、楽しいはことはめいっぱい楽しむことができるだろ?

「それがバカになる?」

 

なるほどなあ……。これを意識的に引き起こせればいいんだ。

一回性を駆動させるために、自分を守るガード(倫理観、羞恥)を外して、楽しいことをすんごーーーってくめいっぱいに楽しむ。

そう、めいっぱいにに楽しむってことは、バカになるってことなんだ。他人の評価を気にしないで、周りの視線に怯えないで、楽しみつくす。うんうん!! さすが。

 

「考えるな、感じろ」

 

うん、何かを楽しむときに、何かを見つけ出すときに、「思考」は一旦脇においておく。感情のままに、感情のまにまに感じ続ける。5感を使ってフルに!!

 

うんうん!

 

 

他の人としちゃう

 

 

お兄ちゃんが私をお兄ちゃんのものにしてくれなかったら私いつか他の人としちゃうかもしれないんだよ?


(希)

 

 

そ……れは嫌だなあ…………

………………

 

 

 

 

 

お兄ちゃんに追いつきたかった

 

 

 

本当は寂しかった。
お兄ちゃんのいないところに行くなんて……

でも、そうしないとお兄ちゃんには一生手が届かないってそんな気がしたから……

(希)

 

叶は存在が大きすぎるんだと思う。人目には分からないけれでお、近づいただけじゃ分からないのかもしれないけど、ずっと同じ場所に立ち続けていれる人間なんて希有だよ。

珍しい、というレベルじゃない。この世界に一体何人いるんだろうっていうレベルの話だよ。

希ちゃんが焦るのもわかる。追いつかなきゃいけないなって思う。けれど、それはつまり…………、つまり叶と同じ場所に立津つけて、同じ景色を見続けるということ……なんだと思う。

 

 

 

倫理を超えて―――

 

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今までお兄ちゃんへの気持ちをずっとガマンしてきたんだぞ

でも、やっとそんな押し込めてきたかわいそうな気持ちを解放してあげることができたんだ。

それで私は救われた。

なのに、またガマンしなくちゃいけないなんて私の気持ちがかわいそうだ。そうまでして守るべきものなんて、今の私にはないから

 

妹とHするなんて、妹と結ばれるなんてとんでもなく"邪悪”じゃないか?(にやり)

もし叶が正義で、希も善を遵守する心の持ち主だったら。「もうやめよう」とか「間違っていた」んだとか言い出し始めると思う。

お互いがお互いを好きで、恋仲になりたいと望んでいても、そういう結果を欲していても、そう考えてしまう。

もしかしたら、正義だとか善だとかのせいで破局してしまうかもしれない。

「人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、人がそうなりたいと思うことを実現すること」

 

けれど叶は悪で、希は悪の顧問なんだ。正義を壊し、善を打ち砕き、倫理を超えてどこまでも進むことができる。

だって、俺たちはひとりじゃない。
ふたりなんだから。

 

そう、ふたりだから。可能になる。ふたりという『仲間』だから悪を貫ける。仲間という居場所があるから、倫理を超えられる。

少数派が世界と立ち向かっていくとき、なによりも大事なのは居場所があることと仲間がいること。そうすれば大丈夫。

大勢の世界のルールとは異なる、新しい2人の世界を歩むことになるけれど大丈夫だと思う。そう信じたい。

 

 

 

 

時守希の強さ

 

 

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ギャング部と教師の権力に忠言する川嶋先生。

だからこそ生徒との距離感が必要ですし、異動というものがあるんです。

「そんなの、私の知ったことじゃない」

それが、『配慮』ということなんです
「私は、そういう目に見えない制約の話は好かない」

「私は私、他の者は他の者、それぞれがそれぞれの立場で思うままに行動すればいい」

「公平ってのは、そういうことじゃないか?」

(川嶋、希)


希ちゃんのガラクタがだいたい分かってきた。倫理観を大事にするっていうことは、「他者の気持ち」を大事にするということ。

なぜなら、倫理観というのはみんながみんな仲良くして、不愉快な想いをお互いにさせないようにしようね。とそういうものだから。

だから、こおりは「他者の視線」に敏感なんだ。

まじめにすべきときに遊んでばかりいると、まじめになれない人になっちゃうよ

(こおり)

こういうのが倫理観。



けれど、希ちゃんは違う。彼女の中ではまず先にくるのが「信条」という自己の中にあるルール。これをまず適用させる。適用させてみてから、「他者の気持ち」を考える。

そう、それは大人じゃない。大人の考え方ではない。だからこそガラクタなのだ。こんなふうには言いたくないので、ガラクタではなく宝ものなのだと私は思う。

他人から見てもガラクタだったとしても、当人にとっては宝物な場合が多い。それは他人からはその「価値」が理解できないから。

 

そりゃ、お兄ちゃんなんかといっしょにバカみたいなことしてたら、私もバカ扱いされるからな

だけど、それだけ。『まずい』ことなんかない

(希)

うん希はこういう奴なんだ。
自分に自信をもっていて。
自分の行動の責任は自分にあると信じていて。
他人に頼らず深淵を貫く覚悟があって

(叶)

 

そうだからこそ、希ちゃんは「差別」をしない。もっと言うと周りに流された、決断したりはしない。

まず自分で考えて、信念に照らし合わせ行動する。叶がバカでもアホでも、その行動を是とできるのはそういうところにあるんだと思う。


強い。

 

 

 

個人の自由の介入・希の信念

 

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人助けやら善行やらをするのは、べつにいい。人それぞれの趣味だからな

それが多少いきすぎたおせっかいであっても、構いはしない。個人同士でやることなら

しかし、それを集団でやるとなると、問題がある。結局それは、個人の自由への介入になるのだからな

今までスルーしてきたのは、それが『悪趣味』だからだ。『悪』だからだ。

 

だけど、ボランティア部はどうかというと、私的にはアウトに近い。個人同士の関係ならばいい。だけど、集団として個人に介入するのはいかがなものかと思っている。

私の価値観としては、人がそれぞれ好き勝手な信念をもって生きることを、否定はしない。

むしろ、積極的に肯定する。
それが自由に生きるということだからな。

 
希ちゃんの信条の核には「自由」という言葉があるような気がする。人は自由である、その信念をすごく大事にしいている。そんな気がする。

だから、それに基づくルールは、彼女にとっての指針になりうえうんだと。

今回のボランティアのことでいうなら、集団が個人に人助けを行うのは、個人の自由の侵害―――そう言っているんじゃないか?

 

希ちゃんが問題にしているのは、「善意の名のもとに」+「集団で」なにかをすることなんだろう。



善意のもと、正義のもとに行使される「人助け」。これはいわば一方的なような気もする。一方的に「誰かを助けていく」。もしくは、善意という傲慢さを知らないでいることだろうか。

悪だからこそ、希ちゃんは見逃していると言った。
善ではないからだこそ、悪趣味だからこそ容認してきたんだと。
倫理という同調圧力ではないからこそか?

ボランティア部の活動してはこうだ。
困っている人を見かけたら、「お手伝いしますよ?」と言い、相手が頷いたら人助けを開始する。

それはこおりが、役所や商店街にいって「仕事」を見つけてくるのと大差ないように思える。困っている人がいるのを知ってから、行動する。

…………んー、希ちゃんが言いたいのは国家や組織とかそういう感じな気がする。大きすぎる集団が、個人へ介入すること。それが善意であること、それを問題にしている?

相手が了承しているとか、承諾しているのとは関係なしに。自由への侵害―――この一択のみを考えている気がするのだ。

 

 

 

 

善意による魂への侵害

 

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子どもっぽいか? 子どもじみたわがままに聞こえるか? しかし私は、そんな保護者的な目線は好きじゃないんだ

結局のところそれは、大人なんていう保護者的な立場から、私の行動に干渉しているだけだからな。


子どもは大人の言うとおりにしろ、そう言っているにすぎない

 

その、保護者みたいな善意の視線が問題なんだ

力による干渉より、そんな優しい干渉の方がよりひどい。
人間の魂への侵略としては、そちらの方がひどいものだ。

だったら命令すればいい。
命令して、私を強制的に子どもの世界から引きはがせ

しないさ、もちろん。ただ、そういう不徹底が、私は嫌いなんだ。潔くあれと言ってるんだ。

 
自由とはなにか?

私の皮膚感覚として合う言葉は、

・「他のものから拘束・支配を受けないで、自己自身の本性に従うこと」

・「各人が思うように行動できる力」


これらが1番近い。



希ちゃんの大原則としては、「自分も相手も自由でいられる」それがベストなはず。そして、自身の「自由」を侵害(=他者からの拘束・支配)される状況はとてもいらつくんだ。

そしてここでも彼女は「善意による」という言葉を使っている。善意……思うに、善意という感情は「良かれと思って」というものが先行しているんじゃないか?

相手が困っていたら手を貸す。
相手が道を踏み外していたら、直す。
相手が犯罪に手を染めたら、正道に引き戻す。

「善意」に基づく行動は、すべて"良かれと思って”という傲慢さがにじみ出る。これは、その人の世界では「当たり前」で「大勢が是認する」行動である。

「善」とはすなわち、その社会のなかで大勢が善しとした事柄である。大勢の了承のもと是認のもと、それが「善」になる。

大勢の総意―――つまり倫理観である。

善の行動っていうのは、自分の意志が欠けているんじゃないか?と私は思ったことがある。だって「善い行いをした」というとき、何がどう"善い”かなんて考えている人はいるんだろうか?

それが世間では「善い」となっているから、善い行動をしただけのことなんじゃないか? 自身の意志によるものではなく、他者から外側からの影響によって、動いているだけにすぎないんじゃないのかと?

もし、そうだとしたら、希ちゃんの言い分も分かる気がする。

その、保護者みたいな善意の視線が問題なんだ

力による干渉より、そんな優しい干渉の方がよりひどい。 人間の魂への侵略としては、そちらの方がひどいものだ。


そういった当人の意志がなく、「良かれと思った」という傲慢さに加え、相手の自由を侵害してくる行為。

それは、唾棄すべきものだろう。だって覚悟がないのだから。覚悟も意志もないのだから。吐き捨てるべき行為だろう。

 

知るか。私の世界にはある。私の世界に口出しするな

もし私の世界に口出しがしたいなら、オブラートを捨てて、直接殴りあうつもりで立ち向かってこい

 

そうそうそういうこと。

 

配慮するなら口出しするな。
敵対し排撃する覚悟でかかってこい。

たしかに思うね。私自身も気づいてる
だけど、これは私という人間個人の誇りだ。

その誇りに敵対しようというんだ。
それ相応の覚悟できてもらわないと困る

―――覚悟のない奴が口出しをするな

 

個人の誇りに、思想に、信念に、信条に、聖域に、魂に踏み込んでいるんだ。ただじゃ済まされない。

善意の名の下に、優しさのかさのもと、配慮という気遣いでごまかすなと。踏み込んでいるんだ、個人の聖域に。魂に。

そういった甘っちょろい、自分に優しい理屈を持ってくるなとそう聞こえる。

だからこそ、殴りかかってくるくらいの気概を見せろよと。
私はあなたの味方なんですよと、そういうクソみたいな立場ではなく敵対してこいよと、言っているんだ。

 

 

―――覚悟のない奴が口出しをするな

 

 

 

 

希ちゃんは大人に混じれない

 

…………まあ、知っている。
大人になるとは、覚悟を捨て去ることだ。
異論はあるだろうけどな。


覚悟なんて……そっちの言葉では、
『ガラクタ』でしかないだろうけどな


 

覚悟を持っているからこそ、大人の社会に適応できにくくなっている。覚悟はガラクタなのか? どうだろう。違うように思える。

2つの……2つ以上の社会に足を突っ込んでると、
こういうことは起こる

でも私は、大人の世界に行こうとは思わない。
私の軸足はこっちにある

 

もし覚悟を捨て去ることが―――ガラクタを捨てる―――ことなのだとしたら、そしてそれを「自分の意志で捨てない」と決めたのなら、まぎれもなく希ちゃんは「こっち側」だ。

大勢のいる場所ではなく、少人数が属する世界のこっち側だ。

大人ってのは、子どもに対して保護者的にふるまう。

それは義務感でもあり倫理観なんだろうか、けどそれは介入だ。

他の社会に不寛容なんだ。
自分以外の世界のあり方に不寛容なんだ

 

そうだね、そう思う。

大人の社会(多数派の世界)は、他世界について不寛容。それは自分たちが「正しい」と無意識に思っているからなんじゃないだろうか。

大勢という裏打ちされた、根拠に、無根拠もいいところだけど、そういう「みんな」という安心感がある。自分だけじゃない、自分のまわりも自分と同じ考えで同じ価値観で、それが世界の大半を占めているのとだしたら―――

それ以外の「世界」について、首を傾げ、疑い、ひどいと嘲笑ってくるものだ。

自分たち以外の、世界のあり方に不寛容なのだ。

 

 

 

 

仲間だから言うんだ

 

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ふん、どうってことはない。
私には私で生きていく力があるし、
気概を制御することもできる。

今はそうかもしれないですけど、でも、そのうちダメになるときがくるかも

 

さあ、どうしてでしょう?
たぶん、先生が私たちの仲間だからだと思います。

私が心配するのは仲間だからです。仲間じゃないなら、何も言いません。

 

思うに「ギャング部」というのは、そういった大勢から弾き出された個人が集まるからこそ居場所としての価値が生じる。

多数ではなく少数派は、一人では生きていけない。だからこそ、その"救済”としての居場所が必要になる。

一人で、しかも少数派ならばこの世界はとてもつらく厳しい。崖っぷちぎりぎりになりやすいと思うのだ。

希ちゃんはとくにさ。

抱えるものが多すぎて、それも一人で背負い込みがち。自信もあって力もあって啖呵をきれる覚悟もあるから「強者」として勘違いしそうになるけど、やっぱり彼女は弱いのだ。ある側面で。

だからそれを支えてあげられる人が必要になってくる。

それが『ギャングスタ・リパブリカ』。悪党どもの共和国―――自分と"同じ”または"近い”人間たちが集まっているからこそ、仲間意識が生まれやすい。それと、支えてくれる母体数が増えることで、共存の道を歩むことができる。



―――誰も、溺れないように

 

どうして私のことがわかる。
私がダメになるとか何とか、そんなことが

「さあ、どうしてでしょう?
私にそんな難しいこと聞いて、わかるわけないじゃないですか。先生の目は節穴なんですか?」

「でも、私はふつうのことだって思います。
先生のこと、仲間だって思ってるから。
仲間のことわかるって、ふつうのことじゃないですか?」

 

希ちゃんは「保護者目線」や「権力者目線」というものが大嫌いなように見える。なぜならそれは、自分の自由を侵略する行為そのものだから。

そういう目線に気づいたとき、彼女は戦闘態勢に入り、聞く耳をもたくなってしまうのかもしれない。


けれど、「仲間」の言葉の「仲間目線」なら、希ちゃんには届くと思うのだ。それは「同じ立場」の「同じガラクタ持ち」だから。同じ大勢からは"異”なる者だから。

だから、ギャング部は、ここに属している人の支えになりうると、そう思う。

 

……希ちゃんは、いつも崖っぷちにいる感じがする。

だから、もう一歩だけこっちに来てほしいって思う。あんまりスレスレだと、落ちちゃうよって

「だから、みんなでお兄ちゃんを仲良く分けようってか?」

まあ、そうね。だって、希ちゃん、危なっかしすぎるから。

 

 

 

 

 

希は横暴なのか?

 

……さて、どうだろうな。とにかく、私は壊れも暴走もしない。心配されるまでもない

「そうですか? だって希先生って……ぶっちゃけ横暴じゃないですか」

他人から見て、私が多少横暴なのは認める。だけど、別に私も野放図に横暴なんじゃない。

「だから制御できると?」

そうだ。横暴と言っても、ただの暴力じゃない、誇りに裏打ちされた自由だ。それがぶつかりあうところには、自然と相互の抑止が働く。

ようするに、おたがい遠慮して攻撃しないようになるってことだ

 

自分の自由と、他人の自由は衝突するもの。そうなったとき、そこにはあるラインが敷かれるんじゃないだろうか。ここまでは来るなと、でもここまでは来てイイ―――そんな暗黙の了解が。

ゆとりは、希のことを横暴だというけれど、私にはピンとこなかった。横暴?

自分勝手でわがままで、権力をたてに相手にいうことを聞かせるあの横暴? んー、やっぱりピンとこない。

 

「でも希先生は、その理性で横暴なことしそうですよね」

ほんとにおまえはさっきから失礼なことを言うな

「たとえば……妹としての立場を利用して時守くんの寵愛を一身に受けたり」

 

そうだろうか……? 横暴だともわがままだとも思ったことがないのだが。許容範囲だよね、と思う必要もないくらいに受け入れていたのだけれど、ふーむ。

 

 

 

ハーレムとかふざけんな、配慮なんかするな

 

何かがほしければ勝手に競争すればいい。
それ以外の配慮なんか必要ない。

古雅ゆとり、もしもおまえがお兄ちゃんのことが好きなら、おまえ自身が、1人で、お兄ちゃんを手に入れろ

それ以外には何も必要ない

人間は自由に生きているもんだろ? それに制限をかけてどうする。ハーレムだなんて……バカバカしい

 

こういうのほんと希ちゃんだい大嫌いだよね。


人の意志を、抑圧したり、規制したり、制限したりするのをとても嫌悪している。

 

 

 

おまえの感情には、ワンクッション

 

私は、感じるんだ。
おまえの感情には、ワンクッション入ってる。

おまえが見てるのは『仲間』って奴じゃないか?
おまえのまなざしには、不純物が挟まってる

―――
「希先生が『妹』を入り口にして時守くんに向かってるように、私は『仲間』を入り口にしているだけです。先生と較べて不純だなんてことはないです」

 

人の見方はやはりそれぞれなんだなと感じた。時守叶という個体にたいして、「妹」という目線でみて接するか「仲間」という目線で接するか。そういう違うがあるのだと。

同じものを視ていても、同じようには映っていないのだと。

 

 

 

それが人情というものだろう?

 

まあ、そうだ。
しかし、純粋でない感情に、私自身は価値を見いだせない。

純粋じゃなくお兄ちゃんのことが好きなんてこと、
私にはできない

だから、おまえより純粋さにおいて優れてるって
主張したくなるのは人情じゃないか

(希)


うんたしかに、ここの議論では「純粋さ」に重点はおかれていない。けれども、主張してしまうのは人情だ、という台詞はとても胸にくる。

 

 

 

私の運命は私のものだ

 

私が最初からもちすぎてるっていうのか?
……ふん、そうかもしれないな

けど、そこを出発点にしないと、どうしようもないだろ。私の生まれた持ったものは私のものだ。

それがたとえ他人にとって持ちすぎに見えたとしても、これは私のものだ。
それがたとえ恵まれたものであっても、私の運命は私のものだ。

だから、私はお兄ちゃんを手に入れる


うんその通りだと思う。恵まれているからなんだというんだ―――そういう希ちゃんの気概は好き。

恵まれていることを羨望されようと、どうすることもできない。分けてあげることも、譲ってあげることもできない。施しすらもその要素については難しくなる。

うん、恵まれていることを指摘されたからといって気に病む必要も、後ろめたく思う必要もない。それは差異でしかない。

「自分のものは自分のものだ。私の運命は私のものだ」。

そう啖呵を切れる希ちゃんはほんとうに可愛い。

 

 

 

 

 

異文化交流とイェドニア

 

イェドニアは私たちの文化じゃない。
あれはちびっこの文化であって、私たちの文化じゃない

―――
(希の言葉、何だか冷たいものに感じられたから)

食事くらいならいいけど、服装というのはとても政治的だしな

公的な場は、文化的に中立であるべきだ。
特定の文化から解放されているべきだ。

 

 

 

こおりは異文化が……イェドニアの文化が大事だと思うか?

「それはそうよ」

……動物園で動物を見るように?

「えっ―――そ、そんな……! そんなんじゃないって……! 動物園だなんて、そんなこと、あたしはぜんぜん思ってないし。シャールカさんのこともシャールカさんの国も尊重するし」

だとすると、異文化なんてどうでもよくなる

「…………え?」

こおりは、ちびっこの文化を尊重すると言う。もちろん、自分の文化も尊重するだろう。

でも、だとしたら、異文化なんてもの、存在しなくなる。結局こおりの文化もちびっこの文化も、同じように尊重するってことだからな



逆に異文化を存在させるためには、
ちびっこは偏狭でないといけない

偏狭ってのは、
ちびっこがイェドニアの文化に固執するって意味だ

これって、人としてアンフェアじゃないか?


「異文化交流」の大原則として、自分たちの文化を尊重しつつ、相手の文化を下に見ているいないと"異”文化とはならない―――という話のように聞こえる。

それは中立・自由を根本にすえる時守希という女の子にとって、とても許し難い、許容できない概念なんじゃないだろうか。


だって、それはある種の「差別意識」があるのだから。

人と人とが交流するうえで、そういう「差別意識」をお互いにもしくは一方的に持って交流しているんだとしたら「人としてアンフェアじゃないか?」という言にも頷ける。

 

公正でもなく公平でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

触手というなの自由

 

こおりだってわかってるだろ?
だから『まだ早い』なんて言い方したんだろ?
『触手はダメ』って言えないのわかってるから

「でも、もうちょっと他に……」

エンデでも読んでれば安心か?


他人の趣味にあれこれ言うこと自体が間違っている。それが法を犯すものではなく、周囲に多大な迷惑をかけていないのなら指摘することもしなくていいんだよ。

理解がない行動は害悪に等しい。


そしてこの案件はまたしても、個人の自由の侵害という点で一致している。そりゃ希ちゃん怒るよ。

 

私は、もうちょっと、フェアにいきたいんだ

 

 

 

 

 

希ちゃんも叶と同じく、周囲を気にしない

 

「希ちゃん、そんなにはっきり言う子だった?」

言う子だったぞ?

だから昔からクラスで浮いたり、今だって大人の世界になじめなかったりするだろ?


偉そうで、実際に偉くて、頭が良くて、飛び級で教育機関をパスして、先生になって、覚悟も信念も持っている―――そんな希ちゃんは下手すると「あっち側」の住人かなと思ってしまうがそんなことはない。

やはり彼女も、こっち側の人間なんだ。

倫理観の影響が少なく、他者に囚われない。そういう心のあり方を有している。それは強くも脆い。弱くも薄い。


だからこそ、ギャング部の顧問をやっていると思うんだけどね!

 

 

ルール(信条)とルール(倫理)

 

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結局私は、ルールにしたがって『なあなあ』なんて言ってるんだ。人間の趣味に正しいも間違ってるもないっていう、それはもうありきたりなルールにな

 

希ちゃんは、ルールを優先させすぎるきらいがある。それはルールとは言っても、法律のルールでもなく、倫理のルールでもなく、信条としてのルールである。

 

そうか? こおりだって、そういうタイプだろ?
ルールにしがたって行動する。
ギャング部を『まともな』部にしようとしたのだって、そういう精神じゃないのか?

「それは……正しいからというより、叶のためになるって思ったから」

なるほどな、こおりにとって、理念より人なんだな

「あたりまえよ。人のほうが大事なのは」

希ちゃんは……ちょっと、ルールを優先させすぎる。

もちろんルールが大事なときもあるけど、でも、それを人に優先させるのは違うと思う

アネジュカさんだって……きっと希ちゃんとシャールカさんが仲良くしてるのを見たかっただけだと思うし

ルールなんて、何かあったときの保険であって、
それを最初に持ち出すものじゃない。
最初からちらつかせるものじゃない


希ちゃんことをいいなと思うのが、このルール。ルールが全部「自己内」のものなんだよね。

自分で選んで、
自分だけで決めて、
自分だけのルール。自分のためにある思想信念。自己内にある信条。

だからこそ希ちゃんが好きなのだ。

逆にこおりは、ルールを全部「外側」から貰ってきている。

他人が選んで、
他人が決めた、
大勢の総意。大勢のためにある思想信念。外側から拝借してきたルール(倫理観)。


私の信条として、これがとても嫌いだ。
自分の意志もなく、意義も持たず、ただ「なんとなく」でルールをちらつかせている水柿こおりなる人物が嫌いだ。大嫌いだ。

他人のルールで動いて、他人のルールで自分の周囲の価値を決める。そんな奴に

ルールなんて、何かあったときの保険であって、
それを最初に持ち出すものじゃない。
最初からちらつかせるものじゃない

 

なんて言われたくはない。余計なおせわだ。おせっかいだ鬱陶しい。

 

それに彼女は、一見信条の最優先としたガチガチの頑固ものに見えるかもしれないけどそんなことない。

希ちゃんはけっこうフレキシブルだと思うよ。シャールカ先輩の異文化交流の話でも、さいしょはアネジュカさんの顔を立てるために自分の信条を多少まげてもパーティに付き合ってくれたり。

シャールカ先輩個人が頼むのであれば、行かないこともないと行ったり。希ちゃんは冷たいわけでもなんでもない。理念のあとに人がくるだけであって、ちゃんと人の気持ちも考えている。

 

 

 

 

信じるとか簡単に言うなよ

 

不特定多数を管理するためには、ルールが必要かもしれない。 だけど、部にいるのは、みんな知ってる人たちだよ。
信じればいいじゃない。

簡単に言ってくれるな。
信じる――― それが恵まれた者の特権だって思ったことはないか?」

私は、信じるなんてことはできない。
信じることはできるけど、信じたことが正しいのか間違ってるのか判断することができない

 

信じることはできるけど、信じたことの正しさや間違いを判断できないと、希ちゃんは言う。

信じたその先のことについては、「恵まれた者の特権だ」ということだろうか?

…………これはこういう言葉に置き換えられるかもしれない。

「信じたことについて、善か悪かは私には判断できない」と。
もしかしたら、"信じ”るという行為は、倫理を超えることでもあるのだろうか。

…………ああそうかもしれない。善か悪を判断するのは、なんだ? 当人の倫理観のみである。善と悪という2色でわけない方法が「信じる」なのかもしれない。

信じたことについて、当否は必要ない。善か悪かは問題にすらならない。

 

…………いやどうだろ、わからなくなってきた。

 

 

 

 

魂の形成

 

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だけど、いくら多くの人間に支えられても、
同僚や支援者やら信奉者やら―――私の魂は、
そういった連中によって形作られてるわけじゃない

私の魂は、せいぜい家族程度の広がりしかない

けど、こおりは違う。
こおりの魂は―――この街全体に広がって、根を下ろしてる。

こおりだって、そう感じるだろ?
この町に生かされてるって感覚あるだろ

この町を離れてはいきていけないって感覚が。
たとえ引っ越してこの町を離れることがあったとしても

それが、私とこおりの違いだ。
私の魂は、ある意味では自由だし、ある意味では頼りない

(希)

 

ある意味ではこおりの魂は、束縛され身動きがとれなくなっている、ある意味ではそれが支えにもなっている。


希ちゃんはこおりのあり方を、良いもののように語ったが、私はあまりそうは思わない。

支えが大きくなるということは、その分自分の「自由」が失われてしまうからだ。自分の意志や思想や信念が、奪い取られているのだとしたら、剥奪されているのだとしたら、抑圧されているのだとしたら―――それはとても不幸なことなんじゃないか?

人として全然フェアじゃないように感じる。

こおり自身がどう感じてるかはともかく、
そうやって何かに支えられてる人間の方が強い。

「あたしは強くなんかないよ。だって、みんなに支えてもらってるんだもん」

その、『支え』があることが強さなんだ。
私には、そんなものないからな

 

ああそうか。希ちゃん「1人」ですでにもう強いんだ。内的エネルギーだけで自己を完結できるそんなあり方だ。

ある人はこういう人間を、モンスターモチベーションという。常人はたいてい「外側」からモチベーション(やる気・動機)を持ってくるものがだ、こいつらは違う。

自己内の回路が駆動しているせいで、「内側」だけでモチベーションをこさえることができる。そしてそれを長期的に運用できる。

強者といえば希ちゃんは強者なのだ。


しかし、水柿こおりは違う。彼女は平々凡々の一般人であるふつうの人間だ。だからこそ、彼女は「外側」からモチベーションを持ってくるようになってしまう。

自己内の、内的エネルギーで動機などが賄えないなら外側から調達するしかなくなってくる。それは「支え」と言ってもいい。

自分だけで立つことが難しいからこそ、支えられることによって立つことが可能になる。

けれどこれはやっぱり、脆さである。脆さでしかない。外側の意向次第で、自分のやる気から動機、価値観までも移り変わっていくんだ。

それは薄弱だろう。脆弱だろう。

そんな人間に私は価値を見いだせない。

こおりが、地元とか地元の人間を大事にして、
そこから離れて生きていけない人間なのと、根っこは同じだ。

そんなこおりはたぶん、
私なんかよりよっぽど運命に寄り添って生きてる

 

それを言うなら希ちゃんは、「運命に抗っている」と言ってもいい。

世界の流れ、運ぶ命脈が「運命」だというならこおりはまさしく寄り添っている寄り掛かっている。

大勢という安楽のもとに。

 

 

 

 

希の親切と、禊の態度

 

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「これやったからって給料増えないし、アニメ見る時間を割いてるんだ、もうちょっと人の気持ちになれ!」

そんな親切、先生らしくもない。
本来の先生なら、放っておくはず

(希、禊)

 

そうなんだよね。本来の希ちゃんなら、禊に手を貸してなんてやらない。自宅にまで呼んで、自分の時間を削って、禊の勉強を見たりなんかしない。

明らかに、希ちゃんは「教師」という立場で、禊という「生徒」に踏み込んでいる。

こんなのいつもの希ちゃんだったら、唾棄すべきことなのじゃないか? 教師という権力で禊を特権化しているようにも思える。

けど、これは何となく分かるんだ。

これは禊が『仲間』だからこそ、できる行為なんだと。ゆとりのときとは逆に希ちゃんが禊におせっかいを焼いている構図。

禊の問題に、踏み込んでいる構図。

うん。『ギャングスタ・リパブリカ』――悪党どもの共和国――つまり、参加している人間がこの王国をみなそれぞれ所有できるということ。


自由っていうこと。


そこはすべてがプロトコルされる。水平方向の送受信が可能のになる。人が人として「平等」であろうとする概念。

人種も、国家も、組織も、信念も、思想も、差異も、偏りも、格差もすべてを強制的に"規定”させる。だからこそ、そこには「自由」があり「公平」がある。

political correctness

 

だからこそ、希ちゃんは『ギャングスタ・リパブリカ』に属する禊にたいして、教師という立場であろうとも介入しようと思った―――んじゃないだろうか? だって立場も権力も、すべては強制規約のものとに公正にさせいたのだから。

だからこそ「対立」ができる、意見を交じり合わし、喧嘩ができる。相手を____尊重しあえる。とってもいいよね。

この大原則があるからこそ、共和国として成り立つんだ。

 

 

自由だ。おまえが選ぶことだ。

私は、他人の生き方に介入するのが好きじゃない。
好きにしろ。お前が選べ

 

 

 

 

すべての価値は、おもしろさから発生する

 

「興味がない。おもしろさというものに。私は、答えが出ればそれでいい」

いや、違う。すべての価値は、おもしろさから発生している。

すべてを実利的な効率で割りきるなら、
この世にあるものぜんぶが意味をもたなくなる

(希)

 

うんうん! まさしく!


これは叶の行動にも当てはまる。彼は「おもしろい」から「おもしろそう」だからいつも行動している。探索もダックレースも虫取りも。

まずそこに、「おもしろい」という感情があるからこそ叶は行動している。そこには『価値』が生じている。

叶の見ている世界はいつも、いろ豊かな色彩に溢れ潤っている。他人では当たり前の風景でも、叶が見ればきらきらしたものが無数に散りばめられている世界に映っている。

一回性の価値が生まれている。

 

 

おもしろく感じることにこそ、価値の源泉はあるんだ。

私が原理を重視するのは、それが価値を生むからだ。
目的達成のためじゃない。

価値とは、原理的思考から生まれるものだ。

(希)

 

 

 

 

小さな幸福

 

あの……お兄ちゃん、前にも言っていたけど
どうして私がいつも同じ時間に帰ってくるかわかる?

それはね……その時間が、
お兄ちゃんが晩ごはん用意しおわる時間だから、
その時間にいい匂いがしててお兄ちゃんがお帰りって言ってくれてそういうのが嬉しいから、いつもあの時間に帰ってた。

(希)

 

こういうなんでもない小さな幸せ。"いつも”そこにある日常を、愛おしく思えたりするのってとても大切なこと。

希ちゃんかわいいすぎ。

 

 

覚悟の是非

 

 

何かを信じて覚悟することは、悪いことじゃない。

だけどその前提として、
疑問に感じ、みずから選びとることが必要だ。

でなければ、それは信じることにも覚悟することにもならない。この前も言ったように……ただ動作する機械にすぎない

 

そうだね。覚悟や信じるということは、おそらく最初の段階で規定される概念なんだと思う。

ここの過程で、疑問に感じ、自分の意志でそれを覚悟すること信じることを選びとる。その過程あってこそ「覚悟」の価値が生まれる。信じることの尊さが現れる。

この過程がないものは、盲目的なものでしかない。盲信でしかない。機械でしかないのだ。

 

希を肩車

 

 

「雲のの上にいるみたいだ!」

 

希ちゃんを肩車。するととってもハイテンションになる彼女。

ここで思ったんだ。

「視点」が切り替わる、という単純なことでも、凡庸な風景はちがった意味を持ち始めるんだということに。

道中であるならば、腰を低くてして、子どもと同じ目線で世界を見てみるのもきっと乙なもの。

ずっとこのままでいられるといいな。

このまま、お兄ちゃんに融解されて、
お兄ちゃんと2人だけで暮らしたいな

―――

だって、私たち兄妹だから、
ほんとの意味で2人きりになれたことないし

(希)

 

駆け落ちはとても悪だよね。妹と結ばれることと同じくらいにさ。

 

 

 

 

 

 

趣味を隠さない

 

「でも、希ちゃんってすごいね。
こういうの好きだって、隠さないのが」


いや隠してたけどな。
見つかっただけで
「でも、見つかってからは隠してないじゃない」

見つかった以上は、隠しても意味がない

(こおり、希)

 

希ちゃんの世間とのバランスはなかなかにいいよね。

ちゃんと世間ではどういうもの好かれ、どういうものが疎まれるのか理解した上で自分の身のふりを考えるところとか。

かつ、世間に価値を置かないで、自分の中に価値を置いているところとか。うんうん。