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猫箱ただひとつ

物語追求blog。アニメ、マンガ、ギャルゲーを取り扱ってるよ

エロゲにエロは必要なわけ?を考える

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AIR

 

2013年、私の周りのTwitter上で「エロゲーにエロはいるのか論」が勃発しました。

多くの人が意見を吐き出し膨張し、さいごには収縮していきました。それらの意見を踏まえつつ私の意見も表明しておきます。 

一個人の意見として見てもらえればいいかな。

 

 

 

 

1)まずは前提

 

この「エロゲーにエロ論」を語るときには前提を明確にしておかなければいけません。

  1. 一般化するつもりはなく私個人が抱く感情であること 
  2. エロゲーといっても、物語性が強い作品に限定する


(1)は誰にでも納得できる内容を求めたいのではなく、"私"が納得したい理由を見つけたいだけのことです。この記事もそういう意識の元書かれています。

(2)は「エロゲーにエロはいらない」と問題提起するとき「ポルノ性」「商業性」「物語性」の3つの立場によって弾き出す答えがずいぶん変わってきます。なのでここはどの立場で考えていくかを明確にしなければいけません。

本記事では「物語性が強いエロゲーにエロは必要だろうか?」という問い立て、それにたいし私の主観的な側面から語っていきます。

ちなみに物語性といってもあまりにも抽象的な言い回しです。なのでここでは、感動したり、心が揺れ動いたりする、強度の高いストーリーをメインに据えられたたエロゲーとざっくり受け取ってください。

 

 

 

2)エロゲーにエロはやっぱり要らない

 

さて、エロゲーを購入する動機は千差万別ですが私個人としては物語性を強く求めている人です。いわゆる泣きゲー、鬱ゲーといったシナリオゲーを購入動機にしており、つまりは良質な物語を読みたい! ってことですね。オカズ用にエロゲを買ったことは一度もないのがその証左でしょうか。

そしてそういった物語性の強いエロゲを多くプレイしていく中で、結構な頻度で「無駄なエロ」が散見されます。あてつけたような・無駄で・邪魔な・無意味で・惰性的に挿入された「えっちシーン」を読むたびにこれは要らないと思ってしまう。ええもう本当に要らないです。

ヒロインが処女であるにも関わらず告白してすぐエッチをするとかね。いきなりフェ■■■やク☓☓をするとかね。そんなふうに物語の流れを分断した不自然なエッチがやたらと多く遺憾です。

逆にヒロインと主人公が交接する行為に意味があるもの、不自然ではないものならば受け入れられます。

つまり、そのエッチシーンを省いたとしましょう。そしてそのエッチシーンを省いたことで物語に何らかのノイズ・齟齬が生まれるならばそれは「物語内容に意味があるエッチ」ということになります。そうでないならば無意味なエッチシーンといえるでしょう。

そして私はそういった「無意味なエッチシーン」は要らないので、そもそもそのシーンを入れないで欲しいなと思っています。意味を持たせてほしいです。

『CARNIVAL』や『SWANSONG』のような暴力的なセッ久、『好き好き大好き!』のようなフェチシズムが溢れた狂気的な肉の重ね合い、『WLO世界恋愛機構』のようなヒロインと契りを結ぶことで関係が変化するようなエッチを求めています。

こう、投げ捨てられたような、「とりあえずエロシーンいれとけばいいんでしょ?」みたいな投げやりなやつはやめてほしいですね。

 

恐らく「えっちシーン」っていうから分かりにくいんですよね。物語上でテコ入れのような、なんだこれっていう展開あるじゃないですか。

この無意味なエッチがでてきたときの気持ちっって、前触れもなく強キャラが出てきてインフレしてげんなりとか。 今までさんざん国家に反逆してきたのに火影になるとか言い出して唖然としたりする、ああいう「なにこれ?は?」という感覚に近いです。

やはり物語で意味ないシーンはエロだろうがなんだろうが観ていても仕方ありません。

ゆえに、私の意見としては物語性が強いエロゲーには無意味なエッチシーンは要りません。ということになると思います。

 

 

 

余談)エロシーンは疲れる


ちなみにエロシーンは疲れます。 少し下品ですが抜いたあとはテキストを読み込もうとする意欲が(賢者Systemにより)掻き消えますし、さらにいちいちその為の準備や後処理をするのも億劫です

物語への感情移入が、Hシーンによって切断されるという経験誰でもあるのではないでしょうか。ああいうのってうーん……と自分は思ってしまうなと。だから不必要なエッチはすぐSKIPして本筋の物語に入ろうとしてしまうのかもしれません。

 

ふと思ったのですが、私が無意味なえっちしーんも人によっては"必要"な場合があります。考えてみたんですが、これは「エロゲー」をどう見ているかで変わってきているのでしょう。

私の場合だったら、「物語性8 ポルノ性2」の割合に対し、必要だと感じる人は「ポルノ性8 物語性2」となっているのかもしれません。 ここの比率は極端ですが分かりやすいでしょう。

そしてこの場合、必要だと感じる人たちにとって「えっちしーん」はどうエロいのか、どこまで気持よくなれるのかが重要なのでしょう。それが物語に意味があるか無意味かどうかなんて関係なく、ポルノ性を注目しているということですね。。

だから「エロゲー(=物語性が強い作品)に無駄なエロは要らない」という意見にたいし、 「エロゲー(=ポルノ性が強い作品)にエロがいらないってそりゃカツのないカツ丼じゃん」とお互いに意見が食い違ってしまうのは無理のないことかもしれません。 立場ゆえにです。

両者は求めているもの、そのものの比重が違います。なので本記事の冒頭でしたように前提条件をはっきりさせないと話が咬み合わない「エロゲーにエロはいらない論」が起きてしまうかなと思いました。

 

 

まとめ

 

  • 筆者とって物語性に強いエロゲーでは「無意味ななエッチシーン」は必要ない。

  • 無意味なものではなく、物語に接続する意味あるエッチシーンを考慮して挿入してほしいという希望がある。無意味なシーンを読み込むのは楽しくないし、そもそもエロシーンは感情移入を性欲によって塗りつぶされるのであまり好きではない。それと後処理が面倒くさいよね。

  • 「エロゲ」に何を求めているかは人それぞれ違う。物語性を強く求めている人と、ポルノ性を強く求めている人では「前提条件」をはっきりさせないと意見が咬み合わなくなる。

 

 

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